燃え盛る王宮で
「巫女さま、お導きくださりありがとうございます。おかげで僕は大切なものを失わずに済みました」
轟々と燃え上がる王宮を背に、第二王子が赤く染まった剣を振り、その汚れを払った。びしゃり、と飛び散る赤い雫は、誰の命だったのか。
迷いの吹っ切れたような、清々したような顔をした男を見つめ返し、あたしはやっぱり、こいつが嫌いだと再認識していた。
第二王子が信仰を捧げる分には一向に構わないが、継承権を放棄しては、もしものときに身を護る術が無くなると仄めかせば、第二王子はあっさりと第一王子に剣を向けた。
平和主義の第二王子が蜂起したと聞いた第一王子は、たいへんな焦りようだった。
しかし時すでに遅し、少数精鋭で第一王子宮を取り囲んだ第二王子は、いとも簡単に第一王子の首筋へ切っ先を突きつけたのだ。
慈悲深いのと日和見主義は違うと示せば、あとは簡単だ。
第二王子は、悩みながらも第一王子の首を刎ねた。ごとりと転がる兄の頭を眺めて、弟は一つ溜息を吐いた。
それはどこか安堵の溜息に似ていた。
兄弟にどんな確執があったかは、あたしには知る由もないけれど。しかし弟が兄に対して、何かしら思うところがあったことは間違いないだろう。
これで第二王子は、後顧の憂いを断ったのだ。
第一王子派は残らず粛清された。第一王子宮から始まった騒動は王宮全体に広がり、そこかしこで人が切られ、絢爛豪華な王宮を血で染めた。
王太子妃を狙ってねえちゃんを陥れた貴族令嬢も、ねえちゃんが第一王子の打診を断れない理由を作った貴族たちも、ねえちゃんを魔女だと罵った貴族たちも、みんな、みんな、一人残らず。
あたしは笑い出しそうなのを必死に堪え、巫女らしく、死者を弔いたいと申し出た。
中庭に積み上げられた第一王子派のやつらをまとめて、浄化の炎で焼いた。ついでに王宮全体にも浄化をかけてやり、凄惨な事件現場とは思えないほど綺麗にした。
第二王子を始め、第二王子派の人間も、残った中立派の人間も、みんなあたしに平伏した。ナナカマド様に信仰を捧げますと、あたしが何も言わないうちから、宣言してくれた。
あたしの浄化の炎で灰燼に帰す第一王子派の連中を見て痛ましい表情を作りながら、内心は達成感に満ち溢れていた。
やってやった! みんな、みんな殺してやった! 燃やしてやった! 骨も残さず、全部!!
ローワンと契約するきっかけになった、ねえちゃんを殺したやつらを例外なく始末してやったのだ。
あたしは気を抜くと口から迸りそうになる笑いを、必死に抑え込んでいた。ここで笑うのは、ダメだ。巫女としての威厳や諸々が、砕け散ってしまう。
……あと、一人。
気持ちを切り替えて、この後についてを考える。あぁ、あと少しで、やり遂げられるんだ。
「第二王子殿下、これで次の王はあなたでしょう。ですがまだ、王ではない」
燃え盛る炎を受け色を変える、白いローブを広げたあたしを見て、その場に居た全員が息を呑んだ。恐らく全員が悟ったんだろう。
「殿下、陛下になる覚悟は、おありですか?」
小さく体を強張らせた第二王子は、けれどしっかりと、あたしの目を見て頷いてみせた。
あたしを通してねえちゃんを思い出しているだろうことはありありとわかったけど、べつに構わない。
目標があれば、行動に躊躇いがなくなるから。
「リリー」
残る一人の処分について考えていたら、ローワンが小さくあたしを呼んだ。人前でこうして呼び止めるなんて、珍しい。
何か急ぎの案件でも見つかったのかな?
「殿下の覚悟、わたしが必ずや結果に繋げましょう。少し席を外します、みなさまどうか、少しでも体を休めてください」
ローワンと二人、少し離れた場所に移動する。あたしたちについてくるやつは居ない。それもそうか。神聖なる巫女の話を盗み聞きしようなんて不届者、居ないか。
夜なのに、王宮全体が燃えてるから、昼のように明るい。あとどのくらい燃やそうかな。
とりあえず国中に王宮で騒ぎが起こったことは知れ渡っただろうし、そろそろ消しても良いんだけど……今夜くらいは、燃やし続けておこうか? いけ好かない場所だし。
ねえちゃんみたいに、唱おうかな。きっと、あたしが力を使っていると、これは正当な裁きであると、わかりやすく示すことができるだろうし、
「リリー、魔王が居る」
ローワンの一言に、あたしは考えていたことが吹き飛んでしまった。
「……ほんとに?」
「間違いない。気配がある」
信じられない。もうすぐ、あたしからねえちゃんを奪ったやつらを一人残らず始末できるだけでなく、なんとローワンが魔王になるために必要な材料まで現れるなんて。
あぁなんて、幸運。もはや、運命だ。
「ローワン」
あたしが呼びかければ、ローワンは真っ直ぐにあたしを見つめる。真っ赤な瞳が、揺らめく炎を映して、とても綺麗。
「必要なものは、全部あげる。だから、絶対に魔王になって」
これは願いなどではない。
始まりはローワンの野望でしかなかった。でも、今は違う。あたしにとっても、絶対に達成したい宿願だ。
「……どんな代償を支払っても?」
ローワンの瞳が、ふいに淀む。それはどこか暗くて不穏な色をしていたけど、あたしには綺麗な色だなとしか思えない。
「言ったでしょ。あたしの全部を差し出すって」
真っ直ぐにローワンの瞳を見つめ返せば、珍しくローワンの瞳が揺れていた。なんだろう。決戦前でインスタビリティなのかな?
