第47話 包囲網
「待てやゴラァ!」
怒鳴り声を上げながら、ゴロツキ達が一斉に銃を構えた。
ライフル弾が次々に発砲され、暴力の轟音が鳴り響く。
フロントガラスが割れ、リアがひしゃげ、射抜かれた左後輪がみるみる変形していく。
セダンは一秒ごとに崩壊を加速させた。
――が、それを上回る速度の蛇行運転で路地へと逃げ込んでいった。
「まったく、この国も物騒になったもんだよ本当。今じゃ信じられない話だけどさ、僕が物心ついた頃はまだ、世界一治安が良い国をギリギリ自称できてたんだよ」
背後から依然続く銃撃を受けながらも、ケインは飄々とハンドルを切っていく。
「必要に迫られても合理的犯罪をやる勇気すらない、ヘタレチキン野郎ばっかりだったってだけのことだろ? ガキだからって舐めんなよ? 俺もその辺はネットで独学したから知ってる」
「うーん、その辺はノーコメントで」
ケインは憐れむような苦笑いを浮かべた。
車はガタガタと異音を立てながらも走り続けたが、後輪の二つのタイヤが完全に用を為さなくなったところでついに止まった。
四人は鉄屑と化したセダンを降りて四方を警戒し、
「鈴木くん、二人をお願いできるかい?」
「お、おう! それで……方向はどっちけ?」
「こっちに決まってんでしょ。目当ての建物はぐるっと回って一本奥の通りなんだから」
女児が少年の手首を掴んで西向きに走り出した。鈴木と呼ばれた大柄な男が、二人の後を追って慌てて走り出す。
「待て! お前はどうする気だ?」
少年は一人だけ車から離れようとしないケインを案じて立ち止まったが、
「僕も僕でやるべきことがあるからね。壊れた車も放置してくわけにはいかないし。ああ、別に死にはしないから安心して先に行ってくれ」
彼は緊迫感のない声で穏やかに手を振るばかりだった。なおも食い下がろうとしたが、女児に腕を捻られて已むなく踵を返した。
三人は工場に向かって走り出す。俄然身体能力に長けた鈴木が二人を先導するが、
「ちょっと、どこ行くつもりよ!」
「あ? お前さっき、こっちやって言ったねか」
「だっから! 奥の通りって!……もういい!」
少女は掴んでいた少年の手首を強く握り込み、目的の方向へ引っ張る。
「痛ってぇ! 俺は関係ないだろうが……」
「はぁ? 文句あるワケ? 向こうじゃアレだけのこと私にしておいてよくもっ……!」
「それは……悪い。正直お前が誰かも何の話かも分からんが、心当たりなら腐る程ある……」
「ん? ああ、そっちやったんけ。だったらそう言われよダラ」
角を二つ曲がり、ようやく目的の工場を視界に捉える。致命的にまとまりの欠如した三人だったが、幸い目的地までは、約百メートルの直線を残すのみとなった。
だが――
「問題は、ここをどう突破するかだな……」
正面の方向から、ぞろぞろと武装した五人の男達が現れる。大組織に追われている状況を考えればむしろ喜ぶべき寡兵だったが、彼等が相手取るにはあまりにも荷が重い。
工場入口を封鎖する様子はなく、彼等の方へと真っ直ぐに歩み寄ってきた。やはり目的地そのものは把握しておらず、彼等事態を標的に定めているようだった。
「お前がなー、こんなタマ有るかも分からん病人みたくガリガリのクソガキじゃなければなー」
「否定はしない。現実世界じゃ、身体能力がほぼ全てだからな。筋力だガタイだと分かりやすい要素だけじゃなく、動体視力とか筋肉の柔軟さとか含めて。自慢じゃないが、俺は糞弱いぞ」
鈴木がズイと一歩前へ出る。
ポキポキと鳴らす指は一本一本がウインナーのようで、優に少年の倍以上の太さがあった。
「いい? 私達を逃がすことを最優先に考えるの。お前の目的は、あいつら相手に腕っぷしでイキることじゃないんだから。こいつをあのクソ女のとこまで連れてくのが目的だから」
「腕っぷしすらねえブスが偉そうに」
「揉めてる場合じゃないだろうが! 間取りとセキュリティは既に確認してある。手前の廃工場は遊休状態だが、所有者はアイツだ。外からは外壁で仕切られているように見えるが、搬入口同士がシャッターで繋がってる」
「話が長いがぜクゾガキ! 何でクラッドで俺達騙したときみたく、上手く喋れんがけ?」
「黙れ! アレは俺だが俺一人だけじゃないんだよ! ああ――要するにだ、俺達は手前にある別の建物から入る。お前に対する命令は、『程々に時間稼ぎつつ、できれば俺達が手前の建物に入るところを奴等に見せろ』だ。最低それだけ理解しとけばいい。ミスリードで時間を稼くのが狙いだとか、時間が稼げたら頃合い見て逃げていいとか、理解できないならしなくていい」
「こんの糞ガキァ喧嘩売っとんがか! ガキが偉そうに舐めとっと――」
「文句ならば後でいくらでも聞く。今は従え。俺達全員が生き延びるためにな。お前の上官であるアイツからも、俺の指示に従うようにと命令を受けてるだろ?」
「お前、後で覚えとれよ?」
不服を露にしながらも、上官や命令という言葉を聞くと鈴木は従った。彼の価値観では、地位や上下関係というモノは非常に重い意味を持つようだった。
少年の合図で、三人は一斉に前方へ走り出した。




