第28話 確執
「へぇ、キミがウチのさくりんをねぇ」
「はい。なにぶん今日が初出勤の新米でして。ぜひ板橋Pの傍でお仕事を学ばせていただきたいと思いまして」
愛坂プロの敷地内に設置された鉄板焼きバル、エラーブル・ロジモン。
佐久理は流石に抵抗を示したが、田中Pが熱烈に意欲をアピールすると、彼女のPに確認を取った上で打ち合わせに飛び入り参加することとなった。
だが想定外の参加者は、どうやらもう一人いたらしかった。
「ねえプロデューサー? これはどういうこと?」
佐久理は幽霊でも見たかのように足を止めると、声を尖らせて板橋Pを問い質した。
「いやいや。言ったっしょ、さくりん。今日は僕等二人きりじゃなくて特別ゲストがいるって。彼の参加オッケーしたのもそれでっしょ?」
「まあ、そうだけど」と応じる佐久理の口振りは淡々としていたが、膝と両手が震えていた。
「ひさしぶり、さくりん。もしかして、私と会うの嫌だった?」
「そんなワケないじゃん。アタシたち友達でしょ?」
佐久理と挨拶を交わす美少女には、田中Pも見覚えがあった。
天井穂月。並み居るアイドル達の中でも一際大きな輝きを放つ、天性のカリスマ。ちょうどライブを観たばかりの田中Pも、彼女のことは強く印象に残っていた。
佐久理は友達という言葉を使ったが、二人の態度がぎこちないことは明白だった。
「この娘達はね、今でこそ別ユニットでそれぞれセンター張ってるけど、以前は一緒のユニットで活動してたんだよ」
板橋P主導のもと、打ち合わせは進められた。かねてから多くのファンに要望されていた企画、かつて二人が組んでいたユニット『HAY』の一日限定再結成についてだった。
三人の打ち合わせを邪魔することがないよう、田中Pは次々運ばれてくる豪華な料理のフルコースに舌鼓を打ちながら傍聴した。三人の口振りは、一様にどこか歯切れが悪かった。ちょうど会話が途切れたところで、田中Pはその原因と思しき問題について尋ねる。
「あの……ひょっとして、HAYってお二人以外にもう一人誰かいたんですか?」
「あちゃー。訊いちゃう? キミ、それ訊いちゃう?」
板橋Pが呆れたように笑う。アイドルの二人は、はっきりそれを口にされたことでかえって安堵したようだった。
「まあ、そういうこと。でも、アイツはもういない。だからHAYをやるならアタシと穂月の二人でやることになる」
「アイツというのはひょっとして……」
「田中P、知っているんですか?」
「まあ。ちょうど先刻、佐久理さんからお聞きしたばかりでしたから。かつてPLISMを追放された、一人のアイドルについて」
「ええそうよ、そのアイツよ。さっきも言ったけど、色々アレな事情があるからあんまり――」
「ねぇ、アレって何?」
穂月が感情のない声で尋ねた。
生来のものか、アイドルとしての鍛錬によるものか? 穂月の声には常に温かさが込められていて、聴く者の気持ちを穏やかにする力があった。だからこそ、無機質で平坦だというただそれだけで、どこかゾッとする凄みがあった。
「ねぇ、穂月。今ここでそれを蒸し返すワケ?」
「そうだよね、ごめん。今は打ち合わせ中だしね。でもね、いい機会だとは思ってるの。あの日から、さくりんとお話できる機会なかったし。せっかくだし、この後二人で遊ばない?」
二人の間に漂う空気は明らかに不穏だったが、険悪とも言い難かった。単に憎み合っているわけではなく、むしろ愛すればこそ相容れない。愛憎入り混じった複雑な関係性を窺わせた。
田中Pは穂月と佐久理のデザートプレートが既に空であることを確認すると、板橋Pを一瞥して徐に口を開いた。
「板橋P、よろしければこの後お時間いただけませんか? 色々とお話を伺いたいのですが」
× × ×
「やーマジ助かったわ。キミ、イイね。この業界ってそういう忖度ホント大事だからさ」
「お褒めに与り光栄です。とはいえ、実際二人でお話ししたかったのも本音ですよ?」
送迎車で穂月と佐久理を寮最寄りの総合娯楽施設まで送り届けた後、田中Pと板橋Pは居酒屋の個室に席を移していた。
「その辺含めてよ。あの二人にはいい加減仲直りしてもらわにゃ困るけど、さくりんに恨まれんのはオイラも嫌だった。事情汲んで恩を売りつつ、自分の目的も果たす。そういう器用さがなきゃやってらんないからねぇ」
ジョッキに並々注がれたビールを、板橋Pが一息に飲み干す。
「それで、彼女達には一体何があったんです?」
「さーねぇ。本当の全容はオイラも知らんし。ま、はっきりしてることで言えば、二人と組んでた頭のおかしい娘が殺処分になったこと。殺処分とまでいかずとも、当時のPも引責辞職でP辞めたこと。ゴタゴタしてるうちに、親友だった二人が何か気まずくなったこと。有能なオイラが、チャンスに乗じてさくりんを落としたこと。こんなもんかな?」
「殺処分ですか? 追放という話だったのでは?」
