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【 虹獣 】 1章:リルト 3話:楽園(ラクエン)

 ここでの生活に慣れてきたリルトは庭で遊ぶ楽しい日々を過ごしていた。花々をいつもの様に眺め匂いを嗅いでいると、今まで気付かなかった甘い香りを感じ取った。その甘い香りが発せられる方へとゆっくりと近付き、その花を近くでくまなく嗅ぎ出した。甘い香りに誘われて、その匂いが特に強い部分を思わず舐めてみた。リルトは今までに感じた事の無い、不思議で甘美な味わいを感じ取り夢中で舐め続けた。


 リルトは舌先に近付く小さなものに気付き、舐めるのを止め、その小さなものに興味を抱き始めた。その小さなものはリルトが舐めていた花の部分へと近付き、その小さな口で花の甘い蜜を舐め出した。

「君も…この甘いの……好きなの?」

リルトの呟いた声が聴こえているのか、いないのか、その小さなものは黙々と蜜を舐め続けていた。

「君は…どんな味がするの?」

そうリルトは呟きながら、その小さなものを一舐めした。その小さなものは、いきなりの事に慌てふためきつつ、花の上から転げ落ちてしまった。転げ落ちた小さなものは、背から落ち仰向けになって足をばたばたとさせていた。それを眺めていたリルトは「遊んで欲しいのかな?…僕も遊んで欲しい!」と思い前足でその小さなものにじゃれ出した。リルトの出した前足が、その小さなものを起こす手伝いをしてしまい、起き上がる事が出来たその小さなものは、周囲を忙しく歩き回り、土の小さな穴の中へと消えて行ってしまった。その始終を眺めていたリルトは「あれ?…あれ?……まだ遊び始めたばっかりなのに……」と呆然としていた。


 花から動く物に好奇心が移ったリルトは、花や土の周りの小さなものを探し始めた。先日、花の蜜の所で出会った小さなものを見付けると同時に、同じ位の小さなものと遊んでいる姿を目にした。二匹は少し窪んだ所で少しの間を空けて一列に並んでいた。先日出会った小さなものが前でバタバタと動いており、リルトは「何の遊びをしてるんだろ?」と思いつつ「僕も仲間にいれて!」と前足をそこの窪みに伸ばそうとしたが、後ろの小さなものが前の小さなものを引っ張り、窪みの中心にあった小さな穴の中へと消えて行ってしまった。「あれ?…あれ?……僕、そんな小さな穴に入れないよ……」リルトは、またしても小さなものと遊ぶ事が出来ず、ただただ呆然としていた。


 地面にいる小さなものはリルトが入れない穴へと行ってしまい、一緒に遊んでくれないので花の付近で小さなものを探す事にした。リルト自身が甘い香りに誘われた様に、花は他のものにも好まれる様で、色々なもの達が交互に訪れていた。その中で忙しそうに何度も訪れる小さなものにリルトは興味を抱いた。その小さなものは地面から離れた所を自由に動き回っている。リルトは「僕も、僕も!」といった気持ちで同じ様に動き回ってみたいと、ただただ跳ねては落ち、跳ねては落ちを繰り返していた。何度跳ねても、その小さなものの様に地面から離れた所で自由に動く事が出来ず、何とかして同じ様に動いてみたいと、その小さなものに問い掛けた。

「ねぇねぇ!どうして地面から離れた所で、そんなに自由に動けるの?」

話し掛けられた小さなものは花の蜜を集めながら、

「それが当然な事だからさ」

と淡々と答えた。

「当然?…でも僕は君みたいに出来ないよ?」

とリルトは自分自身が出来ないからこそ疑問に思ったのに、当然な事と答えが返ってきたので、何で当然なのだろう?と思った。

「君と私は違う生き物だ。君にとっては当然ではなくとも、私にとっては当然なのさ」

「さてと、蜜を集め終えたし私はもう行くよ。集めたら帰る。帰って蜜を渡したら、また集めに行く。それを繰り返す。それが当然な事なのさ」

と、その小さなものは淡々と話した。

「それって楽しいの?」

自由気儘な日々を過ごしていたリルトにとって、同じ事を繰り返す日々を淡々と過ごす事が、楽しいのかどうなのか疑問に思った。

「楽しい?…ってなにさ?よく解らないが私は当然な事を当然な様にしているだけさ」

そう淡々と言いながらその小さなものは飛び去って行った。リルトは、その小さなものの話しに納得が行かず、その小さなものに着いて行ってみる事にした。


 その小さなものは、すぐ近くにあった物置小屋の隙間へと入り去った。リルトと母犬が、ここに身を寄せるきっかけとなった物置小屋である。その物置小屋は不揃いな木で骨組みがされており、使い古した雨戸やトタンが屋根や壁になっており、所々に出来た隙間は、その小さなものにとって程良い住み心地となっていた。


 リルトは、その小さなものが入り去った隙間を覗いてみようと思い近寄ると、その隙間から大勢の小さいものが飛び出してきた。

「…小型の獣か…」

「これは確か、私達の敵ではないですよね?」

「んー…、いや、敵ではないが、敵になりうる危険性もある。警戒は怠るな」

と、隊長格の二匹の会話に続き一匹の新米らしきものが、

「これが噂の奴でありますか⁉」

と、少々気負い気味に言い放った。

「…いや、これは奴ではない。獣というものだ。奴はこの様に大きくはない。私達より少し大きいくらいだ」

と、その小さなもの達の会話や警戒を伴う佇まいの中、リルトはそんな事にはお構いなく、ただただ好奇の心で、その小さなもの達を眺めていた。

「ん…、襲ってくる気配は無い様だ。巣へ戻るぞ」

その隊長格の言葉と同時に小さいもの達は、一斉に巣への隙間へと飛び去って行った。一匹残されたリルトは、大勢いるのだから誰か一匹くらいは遊んでくれると期待していたので、面を食らい立ち尽くしていた。


 そこへ一匹の小さなものが、

「おー…おー……これが獣というものか…」

と喋りながらリルトへ近付いてきた。

「君は…他の皆と一緒に戻らなかったの?」

と、その小さなものへリルトは不思議そうに問い掛けた。

「あー…あの皆はな、雌なんだ。おらはな、雄なんだ」

「子育てもな、食糧集めもな、警備もな、みーんな雌がやる。…雄はな、何もせん」

「偶に何かを手伝うものもおるが、雌ばかりで居心地が悪い。巣に居ても邪魔物扱いされるからな……」

「おー、一つあった。雄はな、交尾というものをするんだ」

暇をしていた、その小さなものが続けて喋る中、

「交尾?…」

と、リルトが口を挿んだ。

「うん。交尾だ。大事な使命だ。……おらもな、それ以外は解らん」

「…おめえは交尾の事を、何か知らんか?」

「んー……交尾…交尾か……」

そう小さなものは一匹で言い続けながら、どことなく虚ろな様子で空をふらふらと飛び去っていった。

「…へんなの……?」

リルトは、規則正しく淡々と忙しく行動するものの中で、怠惰なその雄におかしさを抱き、思わずそう呟いた。

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