第26話 暴猿
大盛況のライブを鑑賞した後、ユニオンはブティックやカフェが並ぶパステルカラーの街を散策していた。
無論、ただ遊んでいるわけではない。新規アイドルをスカウトするという業務の一環だった。
(あれで間違いないな?)
(せやな。ワイの息子がビンビンやから間違いないわ)
ユニオンは仕事として通りに赴いているが、馬鹿正直に業務をこなすつもりは毛頭なかった。
所属スタッフ目録――プロデューサーとしてこの世界に存在するからこそ閲覧できるそれは、ユニオンが任務をこなす上で特に有力なカードだった。目録により多くのPCは判別可能で、スタッフの簡単な情報も把握できる。その情報を利用して、彼等はターゲットを絞った。
路地裏に身を隠し、ユニオンは分離する。通常より遥かに長い時間を要してようやく現れたのは、サーベルを吊った軍服の男ではなく――少年と小型の猿だった。
「行けるか?」
「ガチれば余裕。本当はもっと別の形態がええけど、害獣認定されへん範囲やとこれが限界やろなぁ」
「手筈どおりだ。Cプランまで失敗したらここで融合して態勢を立て直す。任せた」
少年の言葉に頷くと、猿は通りを駆け出した。
通りを歩く住民達が、奇異の目で猿を見る。だがそれだけだった。
わざわざ近寄って愛でる程の可愛げもなければ、害獣として通報する程の危険でもない。その絶妙な匙加減が、彼等にとっては重要だった。
猿は散歩をするように自然な挙措で、前へ前へと駆けていく。
後方では、猿を尾行するように銀髪の少年が歩いていた。しかし周囲の男はそれ以上に挙動不審であるため、それを訝る者など皆無だった。
猿は果たして、ターゲットの足元へ辿り着く。
「へ? 何この猿――きゃっ!」
女が悲鳴を上げる。だが外傷はなく、猿の姿も既にそこにはない。
猿は女が持っていたショッキングピンクのショルダーバッグを器用に引ったくり、人を避けるように路地裏へと逃亡していく。
「ひ、引ったくりよ! 猿があの娘のバッグを持って逃げてく!」
被害に遭った当人は未だ呆然自失の体だったが、付近にいた女性の一人が叫ぶ。
住民達の多くは緊迫に汗を滲ませながらも、結局のところ行動に打って出ることはない。無駄なリスクは負いたくないが、かといって無視を決め込むのも体裁が悪い。そんなところだろうか。
案山子同然の群衆など一顧だにせず、猿は盗品を持って路地裏に逃げ込んでいく。
事態は何も解決していないが、自身に多少なりとも責任が生じ得る状況が終了したことを人々は悟る。ある者は嬉々として話に花を咲かせ、ある者は端末を起動して被害者の写真を無許可で撮影していた。
好奇に目を輝かせる人々に合わせて下手糞な笑顔を作りながら、銀髪の少年は雑貨店に入っていく。
北側の壁は猿が逃げ込んだ路地裏に面しており、東西に入り口が設置された造りになっていた。
少年は申し訳程度に店内を物色しながらも、スタスタと歩いていく。
そのまま裏手の東口まで回り、北側の路地裏に入る。排水管の隣に置かれた小さな段ボールを持ち上げると、西側にある通りへと向かおうとした。
そのとき――
「すいません! ここをピンクのバッグを持った猿が走って来ませんでしたか⁉」
サンダルをパカパカ言わせながら走ってきた女が、上気した顔で尋ねる。
後方には数人の取り巻きもいた。
「ええ、も、物凄い、い勢いでこの建物のか、壁登って行きましたですよ?」
少年がしどろもどろになりながらも、北側にある商業ビルの排水管を指差す。
客観的に見てかなり怪しくはあったが、複数の人間に深刻な表情で問い詰められれば慌てるのもそう不自然なことではなかった。
「ここの屋上ですね⁉ ありがとうございます!」「この高さなら飛び降りるのは無理なはずです」「袋の鼠ってワケね」
女は感謝の言葉を述べると、取り巻きを連れてビルの入り口へと向かった。
少年が重たそうにノロノロと荷運びをするうちにも、彼女達の姿は見えなくなった。少年は前後に人影がないことを確認すると、段ボールを下ろした。
段ボールはグニャリと変形し、ピンクのバッグを抱き込んだ猿が現れる。
「ま、ワイならこの高さでも余裕やけどな?」
「お前は飛び降りる以前に登ることすら無理だっただろ」
「しゃーないやろ、この世界では愛玩動物の範囲内に制限されんねんから。それにお前と離れられる距離も十メートルが限界やし」
猿はビルを登ってすらいなかった。
段ボールと化して、ただこの路地裏に隠れ潜んでいた。
「本当に煩わしいったらないな。互いが互いの首輪っていうのは」
「ワイらは単体じゃそもそもこの世界に存在すらできへんわけやし、それはしゃーない」
猿と少年は体を重ねてそのまま融合し、彼等がいた路地裏に戻った。それと入れ替わりで、〝普通〟という概念を擬人化したような男が現れる。
ユニオンは盗んだバッグを紙袋に入れ、何事もなかったかのように路地裏を出た。




