第40話 宗教
「はぇーすっごいおっきい」
ユニオンが率直に感動を口にすると、いWはしたり顔を浮かべた。
ユニオンが案内されたのは、駅から南東に約三百メートルの地点に建てられた美術館だった。ベージュ色を帯びた二つの巨大な丸岩の狭間に、正門が設えられている。外観だけでも珍妙さがはっきりと分かる、独特の建築様式だった。
現実のサンダ駅周辺にこんな建物はないはずだが、北東の方角には壁に蔦の生い茂った超巨大球戯場が聳えていた。どうやら全てが全て現実に即しているわけでもないらしい。
「入って、どうぞ」
いWに促されるまま赤茶けた門を潜ると、内部には様々な作品が所狭しと陳列されていた。
媒体は実に手広く、絵画や彫刻とったオーソドックスな芸術のみにとどまらない。スクリーンには動画が流れ、スピーカーからは電子音を基調にした音楽が流れている。扱われている対象もまちまちで、人物や動物から風景や概念を表現したものまで様々だ。
「ダール教は多神教だからな。関連が深いヒルモント神話ではアニミズム思想に基づいて万物を神聖視するから、登場する神仏や英雄が本当に多い」
いWはユニオンの心中を見透かしたように、説明する。
「今流れてるのは?」
「ああ、これは創世のテーマだな。太古の昔に大神ゼーは大総帥・麻田隆洋をこの星に産み落とした。相当な難産で分娩開始から大総帥の誕生までに十月十日を要したらしい。そのときのゼーの苦闘を、戯曲形式で盛大に謳い上げた作品だ」
初老男性のみっともない喘ぎ声に適当な伴奏を合わせただけに聞こえるそれは、いWの解説を聞けば妥当な解釈に思えた。
「これは?」
ユニオンは作品の中でも一際目を引く、横長の巨大な壁画を指差した。
面積にして三十平米ほどだろうか。総勢数十人の人型が、左右二つの勢力に分けて描かれている。右側は旗を掲げたふくよかな中年男性を多くの取り巻きが囲む構図で、左側の勢力はそれぞれ武器を持って彼等に襲い掛かっているようだ。
「ああ、それは大総帥が今から三百年ほど前に移住したときの様子を描いた壁画だよ。このサンダが新たな拠点になる前、ダール教の総本山は港湾都市レオンにあったらしい」
「随分と物騒な引っ越しだな」
「何を言うか、不敬者め。神々が眷属と共に姿を晒し、信心深い教徒達が拝謁の栄に浴す。ダール教の神髄を象徴的に表現した傑作じゃないか」
「なるほど、言われてみれば確かに」
ユニオンは改めて壁画を見上げる。左側の教徒達は、槍や石を神々に投げつけているようだ。
「絶対神として君臨する大総帥。彼を補佐する麾下の者達に、神託を伝えた預言者達。そして革新的な信仰スタイルを披露することで聖書に名を遺し、自らをも信仰の対象にまで高めた名誉教徒達。ダール教における選りすぐりの大物達を集結させた、夢の競演だとは思わないか?」
「そして彼等を信仰し、こうして芸術作品に昇華させることが宗教活動の醍醐味だと?」
「それだけじゃないがな。やっぱり一番は神々との直接的交流だ」
そう言うと、いWは懐からチケットを取り出した。
「明日の午後、大総帥が球戯場に降臨なされる。これは玉音を生で拝聴するための入場券だ」
「なんだ、俺にくれるのか?」
「ああ、通過儀礼前の新教徒に出会ったら譲る。それは、教義でも定められたことだからな。俺はまた新しく買うだけだから気にするな。球戯場の定員は約五万人。フュンフの人口三万人よりも余裕で多いから、入場券が売り切れることもない」
ユニオンはいWの顔を見上げるが、仮面で覆われた表情は窺い知れない。
やおら手を差し出すと、球戯場の入場券を受け取った。
「ああ聖遷と言えば、旧聖都には大総帥が所持する機械仕掛けの神が眠っているらしいな」
× × ×
「どうだ? 動きそうか?」
「いやまあ、動くことは動くけどもやな……」
ドゥンの問いかけに対するミュルの回答は、趣旨こそ肯定的だが歯切れは悪い。
旧聖都レオン。聖遷前はダール教徒達が定住していたとされる街だが、かつての栄華は見る影もない。
ビルは悉くが倒壊し、アスファルトは罅割れ、砂埃を被って世界全体が灰色がかっている。無残に荒廃した跡地は、辺境の遺跡とでも呼ぶのが適切な有様だった。
その遺跡にあって、異様な存在感を放つ巨大な金属塊があった。
機械仕掛けの神。いWが口にした言葉をまさしく体現するそれは、優に全長三十メートルは超えようという人型兵器――ユニオンはこれをマキナと呼称することとした――だった。
あまりの巨大さにドゥンとミュルも困惑したが、コックピットと思しき部位に設えられた操縦桿や各種計器と、各部に備え付けられた砲口や付近に転がるメイスなどの近接戦闘用武器から、マキナが人型兵器であるらしいという判断を下した。
しかも、問題はそれだけにとどまらない。
なんとレオン跡地は、まさにこのフュンフにおいて回収を命じれられていた神器ダインスレイヴB29の所在座標とも一致していた。
ミュルが調べたところ、果たしてマキナの動力部から神器は発見された。
「コレが動くなら、面倒な策を弄することもない。街ごと粉々に粉砕すればいいだけだからな。この人型兵器が俺達の手にある限り、神器も任意のタイミングで抽出できる」
動力部にサーベルと化したミュルの刀身を突き刺しながら、ドゥンが語りかける。
驚くべきことに、聖遷から三百年が経過した今も動力部は健在だった。
ドゥンはマキナが今なお使用可能である可能性が高いという判断を下し、ミュルに構造を調べさせていた。
「そんな簡単に行くもんちゃう気もするけども、まあ動くに越したことはないわな……」
ドゥンは動力部からミュルを引き抜くと、コックピットに戻る。
「行けるか?」
「相変わらず強引なやり口やな……」
「お前にはその強引を実現できる能力があるからな。ならそれを使わない手もない」
ドゥンはそう言うと、ミュルを操作パネルに突き立てた。
ヴォオオオオ。地響きのような重低音が轟き、エンジンはドゥンの期待どおりに駆動する。
「このまま動かせるか?」
「まあ……」
ドゥンの質問を催促と判断したか、ミュルはそのまま機体の指揮系統に介入した。
ゴゴゴゴ。巨大質量が地表を削る凄まじい摩擦音を上げながら、機体はゆっくりと上半身を起こし、脚を伸ばしたまま座る体勢を取った。
そして両手を後方に反らせて地面につけると、ゆっくりと上体を倒して地面に背中を付けた。
「何で戻すんだよ」
「いや、燃料がほとんど残ってへんねん。調子こいて無駄に動かす余裕はないで」
ミュルはそのままエンジンを切ると、通常のサーベルに戻った。
ドゥンはやや不服そうな表情も浮かべながらも、ミュルを引き抜く。
「まあ、こいつが戦力として見込めると判明しただけでも十分だ。問題はどう使うかだが――」
「それやねんけどな? こいつの性能、ほんまにえぐいで」




