第25話 ライブ
PLISM唯一にして最大の芸能事務所、愛坂プロ。
現実的な制約を度外視して設計された理想の事務所は、ちょっとしたテーマパークのごとき巨大施設群を形成している。
敷地内には小さな劇場や多目的ホールも豊富に有しており、目的地のライブ会場がある東四号館は、ユニオンの部屋がある事務所棟から連絡通路で地続きになっていた。
楽屋が並ぶ区画を横切った先にある舞台袖への道が最短経路だったが、ミュルの必死な説得により観客席から劇場に入ることとなった。
愛坂プロの通行証を見せて入場ゲートを潜り、厳重な防音加工が施された分厚い扉を開く。
その先に広がるのは、まさに異世界と呼ぶべき非日常空間だった。
薄暗い闇の中、カラフルに交錯するスポットライトが眩い色彩を映し出す。
鮮やかな極彩色を浴びて、ステージ上のアイドル達は美しく舞い踊る。
背後のスクリーンには会場全体が映し出され、鏡合わせのような幻想的光景を演出している。
観客席のファン達も、負けていない。アイドルにも引けを取らない統率された動きでサイリウムを振っている。その様は、まるで客席全体が一つの生き物であるかのように思わせるほどの躍動的一体感があった。
生演奏と遜色ない高音質の楽曲が流れ、ステージに舞い降りた天使達が至高の歌を紡ぐ。さらに観客席が、絶妙な合いの手やコールでそれを盛り上げる。
圧巻と言う他なかった。
楽曲は言うに及ばず、ライブが繰り広げられる空間それ自体が一つの芸術に昇華されていた。
(な? ライブってええもんやろ?)
(色々と侮っていたことは認めるが、俺は趣味じゃないからよく分からん)
ドゥンの感想は素っ気なかったが、肯定的な趣旨は彼なりに評価している証だった。
ユニオンがひっそりと立ち見席に加わった後も、ライブは盛り上がりに湧き続けた。愛坂プロ所属のユニットが代わる代わるステージに上り、様々な楽曲で会場を魅了していく。
ライブを鑑賞するうち、各ユニットのセンターを務めるアイドルが一際異彩を放っていることにユニオンは気付いた。
ただ格別に美人だとか、ダンスのキレがずば抜けているとかいう話ではない。それぞれが強烈に個性的な魅力を放っていた。
特に、現在ステージに上がっているユニット、ワラキアン・ファランクスXのセンター天井穂月のそれは、もはやある種の呪いじみていた。
観客達の目は恍惚としてステージのみを一心不乱に見つめ、表情は溶けた飴細工のようにだらしなく緩んでいる。だが挙動は今まで以上に正確無比で、サイリウムの動きはまるで複製コピーを見ているかのように寸分違うことなく徹底してまとまっていた。
会場は異様な熱気に包まれ、まるで彼女の歌が観客に生命力を注ぎ込んでいるようだった。
高揚が最高潮に達したところで、異変は起きる。
ステージ上のアイドル、舞台袖の関係者、観客席のファン。そのいずれにも該当しない第三の存在達が、突如として現れた。
ドブネズミのような影、獰猛な野犬のような影、腰が曲がった魔女のような影。
姿形も大きさも不揃いだったが、共通点も多かった。皆全身が黒く、輪郭は不確かで総じて醜い。牙を剥いたり手を振りかざしたりと、全ての個体が場内の人間を威嚇していた。
その多くは観客席とステージの中間、まるでアイドルをファンから隔離する障壁のように湧いて出ていた。
それだけではない。よくよく目を凝らせば、観客席の一部にも合間のスペースを縫うように醜い影が現れていた。もっともこちらは、ファンに取り囲まれる状態に近かったが。
「たいへーん! みんなのおかげで盛り上がり過ぎちゃってー、共通の敵が出ちゃったー!」
ちょうど曲のサビが終わって間奏に入ったタイミングで、穂月がファンに語り掛ける。彼女の表情は心からの困窮を示していたが、応じる観客席に狼狽はない。
より正確に表現すれば、慌てた様子自体は見られるが、やけに過剰で芝居がかっていた。
「「「「「姫の窮地は我らが出番!」」」」」
「「「「「我々騎士が助太刀致す!」」」」」
「「「「「たとえこの身が散ろうとも!」」」」」
「「「「「姫に尽くすは我らが忠道!」」」」」
穂月の言葉への回答のように、一際大音声でコールがかかる。膨大な人員による怒鳴り声は、場内を地響きのように震撼させた。音量自体もさることながら、この大人数が同時に叫んではっきりと聞き取れるほどに統率されていることが何よりも異常だった。
一旦コールが終わるや否や、観客達はその手に握ったサイリウムを共通の敵と呼ばれた闖入者達に向ける。
その後の展開は、もはやユニオンの理解を超越していた。
ある男はサイリウムの形状を長く鋭利に変形させ、ブンブンと独特の風切り音を立てながら魔女を斬り伏せた。ある男はサイリウムの先端から火の玉を放ち、アライグマを焼き殺した。
ステージにいたバックダンサーの一人は、自分に迫るカラスに向けて腰から取り出したマイクで歌を浴びせる。彼女の歌で平衡感覚を失ったかのように、カラスは落下して地を這った。
舞台袖から出てきたアイドルの投げナイフが、のたうつカラスを仕留める。ゆったりとしたローブで全身を覆っており、その中から暗器を射出したようだった。彼女の動きは、妙にカクカクとしてぎこちない。その奥ではプロデューサーが両手を空中に翳し、キーボードを叩くように忙しなく動かしていた。
会場総出の迎撃が実行されると、どこからともなく現れた共通の敵は瞬く間に斃されていく。
穂月の歌が終わる頃には、その全てが見事に殲滅されていた。
「みんなありがとう! みんなが心を一つにして戦ったから、ワルモノをやっつけられたよー!」
「「「「「姫の笑顔は我らが至宝!」」」」」
「「「「「姫の賛辞は至上の誉れ!」」」」」
「「「「「その輝きを守り抜く!」」」」」
「「「「我ら一同ここに誓う!」」」」」
穂月が礼を言うと、観客席からは再び地震めいたコールが沸き起こる。
どうやらここまで全てが、参加者全員にとってある種の定型らしかった。
(な? ライブってええもんやろ?)
(色々と侮っていたことは認めるが、俺は趣味じゃないから。いや――やっぱりこれ、俺じゃなくても理解不能じゃないか……?)




