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第5話 情報収集

 黒装束の男は、蹲っていた浮浪者に視線を向ける。

 彼はいつの間にか立ち上がっていたが、顔には未だ恐怖が色濃く残っていた。


「…………!」

「ええか? キミは何も見てへん。せやから――」

 ドゥンが黙りこくり、ミュルが慌てて取り繕うように諭す。


「ああ! わ、分かってる! 誰にも言わないから、殺さないでくれ!」

 浮浪者は、ミュルの言葉を最後まで聞くことすらなく走り出した。


「おう、待てや兄ちゃん!」


 一人と一振りは後を追おうとするが、すぐに立ち止まった。

 表通りまでの距離を考えれば、抑え込むのは不可能だった。踵を返し、遺体の懐から手際よく金品を巻き上げると、ミュルが再びワイヤーに変化して屋上へ逃走した。


 ドゥン達は再び融合形態となると、ユニオンとして人波に紛れた。

 幸い騒ぎは起きず、逃走した浮浪者は宣言どおり黙秘を貫いているようだった。


(ほんまにキミは中途半端やな。あの浮浪者のおっさん、ぶっ殺しといたら良かったやんけ)

(初めて会ったときから、「絶対に人殺しは許さへん」とか言ってたのは誰だ?)


(せやから、NPCは人ちゃうやろ⁉ AIなんてそこらの羽虫同然の扱いやねんから)

(それは……)


 ドゥンは思わず言葉に詰まり、ミュルは彼の心中を察したかのように語る。


(せや。だからワイも〝不良品〟と判断されたら即消されることになった)

(だからこそ……だからこそ、それに怒りを感じないのか?)


(何回同じこと聞くねん。AIが人間の着ぐるみ着ただけのNPCをぶっ殺すんは何も問題ない。ワイ自身含めてな?)

(じゃあ何で……)


 命からがらネットの海を逃走した末に、ミュルはドゥンの端末に自らの肉体(プログラム)の断片を投げ込んだ。もはや人間に寄生する形でしか生きられないという覚悟を持って。

 その決死の逃避行を知ればこそ、ドゥンはミュルの思考回路が理解できなかった。


(殺しは合法。ワイは自己保全プログラムに従って自分を生かすよう動いた。それだけやんけ)

(いや、わけ分かんねえよ。思いっきり矛盾してんじゃねえか!)


(何でや普通に両立するやろ? うーん、キミが阿呆なんかワイがおかしいんか)

(んなもんお前が……いや、そうだな。俺も分からん……)


 ドゥンは言い淀むと、そのまま黙り込んだ。


 ユニオンはやがて商店街を抜け、細い路地に入って行く。


(殺さへんにしてもや、きっちり釘刺しとかんで良かったんか?)

(それは……俺のミスだ)


(ダンマリより、できひんことをできる前提で行動したのがアカンかったわな)

(それについては、否定できない)


(ワイやベトゥには普通に喋ってるから理解できひんけど、そういうもんか?)

(まあ……)


 深刻なコミュニケーション能力不足――特に敵と認識した者を除く初対面の人間に対する尋常ではない人見知りは、ドゥンの大きな弱点だった。


(無理せんでもええねん。せっかくワイが四六時中一緒やねんから)

(共闘はともかく、共依存はどうかと思うがな……)

(ワイらが死なへんためや。キミのやり方を否定する気ちゃう。実際今回は無事やったし。単なる心配や。いつかそれが――キミの身を滅ぼすかもしれへんから)


 ユニオンはやがて一軒の小屋に辿り着いた。

 見るからに貧相な木造建築で、壁には亀裂がいくつも入っている。原型を留めていることがむしろ不思議な、まさに掘っ建て小屋という趣だった。


 ユニオンが半開きの戸を開くと、所狭しと並べられた空の酒瓶が視界に飛び込んでくる。人影はないが、カウンター状の煤けたテーブルに丸椅子が等間隔で並んでいる。何より辺りを漂う猥雑な雰囲気が、ここは酒場であることを物語っていた。


「あのーすいません、情報を買いに来ました。金ならたっぷり、ええと一万ネムと宝石とかの貴重品があります」

 ユニオンが柔らかな声で呼びかけると、人の気配がしない暗闇から足音が聴こえて来る。


「まずは、ブツを確認させてもらおうか」


 幽霊のように闇から現れたのは、やせぎすの男だった。

 顔全体に深く刻まれた皺が、かなりの年齢であることを物語っている。だが落ち窪んだ双眸は、若々しいギラギラとした眼光を放っていた。


 店主と思しき男の言葉に従い、ユニオンはチンピラ達から巻き上げた盗品を陳列した。


「いいぜ。それだけありゃ、オレが知ってることなら大体答えてやる」

 彼はそれを一瞥すると、即答した。


「では、単刀直入に。このクラッドの――PC情報をお持ちではないですか?」

「はぁ? てめぇ、そんなもん知ってどうするつもりだ?」


「いえ、後に魔王軍相手に戦う際のことを考えれば、今のうちに把握しておいた方が良いかなと。PCは一人一人が一騎当千の猛者でしょうから、連携するにしても出し抜くにしても」


 ユニオンは、淡々と事情を述べる。

 声には一片の揺らぎもなく、顔には謙虚な笑みを浮かべている。その誠実そのものといった様子のドゥンを凝視し、自分に見抜けぬ嘘などないとばかり、店主は顎を擦って低く唸る。


「嘘を言ってるようには見えんわな。少し待ってろ……」

 店主は再び、カウンターの奥にある闇へ消えていく。


 程なくして戻ってくると、手には羊皮紙の束を携えていた。何のことはない。ユニオンを胡乱の者と訝りつつも、店主にとっては想定内の質問だったらしい。

 ユニオンは、手渡された紙を一枚一枚捲る。そこには顔と名前の他に、大まかな概略が綴られていた。


「その金額ならそんなもんだ。細かい個人情報となると、追加で一人につき同額は欲しいな」

「では、こちらを追加で差し上げますので、全体的なざっくりした質問を一つ」


 ユニオンは、懐から追加で一万ネムを取り出す。強奪した金のうち、隠し持っていた分の全てだった。


「ケッ、お行儀良さそうで抜け目ねえ。てめぇみたいな輩は、関わるとろくなことがねえんだ」 

「いえいえ、そうおっしゃらず。では一つ――これらのプレイヤー達に共通する性質は何かありませんか? ああ、理由はさっきと同じです」


「どうにも胡散臭ぇが……。そうさな、強いて言えば、連中は正義感とか使命感とかが人一倍強い奴ばかりだな。魔王討伐のために結成された冒険者ギルドにも、当然全員入ってる。どいつもこいつも、自分こそがクラッドのために魔王を討伐するんだと意気込んでやがる。それに、実際それを達成できそうな程度には強い奴ばかりだ。ギルドが発注する高難度クエストでも、毎度大活躍してるな。このクラッドじゃ、皆ヒーローみたいなもんだ。あとは何かあるか? 一万ネムならもう少し答えてやってもいいが」


「いえ、大体のイメージは掴めたので、大丈夫です」

 そう言って、ユニオンは酒場を後にした。


 外は既に日が暮れていた。


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