体は大きくなったけど、人間の世界で生活して八年だし、実質八歳だから精神的にはやっぱり、まだまだ子どもなのかも。そう考えると、かわいいやつだ。
あたしはなんだか、自分がお姉さんになったような気持ちになって、ローワンがとても愛しくなった。ねえちゃんも、こんな気持ちなんだろうか。
だから思わず腕を伸ばして、ぎゅっとローワンを抱きしめた。
「大丈夫。ローワンは、勝つよ。あたしがついてる」
少しでも落ち着けば良いなと抱きついたものの、肝心のローワンはビシリと硬直していた。
驚きすぎて毛の逆立った猫みたい。あれか、初めての体験に戸惑ってるのか?
あたしは小さいころからずっとねえちゃんに抱きしめられてきたから慣れてるけど、ローワンは初めてだとしたら、そりゃ戸惑うか。慣れてもらうしかないんだけど。
これからはもっと抱きしめてあげようと思いながら、ゆっくり背中を撫でておく。これも、ねえちゃんがしてくれたこと。
きっと魔王との戦いを前に、不安がっているであろうローワンを励まそうと、あたしは自分の思いつく限りの励ましを施した。
まぁその全部が、ねえちゃんにしてもらったことなんだけど。
結果、あたしはなぜか、ローワンからきつくきつく抱きしめられることになった。ほんとになぜ?
「ぐぇ」
巫女としてどころか、女としてもダメそうな声が洩れた。ローワン、力強すぎ。まぁ体がデカいから、仕方ないか。
「ローワン、ちょっと、腕、緩めて」
あたしの嘆願は無事聞き届けられ、程よい力になったので、褒めておく。
「そう、このくらいでお願い。力が強すぎると、潰れちゃうからね」
あたしの言葉に、ローワンはいたく驚いているらしかった。
「潰れる……? リリーが?」
「そうだよ。人間って脆いんだから、丁重に扱ってよね」
「……承知した」
繊細なものに触れるような、丁重な扱いをされるのは、悪くない……というか、まぁ、気分が良いものだ。
ローワンは知らないだけだから、教えればすぐに学習する。こんなことなら、もっと早く教えておけば良かったな。
そしたら寂しいときとか、ねえちゃんが忙しいときにローワンが代役してくれたのでは? 抱きしめられたい欲を満たせたのでは? ジェネリックねえちゃんだったのでは?
これからはもっと積極的に抱きしめてもらおうと、こっそり決意した。
でも、ねえちゃんに抱きしめられるのと、ローワンに抱きしめられるのは、なんか、違う気がする。
何が違うんだろう? 胸板の厚さと、腕の太さ??
「お待たせしました。最後の仕上げに参りましょう」
第二王子たちの元へ戻ると、みんな支度を整えていた。とくに第二王子はその瞳に覚悟を湛えて、やり遂げるという強い意志を感じた。
良い傾向だ。さっきの第一王子への対処といい、こいつは行動を完遂する力がある。人間的にはめちゃくちゃ気に食わないけど。普通に大嫌いだけど。
王宮の深部へ足を進め、あたしにもぼんやりと、ローワンの言っていた気配らしきものを感じられるようになってきた。
国王が悪魔と、魔王と繋がっていた? だから聖人に酷いことをした? でもそれなら、なぜ聖人を欲しがったの?
