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姉の嘆き

 私は未熟な姉でした。

 たった一人の妹すら守れない、不出来な姉でした。


 せめて妹が残してくれたこの平穏は、なんとしても守り抜いてみせる。




 私の世界は、とても狭いものでした。小さな箱のような部屋で、その中にあるさらに小さな箱が、私の居場所でした。


 その部屋は見世物小屋の一室で、私の世話をしてくれる人の部屋のようでした。


「アマリリス、おいで」


 私の世話をしてくれたのは、私によく似た、金髪に青い瞳をした女の人。可憐で儚い雰囲気のその人は、見た目にそぐわず言葉遣いが雑でした。

「こんなとこで、悪いね。でも、あんたが見つかるわけにはいかないんだ」

 その人は私を狭い箱に詰めながら、いつも謝っていました。私に灰を振りかけながら、いつも謝っていました。

 けれど決して箱から出ても良いとは言いませんでしたし、灰を振りかけるのをやめることもありませんでした。



 箱のような部屋には、女の人と、その夫だという男の人が暮らしていました。男の人は言葉遣いが比較的綺麗だったので、私はこの人の言葉遣いを真似て言葉を覚えました。


 箱は小さくて狭い上に、壁も薄いので、外の音がよく聞こえました。たくさんの音を聞いて、私はいろんなことを学びました。

 また、女の人も私に様々なことを教えてくれました。言葉、文字、知識。それと、貴族としての言葉遣いと立ち居振る舞い。

 驚いたことに、その人は平民ではなく、元は貴族のご令嬢だったそうです。見世物小屋で生活するのに必要ないとは思いますが、教えてもらったものは覚えました。



「……おかあさん?」

「残念だけど、違うんだ。でも、似たようなもんだね」

 私が母と呼びかけたとき、その人は泣きそうな顔で笑いました。そんな表情を見たのは初めてなので、とても驚きました。

「ちがうの? じゃあ、わたしのおかあさんは?」

 今度こそその人は顔をくしゃりと歪めて、泣きそうになりました。


「……死んだんだよ」

「しんだ? しんだってなに?」

「もう会えないってことだ」

「おかあさんじゃないのに、どうしてわたしのおせわしてくれるの?」

「ねえちゃんに、あんたの母さんに、頼まれたからね。それに、あたしにとってもあんたは、大切な姪っ子だよ」

「めいっこ? なに?」

「あたしはね、あんたの母さんの妹なんだ」

「いもうと? かぞく?」

「そうだね。家族だよ」

 難しいことはわかりませんでしたが、家族という言葉に安心しました。家族。お互いを大切に思い合い、守り合うもの。


 女の人は、本当の子どもでもない私の世話を、何くれとなく焼いてくれました。私は箱の中で少しずつ大きくなり、やがて箱に入り切らなくなりました。

 箱からはみ出す私を見て、女の人は困ったように笑いました。

「仕方ないね。なるべく物音を立てないように、静かに過ごすんだよ」

 私は箱から出て生活することになりました。なるべく気配を殺して、ひっそりと過ごすようになりました。



 物音を立てずに生活する術を身に着け始めた頃、女の人は体調を崩すようになりました。病気かと心配すると、嬉しそうに笑っていました。

「これは病気じゃないよ。しばらくしたら治まるから、心配しなくて良いからね」

 そう言って、お腹を撫でる女の人は、とても神聖な生き物のようでした。


 しばらく経つと、女の人のお腹が膨らんできました。やはり病気かと心配する私を見て、女の人は笑いました。

「子どもができたんだ。あんたのきょうだいだよ」

 そう言って、私の手を取り、膨らんだお腹に当てました。内側から何かが殴ったような感覚に、私はとても驚きました。

「ここに、子どもが居るんだよ。きっとあんたにも世話をしてもらうと思うから、可愛がってやってね」


 やがて女の人は、部屋で過ごすことが増えました。大きなお腹を抱えて、動き回るのはたいへんそうでした。

