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第24話 娼婦

 清潔感溢れるオフィスビルの一室。


「ね? いいでしょうプロデューサーさん?」


 少女は革張りのソファに座る男の隣に腰かけると、蠱惑的な笑みを浮かべながらにじり寄る。

 薄手のブラウスはたわわな双丘でピンと伸び、陰から覗く谷間があざといまでに男の視界を侵略していく。


 白魚のような透き通る細い指をくねらせ、男の体にゆっくりと手を伸ばす。


「打ち合わせは以上です。そろそろ行かないとスタイリストさんを待たせますよ、新條さん」


 男が呆れた声で突き放すと、女は頬を膨らませて顔を覗き込む。

 男に反応がないと悟るや、つまらなそうに腰を上げた。フリルのスカートがはためくも、やはり男は微動だにしない。


 私室としてこの部屋を割り当てられた男は、訪れた少女を対面に座らせてソファで打ち合わせをしていた。

 間に置かれたテーブルには、書類が並べられている。男がそれに目を落としているうち、少女はすっと立ち上がるなり、男を誘うように隣へ座ってきたのだった。


「もう! 新人なのに、プロデューサーさんったらお堅いんだから! ふーん、いいですよーだ。すぐにアタシの虜にしちゃいますから。楽しみにしててくださいね」

 捨て台詞のように言い残すと、少女は部屋を後にした。



 少女の足音が遠ざかったのを確認すると、ソファで仏頂面を浮かべていた男が立ち上がる。

 扉に鍵をかけてデスクに移動すると、一人だった男が二つに分離した。


「何しとんねん、無能! 据え膳出されてんから素直に食えや! キミアレか、EDなんか⁉」

 リスともナマケモノともつかぬ小動物ミュルが、デスクの上で歯茎を剥き出しにして怒鳴る。


「スケジュールが押せば何かと支障が出る。俺達もこの部屋を自由に使用できない」

 中性的な容姿をした銀髪の少年ドゥンが、デスクチェアに凭れて淡々と語る。


「住民と積極的にコミュニケーションを取って戦略の幅を増やす! ワイらユニオンが仕事するときの基本やろ! ほんまに、これだからコミュ障は! おう、聞けや糞ガ○ジ!」

 ドゥンは相手にするもの馬鹿らしいとでも言いたげに、肩を竦める。


「随分と尻が軽い連中なんだな、アイドルとかいう生物は」

「そら仮想世界アースガルズは、PCにとっての理想郷として設計されとるからな。プロデューサーとしてダイブした以上、ガチれば担当アイドルと初日で致すのも余裕」


「オスの性欲は醜悪極まりないですねぇ。私、品性を疑っちゃいますぅ。ま、ドゥンさんのインポっぷりがキモ過ぎてドン引きなのは同意しますけどぉ」

 女が両者を等しく罵倒して嘲笑する。一体いつからそこにいたのか、怜悧な酷薄さと絢爛な美貌を併せ持つ貴族令嬢のような少女――ベトゥのホログラムが現れていた。


「御託はいい。さっさと要件を言え」


「言われるまでもありません。今回お二人がダイブしているのは、アイドル世界第22ステージ――通称PLISMです。ご回収いただく神器はギャラルホルンA10。大まかな位置座標はマップのとおりです」

 ベトゥが灰色に塗りつぶされたマップ北東部にポインタを当てる。


「またクッソめんどい場所やなぁ」


 ミュルが嘆息するのも無理からぬことだった。

 未開放エリア――一部のソフトにのみ存在するその区画は、一定条件を満たすことで初めて通行可能となる。


 条件も様々で、一旦解放すれば半永久的に利用できるものもあれば、判定が都度行われるものもある。後者の場合条件に不足が出た途端即追放され、別の区画に転送なんて事態にもなりかねない。


「ご心配には及びませんよ。私の手にかかれば、システムに介入してエリアを解放するくらい造作もありません。私という有能過ぎる上官に恵まれたことを精々欣喜雀躍してください」


