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第29話 第三勢力

「あのぉ? お二人はやる気あるんですかぁ? いや、ヤる気は満々だったそうですけど?」

「情報収集のために手順を踏んでいただけだ。この世界では強引な実力行使で解決しにくいことが多いからな」


 陽が落ちて久しい夜更け。田中Pは新橋Pと解散した後、事務所の私室にて本当の飼い主とブリーフィングを行っていた。


「決行するときはさっさと言ってくださいね? 神器が埋まっている未解放エリアを突破することはいつでも可能なんですから」


「言われるまでもない。存分に利用させてもらう。明日の大物オタとの面会で、ピースは粗方揃う。おそらくは明日準備を済ませて明後日が作戦行動開始となるはずだ」


「妙に自信がおありのようですねぇ?」

「当初の想定よりはかなり与しやそうだからな。武力の制約は厄介だが、ここの連中自体は単純な奴が多そうだ」


「何にせよ、しっかり任務を遂行してくれるなら異存はありません。ところで、今日は何か静かですねぇ?」


 ベトゥの口角が歪に吊り上がる。彼女が一体何をどこまで把握しているのかは分からない。

 だがその言葉に嗜虐の意図があることは明らかだった。


「おい、ミュル。お前はこの世界について何か思うことはあるか?」

「別に何も」


「ならばもう一つ訊こう。この世界の住民達に対して何か思うことはあるか?」

「別に何も」


 あまりにも短い返答は、口にするよりよほど多くを物語っていた。


 もっとも、ミュルの意思表示が極端に減ったのは今に始まった話ではない。


 二つの相反する精神が溶け合うことで、ユニオンは均整の取れた人格を発現する。穏やかな外面に反して、内面では二つの精神が衝突を起こすことも少なくない。だが佐久理との接触に成功して以来、彼等の意思決定は不気味なほどスムーズに進んでいた。


「分かった。それさえはっきりしていれば、俺達は今回も無事に任務を遂行できるはずだ。ならば何も問題ない。というワケだから、特にお前が憂慮すべきこともない」


「あらあら、ドゥンさん。敵意がない無辜の一般人を一方的に虐殺することだけが生き甲斐のクズなのに、身内には随分とお優しいんですねぇ。そういうの、ほんと心底気持ち悪すぎて吐き気がするので止め――ヴォエ!」


 誇張でもなければ言葉の綾でもなく真実嘔吐したらしい彼女は、醜態を晒す前にそのまま通信を切った。


「俺はお前に何かを無理強いするつもりはない。要求があるなら聞く用意がある」

「何もない言うてるやんけ。いつもどおりこの世界も潰したる。ワイらはそれだけやで」 


× × ×


 愛坂プロが抱える商業施設群南西部の一画、宜野笠アリーナ内の一室第二多目的ホール。


 ホール全体で優に二千万人を超える鮨詰め状態の中、一ツ木佐久理をセンターに据えるアイドルユニット、女真帝国の握手会が実施されていた。

 映像で見ただけでも、人いきれの強烈な熱気と参加者達の汗や皮脂による悪臭が伝わって来そうな衝撃的光景だったが、場内は実に快適なものだった。


 参加者の膨大な人数に反して人間の体臭はなく、頭上では陽炎のように空間が歪んで見えるにもかかわらず、空調の利いた通常の部屋のように涼しい。

リアリティを演出するために基本的には現実を忠実に再現しつつも、本当に不快な要素については都合よく省く。仮想世界ならではの理想的なイベント会場だった。


 ブース毎にレーンが敷かれ、長蛇の列を成すファン達が数秒毎にじりじりと進軍していく。


 本来ならば、中でもずば抜けて長い列が一つあるはずだった。だがこの日はそれがない。

女真帝国の絶対的エース、一ツ木佐久理の不在。それはアナウンスを聞きそびれた者でも一目で察知できるほど、はっきりとした異変をもたらしていた。


とはいえ会場全体の人数に変化はない。むしろ佐久理に集中していた人気が分散することで全ての列が満遍なく長くなり、元々別メンバーの押しであるファンからすればたまったものではなかった。


握手会は朝から夜まで五部に分けて進行する長丁場だが、現在実施中の午前後半の第二部は既に残り約一時間しかない。現在最後尾に並ぶ田中Pがメンバーのもとまで辿り着けるか、雲行きは非常に怪しかった。


 田中Pはセキュリティチェックと持ち物検査を済ませて握手会場までは入場していたが、潔く損切りしてホールを出た。


 第二部が終了すると、会場全体が昼休憩に入った。


群衆が出口に向かって津波のように押し寄せる。門を出て少し歩くと、ようやく一人一人を識別できるようになってくる。

その中で、やや目立つ存在がいた。姿恰好はごく平凡な男ながらどういうワケか周囲の者達がしきりに目をやっている。


男は共に歩いていた二人の男と別れると、田中Pのもとへ歩み寄ってきた。


「クサドンさんですね?」

「ええ、まぁ」


 男は挙動不審に視線を泳がせながら小声で頷く。昨夜板橋Pから紹介されたTOその人に違いなかった。二人はそのまま宜野湾アリーナを出ると、百メートル程歩いた後に高級中華飯店へ入った。


