第36話 真実
現れたのは、白髪頭の気弱そうな青年だった。
激しい内紛で会場の大多数は死んだ。僅かな残党も一人一人殺した。殲滅は完了したはずだった。
存在するはずのない生存者を前に、ドゥンは再びサーベルを鞘から抜いた。
「お前は……なぜ生きている?」
「生きなければならなかったから……かな?」
要領を得ない回答に、ドゥンは同じ質問をもう一度繰り返す。
「別に、死ぬのはいいんだ。明朝には復活するからとか言う話じゃなく、正真正銘削除されてもいいと思ってる。でもその前に、謝らねばならない人がいたから」
「お前は……何者だ?」
ドゥンはサーベルを鞘に納め、質問を変えた。
「今は一人のドルオタ、Kだよ。以前は分不相応にPなんてやってたこともあるけど。そして――自分が担当していたアイドルを見殺しにした、最低最悪の糞野郎でもある」
「――HAYのプロデューサーか?」
「元だよ。HAYは僕のせいで解散になった。楪さんは削除されることになった。僕はPだったくせに、崩壊していく担当ユニットを最後までどうすることもできなかった」
「何もしなかったの間違いだろう? 本当に罪の意識を持っていたなら、少なくとも彼女の削除が決定した段階で、お前は命懸けで彼女を助けるために行動したはずだ。だが実際のお前は、こうして今の今まで平然とこの世界で生きていた。それが全てだ。お前のような、偽善を免罪符にする糞野郎が、俺は大嫌いだ」
「ああ、そうかもしれない。でも、残された二人に泣かれてしまったんだ。せめて僕だけでも生きていて欲しい、僕が死ぬことを許さないとね? 流石にただ黙ってることもできなかったから方々に抗議はした。けど、僕の言葉がまともに相手にされるはずもなかった。PLISMという世界の中ではそれなりに偉い立場でも、PC向けに提供されている仮想世界サービスという視点で見ればただのNPCでしかないからね。それで結局、事務所を追放されながらも、二人をこれ以上悲しませないためにドルオタとしてこの世界で生き続けてきたってワケ」
「ならば、お前が生きねばならない理由は既に消失した。その二人は、俺がこの世界から消し去ったからな」
「ああ、そして僕は最後に謝罪の機会を得て、君からの復讐によって死ぬことができる。ろくでなしの糞野郎には勿体ない、最高の最期だよ」
Kの言葉は、全てが確信に満ちていた。
仮想世界内の現象としてどれだけの虐殺が起きようとも、翌朝には蘇る。当然のルールであり、NPCである彼が知らないはずもない。彼の双眸は、まるで二人の目的も正体も何もかもを見透かしているかのようだった。
「復讐? あながち間違いとも言えないが、俺はお前個人には恨みどころか面識すらないはずだが?」
白々しくも、ドゥンは首を捻って尋ねる。
「そうだね、僕の方は君に感謝しているけど」
「どういう意味だ?」
「決まっているだろう? 彼女の力になってくれて本当に感謝している、そう言ったんだ。楪さん――今はサーベルとして君の手に握られている彼女の、新たなパートナーである君にね」
これ以上ない、決定的言葉だった。
ドゥンが踏み込みを避け、ミュルが黙秘を貫いてきた、暗黙の了解。
自分が侵し、犯し、謀り、殺し、蹂躙の限りを尽くした世界の真実。
悲嘆の絶望に追いやった末に殺した天井穂月は、ミュルの仲間だった。
悪辣な謀略で騙した挙げ句人質として監禁し、最後は煽動の道具として惨殺した一ツ木佐久理も、ミュルの仲間だった。
プロデューサーも、アイドルも、ファンも。この世界の何もかもが、ミュルにとってかけがえのないモノに違いなかった。たとえその最期が、報われない悲劇だったとしても。
「楪さん、何もしてあげられなくて本当に申し訳なかった。不甲斐ないプロデューサーでごめんなさい。こんなことで君を見殺しにした贖罪になるなんて、全く思っちゃいない。けど、願わくは君の手で、この肉体を気が済むまで斬り刻んでほしい。穂月さんと佐久理さんは、彼女達がいるべき本当の世界に帰るだけだ。でも、僕はこの世界が滅びたら、存在そのものが完全消失する。そうなったらもう、君に何一つ償うことができない。だからせめて、この場で」
Kはやおら背を屈めて正座すると、煤と誇りに塗れた地面に両手と額を擦り付けた。
喧騒に包まれていた聖地から、一切の音が消えた。無音の静寂が最後の裁きを待っている。
サーベルを鞘に納めたきり、軍服の男は立ち尽くすばかりだった。
憎悪の限り残虐を尽くしてきた死神にあるまじき、煮え切らない甘えだった。
終末の世界に残された、三人だけの空間。
罰を求める者、罰を躊躇う者、罰を委ねる者。
三者三様の閉鎖空間は、無限に静止する。
三十秒とも三時間ともつかぬ停滞の後、サーベルから声が発せられる。
「止まるんじゃねぇぞ……」
「――ああ、分かってる」
軍服の男は、やはりサーベルを抜かない。代わりに床に落ちていたレイピアを拾い、一歩ずつ前進する。
既に死んでいるかのように微動だにしない脰に切っ先をあてがうと、一息に振り下ろした。
Kの首と胴が離れる。首は地面を転がり、半回転して静止した。
救いを得た求道者のように安らかな表情が浮かんでいた。