 このあたりで私は、女の人が拾った小間使いとして、小さな箱を出て堂々と生活することができるようになりました。

 私は自分が手伝いをすることで女の人が助かると言ってくれるのが、とても嬉しく思いました。


 女の人のお腹はますます大きくなり、今にもはち切れそうだと思っていたら、ついに子どもが生まれました。

 小さくて、柔らかくて、とても温かい存在。女の人によく似た、金の髪をしていました。青い瞳も同じかと思っていたら、私と同じヘーゼルも混ざっていました。

 私は自分と同じ色を持ったその子どもを、とても愛しく思いました。


「ごらん、アマリリス。あんたの妹だよ。名前は、リリー」

「リリー……わたしの、いもうと」

「そうだよ、あんたの妹だ。可愛がってやってね」


 リリーを産んでしばらくすると、女の人はまた部屋を出る時間が長くなりました。酷く青い顔でも休むことなく、箱を出て仕事をしている様子でした。その間は私がリリーの面倒を見ました。

 リリーはよく泣く子どもでした。お腹が空いたら泣き、眠くなったら泣き、理由がなくとも泣きました。私はリリーが泣くたびに、自分が必要とされていると思えました。女の人もいつだって褒めてくれたので、ここに居て良いのだと思えました。


 あるとき、リリーが酷く体調を崩し、このままでは死んでしまうと思いました。女の人に相談すると、女の人はリリーに手を翳し、何やらぼんやりとした光がリリーを包みました。

 リリーはたちまち元気になり、女の人は酷く疲れた様子で倒れ込みました。私はその様子にとても驚きました。

「いまのはなに?」

「これは、あたしたちの使える力だよ。あんたも使えるはずさ」

 私も言われるままにやってみると、掌がぼんやりと光りました。どうやらこれが力というものだそうです。


「いいかい、この力は貴重だ。しかも、あたしたちの力はそのへんのやつより、格別に強い。あんたも、リリーもね。絶対、人に知られてはいけないよ」


 それ以降、女の人は私に、力の使い方も教えてくれました。治癒、浄化、結界、加護、退魔。どうやら私には退魔の力は備わっていないようでしたが、使い方は教えてもらいました。どうしても必要になることがあれば使えるようにと、教えられました。

 今にして思うと、これは将来、リリーに教えるためだったのかもしれません。


 女の人は、日毎に弱っていきました。まるで毎日命を削っているようでした。部屋の外で何をしているのか、聞いたことはありません。しかし、推測することはできます。

 私には人に知られてはいけないと話したその力を、女の人は部屋の外で使っているようでした。しかも、使うたびに酷く消耗していました。これは自分の限界を超えて力を使ったときの症状によく似ていました。


「これはもう、仕方ないんだ。力を知られた人間は、こうして使い捨てられる。あんたたちは絶対に、知られてはいけないよ」

 酷く顔色の悪い女の人が、諦めたように笑いました。




 リリーが三歳になる少し前、私たちの状況が一転しました。



 見世物小屋が物取りに襲撃されたのです。彼らは略奪の限りを尽くし、最後は火を放ちました。とくに女の人は魔女と罵倒され、散々痛めつけられた最後に、生きたまま火にかけられたのです。


 私は目の前で起こったことが、理解できませんでした。


 女の人は、笑っていました。諦めたような、安堵したような、そんな笑顔でした。そして、笑いながら唱っていました。すべてを灼き尽くすような、炎の歌を。

 その炎は火をつけた物取りたちをも燃やして、何もかもを燃やして、最後には何も残りませんでした。


 私とリリーだけが、ぽつんと取り残されたのです。それは、女の人が結界を作ってくれたから。私たちを害する者たちを灼き尽くしてくれたから。



 物取りが襲撃した際、女の人は私とリリーを何やら囲いの中に入れて、決して動かないよう言いつけました。そして小さく何事かを唱えて、私とリリーは結界に閉じこもったのです。