「いや、すいませんね、殤婁菜館なんて自腹じゃ絶対来れないっす。ありがとうございます」


 クサドンのコーディネートは、全身が悉くグッズで固められていた。身に纏う服からショルダーバッグまで佐久理や女真帝国一色だったが、安っぽい運動靴と伸びきった襟足が決して裕福な暮らしではないことを印象付ける。


「もうずっと人多過ぎで普通のレストランはどこも行列ですからね。とても落ち着いてお話なんてできない。仮想世界なんだから、この辺もう少し変えちゃってもいい気がするのですが」


「人がゴミのように見える異常な人口密度もイベントの醍醐味っすからね。嫌がる人もいるでしょうけど、自分はこの仕様結構気に入ってるっすよ? あっ、食べますか田中P?」


 涙目になりながら、クサドンが本格四川式麻婆豆腐の皿をつつく。軽い気持ちで頼んだものの、いざ口にしたら到底人間が食べられる代物じゃなかった。そんなところだろうか。


「恐れ入りますが、豆腐にはあまりいい思い出がないもので。それより、こちらが張河パンテオンライブ限定特典のクリアファイルと関係者インタビュー抄録です」


 昨夜面会のアポを取り付けた際、クサドンから頼まれた品だった。クサドンは慈しむようにそれを受け取ると、頬を緩めた。


「やー、すいませんねほんと。スレイブたるもの女真帝国のイベントはすべからく全通すべしが信条なんすけど、ガルグン族の友人にノムランド一周年ライブ誘われて実は干しちゃって」


 アイドルファン達の間では、多くの専門用語が用いられる。田中Pも基本用語は粗方頭に入れており、女真帝国のファンがスレイブと呼ばれることなどは用語集で確認していた。


「クサドンさんは、愛坂プロでも広く認知されている著名人でいらっしゃいますから。駆け出しPの自分としては、仲良くさせていただければなと思いまして」

「いやいや、滅相もないっすよ。TOだ何だと友人達は言ってくれてますけど、所詮自分はただのドルオタっすから。運営サイドの方にそんな、畏れ多い」


 クサドンはやや禿げ上がった頭頂部を掻きながら、目を泳がせた。

 あまりにも卑屈な物言いだったが、彼があえてただのドルオタを選んだことも田中Pは知っている。


「クサドンさんはPCであると伺いました。ならば、運営に回ることも可能だったのでは?」

「ああ、板橋Pっすか? あの人は色々ルーズなとこあるからなぁ……」


 クサドンは僅かに顔を顰める。彼にとってはあまり公にされたくない事実のようだった。


「確かに、システム的には可能だったとは思います。でも、何ていうか、自分が欲しかったモノってそうゆうのじゃなかったんすよ」

 自問自答するかのように、クサドンがたどたどしく言葉を紡いでいく。


「届かないからこそ尊いというか。アイドルっていうのは女神な訳っす。神は尊いし、自分はそらもう全力で誠心誠意崇め奉りたい。でも、自分が神と深く関わったり、まして傲慢にも神様に偉そうにしたりってのは違うっていうか。ああ、もちろん運営の人達をディスってるとかじゃ全然ないっす。要は卑屈でチキンで、実際Pなんて務まる域にない無能ってだけっす」


 絞り出される言葉には、痛切さが滲んでいた。単に自分の好みを語るだけの話は、ある種の懺悔のような哀愁を纏っている。板橋Pの軽薄さとは対照的だった。


「難しいモノですね。ですが、それゆえの楽しさもある。そんなところでしょうか?」


「ま、そっすね。なんかPは無理だからみたいに言いましたけど、仮に自分が有能だったとしても自分はやっぱりドルオタだったと思います。まず自分にとって絶対的な女神がいる。そして同じ趣味を持つ仲間達と語り合って、自分の女神に奉仕して喜んでもらう。それが自分にとっては最高なんすよ。あっ、何か語っちゃってさーせん。いや、好きなことの話になると勝手にベラベラ喋るってのはオタ共通の症状なんで、ご容赦いただきたいっす」


「とんでもないです。私などよりよほど深い考察、大変感服いたしました。高みにある絶対的存在を、あえて低い視点から賛美する。なるほど確かに、それも一つの尊い体験だと存じます。それに同志との語らいもやはり得難きものですしね」


 田中Pの言葉を聴きながら、クサドンは最後の豆腐を口に流し込んだ。顔面に沁み出した脂汗と涙が、苦闘の壮絶さを物語っている。


「ふーっ。あ、すんません、そろそろ午後の部始まっちゃうんで。さくりんが体調不良で欠席なのは残念っすけど、大手を振って他のコのレーン並べるいい機会でもあるんで」


「恐れ入りますが、もう一つだけ。クサドンさんは、ファンの中で他にPCの方を誰かご存じありませんか?」


「うーん、自分にはちょっと分かんないっすねぇ。いや、自分もそうっすけど、我々って好きなモノとかの話はしまくりますけど、自分自身についてはあんまり喋んないんで。役立たずでさーせん」


「いえいえ、クサドンさんでもご存じないと知れただけでもありがたいです。この度は合間を縫ってお時間いただき、ありがとうございました。それでは、今後ともお見知りおきを」


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