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第50話 変化

 ベトゥのダウンロードに成功した後、一行はケインが要請していた増援の助力によって辛くも逃走に成功した。


 さしあたりの生存は確保したものの、彼等を取り巻く環境はなかなかに過酷だった。


 彼等の飼い主(ヘルヘイム)は、本体である(ベトゥ)諸共に尻尾(彼等)を処分することを決定した。そもそも彼等を追い詰めていたのが雇用主なのだから、危機を脱したところで元の組織へ帰るワケにもいかない。


 しかしながら、飼い主にとって犬が道具の一つでしかなかったのと同様に、犬にとっても代わりの飼い主は存在した。


「あの野郎、強かにも程があるだろ……」


 この場にいない元上官の近況を聞かされ、少年は苦笑した。

 非難の声に憎悪の色は薄い。彼女への恨みつらみは数あれど、あまりに華麗な立ち回りには怒りすら湧かず、もはや呆れて脱帽する他ないといったところだろうか。


「女性なんだから野郎はまずいよ。公共の場だったら、ともすれば男女平等人権法でしょっ引かれるよ?」


 少年に顛末を語り聞かせた男が諫める。表現を咎めこそすれ、内容には特に異存がないようだった。


 狭くて黴臭い地下室には、彼等二人以外に人影はない。

 今や反社会勢力と呼ぶに相応しい組織のアジトとしては哀れな程に貧相だったが、少年にとってはこれまでの住まいと大差なかった。


「何を今さら。違法スレスレのことなら、今までにいくらでもやってきたぞ? 大体軽犯罪なんて人間誰しも普通にやってる。捕まるかどうかを分けるのは、行為の違法性そのものじゃない。背後に潜む悪意や陰謀の有無だろ」


「それはそれとしてもだ。属する組織は違えども、彼女は依然として僕等の同盟者だ。手を組んだ相手は裏切らないのが君の信条だろう?」


「知ったような口を」


 かつて少年と同じ組織ヘルヘイムに属し、ベトゥリューガーのコードネームで上官を務めた少女は、厚かましくも破壊工作の標的だったユグドラシル社に用意された特殊ポストに収まっていた。


 外部特別協力員兼特別潜入捜査官――それが今現在における彼女の肩書きである。


 ベトゥは元々ユグドラシル社の一研究員だった。同社で主幹研究員を務めていた両親の功績に加えて本人の卓越した実力もあり、彼女は大学博士課程に在籍していた十六歳の夏から同社の特別ポストに招聘された。その後一年足らずで大学を卒業した後は正式に同社研究員となり、仮想世界サービスの根幹を為す電気信号の完全制御技術の実現にも大いに貢献した。


 だがいくら優秀といえど、所詮は一研究員に過ぎない。自社と敵対する外部組織で活動していた事実が発覚した以上、解雇どころでは済まない超法規的人事処分の執行が妥当だった。


 しかしながら、彼女はどこまでも強かだった。


 研究員として申し分のない有用性を改めて示した上で、自身は二重スパイだったと宣言した。すなわち己が真なる忠義の先はユグドラシル社であり合衆国であり、何よりも仮想世界技術の発展にあると。

 そしてヘルヘイムでの活動記録の大部分を開示することで同社への罪滅ぼしとし、さらに主要拠点のいくつかを報告して武力鎮圧を実行して見せた。その上で、自身には同社に協力する意思があり、猶も秘匿している情報も多くあり、自身の安全を保障して引き入れることで同社に多大な利をもたらし得ることを巧みに演説した。


 合理性を何よりも尊ぶ同社が彼女を拒む道理はなかった。とはいえ、危険分子であることもまた変わりはない。そこで相互利用を図りつつも組織の最奥部には一切立ち入らせない、外様扱いの協力者というポストに落ち着いた。


 そうしてユグドラシル社と話をつけた上で――当然のようにレジスタンス活動を再開した。一度自分達を始末しようとしたヘルヘイムには戻らない。だが今やこの国には、ヘルヘイム以外にも多くの国産新興組織があった。ヘルヘイムのエージェントとして活動していた際に蒔いたタネは、彼女の狙いどおりに芽吹きつつあったのだ。


 それらの組織を手引きして破壊活動に勤しみ、自身を生かすメリットを示すことでヘルヘイムをも黙らせた。


 表の顔ではユグドラシル社と仮想世界に協力しつつ、その裏では破壊工作の旗を振る。

 騒動以前と何ら変わりない、彼女のニュートラルポジションである。


 組織に裏切りを勘付かれ、真実殺害されてから僅か一か月足らずとは思えない、豪胆極まる立ち振る舞いだった。


「まあでも、彼女が生きていたことは君にとっても朗報だろう?」


「どうだかな。まあ、仕事を回してくる奴がいるってのは、俺達にとっては好都合だろうが」


「それは君達二人にとって、ということかい? それとも、僕等を含めてということかな?」


 かつてドゥンケルハイトのコードネームでヘルヘイムの末端として殺戮に明け暮れた少年もまた、別の組織に身を移していた。


 〝REARLs〟。仮想世界での繁栄よりも現実世界への堕落を選んだ、ならず者達による組織である。彼等は元々ベトゥの下で働いていたが、彼女の失踪により逃亡及び独立を余儀なくされた。設立から約二週間の新興組織であり、仮想世界でかつてケインと名乗っていた青年が頭目を務めている。