 私は必死にリリーを胸に抱きしめ、リリーの目には何も映らないようにしました。可能であれば耳も塞ぎたかったのですが、私の腕では限界がありました。

 リリーはよく泣く子どもだったのに、聡い子だからか、襲撃の間は、決して泣きませんでした。声一つ上げず、ただじっと私を、私だけを見つめていました。


 地獄を見届けるのは、私だけで十分だから。

 リリーの瞳に映るのは、美しいものであってほしい。それは私の、姉としての願いでした。


 あらゆるものが燃えるのを最後まで見つめながら、私はリリーの温もりに救われていました。



 火にかけられた女の人は、唱いながら、最後に私たちへ言いました。


「アマリリス、リリーをよろしくね。苦労ばかりかけることになると思う。けれど、たった二人の姉妹、仲良く幸せにね。絶対に力を見られてはいけないよ」


 熱いはずなのに、痛くないはずがないのに、女の人は最後まで笑っていました。まるで、私の記憶に残る顔が、笑顔で終わらせたいような。

 私は首が痛くなるまで何度も頷いて、了承を示しました。そんな私を見た女の人は、やはり嬉しそうに笑みを深めて、やがて動かなくなり、燃えて、燃え尽きて、最後には何も残りませんでした。



 こうして私たちは、二人きりになりました。



 リリーはよく泣く子どもでしたが、喋らない子どもでした。女の人が居なくなって、私と二人きりの生活になっても、しばらくは喋りませんでした。

 けれどどこへ行くにも必ず私の後ろをぴったりとついて歩き、まるで居なくならないよう見ているようでした。


 リリーが喋ることはありませんでしたが、私はリリーに話しかけました。とにかくたくさん声をかけました。 

 あらゆることを教えました。女の人が私に教えてくれたように、すべてをリリーに教えました。


 言葉、知識、文字。使うかわからないけれど、貴族としての言葉遣いと立ち居振る舞いも。

 灰を被らないといけないこと。病気にならないために清潔を保つこと。食べられるものと食べられないもののこと。

 力のことは、リリーが気づくまで教えないことにしました。叶うならば、発現しなければ良いとさえ思いました。


 力を持った人間の末路を、その凄惨な最期を、見届けてしまった私は、力なんて無ければ良いとすら思いました。

 だけどリリーはあの人の娘。きっと、私より強い力を持っていることでしょう。

 願わくば、どうか自分で制御できる年齢になってから発現しますようにと思わずにいられません。



 ある日突然、私以外の声がしました。

「ねえちゃん」

 小さな鈴が転がるように可愛らしいその声は、間違いなくリリーの声でした。リリーが私を姉と呼ぶ声でした。

「ねえちゃん、いつもありがとう。あたしも、てつだう」

 言葉遣いがあまりよろしくないのは、あの人に似てしまったのでしょうか。だけど私は、その懐かしさと嬉しさに泣いてしまいました。

 私を、姉と呼んでくれる。家族と認めてくれる。リリーの存在は、私のすべてになりました。


 リリーはあの人にそっくりでした。私を育ててくれた、私に妹をくれた、あの人に。


 私はなんだか胸がいっぱいになって、リリーを抱きしめて泣いてしまいました。それをどう思ったのか、リリーはそれ以来、驚くほどによく喋る子どもになりました。

 くるくると表情が変わり、まっすぐに私を慕ってくれる、愛しいリリー。

 火に焼かれながら笑っていたあの人の気持ちが、私にもわかりました。リリーが笑ってくれるなら、私はどんなことにも耐えられる。


 それからは二人静かに、穏やかに暮らしました。


 平穏に過ごす日々の途中、リリーが迷子になるというアクシデントはあったものの、無事に見つかり、その際に面倒を見てくれたらしいローワンという少年にリリーが懐いたこともあって、二人暮らしは三人暮らしになりました。



 ずっとこうして、いつまでも寧静な日々が続くと思っていたのです。




 それはリリーが六歳になって少しした頃のこと。


 ある日、朝起こしたリリーが、私を見て突然泣き始めました。そんなことは初めてだったので、とても驚きました。

 きっと怖い夢でも見たのだと思い、いつものように宥めていると、なぜかますます泣き出したので、私は困ってしまいました。

 そこへローワンが間に入ったことでリリーが落ち着き、私はリリーの成長を感じずにはいられませんでした。


 私の世界はいつまでもリリーかリリー以外しか居ないのに、リリーの世界はいつの間にか、私以外にもローワンが増えていた。


 それはとても大きな衝撃でした。


 しかし姉として、リリーの成長を、世界の広がりを、喜ばないわけにいきません。私以外を欲しがらないで、なんて、姉の言葉ではありません。

 私のわがままで、リリーの世界を狭めるなんて、あってはならないのです。


 しかし、変化はそれだけではなかったのです。


 リリーが天啓を受けたと話し、巫女になると宣言したのです。その姿はまさに伝説でしか聞いたことのない巫女の存在そのもので、私は目の前が真っ暗になりました。


 あぁ、泣いていたのは、神託を受けたから? これから起こる悲劇を見てしまったから? 力を持つ人間の末路を知ってしまったから?


