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第21話 正義の勝利

 戦場の真っ只中に放り込まれた少女は、ワケも分からず周囲をキョロキョロ見ていた。身体は豊満な胸部を中心によく発育していたが、顔つきはどこか幼い。半開きの口と変化に乏しい表情は呆けているようで、小動物めいた仕草も相まって不思議な雰囲気を纏った少女だった。


 周囲の住民達もやがて彼女の存在に気付き、総じて困ったような表情を浮かべていた。


 比較的近い距離にいたラウルが、慌てて駆け寄る。ドゥンを指差し、身振り手振りで懸命に危機を訴えるが、少女はぼんやりとした表情を浮かべたままだった。しっかり者の弟が抜けた姉の世話を焼くかのような光景は微笑ましいが、戦場ではいたずらに危険なばかりだった。


「予定よりもやや早いが、やむを得ないか。まあ、死体にして固定しておけば回収はいつでもできる。ゆえに――とりあえず殺す」


 ドゥンは、サーベルを一旦鞘へと戻した。

 一見すれば停戦の意思表示とすら映るが、実際はその逆である。


 姿勢を低く落とし、呼吸を読み、一筋の閃光となって徘徊者の首目がけて襲い掛かる。

 十メートルはあった両者の距離は、刹那のうちに消え去っていた。


 神速で抜かれたサーベルが禍々しい紅の煌めきを見せた瞬間には、刀身は既に少女の首を捉えている。


 特殊歩法による急接近から、必殺の抜刀。

 ドゥンにとって最も確実、かつ高い殺傷能力を持った一撃だった。


 既に臨戦態勢のPCならばいざしらず、未だに状況すら呑み込めていない少女に避ける術などない。


「終わりだ」

 命中を確信し、ドゥンが低く唸る。が――


「〝宣誓〟――あの人が私を襲ってきたら、私は回避せねばならない!」


 研ぎ澄まされた赤い殺意は、直前に完了していた〈契約〉によりすんでのところで躱された。

 徘徊する少女の姿は、サーベルが薄い皮膚を撫ぜるよりほんの一瞬早く刃圏を脱していた。


「へぇ? 随分とあのマイペース嬢ちゃんにご執心じゃねえか、仮面野郎さんよぉ?」


 思わず舌打ちをしたドゥンへ、横槍の挑発が入る。目の前で一方的に仲間を虐殺されて悲痛に顔を歪めるばかりだったボルグである。声にはある種の確信じみた力強さがあり、白い歯を覗かせて不敵な笑みを浮かべていた。


「お前達の力量は既に把握していた。恐るるに足らない。だがこいつの技能は未知数だ。だから、念のため先に潰そうと考えた。ただそれだけの話だ」


「僕達さぁ、不思議に思ってたんだよ。なんで賢者の石とかいうのを見つけておきながら、自分で拾って持ってないんだろう? ってね」

「そんで、一つの可能性に気付いたわけだ。ひょっとするとソイツは、存在が分かってても入手が困難な代物なんじゃねえかってな」


「――は? 一体何をワケの分からないことを」


「ああ、今更とぼけても遅いよ? 君が言ってた賢者の石ってさ、ワンダーのことでしょ?」


「待て! お前らは根本的に勘違いしているぞ! 賢者の石だと? アレはそもそもが真っ赤な嘘だ! そんなものハナから存在しない、完全なでっち上げのホラだ!」


「なるほどなぁ? その割にゃあ随分とビビってるじゃねえか。ご丁寧にベラベラとご説明くださって。お前さん、そんなキャラだっけか?」

 ボルグは一層余裕げな笑みを浮かべて、ドゥンを煽った。


 戦況は依然変わっていない。依然ドゥンの圧倒的優位にあり、戦闘を続行すれば住民達が殲滅されるのは時間の問題だろう。

 だが戦場を漂う空気は一変していた。その優劣が、今やすっかり逆転したかのように。


「どうやら、神託は本当だったようですな」

「神託だと?」


「ええ。モティカに伝わる神のお告げです。何でも、この世界には至高の宝物があって、そう簡単には発見されないよう上手に隠されているとか。それであっし達ゃ、ピンときたんです。アンタの言う賢者の石とやらが、それのことなんじゃあないかってね?」


「何を馬鹿なことを。神だと? そんなモノは、支配者が自分の都合のために作り出し利用しているだけの空想物だ!」


「ほぅ? てめぇは村の全員に喧嘩を売る気……ってか、既に売ってたな。いいわ、殺すし」


「神の教えにはこうもある。『人は皆、その者にしか果たせない重要な使命を背負っている。それは本人が自覚せずとも、自ずから果たされるものである。ゆえに人間は尊い』と。あっし達は皆、あの娘を不憫に思ってたんです。神様は何でこんな、自分の家で寝ることもできねえ厄介な技能をこの娘にってねぇ? でも、きっと何かあっしらじゃ想像もつかねえ大事な意味があるんだろうって。それがその賢者の石を守るためだってんなら、合点も行くってもんです」