「うん? ああ、そっか。さくりんはそう言ったってことね? ってことはアレかな? 負い目を感じてると? だとすればあの噂もやっぱり……」
伸びた顎髭を擦りながら、板橋Pは思案に耽った。
田中Pも、佐久理から殺処分の話については聞いていた。NPCでなおかつ余罪があれば削除《死刑》の可能性もあると。
「元はと言えば、彼女が女神の候補者に選出されたうえで不信任決議を受けたのが原因なんですよね?」
「それにすら元があるけどね。なぜ彼女が神となるか、はたまた追放されるかという二択を迫られたのか? 当時のHAYは、それぞれが大人気だった。だからHAYのファンが結託すれば、均衡を維持することも、いっそ彼女を女神に祭り上げることも可能だった。なのに何でああなったのか? ま、オイラにゃ旨味のない話だし、ぶっちゃけ関わりたくないんだよね」
「板橋Pから見て、彼女はどういう人でしたか?」
「ま、完全な問題児だったことは確かだよね。言葉遣いは汚いし、空気は読まない。放送禁止用語やヘイトスピーチで炎上したことは数知れず。他のユニットとコラボする度に揉め事起こしてさくりんに張り倒さてた。そんだけやりたい放題だから、評価も賛否両論極端だった。ファンも多かったけど、それ以上にアンチがヤバかったから殺処分は妥当だったと思うね、実際」
「ちなみに、引責辞任したPは現在どうされているのですか?」
「さあねえ。ほっちゃんとさくりんって二人のPCにとってかけがえのない恩人だし、削除はされてないはずだけど。ひっそりファンの中に紛れてたりすんのかな? 知らんけど」
「PLISM全体の人口比で言えば、圧倒的にファンの比率が高いですからね」
「そそ。モブ……じゃねぇや。お客様の方々は、オイラ達も把握できねえから」
「そうですよ。ファンの皆さんあっての我々なのですから、敬意を払う必要があります」
「ったく、プロ意識が徹底してやがるな」
「はて? 浅学にして真意を量りかねますが、率直に本心を語ったまでですよ?」
「それはご立派ァ。聖人君子過ぎてオイラにゃ理解できんわ。そんでもPCなのにお客様やってる連中ほどじゃないがな?」
「というと、ファンの皆さんの中にもPCがいらっしゃるのですか?」
「理解に苦しむだろ? でもいんだよ、実際。仮想世界は、望むだけでほぼ何でも手に入る。何にでもなれるし何でもできる。なのに例の方々ときたら……ね? 元々この世界は、チヤホヤされたい女PCの欲を満たすために創られた。次に、美少女を侍らせたい俺みたいな男PCも出てきた。ここまでは分かる。でも彼等はねぇ?」
「板橋Pはやはり、それでプロデューサーに?」
「そりゃね? ステージでかわいく腰降ってオス達をビンビンに発情させてる美少女達がだ、夜は俺の上で腰降ってアンアン言ってんだぜ? 単に美少女ってだけじゃねぇ。この背徳感なんだよ。可憐な天使達が、こぞって俺を求めてくる。そんな娘達を俺好みに育て、俺好みの女にしていく。別担当の娘でも食っちまう。キミも似たような理由でPになったんだろ?」
「どうでしょうね? 生憎と私には、それを実現できるだけの器量が備わっておりませんので。いえ、私を構成する要素の中にはそうした部分があることも否定はしませんが」
「要するに一緒ってことじゃねえか! まどるっくしい言い回しばっかりしやがって。大体だ、Pならガチで何もしなくても、最初から専属アイドルがいんだろ」
専属アイドル。PLISMのPが最初から必ず担当になっている、ある種の初期装備だった。真っ当なアイドルとしての育成も可能だが、その本領は別にあった。
あらゆる面でのPの補助。Pに媚び諂い、ライブではPの指示によって尋常ならざる高い身体能力による戦闘を行い、身辺の世話から夜伽まで全てをこなす。言うなれば、便利で優秀な執事やメイドのような存在だった。
田中Pもダイブ早々に彼の専属アイドル新條ももが現れた際には困惑したが、仕組みを理解した今では便利に使役していた。
「そうですね。彼女にもいい仕事をしてもらっています」
「ほう、既に経験済みだったか。なら後はもう慣れだけだよ。なに、俺だって現実じゃ素人童貞だったんだ。キミも頑張ればすぐにヤリまくれるようになるって」
「頑張ればやりまくれるですか? なるほど、では私なりに頑張ってみようと思います」
田中Pが曖昧な笑みを浮かべると、板橋Pは満足したように酒を注いだ。
「しかし、そう考えるとやはり度し難いですね。彼等はファンに過ぎない。アイドルを愛でる世界を選びながら、あえて外野に身を置いている。何となく興味が湧いてきました。実際にPCでファンをやられている方と面識はおありで?」
「まあ一人はね? ホラ、ウチのさくりん大人気だからさ、ファンもわんさかいるしファンクラブも巨大なワケよ。そんで、オイラも面識あるTOがPCだって言ってたはずだ」
「よろしければ、そのお方とお話しさせていただきたいのですが」




