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第41話 球戯場の演説

「へぇ、別にいいんじゃないですかぁ。正直私的にはつまんない展開ですけどぉ、神器を回収できるならそれでいいですよ」


 滞在初日の夜となり、ドゥンとミュルは拠点である民家に戻ってベトゥと連絡を取っていた。


 明日の午後に行われるという、大総帥の演説。球戯場には信仰篤きPCの全てが集まる。それを辺境で発見した巨大兵器により殲滅する。――ドゥンが提案した計画に対して、ベトゥは至極どうでも良さそうに応じていた。


「お前にも悪くない話だと思ったんだがな。余分な作業を頼まれることすらねえんだから」

「あら、随分と気が付くようになったんですねぇ。一昔前まではご主人様の迷惑も顧みない傍迷惑な下僕でしたのに」


 相変わらずの嫌味にドゥンが顔を顰め、険悪な空気を断つようにミュルが口を開く。


「まあとにかくや、今回はいつになくすんなり殺せそうやねんから素直に喜ぼうや。あんな殺戮兵器が野ざらしで転がってて、普通に使える。その上、絶妙な量の燃料だけが残ってて、ビーム兵器やら中型ミサイルまで搭載されてる。極め付けは、そんな悪魔が無人機としても操縦可能。これはもう奇跡的といっていいレベルにありがたい話やで」


 ミュルがその破格に過ぎる性能を改めて口にする。試運転のために操作をしてみた感想は、圧巻と言う他なかった。


 コックピットの存在を把握した二人は、当初それがパイロットを要する兵器だと考えた。

 だが実際のそれは、手動マニュアル操作用のオプションとして設置されていただけに過ぎない。マキナの本質は遠隔操作による無人操縦を可能とした、超大型ドローンだった。


 各種兵装だけでも十分に強力であるにもかかわらず、自損事故や撃墜のリスクすらも発生しない。そんなあまりにも都合が良過ぎる兵器が、世界を滅ぼさんとする彼等の前にお誂え向きに用意されていた。


「なぁ……お前は何か感じないか?」

「もしもし? まさかとは思いますが、セクハラですか? 別に訴訟なんて起こさなくても、末端の下僕なんて上の同意が得られればいつでも消せるんですよ?」


 ドゥンの漠然とした問いに、ベトゥがあえて的を外したような回答をする。ミュルは彼等の会話を聞いて不可解そうに首を捻った。


「いや……まあ、それもそうだ。それに好機なのは事実だからな。猶予はまだ二日あるが、住民が一堂に会す好機は明日の球戯場演説をおいて他にない」

 ドゥンは額を指でトントンと叩いた後、納得した様子で呟いた。


「はて? 何をおっしゃっているのやら」


 × × ×


 空が不気味に良く晴れた、翌日の昼。


 初日と同様、天はクレヨンを塗りたくったような馬鹿げた風景を晒している。快晴と言っても、青や水色でこの世界の天井が塗りこめられているに過ぎない。

 おそらく一昨日もその前もずっとそうだったことだろう。

 だがそれも、彼等が任務を遂行すれば、世界諸共崩れ去ることとなる。


(本当に、気味が悪い奴等だ)


 ドゥンが内心で悪態をつくのも、無理からぬことだった。


 任務遂行に当たって、PCを一掃するべく住民を一か所に集めることはこれまでにもあった。

 だが皆が皆白い面に黒いローブという同じ出で立ちともなれば、話は別だ。まるで黒い虫が形成する巨大なコロニーを見ているように、生理的恐怖が喚起される。


 ユニオンは入場ゲートでチケットを渡し、蔦が生い茂る巨大球戯場へと足を踏み入れた。


 球戯場の観客席は、同じ格好をした人型でぎっしりと埋め尽くされていた。


(どうだ、全員いるか?)

(知らんがな。ワイは直接触れへんことには、一人一人の判定はできへん。全体で二万五千人ってとこやし、この分やったら始まる頃には全員集合してそうやけど)


 ユニオンは、索敵のためにこの球戯場を訪れていた。


 マキナは搭乗者を必要としないため、本来ならば攻撃対象区画に自らが赴く必要はない。だが燃料が限られている以上、無駄な動きをさせる余裕もなかった。

 そこで、マキナをいつでも呼び出せるように近くの海岸まで動かして待機させ、機を見て退避後に爆撃を開始するというのが彼らの方針だった。


 PCの見分けがつかない以上、ユニオンがPCを殲滅するには、NPC諸共まとめて皆殺しという方法が最も手っ取り早い。しかしながら確実性には乏しく、難易度も高い。そのため、実行に移すことは少ないスタイルだった。住民から知り得た人口情報と一撃で住民を殲滅する殺戮兵器があればこその、やや強引な戦術である。


 程なくして、会場はますますの賑わいを見せる。

 大総帥の演説が始まる午後二時の一分前の時点で、動員は目測で約三万人。フュンフ住民のほぼ全員がこの場に集まっていた。


 誰もが等しく白仮面を被っているため、その下に潜む表情は読み取れない。だが、PLISMのライブで見たアイドル達への熱狂、それと全く別種の興奮が満ちていることは確かだった。


