第43話 袋の鼠
「ほんで? これからどないすんねん?」
絶体絶命の窮地を脱し、ドゥンはサーベルの形状に戻してドゥンを鞘に納めて通りを駆ける。
「とりあえずマキナを置いてきた浜辺に向かう。操縦器には反応しなかったが、手動運転なら使用可能かもしれない。もし動かせるなら、アレを使わない手はないだろ?」
「動くんやったらな? ワイも分からんことだらけやが、連中の様子見る限り、こっちの動きは筒抜けや。下手したら、あの周辺で別動隊が待機してるなんて可能性すらあんで?」
「住民のほとんどは球戯場にいた。百や二百程度の雑兵くらい、俺達なら突破できる」
「キミが万全やったらな? でもボロッボロやんけ。そんな状態であの変態共相手に突っ込んでったら、キミどんな目に遭うか分かったもんやないで?」
ミュルがわざわざ指摘するまでもなく、彼の全身は傷だらけだった。
黒いローブは節々が擦り切れて白い素肌が覗き、その半分以上は血の朱に染まっている。右腕の指は動かず、右足を庇うような足取りは痛々しい。
後方から、球戯場より這い出てきた住民達の群衆が、黒い波のように押し寄せる。
無人の通りに遮蔽物はなく、浜辺までの道のりは舗装された道路をただ走るのみだった。
「ならば他に当てがあるのか?」
「とりあえずベトゥに相談するしかないやろ」
「なるほど。『俺たち無能は任務に失敗しました。余分な情報を抜かれる前に俺達を処分してください』とな?」
「しょうもない意地張っとる場合ちゃうやろ!」
「意地でも何でもないだろ! お前だって理解してるはずだ。奴からすれば俺達は使い捨ての駒に過ぎない。助けなんぞ求めれば、むしろとどめを刺しにくるだろうよ」
「しかしやな……」
住民達との距離は、目に見えて縮まりつつあった。ドゥンの走行速度が、今やフュンフの住民達に大きく劣っている証左だった。
「お前の言い分も一理ある。だが、それは万策尽きた後の最後の手段だ。今やるべきことじゃない。そもそもの問題として、定時連絡以外はほぼ放置のあの女と通信が繋がる保証もない」
振り返れば、既に一つ一つの個体の輪郭がはっきり見えるほどに距離は詰まっていた。破滅の足音はいよいよもって彼等の鼓膜を残酷に震わせる。
だが希望もあった。不自由な足をここまで引き摺り続け、鋼鉄の人型兵器もまた目前にある。
決して余裕はないものの、このままいけば追っ手に捕まるより早く彼等がマキナのコックピットに乗り込めることだろう。
手動運転でなお動かなかったとしても、備え付けの各種兵装は使用できる。ここまでの苦境を思えば、それは一筋の曙光に違いなかった。
だからこそ――その光景は絶望を極めていた。
彼らが恃みにしたご都合主義の神――労せずして住民を殲滅してくれるに違いないと期待した巨大兵器は、彼らを待ちわびていたかのようにゆっくりと起き上がった。
そして――砲口を向けた。
「――ッ!」
即座に思考を切り替え、ドゥンは地面のマンホールを抉じ開けて潜り込んだ。
蓋が締まりきるより早く閃光が瞬き、頭上で轟音が鳴り響く。一瞬でも反応が遅れたならば、消し炭になっていたに違いなかった。
下水道は思いの外広く、ドブの悪臭が漂う薄暗い通路をドゥンは必死で走る。
「ま、可能性としてはあり得たけども」
現実は、彼等の想定よりなお壮絶だった。待ち伏せどころかマキナは住民達に奪われ、逆に彼等を致命的に追い詰める天敵と化していた。
マンホールは程なくして開き、次から次へと住民が乗り込んできていた。
それどころか、なんと前方遥か遠くからも足音が聞こえてくる。
幸か不幸か、足音はゆったりとしていた。それは彼等がいよいよ勝利を確信したことの証左であり、獲物の捕獲を楽しむ余裕が生まれていることを意味していた。
実際、彼等は袋の鼠であり、圧殺されるのはもはや時間の問題だった。
「因果応報か。まあ、遅かれ早かれいずれはこうなっていた。俺もお前も、死ぬ覚悟なんぞとうにできていた。それが今このとき訪れた。それだけの話だ。別に残念ということもなし、畜生に相応しい末路と言える」
既に命運が尽きたことを悟り、ドゥンは自嘲するように嗤った。
「ええんか……? キミは、ガチでそれでええんか?」
「何を今さら。俺達はそういう生き物だろ? そもそも、最初から俺達は死んでいたんだよ。間違って生まれてきて、異物として忌み嫌われ、当然の人権すらなく、いよいよ社会からはっきりと拒絶された。なのに、何の因果か、たまたま命そのものは生き永らえちまった。だから、本来完結していたはずの人生なのに、蛇足のエピローグを続行してきた。それだけの話だ。なら、ここで朽ち果てることにも何の問題もあり得ない」
「なるほど、キミの考えは理解した。だけども、ワイはやっぱり――キミに死んで欲しくない」