 ケインがそうであったように、ヘルヘイムの強引極まる手法で現実世界へ引き摺り戻された後、仮想世界との決別を考える者は少なからずいた。


 だがAI―EHJ契約の破棄には、莫大な違約金を伴う。そのうえ免責不許可事由に該当するため、自己破産すら許されない。

 そもそもの発端からして、彼等は現実世界に絶望したからこそ仮想世界を選んだのだ。返済の目処など立つはずもなく、表の社会への復帰は現実的に不可能だった。


「さあな? 好きに解釈してもらって構わない」

「ありがとう。では、君に仲間として認めてもらったと解釈させてもらおう」


 青年は屈託のない笑顔で右手を差し出す。

 少年はその手を取ることなく背を向けた。


「好きにするといい。味方を装って隙を窺って嬲り殺しにするでも、利用するだけして使い捨てるでも、な? お前らにはその権利がある。俺に騙され裏切られ殺され、挙句の果ては死んでも死にきれずにこんな生き地獄へと追いやられた、お前らにはな」


「とんでもない。僕は――いや僕達は皆、君に感謝している」


「――そうか。ならば、とりあえず今この瞬間だけは、そういうことにしておこう」


 皮肉としか言いようのない状況だった。


 少年は社会から拒絶され、利用され、蹂躙された。

 それでも卑屈に惨めに愚直に、社会に適合しようと努めた。


 宿命への抵抗も徒労に終わり、いよいよ世界にすり潰されようとしたとき、奇跡の巡り合わせによって一時的に適合を果たした。――が、それも既に手遅れだった。


 憎悪に焦げ付いた精魂に、虚偽と欺瞞の世界を許せる度量は既になかった。

 彼は人間と社会を憎み、自分諸共全てを破壊し尽くさんとした。


 その果てに至った結末がよもや、自分が破壊した者達にこそ受け入れられる世界だとは。


「――はい。ええ、彼もここにいますが……」


 端末の着信に応じたケインが、少年を一瞥する。通話の相手は、何やら少年に用があるらしかった。それを察するやいなや、少年は踵を返すが――


「どうもぉ! 掃き溜めで燻るしか能のない蛆虫未満の皆さん、ごきげんよう。皆さんが一方的に崇めてやまない女神ことっ! そう、私ですよー⁉」


 声音抑揚息遣い他の全てにおいてこれ以上ない程に完璧な、いっそ連邦で声優でも目指せばさぞかし大成功を収めるに違いないと思える程に不快な声が、ホログラムと共に現れた。


 実体なき映像と音声なので強行突破も可能だったが、団体球技のディフェンスのように鬱陶しく行く手を阻もうとする虚像に少年は背を向け、頭目を睨み付けた。


 頭目が苦笑いを浮かべながら、


「そのホラ……もう直属の上官ってワケでもないんだしさ」


 と諭すが、彼女がそんな言葉に耳を貸さはずもなかった。


「寝言は寝ておっしゃっていただきたいものですねぇ? 重要なのは形式ではなくて実質ですよぉ? 抵抗組織レジスタンスなんて自称してイキったところで、所詮貴方達は能無し一般人の寄せ集めですし? 金もコネも回してくれるクライアントは、上官どころか神にも等しい存在では?」


「いや、言ってることはよく分かるんだけど――」


「やめておけ。そのゴミクズに理解を求めるだけ無駄だからな」


「いや君の方もさぁ……」


 頭目の青年はクルクルと回転しながら必死で双方を宥めた。

 八方美人の風見鶏じみた振舞いではあったが、そうする他なかった。まさしく神にも等しいクライアントに、任務遂行に不可欠な組織のエース。どちらも組織にとっては生命線であり、彼等の間で板挟みになることもまた、彼の仕事だった。


「こいつらは昔からこうやし、気にしたら負けやで」


 呆れたように諭す声が、少年の端末から発せられる。少年の相棒もまた定位置にあり、依然として健在だった。


「相変わらず聞くに堪えない下品な声ですねえ。いっそあのとき一緒に消されてくれれば私としても助かったんですが……」


「御託はいい。さっさと要件を言え。お前がわざわざこうして俺達の前に姿を現した以上、ただの嫌がらせだけが目的じゃないんだろ?」


「いえ、率直に申し上げて嫌がらせの方が主目的なのですが。まあいいでしょう。新しいお仕事の依頼です。詳細はダイブ後に説明しますが、これまでどおり三日以内にサクッと世界を滅ぼしてきてください」


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