 バックスクリーンの大時計が、午後二時を指す。その瞬間、中年の男性が一人、どこからともなく球戯場の中央に放り出される。


 男性は麻布一枚を腰に巻き付けて辛うじて陰部を塞いでいるのみで、衣服を纏っていなかった。幸いふくよかな体型であるため寒くはなさそうだが、直視に耐えない光景だった。


 ぼさぼさの黒い頭髪に、原始人のように伸び放題の顔髭。それだけワイルドなスタイルにもかかわらずどこか間抜けそうな焦点の合わない目に、半開きの口。背丈は低く、全身を脂肪で覆われた中年男性。美術館で見た数々の芸術品とも一致する――大総帥、その人だった。


 場内は大総帥の登場に湧き上がり、一斉に拳を前方に突き出す。教徒達にとって挨拶のようだった。


「愚かな民達よ、いい加減にしなさい。小生は大総帥だ、お前ら凡人よりも高次の生き物だ」


 大総帥は顔を真っ赤にし、激怒した。腕をブンブンと振り、脚をドンドンと地面に踏み鳴らす。珍妙な恰好とコミカルな動きで迫力の欠片もないが、怒っているらしいことは確かだった。


「麻田隆洋殺す」「麻田隆洋殺す」「麻田隆洋殺す」「麻田隆洋殺す」「麻田隆洋殺す」「麻田隆洋殺す」「麻田隆洋殺す」「麻田隆洋殺す」「麻田隆洋殺す」「麻田隆洋殺す」「麻田隆洋殺す」「麻田隆洋殺す」「麻田隆洋殺す」「麻田隆洋殺す」「麻田隆洋殺す」「麻田隆洋殺す」


 大総帥の第一声を聞くやいなや、場内は嘲笑と罵詈雑言で溢れ返った。

 ありとあらゆるものが、大総帥に投げつけられる。


 石、生卵、ペットボトル、置物、から揚げ、害虫、ぬいぐるみ、植木鉢など、凶器でこそないが少なくとも球戯場に投げ込むことを目的としてはいない物が、驟雨のように降り注ぐ。


「小生を怒らせたな。許さん、その仮面を剥いでやるぞ!」


 大総帥はそう言うと、スタンドに詰めかけた三万人近い白仮面の一人を指差し、首と手をゴムのように伸ばした。大総帥の肉体は、驚くほどの伸縮性を見せた。


 引き延ばした輪ゴムのように肉体はみるみる細くなり、辛うじて先端の顔面だけは紙のような薄さで原形を保ったまま肉薄していく。接近速度は観客席に近づくほど下降し、標的に辿り着く頃には、時速十キロ程度にまで落ちていた。


 標的とされた観客は背後から金属バットを取り出すと、フルスイングで大総帥の顔面を振り抜いた。


「ゆぴぴぴぴぴぴぴぴいいいいいいいいい!!!!!!!」


 球戯場中央へと弾き返された大総帥は、全身から体液を噴き出させて絶叫した。

 しかし数秒後には肉体が復元し、演説を再開した。


「おい、愚かな下等の者達よ。しっかり上下関係を認識しなさい。小生は大総帥麻田隆洋なるぞ! こんなことが許されていいと思っているのか?」


 刺激に対して逐一反応を示す、よくできた玩具。

 ほとんどろくに反撃されるリスクがない、絶対的優位。

 しかし名目上相手を格上とすることで、行為を正当化する。

 ユーモラスで尊大なおっさんであることにより、心理的抵抗も軽減される。

 集団で行うことで行為の是非を外部に押し付け、自身を責任から切り離す。



「――なるほど、これは実にすばらしいエンターテイメントだ」

 ユニオンの口から乾いた笑いが零れる。


「当たり前だよなぁ?」

 隣にいた仮面の男が、ユニオンの独り言に反応して一方的に語り出す。


「別に、俺は自分が何かになりたいとか思わねんだよ。だって才能ないって分かってるし、才能ないなら努力しても無駄だし。俺はゴミだから、誰も俺を俺と認識しなくていい。むしろするな。誰でもないアノニマスとして同類ゴミと面白おかしくやる。それが俺にとって最高の娯楽だ」


「ああ。本当に、こんな最高の世界は見たことがない――」

 ユニオンはそう言って席を立つと、まるでガス室で毒ガスから必死で逃げ惑うモルモットのように出口へ向かって歩き出した。


(もう我慢ならん。あのゴミ共を一刻も早く焼き殺す。やれ)

(落ち着けや糞ガ○ジ! ここで爆撃開始したらワイら自身も巻き添えの自爆テロやぞ!)

(分かってる! だから今すぐここを出て――)


 肉体内部では二つの精神が激しい口論を繰り広げるが、ユニオンの表情は微動だにしない。もっとも白仮面をつけている時点で、いかなる喜怒哀楽も他人に読まれることはない。


 だからこそ、ドゥンは戦慄した。


(なぁ、コイツら……)


 ミュルも即座に異常を察知する。フュンフ住民達にとって最大の娯楽とされる、大総帥の見世物小屋。教徒達の白仮面は、つい数秒前まで確かに球戯場中央の大総帥に向けられていた。


 だが今この瞬間において、それらは会場を抜けようとするユニオンに集中していた。


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