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【 虹獣 】 5章:ルノア 2話:食事(ショクジ)

 部屋の片隅で考え続けるルノア。平穏だけど刺激がなく退屈な日々。幸せだけど張りがなく淡々とした日々。波乱であった頃は幸せとは呼べない過酷な環境であったけれども、刺激も張りもあって、ある意味充実した日々だった。

「皮肉なものだ…不幸せであった頃は対策するべき問題の多さから充実した獣生が送れていたというのに、いざ幸せを平穏を手に入れてみると生き方が解らなくなり不甲斐ない日々を送る事になろうとはな…」

ルノアは自分自身の現状に苛立ちを覚え、やるせない怒りを静かに呟いた。ふと目をやると部屋の片隅にある本棚が目に入る。丁度その時に七三一が部屋へと入ってきて本棚より本を手に取り読み始める。ルノアは七三一が何をしているのかと興味を抱き七三一の傍によって一緒に本を見るのであった。不思議な事に本に書かれた文字がルノアにも理解が出来るようになっていた。その事に戸惑いを感じつつも本への興味を抱いたルノアは、どんな事が書かれているのだろう?という疑問や、現状の問題について何かヒントが書かれているかも?という期待感が高まり、退屈な日々を打開してくれる何かを本へと求め出していた。本棚を改めて見るとそこには動物学の本やら歴史や古典やらがずらりと並んでいた。ルノアは興味を抱いた本を取ろうとしたが前足が届かず難儀していた、その様子に気付いた七三一が本棚へと近付きつつルノアへと声を掛ける。

「読みたいのか?」

「うん!読みたい!」

ルノアは即答で応えた。一見すると会話が成立しない猫と人との関係であるが、彼らは言語ではなく感覚によって話し合っていた。これは感話と呼ぶべきであろうか、主に動物同士でのコミュニケーションで使われる方法である。動物が好きで動物学を学んでいた七三一と、人間の使う言葉を理解し始めたルノアにとって、感話の手段は意思の疎通を図る最適な方法となったのだ。

「どれが読みたい?」

七三一はそう声を掛けながらルノアが前足で本を選択しやすいように、ルノアを抱きかかえルノアの反応を待つ。

「これ!後これと…これも!後は…」

ルノアは刺激がなく退屈な日々を送っていたせいか、貪欲な衝動が湧き起こり、あれこれと本に前足を付ける。抱きかかえていたルノアを床へと下ろし、ルノアが選択した本をルノアが読みやすいように床へと並べていく七三一。その様子をワクワクしながら心待ちにするルノア。様々な本が床へと置かれていくのであった。


 早速読み始めるルノア。ルノアは器用に前足の爪を使って一枚一枚ページをめくっていた。じっくりと咀嚼するように本に書かれた意味を消化吸収していく。時に過去を想い悔やんだり反省をしたり、時に未来を想い高揚したり思案をしたり。様々な想いを巡らせながらルノアは知識を吸収していく、まるで脳で食事をするかのように。餌の用意をしても見向きもせずに本に没頭をしているルノアを心配し、見兼ねた七三一はルノアへと静かに優しく声を掛ける。

「没頭するのも良いが、食べないと体に悪いぞ…」

「食ってる!」

七三一の声を聞くや即答するルノア。ルノアは文字という食材を調理された文言を貪欲に脳へとかきこんでいた。過去の失敗を反省する為のヒントが書かれている、未来の構想を成功に導く為のヒントが書かれている。過去を悔やみつつも未来を想い描くルノアは、新たに夢を抱き直し希望に燃え出すのであった。寝食を忘れ読書に没頭するルノア、そんなルノアを眺めつつ七三一が呟く。

「知を求め貪欲に学び取り入れようとする姿勢は好ましいが、取り入れ過ぎても時に混乱するぞ…。色は合わせれば更なる輝きを魅せるが、合わせ過ぎれば輝きを失い闇と化す。人の創りし絵の色が正にそれを現している」

そんな七三一の呟きには気にも留めず没頭し続けるルノア。数日が経ち一通り読み終えたルノアはふと我に返り、

「そういえば、ご飯を食べていなかったかも?」

と思い出したように呟きながら餌が置いてあるところへと移動し、詰め込むように餌を頬張りあっという間に食べ尽くした。食べ終わったルノアは眠気に襲われ爆睡し出すのであった。そんなルノアを穏やかな表情で見つめる七三一は、ラジオを聞きながら本を読んで過ごしていた。そのラジオから聞き覚えのある名と声が耳へと入ってくる。

「本日のゲストは、動物環境省の白井純雄(しらい すみお)さんをお招きしております」

「どうも、こんばんは。動物環境省の白井です。本日はお招きありがとうございます。早速ですが本日はラジオをお聞きの皆さんにお伝えしたい事があってやってまいりました。それは、マイクロチップを使った動物や家畜の安全確保、適切な管理、生産性の効率化、食糧自給率の向上を図るというものです。具体的にはマイクロチップによる個体識別化、脳への刺激による個体管理化、そういったものを実施する事により、より良い動物との共存を目指して日本の復興、繁栄に貢献していきたい所存でございます」

「脳への刺激だと!そこにあるのは自然に逆らった人間のみの欲望を叶えるもので、その後にあるのは人間すらもチップで管理しようという目論見ではないか!」

ラジオを聞いていた七三一は座っていた椅子から思わず立ち上がり、静かに怒り声を上げた。

「白井…、君がそんな方向へと進んでいようとは…」

七三一はそう呟きながら白井との過去を回想するのであった。


 森七三一、白井純雄、共に満州における部隊内の資材部、第六課にて動物飼育を担当していた。動物実験や動物兵器に使われる動物を飼育し管理する課であった。動物をあくまでも丁重に扱い愛情を持って接する七三一、動物を道具のように杜撰に扱い代わりはいくらでもいると思っている白井。二人は同じ課にいながら口論が絶えなかった。そんな口論も束の間、やがて日本は劣勢となり満州からの撤退が指示される事になる。

「森ー!何をやってやがる?早く撤退準備をせねば逃げ遅れるぞ!」

「解っている、しかし、まだ動物達の準備が整っていないのだ…」

「動物達の準備だと?オマエはこの非常事態に動物達まで救う気か?人間ですら撤退が困難な状況に何をやっているんだ?動物達など代わりはいくらでもいる!捨てておけ!」

「代わりなどいるものか!この動物達は個々に心を持っている…代わりなど…いるはずもない!」

「はっ!散々実験に参加しておいてその台詞には驚いたものだな。動物などは人間がより良く生きる為の道具にしか過ぎない。その動物に愛情などと…」

「動物にだって心はある!生き物の心を大事にしない社会を作ってそれが何になるのだ?人間はそんなだから自分達だけの勝手な正義を掲げて戦争を巻き起こし、他の生き物まで巻き込んでも何の反省もしない。その人間達に比べれば動物達の心はどれほど素晴らしいものか…」

「へいへーい。それじゃぁ、その素晴らしい動物達と心中でもするんだな。オマエの講釈を聞いている暇はないんだ、先に行かせてもらうぞ、あばよ!」

「白井ー!…」


 深く回想をしていた七三一は、いつのまにかラジオが終わっていた事に気付いた。部屋を見渡すとルノアが本を復読している様子が目に入った。

「好きなんだな…勉強熱心な子だ…」

七三一はそう微笑ましく呟いた後、ルノアの傍に行き寝転んだ。嫌な想い出を緩和させるように、ルノアと時を同じくする事で自分の正しさを再確認しようとしていた。

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