 絶望する私を見てリリーは何を思ったのか、自分が巫女になればこうして隠れて暮らすこともなくなるのだと、自分で選んだ道なのだと必死に説いていました。

 その姿は間違いなく、神聖なる巫女でした。人々を救う力を持つ、巫女でした。


 リリーは、私の妹だけでなく、世界をも救う力を持った巫女になってしまったのです。



 それからのリリーは、巫女として各地を巡りながら、多くの人々を救いました。別け隔てなく、あらゆる人を救いました。

 その姿は紛うことなく巫女としか表現できない、神聖なる存在でした。


 私は人々が例外なく傅くリリーを見ながら、どうしようもない寂寥感を抱えていました。

 リリーは、もう私なんて必要ないのかもしれない。そう思うと、どうしようもなく不安になりました。私が生きていて良い理由が、なくなったように感じました。


 しかし、人々の前で凛と立つ姿とは一転して、私の前では以前のように……いえ、以前に増して私に甘えるリリーの姿を見ると、とても心が落ち着きました。

 私は必要とされているのだと、強く思えました。私がリリーを補助することを、とても喜んでくれました。


 リリーは巫女である前に、私の妹であると言ってくれているようで、私はとても嬉しかったのです。



 リリーが巫女として成果を成すと、人々はますますリリーに頭を垂れました。

 最初こそ私たち三人で始めた活動も、気づけば数え切れないほどの大所帯になりました。その中でも、リリーが気を配ってくれるから、私もローワンも、リリーに次ぐ立場を確立されていました。


 リリーは、私の妹は、いつの間にか、こんなにも成長していたのです。


 それは喜ばしいことのはずなのに、私はどうしても、込み上げる寂寞を感じずには居られませんでした。リリーは、私が教えた以上のことを成し、結果を出していました。



 教会の教皇が改宗してしばらく経ち、私は出会ってしまったのです。私の、運命を変える人に。


 一目見た瞬間、この人だと思いました。この人以外に居ないとわかりました。

 それはかつてあの人が話してくれた、恋に落ちるという感覚だと理解しました。

 私は自分なりに隠しているつもりでしたが、リリーにはお見通しなようでした。


「ねえちゃんは、幸せになってね」


 リリーは何度も繰り返しました。まるで自分の幸せなんてどうでも良いとでも言うようなその態度に、ではリリーはどうやって幸せになるのだろうと思いました。


 私を幸せにしてくれたリリー。多くの人々を救ったリリー。


 だったら、リリーは誰が幸せにするの?


 その相手はどう考えても、私ではないということだけがわかりました。なぜなら私の相手がリリーではないからです。

 リリーに救われて生きる意味を貰い幸せまで貰った私は、リリー以外を選んでしまったからです。なんて、罰当たりな人間なのでしょうか。



 どうすればリリーを幸せにできるかわからないまま、時間だけが過ぎていきました。

 その間にも私は私を選んでくれた好きな人と生きることを決め、そのための準備に明け暮れました。忙しく、けれどとても幸福な時間を過ごす私を見て、リリーは泣きそうな顔で笑いました。

 その顔は本当に、あの人にそっくりで。私はあの人との約束を果たせているのかと、じくじく胸が痛みました。




 そして運命の日。


 私は人々に、リリーに祝福されながら、好きな人と婚礼をしました。あの瞬間、私は間違いなく世界一幸福な花嫁でした。


 婚礼の前、家族で過ごす最後の時間、リリーは私を見て泣きに泣きました。その姿はやはり私の妹でしかなく、またこんな小さな体で多くの人々を、私を救ってきたのだと思うと、私まで泣きそうになりました。

