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最終話 ふたりぼっちの雨天決行

 この日、私たちは地元のラジオ局に来ていた。フェスで認知度の上がった私たちは番組のゲストに呼ばれ、特集を組んでもらうことになっていた。

 「では最後に、何か告知などは……」

 パーソナリティーは促す。アキは意気込んで言った。

 「ワンマンライブやります!」

 私たちの、青森での最終ステップだった。



 「ワンマンやろう」

 アキの父親との決別の直後、私はアキにそう言った。

 「私たちだけで企画して、告知して、これを成功させよう」

 「ワンマン……」

 ワンマンライブはバンドマンの最初の憧れだ。自分たちだけの客を集めると言うことは、自分たちの全てを浮き彫りにする。

 アキは躊躇した。

 「できるのかな……あたしたちに」

 バンドを組んで初めて聞いた弱気な発言だった。

 アキは明るくて華やかだが、別に根っからそうなわけじゃない。むしろ緊張しいで、それを勢いとやる気で誤魔化してきただけだ。私と組んでそこに覚悟も加わった。

 「私は怖いよ」

 素直に言った。ここで失敗したら烙印が押されてしまう。今まで積み重ねてきたものが全て無に帰すに等しい。

 「それでもやらなきゃ。私たちがここにいるって言わなきゃ」

 視界に映る山々を指さす。

 「あれを壊そう。二人でならできるよ」

 ワンマンをやることは、私たちにとって意味は無い。私たちはただ八つ当たりがしたいだけなんだから。自分たちの居場所を作りたいだけなんだから。

 それでもやらなきゃ。私はそう思った。もう帰る場所など無い私たちは、何かを成し遂げて、ここから出なければ。そのための足がかりがワンマンだった。

 「二人で……」

 アキは私の指の先を目で追った。

 「そうだね、今は二人だった」

 そう呟いた後、アキはいつも通りに戻った。

 「やろう。やってやろう。やるしかない」

 空は曇り始めていた。私たちにはお似合いだった。



 ライブを告知するために、新聞社に片っ端から連絡し、そこら中にデモCDを送りまくる。ライブの数も増やし、呼ばれたラジオ番組には片っ端から出まくった。

 何をどれだけしたかは覚えていない。ただただがむしゃらだった。

 「つ、疲れた……」

 先に音を上げたのは私の方だ。寝る間も惜しんで曲を作っていてガタが来た。ここに来て今までの不健康な生活が尾を引いている。

 「だから毎日牛丼はダメだったんだよ」

 「ごめん……」

 「言い出しっぺなのになぁー」

 呆れながらも、アキはどこか嬉しそうに私の世話を焼いていた。

 結局私は熱を出し、数日間の休暇を取ることになった。

 「はいこれ。おかゆ作ったから食べて」

 「ありがと……」

 すっかり同居状態となった私たち。アキは私よりもこの家のことに詳しくなった。

 「……あの時、食べてあげられなくてごめんね」

 スプーンを私の口に運びながらアキは言った。

 「そんなこと気にしなくていいのに」

 「あたしが気にするの。だからこれでおあいこね」

 「はいはい」

 おかゆを平らげ、薬を飲んで眠る。寝ているのか起きているのか曖昧な時に、どこからか声が聞こえた。

 「ありがとう、マヒロ」

 夢か現か分からない。

 「あたし、マヒロがいなかったらどうなってたかな」


 「お父さんの言う通り、地元の大学に行ってたのかな」


 「それでも悪くなかったかもな、って今なら思うの。でも絶対に音楽からは逃げられなかった気がする。それで我慢できなくなって挑戦して、やっぱりあたしじゃダメだったんだってなってた」


 「音楽だけが幸せになる道じゃないって、思ってたかもしれない」


 「だからこそ、あの日マヒロがあたしと一緒に濡れてくれる? って聞いた時、ほんとに嬉しかった」


 「あたし、幸せじゃなくていいやって思えたから」


 「マヒロと音楽やりたいって、思えたから」


 「だから、ありがとう」


 「こんな時にしかありがとうって言えなくて、あたしダサいね」

 夢か現か分からない。けれどそんなことどうでもよかったから、私は「私もありがとう」と言ったはずだ。そこから先の記憶は無い。



 三月になり、降雪が収まってくる頃。私たちのワンマンライブが目前に迫っていた。前売りはほとんど売れ、当日券は僅かという上々すぎるほどの成果だ。

 会場は青森市から少し離れた、弘前市内のコンサートホール。キャパは大体五百人。初めてにしては持て余してしまうほどの大きさだ。

 打てる手は全て打った。後はなるようになれ────そう思った時、季節外れの大雪が来た。



 電車は止まり、私たちは楽器を抱えながら駅で事態が好転するのを待っていた。青森市から弘前市まで五十分ほど。ライブ開始まであと一時間と少し。今から行けたとしてもロクにリハができない。

