心に棲みついたあの夏
こんにちは雛烏です。
もしよかったら読んでください。
ジリジリと睨みつけてくる太陽を睨み返す。
くそっ、鬱陶しいんだよ!こっち見んな。
やつに俺の言葉は届かない。それどころか俺の言葉を受け取った奴らに馬鹿にされるだろう。何独り言言ってんだって。夏というあんなに暑い季節にわざわざ鳴く蝉どものように騒ぐそいつらの声を想像するだけで五月蝿い。耳栓、持って来ればよかったかな。
「くっ」
相手からの不意打ちを処理し損ねたことでバランスを崩し地面に背中から倒れ込んだ。
「あっつー!」
俺は驚いて飛び起きた。さっきまで踏みつけていた粒たちは足を取るだけじゃなく熱までも持っていたのか。
ふと、少しばかり生暖かいが爽やかな風が褐色の肌を包む。そいつは嗅覚とともに聴覚を取り戻させた。磯の香りに波の声。また、それらは俺を一瞬だけ海を感じさせた。
しかし、次の瞬間、再び攻撃が飛んできた。やっぱり俺はうまく防げなかったが、今度は倒れなかった。
「尚之!そろそろ拾えよ!つまらねーぞ」
隣にいた焦げた肌の男が言った。俺は「すまん」と言って汗を拭う。全くそんなこと思ってなかった。
「もういい!俺が上げる」
焦げた肌の男は俺を右手で封じボールを空高く飛ばした。
「よし、上がった!来……」
そいつの声を無視してボールの下に向かう。右、左の二歩の助走を経て地面にひとときの別れを告げる。怒りをぶつけたそのボールはネットを超えて向こう側にいた1人を倒した。
焦げた肌の男は「ナイス!」と言って俺にハイタッチを求めたので軽く触ってやった。
そしてその男はネットの向こうから転がってきたボールを俺に投げ「ないっさー!」と言う。
俺は五月蝿いって思いながらボールを2、3回転させる。ボールを右手に持ち替え、空高く上げた。今度は左、右、左と三歩の助走で地上を発つ。その高さに場内がどよめいた。
俺は思いっきり引いた右腕を、そり返していた上半身を戻すとともに振るう。
全力を込めたボールは凄まじい回転をしながらネットに吸い込まれていった。
試合終了。やっと終わった。念のため言っておくが、わざと終わらせたわけではない。もうやりたくないね、こんなスポーツ。
「おつー」
「お、おつー」
「お前もう少し拾えよ」
「あ、あぁ。すまん」
焦げた肌の男は何も言わずにどこかに行った。海に行く気もなくなった俺はコートの外に1人で座っていた。試合が終わっても砂はまだ俺を熱し続けている。
夏の砂浜ってこんなに暑かったっけ。こんなとこくるんじゃなかった。
「っ、冷たっ」
反射的に振り向くと、全く知らない人が立っていた。身長がだいぶ低い。140ちょっとくらいだろうか。
「おい! お前、いま、身長低いって思っただろ?」
「まぁ思ったことは思ったけど、お前誰だよ」
彼は「こういうときは思ったとしても口に出すな」と言って隣に座り込んだ。
「それでお前は誰なんだ?」
「まぁまぁ落ち着きなって。これやるよ」
彼はさっき首元に当てられたものであろうラムネを差し出す。
「ん、いいのか?ありがとう」
喉が渇いていたから躊躇なく口にした。ラムネの第1隊が俺の喉を通る。
それと同時に彼は「はい、間接キスー!」なんて言うからむせてしまった。
「ゲホッゲホ。少年やめろよ!そんなん嬉しくねーぞ」
「少年じゃねーよ! あた……俺の名はゆう。よろしく」
「随分可愛い名前だな。俺は尚之、よろしく。ところでお前は何しにここへ来たんだ?」
「お前じゃなくてゆう! 俺もバレーしに来たんだよ」
ゆうは「あ、そうだった!」と不意に立ち上がって俺の前に立った。