 最後くらい抱きしめて過ごしたいと思っていたら、リリーは私ではなく、ローワンに抱きついて泣いたのです。

 私は自分がショックを受けていることに、さらにショックを受けました。

 リリーを置いて婚礼を挙げる私に、リリーが自分を選ばなかったことを責める権利などありません。むしろローワンに感謝しなければならないというのに。


「幸せになれ、アマリリス」

「ねえちゃんが幸せで居てくれたら、それだけで幸せだよ」


 リリーとローワンの言葉に、私は感謝すべきなのに。どうしようもない疎外感を抱いてしまうなんて。私は本当に、愚かな姉です。



 礼拝堂でリリーに祝福され、人々に祝福され。拍手と鐘の音に包まれながら、国中から、大陸中から祝福を受けた。

 なんの後ろ盾もない、ただの孤児だったはずの私は、正しく王妃と迎えられた。

 すべて、なにもかも、リリーのおかげだ。巫女の姉として、巫女の補佐として、リリーが私を扱い、地位を確立してくれたおかげ。


 リリー、あなたのおかげで、私はとても幸せです。



 翌日、大陸中で大量の突然死が報告されるまで、私はこの幸せが犠牲の上に成り立っていることを、忘れていたのです。


 国中のみならず、大陸中での突然死が続々と報告され、情けないことに何もできず、何もわからない私は、リリーを頼ることにしました。


 しかし、それは叶いませんでした。


 ぴたりと閉じられた礼拝堂の扉は隙間も開くことは無く、ただ時間だけが過ぎていきました。物音一つしない礼拝堂の中にリリーが居ると聞いて、悪い想像ばかり頭を過りました。


 三日後。何をしても開かなかったのが嘘のように、扉はあっさりと開きました。

 隙間から身を滑り込ませるように礼拝堂に転がり込み、目の前に広がる光景に目を疑いました。


 リリーが、光る石のようなものに閉じこめられ、まるで供物のように祭壇に鎮座していたのです。

「リリー!!」

 いくら呼んでも、叫んでも、リリーが応えることはありませんでした。石に隔てられ、リリーに触れることすら叶いません。


 やがてローワンが握っていたという手紙を渡され、私は事の顛末を知ったのです。

 それはリリーの覚悟でした。固い決意の表れでした。傍らに倒れていたローワンは、リリーに追随したのです。


 私が、私だけが、何も知らず、能天気に幸せを享受していたのです。

 なんて愚かで、恥知らずなのでしょう。


 私は、あの人との約束を、果たすことができなかった。たった一人の(リリー)を守ることすら、できなかったのです。




 私にできることは、なんだろうか。


 それからの私は、国王と手を取り合い、国の平定に、大陸の安寧に、心を砕きました。

 リリーが残してくれた手紙を元に、信仰の象徴として、リリーを祀りました。人々は感涙して、リリーに縋りました。


 本当は、あの冷たい石から、リリーを出してあげたかった。抱きしめてあげたかった。きちんと埋葬してあげたかった。

 だけどリリーの手紙にあったように、リリーの意志を尊重して、祭壇に祀りました。

 私のわがままで、リリーの覚悟を無に帰すことはできません。



 私の妹は、私だけの妹でなくなってしまった。それは私の報いであり、罰であり、当然の罪科でした。


 私の幸せは、リリーの献身の上に成り立っていたのです。なのに私は、それを忘れていた。だから、罰が下ったのです。



 リリー、私の、愛しい妹。

 本当にごめんなさい。あなたは私を幸せにしてくれたのに。私はあなたを、ついぞ幸せにできなかった。

 私の幸せのために、あなたは多くのものを捧げてくれたというのに。私は何も返せなかった。


 あなたはたくさんの愛を捧げてくれたのに。私は奪ってばかりでした。

 私は私が恥ずかしい。本当に、ごめんなさい。


 あなたは手紙で、私を褒めてくれたけれど。本当は何一つ、褒められるようなことは、できていなかったのに。あなたは本当に、優しい子でした。

 溢れんばかりの愛をくれたのは、授けてくれたのは、リリー、あなたです。

 私はあなたの姉で、本当に幸せでした。


 せめてあなたの残してくれた平定は、なんとしても守り抜いてみせるから。

 だからどうか、見守っていて。あなたに見せても恥ずかしくない国にしてみせるから。


 いつか、どこかで生まれ変わることがあれば。あなたの名前を、たくさん呼ぶから。

 あなたをまた、抱きしめたいの。




 私は今日も、礼拝堂で巫女(いもうと)に祈りを捧げる。

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