「待て。あまり強引なやり方だと、俺達のプランに支障が出る」

「強引ですって? 貴方達にだけは言われたくない言葉ですぅ……」

 挙措がいちいち芝居じみて仰々しいベトゥだが、これには心底ショックを受けたようだった。


「まあ、ワイらの方からゴーサイン出すようにすれば、問題ないやろ?」

「やり方次第だ。神器の回収に直接関わる以上、お前も解放条件は調べてあるんだろ?」

「ええ、まずはこの建物をご覧ください」


 ポインタで指し示された地点の周辺が拡大され、巨大な商業施設と思しき建物が表示される。

 上空から俯瞰すれば、おそらく正八角形に近いだろう。西洋の宮殿を模した瀟洒にして豪壮な建築様式は、外観を一目見ただけでもよほど特別な存在だと理解できる。


「このバカでかいホールが未開放エリアで、その中に神器も埋まってるってことか?」

「ご明察。ブロード館――この世界の住民達にとっては憧れの舞台であり、神聖過ぎてみだりに侵すべからざる聖域という扱いのようですね」


「ワイらはその神の穴を無理矢理ぶち抜いて、犯して、大事なモノを奪おうってわけやな!」


「さしずめ、アイドル達にとって憧れのライブ会場ってところか?」

 ドゥンは顔を紅潮させ、雑巾を殺すようにミュルの首を締め潰しながら尋ねた。


「いかにも。解放条件も、アイドルがブロード館ライブを実現できるほどの人気を集めることですからね。数値を弄るだけですから、いつでも楽勝です」

「ユグドラシル社のセキュリティかてそう脆弱ちゃうはずやねんけどなぁ……」

「何にせよ、俺達がやることは変わらん。PCを皆殺しにして神器を回収。それだけだ」


「あっ、そう言えばぁ」

 事務的で淡々とした説明から一転、ベトゥの口が嗜虐の笑みに歪む。


「言いたいことがあるならさっさと言え」

 ドゥンが不機嫌そうに催促すると、ベトゥは一層愉快そうに嘲笑する。


「ふふ、貴方もミジンコから蛆虫程度には進化しましたねぇ。他人の悪意が感じ取れるなんて」

「おう、ワイの相棒虐めんなや。ほんで、実際何やねん?」


「いえ、ちょっとした環境設定の話ですよぉ? ホラ、このソフトってアイドルの世界じゃないですかぁ? 野生動物狩ったり魔王と戦ったりみたいな切った張ったは基本ないわけです。ええ、つまり――原則PKは不可能な仕様なんです」


 PK(プレイヤーキル)――元来は主にオンラインゲームの世界で使用された専門用語であり、一言で言えばPCが別のPCを殺す行為を指した言葉だった。

 しかしながら今日の仮想世界においては、やや異なって意味で用いられている。


 現代の仮想世界サービスにおけるNPC達は、生身の人間に近いある種の生きた生命体にまで進化を遂げた。またユグドラシル社が提供する仮想世界サービスも、現実と切り離された娯楽ではなく、むしろ現実そのものというコンセプトで設計されている。


 こうした事情から仮想世界におけるPKは、PC同士に限定した殺害行為ではなく、他の人型生物全般への殺害行為を意味する。そして一部のソフトでは、このPKが実行できないように設計されていた。


「はぁ? 殺しができへんって、それでどうやって戦えっちゅうねん」

 人殺しができない。それは、ドゥンとミュルの個人的な主義の問題を抜きにしても、任務遂行の大きな障害になる。当然の反発だった。


 ミュルがドゥンの体に飛び乗り、グネグネと融解する。だがゲル状の肉塊は暫く蠢いた後、再び珍獣の姿を取って机の上に戻った。


「あかんわ。サーベルもワイヤーも変形できへん。殺しどころか、危険物の存在自体許さへんって感じやでコレ」

 ミュルがお手上げとばかりに肩を竦める。


「待て。こいつはさっき、『原則』と言った。なら、例外があるんじゃないのか?」


「ええ、この世界は非常に不思議なルールで成立しています。ただ一つの例外――ライブ中に限り、PCもNPCも共に生死判定が発生します。アドバイスは以上です。あとはいつもどおり、蛆虫なりに空っぽの頭を捻って頑張ってください」

 そう言い残して、ベトゥのホログラムは消えた。


「なあ、ここって戦闘がない世界なんだよな? それで、ライブは生死判定あるんだよな?」


 ドゥンが激痛に悶えるように頭を抱えながらミュルに確認するが、ミュルは「せやな」と同意するだけで特に関心を示さない。


「俺の中で、ライブの根本的概念が瓦解しつつあるんだが」


「ほーん? よう分からんけど……せや! 実際にライブ見に行ったらええねん。あれや、さっきの、キミが担当のエロい娘! あの娘のライブそろそろ始まっとる頃やで」

「お前はただ単に女のケツ追いかけたいだけだろ!」


「あのなぁ、このPLISMの攻略はライブが鍵の一つになる。ベトゥがそうヒントをくれたやんけ。それ抜きにしても、住民とは積極的にコミュニケーションを取らなあかん。そしてキミはライブに関心があるし、ワイも行きたい。ならもう行くしかないやろ?」

「性欲しか頭にないポンコツに論破される自分が情けない……」


 ミュルがドゥンの腕に飛び乗ると、彼等は融合してユニオンとなって私室を出た。


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