第49話 生還
「最新情報ヲ同期。接触許可者リスト照合結果/一件ノ追加ガアリマス。来訪者ハ生体認証ヲ実行シテ下サイ」
肉は一昔前の音声読み上げツールのように全く抑揚のない機械的声で、指示を出した。
隣のテーブルには、ワルキューレとよく似た端末が二つ置かれている。彼女は一方を自らの頭に装着し、コードで繋がれたもう一方を少年へと差し出した。
「あの嘘つき女。朝が来るまでは覚醒しないって言ってたのに……」
「嘘……? どうやら俺が聞かされていない話があったらしい。かい摘んで話せ」
「まあ、わざわざ口止めはされてないしね。要するにこれ、交代人格のプロトタイプなんだってさ。肉体はアイツのクローンで、それに今よりずっと単純なルーチンの思考しかできない人格を埋め込んだ、アイツの代替品みたい」
「なるほどな。要は確実な成果が出るまでは世間に公表できない交代人格研究の被検体をやりつつ、それを利用して自分は疑似的な不死を獲得していたと? いや、ぶっ飛びすぎてて神経を疑うが、奴なら確かにやりかねない」
「現代の交代人格と同じで、夜間は基本的に睡眠モードに入ってるみたい。だから寝てる間にこっちで弄らせてもらえればそれで良かったのに」
「奴は、その辺の情報を俺には一切伝えなかったってことか……」
少年は臍を噛むような表情で暫し黙り込んだ。
肉は認証を要請する言葉を発した後、まさしく機械のように静止していた。少女は彼の顔を覗き込むも、かけるべき言葉が見つからないとばかりにそわそわしていた。
周囲を見渡せば、彼女の人格とその核となる膨大な記憶群をこの肉にダウンロードする道具の一式は揃っている。認証を済ませてミュルを接続すれば、後は頼れる相棒が全てを遂行してくれるだろう。
少年は逡巡を続ける。
無論、時間は限られている。追っ手が彼等を探している以上、多少の時間稼ぎをしたところでいずれは発見されるだろう。計画どおり彼女を肉にダウンロードできたとして、その後の逃走についても考える必要がある。
沈黙に耐えかねたように少女が「ねえ……」と声をかけ、
「なあ? こいつは、あの女の保険として生まれて、そのためだけにここでずっと生き続けてきたのか?」
「さぁね? そんな細かいことまでは私も聞かされてないし」
少女は答えを持ち合わせず、肉は回答どころか一切の反応さえ示さない。生気のない双眸は、定点カメラのごとく微動だにしなかった。
「この感じだと、そもそも生きてるだの生きてないだのって感覚すらなさそうだけどね。虫でも捕食とか睡眠は本能でやるけど、その辺すら怪しいし」
「現に生きている以上、生体維持に必要な活動はやってるだろ。しかし―――虫か。そうだな、確かに蟻を踏み潰したところで何の罪にも問われないし、たぶん連中だって死を理解する知能すらないだろう。魚類や爬虫類でも同じだ。鳥類や哺乳類になると、犯罪だ。人間だと重罪だ」
断定的に紡がれる言葉は、まるで少年が自問自答しているかのようだった。
少年は再び口を噤む。そのまま黙考を再開するかと思われたが――
「――いいだろう。帰ってこい、ゴミカスクソご主人様」
少年は端末をセットして認証をクリアし、自身の携帯端末を接続した。
程なくして周囲にあった用途不明の大型機器が次々に稼働し、携帯端末には人間の言語としてはまるで意味を為さない文字列がひっきりなしに展開された。少年も少女も、目の前で起きている現象の理論なぞ到底理解できない。
もっとも、その必要もなかった。重要なのは過程ではなく結果である。どうやらエラーなどは特に発生せずに作業は進行しており、一応は順調であるらしかった。
作業は滞りなく終了したらしく、けたたましい駆動音を立てて処理を行っていた各種機器が静止した。
死体のように横たわっていた肉の双眸が、豁然と見開かれる。
肉はゆっくりと上体を起こすと、頭部に両手を添えて端末をゆっくりと取り外した。
「ご苦労様です、下僕の皆さん。まずはここを避難しましょうか? ええ、私の指示に従っていただければ万事問題ありません」
肉へのダウンロードは、無事成功した。