「な、何だよ」
「ビーチバレーやるよ!」
「嫌だよ、あんなスポーツ」
「バレーやってるんじゃないの?せっかくだからペアになってよ」
「ゆうにはゆうのパートナーがいるだろ?」
ゆうは首を横に振ってから答えた。
「いわゆるドタキャンってやつ?みんな海に行きやがった」
「そいつらとやれば……。」
ゆうが少年らしく口を膨らませたのを見て続きを言うのをやめた。
「分かったよ、分かった。少しだけ、な?」
「うん!じゃあ早速ー!」
ゆうは俺の手を強く強く引っ張った。
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「え、もう試合すんの?」
「しないの?」
「そういうことじゃなくて作せ……」
「俺が拾って、なおが打つ。全部ツーアタックね!それでいこう!」
「なおって……。」
「尚之って長いからなお!だめ???」
「……別になんでもいいよ」
全部拾ってくれるならそれでいいや。
「お願いします」と挨拶をするとボールを渡された。正式な試合ではないからだいぶ略式である。
健悟のやつよくこんなイベント見つけたよな。なかなかないぞ、ビーチバレー体験イベントなんて。
ピー!笛が鳴る。早くサーブを打てってことか。ゆうの「ナイスサーブ」って声を聞いて適当に無回転のサーブを放つ。
「ブロック!!!」
「え⁈」と口から声が漏れた。そして、ネットに向かって走った。
ゆうが「遅いっ!」と言うと同時にスパイクが飛んできた。慌ててオーバーの構えのまま顔を覆う。ボールは前腕に当たり、相手コートに戻る。
「早く!ブロック!」
「お、おう」
「ストレートしめて!」
「ストレー、ット!」
俺は相手のスパイカーの正面でまっすぐ跳んだ。ボールは俺の腕に当たらず、ゆうにあげられた。
高すぎず、低すぎず。また、ネットと近すぎず、離れすぎず。スパイカーにとって綺麗すぎるトスだった。
俺はブロックを跳び終わるとすぐに何歩か下がっていた。ボールが落ちてくるタイミングに合わせて、地面を発つ。
くらえ、と強くボールを叩いた。しかし、しっかり捉えたはずが打ちそこなった。その後ボールはネットに当たって相手コートに落ちた。
あれ、おかしい。ゆうのトスは完璧だったはず。なのになぜこんなに打ちづらいのか。
「あれ?スパイクしょぼくない?あとブロックちゃんと跳んでねー!」
「ミスったわ、すまん!了解」
右手を軽くあげて謝った。
「あ、言い忘れてた。次からはスパイクサーブな」
ゆうの顔は笑顔だった。それにもかかわらず、圧倒的な威圧感を感じた。
これはだめだ。スパイクサーブだけにしないと。俺は覚悟を決めた。
ちなみにスパイクサーブとは普通のサーブ、いわゆるフローターサーブが無回転なのに対して、強烈なドライブ回転をかけたスパイクに近いサーブのことである。
これ割とミスるんだけど、今度はうまくいくといいな。なんて思いながらボールを投げる。その後を追って俺もほんの数秒だけ空を飛ぶ。ボールを地面に落とそうと叩きつけたが俺の方が先に着地した。
ボールはボールで相手に全く触れずに地面に降りた。砂に退けと言わんばかりの勢いであった。巻き起こった砂たちが元の居場所に帰ったあと、歓声が上がった。
「っしゃぁ!」
人目をはばからずガッツポーズをかました。
ゆうは笑いながら俺と「ナイス!もう一本」とハイタッチをしてボールをくれた。
俺は返事する代わりに右手を挙げ、再び集中する。
すっと、ボールを上に投げる。あ、これきたわ。直感的に最高のサーブを感じた。助走をとって、地面を強く蹴り、あとは……打つ!
