第6話 凶夜
ユニオンは宿に戻ると、融合形態を解いた。
ドゥンが椅子に腰かけ、ミュルが机に寝転がる。
定刻となるとベトゥのホログラムが浮かび上がり、二人は活動を報告した。
「相変わらずお馬鹿なんですねぇ。正気とか知能とか、色々心配になりますぅ」
「事情は今説明したとおりだ。この手の世界でプレイヤーリストを手に入れるには、情報屋から買うのが手っ取り早いと判断した。そのためには大金が欲しかったし、ちょうど手近にそのアテがあったから利用した。それだけだ」
ベトゥの嘲笑に対して、ドゥンは不快感を露にして釈明する。
「ま、お馬鹿さんなりに最低限の筋は通ってるので、笑うのはこの辺にしてあげましょう。もっといいやり方なんて、星の数ほどあるはずですけどね」
「期日までに任務をこなす。その要件を満たす限り、過程は俺の自由だ」
「ええ。任務をこなす限りはですけどね。下僕は下僕らしくキリキリ働け、さもなくば死ね。主人である私からの命令は、一言で言えばそれだけですから」
ベトゥはニッコリとほほ笑む。その笑顔には、彼等への比類なき侮蔑が込められていた。
ミュルは苦笑いを浮かべながら胸の前で両手を広げて上下させて、抑えろとジェスチャーする。ドゥンは顔を顰めながらも、首肯した。
「ああ、任務はこなすとも。だが、正気と知能を疑われる部下から正気で聡明なご主人様に頼みがある。お前自身のためにも聞いていだたけると助かる」
「ええ、敬語すら満足に使えない愚鈍で無能な部下でも、頼みには応えてあげましょう。私は優秀で美人なご主人で、今日も関係会社の殿方二人から食事の誘いを受けたところですし」
「隙あらば自分語り。美人云々とか誰も何も言ってへんねんけどなぁ」
ミュルと共に呆れながらも、ドゥンはベトゥにとある依頼をする。
ベトゥはそれを聞くと、堪え切れないとばかり、ゲラゲラと笑った。
「ああ、私としたことがはしたない!……でも、貴方って本気で馬鹿なんですね。ぷっ……もう本当に愚かすぎるとしか。ええ、いいですとも。その程度の手間ならわけないですし、致しましょう。ですが――」
「感謝する。流石ご主人様だ助かる。じゃあそういうことでよろしく頼むから――お前は一刻も早く消えろ。目障りだ」
×××
夜の帳が下りたエール通り。
日中の大賑わいが嘘のように、通りは静寂に包まれていた。商人達は皆、店舗本体やその近くに自宅を構えており、そのほとんどが既に眠りについている。
そのエール通りを一つ、胡乱の人影が駆ける。
人影の移動と共に、あちこちから微かな悲鳴が漏れる。
影は、闇に紛れるように次から次に移動していくが、それを止める者はない。
やがて朝日が昇ると、まるで曙光に焼かれて消失したかのように、影は商店街から去った。
×××
緊急警報の鐘が、クラッド中に鳴り響く。それは冒険者ギルド本部への緊急招集の号令でもあり、深刻な何かが起きたときに限り使用される。
つまり、既に何らかの被害が発生した事後であることを意味していた。
クラッドの住民達は、足早にギルドへと向かう。
不安に怯える声も多かったが、それらの多くは本部への道中で恐怖や絶望に変わった。
本部は商店街を抜けた先の小高い丘にあり、住民達は皆、否応なくその惨状に立ち会った。
惨憺たる地獄絵図だった。
昨日まで活気に満ち溢れていたエール商店街は、既にそこにはない。
露店の幕という幕には、乾涸びた血がベットリとこべり付いている。
商品が陳列されるはずの店頭には、店主やその家族の生首が並べられていた。
道徳や倫理、人間の善性に連なりし尊きもの。
その全てを冒涜するかのような鬼畜の所業。
その光景を前に、ある者は頽れて嘔吐し、ある者は絶望に泣き叫んでその場から逃亡した。
ユニオンも顔を顰め、十字を切って祈りを捧げる。そして他の住民同様に商店街を通過し、やがて重厚な煉瓦作りのギルドの鉄扉を開いた。
ギルドには冒険者だけではなく、あらゆる住民が詰めかけていた。
その中にあって、目を引く一団があった。彼らは互いに似たような雰囲気を放つ者同士で集まっていた。見るからに高級な武装に身を包んでいることから考えて、精鋭の冒険者達だろう。
程なくして、ギルド職員が姿を現した。
挨拶の口上も早々に、緊急招集の概要が住民達へ伝えられる。
「この度お集まりいただいたのは他でもありません。昨晩突如として商店街を襲った悲劇。商人達の多くは惨殺され、死亡者数は現在判明しているだけでも五十六名にのぼります」
ギルドに集まった住民達は、一様に沈痛な面持ちを浮かべる。
「我々が住まうクラッドは仮想世界の一部であり、天に生ける我々は死をも克服しました。卑劣なる悪鬼に奪われた無辜の魂達も、明日には蘇ることでしょう」
住民がある種の不死性を獲得したのは、何もクラッドに限った話ではない。仮想世界における肉体は生体情報に過ぎず、その全てが毎日二十四時間毎に分解と再構築を繰り返す。中途半端な怪我や疾病は治療の必要があるが、いっそ死亡すれば肉体は翌日には復活する。PCの場合は自動的にログアウト扱いとなり、一時的に現実世界へと引き戻されることとなるが、やはり翌日には何事もなかったかのように再生を果たせる。
もっともそれは、純正の仮想世界住民であるNPCや、ワルキューレの導きに従って仮想世界に招かれた正規のPCに限った話である。生体情報を偽装して不法侵入した〝PC擬き〟に自動ログアウト処理は適用されない。生身の脳と膨大な電気信号の送受信を行っていた回路は、突然の強制切断を受けて重篤な損傷を受ける。つまるところ、不死を実現したこの理想郷でただ一人、ユニオンだけは〝死ねば死ぬ〟という当たり前の摂理に縛られているのだった。
「ですが! だからと言って、このような非人道的蛮行が許される道理はございません! 蘇生するとは言っても、死に伴う苦痛は変わらない! 人命という個人の核にして全、他人のそれを不当に侵し、蹂躙する! 斯様な悪徳の極みには、然るべき制裁を下さねばならない!」
暗い表情に沈む住民達に、怒りの灯が灯る。
彼等は未だ悲嘆にくれながらも、義憤をよすがに立ち上がる。
「幸いにも、商店街を襲った悪漢の目星はついています。まだ日が昇る前の商店街を訪れた行商人達から、複数の目撃情報が寄せられています。商店街から北東方面、ショカツ谷の方向へと逃げていく一団がいたと。そして、その中心にいた者は、紫のローブを纏った巨漢だったと」
「ショカツ谷? 紫のローブを纏った巨漢? それってまさか……」
「まさかも何もない。奴に決まっているじゃないか」
住民達は俄に騒ぎ出し、ギルド職員は彼等の憶測を肯定するように宣言する。
「緊急クエストを発注します! 『ショカツ谷に棲む魔王軍幹部、グシオンを討伐せよ!』」




