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第3話 理想郷

 ユニオンはまず、クラッド最大の商店街エール通りを訪れていた。辺りは、商人達の呼び込みで騒然としている。


「おっ、そこの兄さん。今日は林檎が安いよ、お一つどうだい?」

 露店の前で客引きをしていた初老の男が、一歩前に出てユニオンを呼び止める。


「林檎ならうちの店も置いてるよ! どうぞうちの店へ」

 彼に対抗するように、隣の店の若い女が前屈みでローブの下を覗かせながら言う。


 二人はユニオンの前で引き攣った笑みで見つめ合う。


「いえ、どちらも結構です……ええ、本当に結構ですから」

 ユニオンは、商店街の喧騒に辟易しながら先へ進んで行く。


(おい、何しとんねんドゥン! 今の娘可愛かったやんけ! 少しおしゃべりしていこうや!)

(余計なことをするな。俺達の任務とあの青果店の売り子はまったく関係ない)


(無駄や余計も一興やで? 遊びのない人生なんてつまらへんやろ?)

(枝葉末節にかまけて大局をおろそかにするな! そんなものは愚の骨頂だ!)


(キミはほんま要領悪いな。同じ男やし、ビンビン来るこの感じ、分かるやろ?)

(お前は女だろうが!)


(ちゃうねん。手違いで美少女アイドルに生まれてんけど、当初は男として設計されててん)

(お前のジェンダー事情なんて知るか!……とにかく先行くぞ)


 内面で二つの異なる自我が不毛極まる葛藤を起こしながらも、平静を保って商店街を進む。

 肉体の主導権はドゥンにある。ミュルがいくら異を唱えたところで、ドゥンが強行すればそれがユニオンの行動となる。ユニオンはひとまずの目的地に向けて、ズンズン前進した。


 生鮮食品を扱う地帯を抜け、装飾品や雑貨をメインに扱う地帯に踏み入った頃、


「――ん?」


 狭い路地裏に注意を惹かれ、ユニオンは思わず振り返った。

 微かに歩み寄ると、人の声が一際大きく聞こえてくる。


 大声飛び交う商店街ではあったが、それらは皆明るい活気に満ちていた。だが路地裏から響く低い声は、対照的に負の感情を帯びている。


「おう、クソガキ。お前舐めとんのか」


 一目でそれと分かった。

 典型的なスラムのホームレスと、それに絡むチンピラである。


 これが現実の中世社会だったならば、特段疑問を抱く余地もない。だが、ここはユグドラシル社が生み出した仮想世界(アースガルズ)。そうあるべしと意図して設計された、理想郷である。プレイヤーは誰もが望んだとおりの環境を享受し、誰もが望んだとおりの人生を送ることができる。


 だからこそ、ユニオンはその光景に違和感を覚え、足を止めた。


(うーんこの矛盾(ダブスタ)。ついさっき余計なことするな言うたんはどこの誰やったかな?)

(違和感の放置はリスクになる。お前が女のケツを追いかけるのとは、わけが違う)

(ま、一理あるンゴねえ。首突っ込むんも、それはそれでリスクやねんけどなぁ)


 ユニオンは、息を潜め気配を消して彼等に歩み寄る。


「なあ、俺達金に困ってンだわ。分かるよなァ?」


 チンピラは四人いたが、いずれも生活に困窮している様子はない。身に纏う衣服は色も形状も一体感に欠けるが、材質が庶民のそれより明らかに高級だった。

 盗品市場に流れた貴族のおさがりといったところだろう。それを売って質素な庶民の服に買い替えれば、十分なお釣りが返ってくるはずだ。


「あのー、皆さん? お金にお困りなのですか?」

 ユニオンがへこへこと愛想笑いを浮かべながら近づく。


「ああ? 何だてめぇ」

 最も近くの青いバンダナを巻いた男は、興が削がれたとばかりに睨み付ける。


「いえその、もしお困りならば、お役に立てればと」

 ユニオンは懐を弄り、銅貨を取り出した。

「臨時収入と言いますか……ゆえあってちょうどお金をいただいたところでして。庶民の私には不相応なお金ですし、お困りでしたら皆さんに差し上げようかと……」


「はぁ? てめぇ正気か?」

「別に俺達はギャングじゃねえぞ? ミカジメ料なんて貢がれてもお前のために何かするつもりはねえ」

「いえ、他意はございません。純粋に皆さんの助けになればと」


 チンピラ達は、ユニオンの不可解な言動に顔を見合わせた。

 ユニオンの素朴な佇まいからは、およそ悪意や犯罪の影は感じられない。それを確認すると、奥で腕を組んで唸っていたリーダー格らしき男が頷いた。


「では、どうぞこちらを」

「お、おう……」


 ユニオンは、まず青バンダナの男に手持ちの五〇〇ネムを差し出し、彼はそれを握り込んだ。決して大金ではないが、大衆酒場で三回くらいは飲み食いできるくらいの金額だ。


「ささ、皆さんもどうぞ」

 ユニオンは、残りの三人にも金を手渡ししていく。


「端金だが、ただでくれるってんなら文句はねえ。ありがたく受け取っとくぜ」

 チンピラ達は満足げに金を懐にしまい込むが、その場を立ち去る様子はない。


「あ? なんだ、まだ何か用か? 金ならたった今、てめぇがただでやるって言ったんだ。対価なんざ払わねえぞ?」


「いえ、そういうわけではないのですが。皆さんは、お金にお困りでそこの方に相談されていたのでは?」


「いや、それとこれとは別だろ。常識的に考えろよ」

「もしかしてアレかな? きみ、金恵んでやったからこいつに絡むなとか言っちゃう感じ?」


 チンピラ達の態度は豹変し、浮浪者とユニオンの間を隔てるように並ぶ。

 ユニオンを囲むように弧を展開すると、即座に立ち去れとばかりに全員で睨めつけた。


 壁を形成する男達の隙間から、浮浪者の様子が微かに見える。

 ぼろ切れを頭から被っていて、その全容は窺い知れない。だが、浮浪者がどうやら若い男らしく、そしてその目が恐怖や狼狽を湛えていることをユニオンは理解した。


「……いえ、失礼しました」

 チンピラたちの圧力に屈したように、ユニオンは踵を返した。


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