第48話 到達
正面に待ち受けるゴロツキ達は当惑したが、近付いて目を凝らしたところでやはり爆発物等の類を持っている様子がないことを確認すると、安堵して嗜虐の笑みを浮かべた。
プランどおりに少年と少女は会敵寸前で身を翻し、脇にある廃工場の入り口へ身を潜らせた。屈強な肉体を持つ青年ただ一人だけがそのまま直進し、交戦に入った。
「場所は分かっているな?」
「言われるまでもない。そのために私がいるんでしょうが」
少年と女児は、追っ手を完全に振り切って無人の廃工場を進んで行く。迷路のように複雑な作りだったが、少年は手際良くルートを取捨選択して搬入口まで辿り着いた。
「随分手慣れてることで。空巣やテロの常習犯みたい」
「まさしくそうだからな。仮想世界での話だから法的に犯罪は犯してないが」
「いっそそれで生きてくって手もあるんじゃないの?」
「手『も』あるじゃない。その手『しか』なかったなりに生きてきたのが今の俺だ。仮想世界ならまだしも、現実のゴミスペックで公安相手に戦争なんて、無謀にもほどがある。そもそもの問題として、そこまでして生に固執する理由が……」
言いかけて、少年は口を噤んだ。
少女はここまで終始仏頂面だったが、それを見て微かに頬を緩める。ベトゥがデフォルトで浮かべている類の笑顔だった。
「拗らせて自暴自棄になってたアンタが、それでも生きようと思った理由。私はちょーっとだけ心当たりがあるなぁ」
「なるほど、お前はかつてあのバカが生きた世界の住民だったか。俺達にも随分と恨みがあるようなことを車で言ってたがしかし、ならばこれはどういうことだ? あの世界にはこんな未発達の地味な女児はいなかったはずだが……」
「ええそうよ! どうせアタシはそろそろ自動車免許も取れるくらいの年齢で未だに小学生扱いされる地味ブスよ! んなこと言われなくても分かっとるわクソガキが! 大体、それを言えばアンタだって同罪じゃない! こんな私と大差ないクソガキが、あんな程々に高身長で委縮するほどのイケメンでもなく人畜無害系な優男と見せかけて実は鬼畜な裏顔があってでもさらにその奥には悲しい過去がああ違うそうじゃない何でもない!」
表情をくるくる激変させながら、凄まじい勢いで少女は語る。
黄色い帽子が似合いそうな容姿だったが、実際には高校生相当の年齢であるようだった。
「……その、俺達が仮想世界で無難の極みみたいな姿を取っていたのは、任務を成功させるためだったワケで。そこは誤解なきよう断っておくぞ? ああしかし、別に身体的コンプレックス自体は俺も大いに理解できる部分はあるから責めるつもりはないし……」
「黙れ黙れ黙れえ!」
二人は何とも気の抜けた馬鹿話をしつつもシャッターを開けて連絡通路を渡り、いよいよ目的地である工場へ辿り着いた。
そして真の目的地たる地下へと向かう。
ひんやりと冷たい空気がせり上がってくる石畳の階段は、一帯の風景によく馴染む地上の工場部分とは大きく趣を異にしていた。
開けた視界の先には、用途不明の巨大な装置の数々や、液体で満たされた水槽等があった。
文献も多く散らばっているが、合衆国語を中心に全てが諸外国の言語で書かれていた。ベトゥの所有物件である以上、おそらく仮想世界に関連する何らかの研究だとは推察できる。だが、母国語しか読めない彼等がその詳細を彼等が読み解くことは叶わない。
もっとも、重要なのは目的を計画どおり遂行できるか、その一点に尽きる。
すなわち、ベトゥの新しい肉体を発見し、情報体として電脳世界をふわふわと漂っている彼女をその肉体に下ろすことができるか、に。
「ねえ、これじゃない?」
室内を探索していた少女が声を上げ、少年が駆け付けた。
そこには、最先端棺桶とでも呼ぶに相応しい、人ひとりをすっぽり覆う大きさの乳白色でメカニカルな箱があった。顔の部分は透明になっている。
少年が覗き込むと、幾度となく彼がホログラムで見た、そしてついぞ直接顔を合わせることはなかった、雇用主その人の姿があった。
「いやこれ……まんまあいつなんだが。本体じゃないんだよな?」
「どうだか。本体ではないけど、本物ではあるらしいし」
「何だよそれ。実はこれが本物で本当は普通に生きてて、俺達はあいつの糞しょうもない悪戯に付き合わされてただけだった。そんな話の方がムカつくがまだ納得できそうだ」
「それならそれでまあいいんじゃない? アンタだって、コイツを助けたいんでしょ?」
「このクソ女がどうなろうが知ったことじゃない。重要なのは自己満足だ。俺自身がそいつを助けるために全霊を尽くして事実として助けることが大事なのであって、そいつの安否自体はどうでもいい」
「いや意味分かんないし。要するにアレ? 太古の昔から存在するとされる世界三大テンプレ属性の一つ――」
「お前に理解を求めた俺が馬鹿だった。ともあれこいつを――」
「異常ヲ検知。覚醒モードヘ移行」
棺の蓋が内側から開かれ、収納されていた内容物が一人でに起き上がった。
少年と少女は腰を抜かして尻餅をついた。ガクガクと顎を震わせながら顔を見合わせるが、絶句するばかりで一切の言葉が出てこない。
彼等がベトゥを疑似的に蘇生するために訪れた肉は、自律的に生きていた。




