第四話 鏡華
「ん、むぅ。……あれ、ここどこ?皆は?」
鏡華は寝起きで重たい目蓋を擦りながら、辺りを軽く見回す。そして異変に気が付いた。
「森の中?なんでこんなとこに居るの?意味分かんないんだけど。虫嫌だぁ」
鏡華は眼前に広がる鬱蒼とした木々を見て、虫がいる事を確信し、肩を落とした。
「ってか、皆どこなの?こんなとこで一人にしないでよ」
鏡華は未だに何が起こったのか理解が出来ず、あたふたと喚き、文句を垂れ流す。
だが、それが出来る時はもう既に過ぎ去っていた。
「え、何こいつ?犬?」
鏡華の周囲には総数六匹の狼の群れがギラギラと瞳を輝かせながら、涎を垂らしていた。その光景を見て、鏡華は戦慄する。
「え、ちょっと、どうなってるの!?」
鏡華はあまりの出来事に頭が混乱して、そして腰が引けてそのまま地面に倒れ込んだ。
「嫌……やめて!」
鏡華は叫ぶが狼は獲物を逃がすまいと逃げ道を塞ぐ様に立ちながら、様子を見ている。
そしてついに一匹の狼が駆け出し、鏡華に目掛けて飛び掛ってくる。
「来ないで!」
もう駄目だ、そこに居あわせる人が居たら誰しもがそう思うであろう状況、しかし、鏡華は恐れていた痛みが来ない事に驚き、顔を上げる。
「人が折角助けてやったのに、来ないではあんまりじゃないか?」
そこには薄い紙束を片手に持っている初老の男性が立っていた。
「おっさん、誰?ってそんなことより、早く逃げないと狼に食べられちゃうじゃん!」
「おっさんて、儂はそんな歳食っとらんわ。それに狼ってこいつらの事か?この程度の物怪に負けるわけなかろうが」
そう言うと初老の男性は片手に持った紙束を一枚手に取り、狼達に投げ付ける。
「霊符、熢穿火多重展開、急急如律令」
そう言って紙を放ると紙から炎が現出し、瞬く間に幾つもの炎の弾丸が生まれ、狼達の首筋を穿ち貫いた。そして火の玉はそこに留まらずその後方に生えた木々にぶつかりそれぞれが森を燃やし始める。
鏡華は余りにも非現実的な現象を目の当たりにして呆然と立ち尽くす。
「あ!若いもんに格好付けようとしたら、やり過ぎた!霊符、灑海雨、急急如律令!」
そう言うと初老の男性はまた一枚紙を取り出し、投げて雨を降らせた。
この超常現象を見た鏡華は頭の中で計算を始めた。
このおっさん、よく分かんないけど、火とか水とか出してるのよね。何でだろう。この人、怖い人なのかな……けど、あの狼に食べられる所を助けてくれたし、悪い人じゃないのかな?それと……あの火とかって私にも出せるのかな?こんな危ない所じゃ私だけだと絶対死んじゃうし……。
そこまで考えたところで、鏡華はいても立っても居られずに初老の男性の方へ歩き出す。
「おっさん!私にそれ、その火のやつ教えて……くださ……い……」
と、鏡華がそこまで言ったところで突如酷い頭痛が発生して、鏡華はグラりと立ちくらんだ。そして、狼や初老の男性のせいで精神が疲労していた鏡華は、そのまま倒れ込み、泥のように眠ってしまう。
「……これ、儂はどうすればいいんだ……?」
そこには呆気に取られながら、あたふたするおじさんの姿があった。