が、しかし、ボールに手が当たることはなく砂の上にぽとりと足をつけた。それも尚之のだいぶ前、自分たちのコート内に。風で流れてしまったのだった。
「すまーん!!!」
ゆうは返事すらしなかった。何かを考えてるようだった。そうか、風だ……。
サーブ権が相手に移る。相手は笑いながら人差し指でボール回しをしていた。
「ゆう!どうするんだ?」
「……。」
「ブロック出来ない状況になったけど俺レシーブどうすればいい?」
「……ん?え、あ、なんか言った?」
「サーブ権移ったぞ」
「変わらず俺があげて、なおが打つ」
いきまーすと相手が言う。そいつがサーブを打つ構えをしたと同時に俺らは構えた。無回転のサーブが風に煽られて俺のもとへと飛んでいく。あげたというよりぶつかったという方が正しいであろうレシーブによって宙に浮いたボールはゆうによって綺麗なパスへと変わる。
打てないわけないだろ、と言わんばかりのトス。あんなんをよく綺麗にあげられるよなと感心しながら助走にはいる。これを室内で打ってみたいなという邪念を打ち消すようにボールを叩く。
っしゃー!とガッツポーズする俺をはた目にゆうは表情を変えていない。何か……ダメだったのか、と思いつつ口が動いてる気がしたので耳を澄ませてみると
「ネット近いかな。うーん今のは風がなかったから大丈夫だったけどもう少し高かったら流れるよなぁ……かといって低すぎたらなおが打ちづらいだろうし……あいつ絶対高いトスが好き系男子やもんわかる」
と呟いていた。すげぇ考えてるな……チームでも冷静なリベロって感じなんかな。
サーブ権がなお達に移りゆうの手にボールが渡る。サーブは得意じゃないのか普通のサーブ。でも綺麗な無回転。相手はそれを難なくあげスパイクを打つ。なおのブロックには当たらず、ゆうがまたも綺麗にあげる。なおのスパイクは相手のレシーブを壊した。
が、カバーしあってボールはまたなおたちの元へと返ってくる。なおがあげ、ゆうがトス。ボールはネットに近いところに浮かんでる。ボールが風で右へ流れたのでなおも右へ跳んでスパイクを決めた。
「おらー!!!ゆう!俺高いトスが好き系男子だからさ、高くていいよ!風で流れたらカバーするから」
「さっきの聞いてたんかいおい。そんじゃ頼むわ高めにあげる」
ゆうはやっぱり冷静だった。出会った頃のハイテンションが別人だったかのように。
ゆうは綺麗なフォームで綺麗なサーブを打つ。見惚れるほどに美しい……って男だろこいつ。いや、男でも美しいはあるだろほら……えっと、みけらんじぇろ?てきな。知らんけど。
「ごめーん!」
「いや俺こそ。ブロック行くのやめる?」
「ううん続けて」
相手がサーブを打つ。
「あ、あのさ、もし届かないなら片手でいいんじゃね?こういう風に、っさ!」喋りながらボールを追い、片手でレシーブしようとするもボールはちゃんとあがらず、すぐ地面に降りた。
「いやまぁ俺はレシーブ苦手だから上手くできないけどゆうならあげられるっしょ!」
ゆうはそうか、片手も……と右の掌を眺めている。かと思えば急に握ってガッツポーズをした。
その瞬間、ゆうは誰かに呼ばれた。
「ゆう!帰るよー!」
声のする方を見ると女子たちがこっちを見ている。いやー女と来てたのかよこいつ……。
「なお、今日はありがとなー!怒られたくないから私は帰るね……またどこかで」
そういうとゆうは帰っていった。あれほど嫌がっていたのに今ではやりたくて仕方がない。ただ、ゆうと、の話だがな。まぁいいや俺もそろそろ帰ろ。
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数ヶ月後
ふとテレビをつけると県大会決勝〇〇学園vs〇〇高校がやっていた。セットカウント2-1 スコア27-26。
「強烈なフローターサーブ!あげたーーー!!そしてエースに繋ぐーー!しかし、高い壁に阻まれる!これで……おーっとあげたー!これで何度目だー!」
おー、バレーやってんじゃん!女子バレーも熱いよな……ってまじ?あれゆうじゃね???
「ブローッカーの指先に当たり相手コートにボールが移った。小林莉緒の強烈なスパイクがブロックをかわし……またまた拾ったーーー!しかし、南山千秋のスパイクはブロックされーー……届いたー!浅見ゆうは何度あげるのか!」
やっぱり女子だったのか……気付かなかった自分に少し恥ずかしくなりながらテレビに見入る。まぁ男だろうが女だろうがあいつはあいつだ。
ゆう……頑張れ。
場内の盛り上がりは最高潮である。そんな中でもゆうは冷静だった。体から湯気が出るほど熱かったがここはあの夏の砂浜よりは暑くない。急に砂浜を思い出したのはゆうにも不思議だった。
(そういうの届かないなら片手でいいんじゃね?ゆうならあげられるっしょ!)
ゆうの頭にはあの夏なおから言われた言葉がふと頭をよぎった。気が付くと片手でボールを追っていた。手の甲に当たりあがった。なんとかまだボールは死んでいない。
ゆうがあげたボールをなんとか繋ぎ、相手に返すもダイレクトで返されて試合終了。
「決まめたーーー!!!最後に決めたのはやはり小林莉緒だーーー!勝ったのは〇〇学園!!」
実況の声と小林莉緒の笑顔はなおの心に入ってこなかった。彼はふと来年の夏もう一度あそこに行くことに決めた。いや、正しくは会えるまでだろうが。
最後までお読みいただきありがとうございました。
どうでしたか???
まぁまたどこかでお会いしましょう。