表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/50

第31話 贖罪

「駄目元でも試してみるものですね。どうやら私達は、運が良かったようです」


 田中Pは好奇にやや声を上ずらせながら振り返る。佐久理は不安げな面持ちで端末に手をかけようとしていたが、田中Pはそれを「今は、仕事中ですよ?」と窘めた。そしてニッコリとほほ笑んで、佐久理に手を差し伸べた。

 佐久理はなおも躊躇ったが、田中Pが「何かあったら責任は全て私が取りますので」と囁くと、手を握って共に内部へと歩き始めた。


「この辺がステージで、その前にあるのがアリーナ席」


 佐久理の説明を受けながら、田中Pは広大な場内を一望した。

 八角柱状の外周には、三六〇度びっしりと観客席が設置されている。三階席最後列から中央のアリーナ席までを合計すれば、定員は優に一万は超えるであろう。


「ステージの後ろにあるあの辺の席は、バックステージ席とか呼ばれてる。一応席自体は用意してあるけど、アイツが候補者になったときは機材置き場と化してたかな。まあアイドルも演出も見えなくなっちゃうし」


「まあ、観客席として使う機会は今後もないでしょうね。ハコのキャパ以前に、仮想世界そのものの定員で調整されますから」


 田中Pは佐久理に手を引かれて、ステージへと上った。スクリーンも音響機器も何もない平場そのものだったが、壇上からの眺めは壮観だった。人々から崇め奉られることが本分である偶像の終着点に相応しいと言えるだろう。


「あの日、アタシ達はここで歌った。誰もが疑心暗鬼になりながら、物凄く嫌な気分で」


 佐久理は神妙な面持ちで呟いた。視線の先には、がらんどうの観客席ではなく事件当時の風景が映っているに違いなかった。


「リベンジマッチと言ったら大袈裟ですが、今日ここで歌ってみるというのはいかがです?」


 田中Pから唐突に切り出された提案に、佐久理は目を丸くする。


「いや、何にも道具ないし、観客もいないし」

「過去へのけじめというものは、自身の中での得心こそが肝要です。たとえそっくりそのまま状況を再現できずとも、行動を実践することで心機一転を図ることはできましょう。それに、観客ならば、ここにいるではありませんか」


 田中Pはしたり顔で自らを指差す。佐久理は苦笑しつつも、田中Pが差し出したマイクを受け取った。


「天下の大人気アイドル一ツ木佐久理が観客たった一人の寂しいライブって」

「ブロード館を占拠したワンマンライブとも言えましょう? ステージがあって、観客がいて、そして魅力溢れるアイドルとすばらしい歌がある。ならばライブと呼ぶには十分なはずです」


「そんなの詭弁だよ」

 口では反論しつつも、佐久理はマイクテストとストレッチを始めた。


 最低限の準備が整ったと見るや、田中Pは懐から音源を取り出す。佐久理がゆっくりと頷くのを確認すると、田中Pは再生を始めた。

 二人きりのブロード館に女真帝国最大のヒットナンバー〝鬼畜女王〟のイントロが流れる。


 田中Pはアリーナ席最前列中央でただ一人のコールを始め、佐久理はステージ上で華麗に踊り始める。普段着の地味な服装だったが、そこは一流アイドルの為せる業。もとより定評があるダンスはもっさりとしたパーカーでも鮮やかなキレを見せ、涼やかな歌声は安っぽいワイヤレスマイクでも十分に魅力的だった。


 ただ二人だけのライブが、二人だけの空間で進行していく。


 佐久理が華やかに舞い、田中Pが熱狂する。妨げるものは、何もない。最後の楽曲を歌い終える頃には、ライブのフィナーレ特有の寂寞と感動が充満していた。


「田中Pありがとう。アタシ、今日ここに来て本当に良かったと思う」


 佐久理はステージ中央でマイクを握りしめ、感慨に目を細める。双眸には微かに光るものがあった。


「そう言っていただけると幸いです。最後にとっておきのサプライズがございますので、暫し目を閉じていただけますか」

「え? ああ、うん……」


 佐久理は一瞬困惑したものの、言葉どおりに目を閉じた。


 田中Pはゆっくりと立ち上がり、ステージに登壇する。僅かな音も立てることなく佐久理のもとへ歩み寄っていくが、佐久理の瞼には些かの動きもない。高飛車な彼女が薄目も開けずに待っている姿からは、田中Pへの確かな信頼が見て取れた。


 田中Pは佐久理の背後に立ち、


「――ん?」


 猿轡を噛ませると同時に、後頭部を鈍器で殴りつけた。


 夥しい血が噴き出し、艶やかな黒髪が真紅に染まる。


 突如として重傷を負った彼女を、背後の影が間髪入れずに俯せに押し倒して拘束した。

 息はあるものの全身は脱力しきっていることを確認すると、彼はほっと息をつく。


「ああ、助かったよ。確証はなかったが、お前がノリノリで応じてくれたおかげで無事ライブとして認識されたらしい。おかげで準備の第一段階がスムーズに完了した」


 語りかける冷淡な声は、数秒前までそこにいた田中Pとは完全に別人だった。


 黒の軍服と白の仮面に身を包んだ矮躯は、昏倒した佐久理の肉体を引き摺っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