 「どうしよう……」

 アキの顔は青ざめていた。不安そうに外の降雪を見ている。

 「このままじゃライブができない」

 私は憤っていた。

 こんなもので、たかが自然現象で私たちが止められていることに対して腹が立っていた。お前たちはどこにも行けないと言われていると思った。

 「歌おう」

 気づいたらそう言っていた。

 「え?」

 アキは素っ頓狂な声を上げる。構内の演奏行為はもちろん禁止だ。

 「このままじっとしてるなんて耐えられない。もしかしたらこの中に私たちのライブに来ようとしてる人もいるかもしれない」

 おあつらえ向きに、長時間の運転見合わせでたくさんの人が構内に溜まっている。ギャラリーとしては充分すぎるほどだ。

 「アキはいいの?」

 私は自分を抑えられなかった。

 「こんな雪で諦めていいの?」

 「い、いいわけない」

 「止まない雨は無いし、止まない雪は無いよ。大事なワンマンの当日にこんな大雪なんておかしいよ! 抗わなきゃ!」

 声が大きくなっていく。群衆がざわめきだした。

 「私、許せない。こんなところで終わらない。終わらせない!」

 私はギターを引っ張り出した。

 「まだ始まってすらいない!」

 大きく息を吸った。

 「聞いてください! 歌います!」

 急にギターを弾きだした女に、目線が集中する。一瞬怖気づいた。それでもやらなきゃ。

 「歌います!」

 アキも立ち上がった。

 「ごめん、不安になってた」

 アキは冷や汗をかきながら、それでも笑った。

 「一緒に濡れるって、決めたから!」

 一曲歌い終わり、二曲歌い終わる頃には、私たちを中心に円ができていた。三曲終わる時には盛り上がりすぎて駅員が止められないほどだった。

 十曲歌ってようやく電車が動き出した。今から行ってもライブには間に合わない。

 「あの!」

 電車に乗り込む直前アキが叫んだ。

 「弘前でこれからワンマンライブやります! ので! ぜひ来てください! 当日券と、立ち見もオッケーですから!」

 駅員から逃げるように電車に乗り込む。雪の寒さを忘れるくらい歌っていた私たちは、薄着になったお互いを見て笑い合った。

 「ちょっと、立ち見なんて許可出てないよ」

 私が額を指で小突くと、アキは舌を出した。

 「行くとこまで行くしかないでしょ!」



 「いよいよだね」

 ステージ袖でアキが言う。暗転の中、私は頷いた。見えていないだろうとは思ったが、分かってくれてるとも思った。

 「このライブ終わったらさ……東京行こっか」

 私が発した決意の約束に、アキは吹き出した。

 「何それ、当たり前じゃん。ていうか山を壊すってそういう意味じゃないの?」

 「いや、そうだけど。ちゃんと言ってなかったなって」

 「今更ヤボだなぁ、マヒロってさぁ……」

 ため息をつくと、アキは「ん」と手を広げた。いつものように抱き合う。

 「できるよね、あたしたち」

 「できる」

 「マヒロ、いつもより熱い」

 「アキも」

 そろそろです、とスタッフに言われ、ハグを解く。

 袖のぎりぎりまで迫って、アキは私を振り返った。

 「あたしたち、もっともっとすごいことになるよ」

 ステージに立つ。パッと明るくなり、眼前には埋め尽くすほどの客がいた。

 「ああ……」

 なんだか無性に泣けてきた。

 その時、人生はなるようにしかならない、と思った。

 腹が立って眠れないくらいの屈辱も、涙が溢れて仕方なかった悲しみも、帰郷するときの空しさも、その時は取り返しのつかないくらいの過ちに思えた。

 そんな歪んだ私だからこそ、目の前の光景が、私にぴったり収まる未来の形だと思えた。

 隣を見る。アキがいる。アキも泣きそうな顔をしていた。

 やっと答えの一端が見えた。



 開演を一時間遅らせた私たちのワンマンは、結論から言うと大成功だった。結局立ち見客なんて来るわけなく、僅かだった当日券がもっと少なくなっただけだが、私たちが構内でライブしていた動画がSNSでちょっとだけバズったらしい。

 「ねぇ……」

 「待って、悪い知らせなら聞きたくない」

 楽屋で感傷に浸っていたところ私が口を開くと、アキは手を翳して遮ってくる。

 「今だけもうちょっと気分よくいたい、かも」

 「……良い知らせ、かも」

 私がポケットから取り出したのは、一枚の名刺だ。

 「何それ」

 「レーベルの人の名刺」

 聞くや否やアキは私から名刺をぶんどった。

 「う、うそ! うそ!?」

 「袖で渡されちゃった……」

 告知のために私たちの曲をラジオにかけてもらっていたところを聞いていたらしく、どうやら構内ゲリラライブの時にもいたようだった。

 「最近音楽に力入れてるところみたいで、ぜひ一緒にやりたいって……どうする?」

 アキは肩を震わせている。いつものように泣いてるのかと思ったら満面の笑みだった。

 「答えなんて決まってるよ!」


 「やるしかない!」


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