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第4話 漆黒の暗殺者

(どうだった?)

(あのカス共は全員NPCやったな)

(単純計算の確率的にも、底辺な言動的にも妥当だな)


 仮想世界に生きる人間は、PC(ヒト)NPC(モノ)の二つに大別される。

 前者は現実世界からワルキューレで仮想世界にダイブしている人間であり、プレイヤーやユーザー等様々に呼称される。対して後者は現実世界で肉体を持たず、運営により設計された存在だ。本質的には建物や道具といった物体(オブジェクト)に近い。


 両者の違いは、一目見ただけでは通常分からない。万能のウイルスたるミュルをもってしても、直接接触しなければ違いを判別できない。


 ユグドラシル社が提供する仮想世界は、無数にある。

 そして地球が大陸や国から都道府県や市町村といった大小のセクションで構成されるように、仮想世界もまた多段階層から成っている。

 仮想世界を地球に見立てたなら、クラッドは小さな町程度の規模に過ぎない。


 このグラズヘイムの他にも、ヴィーンゴールヴなど複数のサーバーという大陸がある。そして多種多様なプレイヤーのニーズを満たすため、各サーバーにはこの中世ファンタジー風世界以外にもソフトというそれぞれ独自の世界があり、これが都市に相当する。


 しかし一つの世界に数万人ものプレイヤーが集中すれば、そこには明確な階級(カースト)が生まれる。それでは劣等が住まう人間世界(ミズガルズ)と変わらない。

 その防止策として、各ソフトは同じ仕様を複製したものが大量にある。


 ――全てのPC(プレイヤー)が〝勝ち組〟であるために。


 その一つ一つはスレッドと呼ばれる。

 もっともソフトはスレッドの集合体というより、スレッドの原形と呼ぶべきものである。ソフトに対するスレッドの関係は、都市に対するその市内の町村というよりは、生物種に対する個体の関係に近い。オンラインゲームで言うところの、チャンネルに相当する。クラッドも、スレッドの一つに過ぎない。


 二〇三八年時点で仮想世界にダイブする人口は、世界全体で二億人弱とされる。今現在の一スレッド当たり平均人口は約二十人なので、仮想世界住人の大多数はNPCということになる。


 皆が皆そのスレッドにおいて選ばれし〝勝ち組〟でいられるこの素晴らしき仕様上、PC(プレイヤー)が浮浪者相手に憂さ晴らしをする卑しいチンピラになること自体が考えにくい。


(じゃあ、放っといても特にリスクにはならへんゆうことやんな?)

(まあ、そういうことになるな)


 ユニオンは大通りに向けて歩を進める。その背後で、鈍い音と男達の笑い声が響く。

 浮浪者は、身に纏った二束三文のぼろ切れ以外に何も持っていなかった。金品をどこかに隠し持っているとも考えにくい。だが彼をチンピラ達が嬲っていることは、振り返るまでもなく明らかだった。


 ユニオンの歩幅が大きくなる。

(確かに、見てて気持ちええもんちゃうな。さっさと戻ろか)

 ドゥンの意思に従って足早に通りへ戻るユニオンの肉体に、ミュルが同調する。


(ああ、本当に――心底不快だ)


 路地裏の日陰から燦燦と日光降り注ぐ通りへ戻ると、ユニオンはすぐさま隣の路地裏に入る。


(何や? さっきと違って、そっちは別に何もないんちゃうか?)

(だろうな。だからこそ、ちょうどいい)

(――ファッ? おう待てや、キミまさか……!)


 ミュルの焦りを余所に、ユニオンはゴミ箱の影に隠れる。

 完全に人目から死角となったところでユニオンは全身を融解させ、ゆっくりと立ち上がる。


 身長はやや縮み、顔には不気味な仮面。

 全身を覆うのは軍服めいた黒装束で、腰にはサーベルが吊られている。


「何考えとんねん、糞ガイ○! まだ暴れ回るタイミングちゃうやろ⁉」

 怒鳴る声はミュルのそれであり、サーベルから発せられていた。


「問題ない。俺を信じろ」

 仮面の下から、ドゥンが囁く。


 分離形態(セパレート・モード)――ミュルが兵器と化し、ドゥンがその担い手を務める。二人が最大限の戦闘能力を発揮するための形態だった。

 融合形態(ヒュージョン・モード)とは相互補完の関係にあり、ともに一長一短の性質を持つ。


 人格も容姿も釣り合いが取れた〝真人間〟ユニオンとなる融合形態は、通常行動の際には重宝する。無難な存在としてどこにでも溶け込み、誰とでも良好な関係を築く。


 その一方で、ミュルを兵器ではなく一つの人格組成の素材として取り込むため、必然的に得物を失う。ユニオンが仮想世界内に存在する似たような形状の剣を持ったところで、戦闘能力は凡人のそれに過ぎない。ただのオブジェクトでは、仮想世界の天敵たるミュルと比して性能に雲泥の差がある。


 分離形態は戦闘力に特化している反面、通常行動には向かない。

 人格も容姿も偏った彼等は、異端の存在としてあらゆる環境で浮く。ミュルの変形にも容量という制限があり、人体の全身を形成することはできない。仮面によって正体を隠すことはできても、明らかな異形として周囲に警戒心を抱かせる。


 だからこそ、ミュルがドゥンの暴走に困惑、激怒するのは当然の反応だった。


「問題ないて……キミなぁ……」


「〈形態第七番(フォーム・ズィーベン)〉――急げ、さっさと済ませた方がいい」

 呆れるミュルの声など聴こえなかったかのように、ドゥンが指示する。


 ミュルの変形は万能だが、短くとも一分以上の時間を要する。

 そこで、特に使用頻度の高い変形は、形状を記憶してドゥンの一声で即座に変形できるように設定していた。


「そのまま通り出られたら敵わんしなぁ」


 サーベルはアメーバ状に解け、次の瞬間には硬質のワイヤーと化していた。

 ドゥンは、それを目の前にある二階建てのレンガ小屋の屋上に引っ掛けると、ワイヤーを収縮させて一気に屋上へと上る。


「〈形態第一番(フォーム・アイン)〉」


 チンピラと浮浪者のいた方の縁へと走ると、ミュルをサーベルの形状に戻しながら勢いよく飛び降りた。


 ドシャッ。サーベルがリーダー格の男を頭頂から貫いた。

 頭蓋が割れ、鮮血が飛び散る。

 だが残りのメンバーが気付く頃には既に、青バンダナの首が切断されていた。


「――は?」


 残った二人の一方が唖然とした声を上げるが、元凶は未だ彼の視界に入らない。

 低く屈んだ態勢から喉を突き穿ち、サーベルを即座に引き抜く。

 振り返る暇すらも与えず、背後から最後の一人の首を刎ねる。


 まさしく一瞬の出来事だった。

 漆黒の暗殺者は、その仮面を拝ませることすらなく、四人全員を始末した。


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