ぐるぐると疑問が胸に渦を巻きながら、あたしは初代巫女についての資料とその結末を思い出していた。
初代巫女は、どこにでも居る孤児だった。
それがある日突然、神託を受けて巫女になった。
まるでだれかのようだ。いや、まぁあたしは神託なんて受けてませんけどね。雰囲気の話です。
その初代巫女が、巫女として起ち、あちこちを放浪した最後に腰を下ろしたのが、この国だった。
伝手も土地勘もないこの国で、なぜか巫女は教会を立ち上げた。それを手助けしたのが、当時この周辺を治めていた領主だったらしい。まだ国として成立していなかったこの国を纏め上げ、王として君臨したのが、この領主だ。
その後、巫女は王となった領主と結ばれ、国は繁栄していく。大陸の半分を治める大国となれたのも、巫女の存在が大きかったはずだ。
この国の王族が、巫女の血筋を引く者として、尊き血族だと謳われているのは、これが理由だ。
以後、王族はたびたび教会の聖人を娶ることで、尊き血筋と聖なる血筋の両方を受け継いできた、らしい。
正直眉唾だと思うけど、まぁ何かに縋って信じたくなる気持ちもわかる。
ねえちゃんが力の強い聖人として王族と結婚を迫られたのも、このへんの理由が大きいと思う。過去にも飛び抜けて力の強い聖人は、王族に取り込まれてきた。
王族が教会への影響力が強いのは、血縁関係があることも大いに起因しているだろう。
実は、あたしにも王族から婚姻の打診が来た。この国に限らず、あちらこちらの国から。それだけ巫女の存在は、為政者にとって魅力的なものらしい。
もちろんそのすべてを突っぱねて蹴散らしてやったんだけど。
ねえちゃんを火刑に処した第一王子からの打診については、どこよりも丁寧にお断りしておいた。何やら怒り狂って暴れていたらしいが、知らん。
この時間ではまだ起こってないけど、第一王子はねえちゃんを火刑に追い込んだ原因でもある。絶対に許さん。正直、顔すら見たくない。
……まぁそう思ってたら、実際顔見る前に第二王子が首刎ねちゃったんだけどね! ウケる〜!!
たとえばの話なんだけど、もしも。
初代巫女も、あたしと同じことをやっていたとしたら?
推測の域を出ない、完全な憶測だけど。そう考えると、現状に納得できてしまう。
悪魔と契約した巫女が、その悪魔を魔王にして、国の繁栄のため、王宮に縛り付けたとしたら。王族が巫女の血を引くのも、聖人の血を求めるのも、必然なのでは?
……なんてね!
やだやだ、もうすぐ念願叶うってのに、なんか辛気臭くなっちゃった。だめだなぁ。さすがのあたしも、やっぱり対価の支払いについてとか考えちゃって、ナーバスなのかも。
あ、あたしがナーバスだから、ローワンもインスタビリティになったのか? わからん。
深部へ近づくほど、気配は濃く強くなっていく。あたしとローワン以外の人間も、さすがに違和感みたいなものを察しているらしい。
普通の人間にも感じ取ることができるレベルだとしたら、やっぱり間違いなく、魔王なんだろう。
ローワンは、絶対に勝つ。
ここに居る魔王がどんなに長生きで強い魔王だとしても、あたしはあたしのすべてを代償にしてでも、ローワンを最強の魔王にしてみせる。
もちろん、不足分があれば、これまで救ってきた人間から徴収させてもらいます。だって慈善事業じゃないし。対価ありきの信仰だし。
いまや教会と拮抗、もしくはやや優勢になった『ナナカマド様』の信仰は、魔王にだって匹敵するだろう。
殴り合いとかならたぶん、あたしにだって出る幕はあると思うんだよね。なんなら国王の王冠を奪い取ってそれで殴れば良いわけだし。
魔力のぶつかり合いとか言われたら、もう無理だけど。でも悪しきものに浄化をぶつけたらちょっとくらい効くのでは? 退魔で弱体化できたりしない? 無理?
こんなことならローワンで試しておけば良かった。いや、ローワンにダメージが入るのは可哀想だけど。あたしなら治せる……いや、聖人の力は良くないのか? わからん。
あれこれと考えていたら、ついに一番大きくて一番豪奢なドアの前に着いた。究極に無駄な装飾……王族は金かけないと死ぬのか? 孤児には理解できない次元の問題だな。
素材的にもサイズ的にも一人で開けるの無理そう……と思っていたら、第二王子の部下たちが数人がかりで開けてくれた。なるほど、ドアって一人では開けないタイプもあるんだな。
ドアの隙間からは、いかにもな怪しいオーラがバシバシと漏れ出ている。
さぁ、魔王討伐と洒落込みましょうか。
余談
「やっと、ねえちゃんの仇を討てた!」
「いきいきと貴族たちを殴ってるときは、見つかったらどうしようかと思ったぞ……」
「大丈夫! 全力でボコボコにするために、他の人たちは遠くに誘導しといたし!」
「巫女の発言、強すぎるな」
「巫女だからこそ、だよ。まさか第二王子たちも、あたしが単身乗り込んで人を殴るとは思わないでしょ」
「なぜ殴られているのか、不審に思われないか?」
「追い込まれた貴族たちが襲いかかって来たから、ローワンが撃退したって言えば、信じてたね」
「……リリーは巫女と呼ぶには邪悪すぎるな」
「いやぁ。実際、本物の巫女ではないからね!」
「褒めてないぞ」
都合が良いから巫女と名乗ってるだけで、べつに巫女ではないリリー。
ねえちゃんのためなら人を殴るのも始末するのも、まったく躊躇いがないです。
ローワンはローワンで、そんなリリーのことを面白く思ってるので、リリーが何かするときは、だいたいフォローしてます。
リリーの悪事がバレないのは、ローワンの隠蔽工作のおかげかも。