「今度は神の教えだと⁉ そんな、そんな馬鹿を騙すためでしかないくだらない方便で……。度し難いにもほどがあるぞ⁉ 無知で野蛮な原始人共め」


「わっかんないかなぁ? 君がいくら口で僕等の神様バカにしたところでさぁ、そうやって顔真っ赤でブチ切れるほど、全部図星で神様は正しいってことになるんだよ」

「あの嬢ちゃんが、てめぇにとって大事だってこたぁよく分かった。なら、俺達は全力で邪魔させてもらうぜ」


 彼等の考えは、真相とはかけ離れていた。見当違いそのものである。

 だが皮肉なことに、単なる勘違いが偶然にもドゥンにとって極めて不都合な方向に働く。なぜならワンダーはドゥンがでっち上げた賢者の石などではないが、彼がまさに回収せんとしていた神器の在処なのだから。


「おいドゥン、そろそろ急いだ方がええで。あのコ」

「んなことは分かってる!」

 ドゥンとミュルは小声で囁き合う。


 ワンダーの〈徘徊〉が発動する間隔は、最速で五分程度。ベトゥの予測では、この地点の滞在時間は約十分と見積もられていた。

 彼女が姿を現してから既に、五分が経過していた。残された時間は少ない。


「まずは――アイツだ」


 ドゥンは一旦ワンダーを諦め、〈契約〉の技能を行使したラウルの首に襲い掛かった。

 住民軍自体はとうに壊滅状態である。ドゥンの必殺の凶手を阻止できる者はなく、ラウルの首はあっさりと宙を舞った。だが、


「無駄だよ」


 ラウルは自らの死に臆することもなく、今際の際になお勝ち誇ったように笑った。


 一刀にてラウルを始末した後、ドゥンは再度ワンダーへ矛を向けた。

 包囲するように襲い掛かってくる住民達をまとめて斬り伏せ、一直線に突撃する。が、やはりサーベルは届かない。僅かあと数ミリが詰めきれず、絶妙なタイミングで躱される。


 ドゥンは否応なく思い知らされた。

 ラウルの言葉がハッタリではなく、彼の技能は死後も続くものなのだと。


 いくら攻撃を繰り出せど削れるのは住民軍ばかり。

 それを繰り返すうちにも、時間は刻一刻と減っていく。

 無力な住民軍の思わぬ抵抗に、ドゥンの足はついに止まる。


 戦闘要員は既に殲滅した。

 戦場で未だ立っている住民軍は、いよいよボルグとブルタスのみ。


 だが住民軍は単なる障害物であり、本命はあくまでワンダーである。対象との接触を阻まれ、殺すことも生きたまま神器を取り出すこともできない、それは十分に危機的状況だった。


「ま、落ち着こうや相棒。な?」

「分かっている! だが時間もない」


「分かってへんやんけ。冷静なときのキミなら、気付いとったで? あの鬱陶しい〈契約〉の技能に対抗する術を」

「回りくどいぞ! 何が――いや、そういうことか」


「せや。もう局面は詰みに入っとんねん。飛車角が取られようが知ったことやないんや」

「いいだろう――行くぞ」


 ドゥンは三度ワンダーへと襲い掛かる。

 一瞬にして間合いを詰め、サーベルの柄に手をかけ抜刀――はせず、全身を変質させた。


 ボルグとブルタス、それに斬りかかったワンダーにその悍ましき全てを見せつけつつ、ユニオンは、倭刀にて斬りかかった。


 ドゥンが操るサーベルに比べれば、剣筋の滑らかさも一撃の重みも何もかもが遠く及ばない。

 だが〈契約〉による回避が発動しないメリットが何よりも大きい。ユニオンに対して発動した契約がドゥンに対して無効であることは、既にボルグを奇襲・監禁した際に判明している。


 PCは、既に皆殺しにした。あとは神器の回収さえ済めば万事問題ない。たとえ、ユニオンというペテン師の正体が露見し、駒として使用不能になろうとも。

 この局面だからこそ取り得た、起死回生の戦術だった。 


「なぜ……⁉」


 だからこそ、ユニオンは驚愕を禁じえなかった。

 一度限りの不可避の奇襲。それすらも防がれた事実に。


「信じたくなかったんだがな」


 ユニオンの倭刀は、まるで見えない壁にでも衝突したかのように不自然に止まっていた。

 二人の間に割って入ったボルグの肩口の手前で。両手を拡げた無防備な姿勢には、自分の肉体が傷を負うことはあり得ないという確信が表れていた。


 初めてクロン村を訪れた際に成立した一つの契約。それがこの土壇場でボルグに味方した。


「この……クソ野郎がああ!」


 ユニオンは再度融合形態から分離した。ドゥンは無我夢中でボルグの首に刺突を繰り出す。だがワンダー諸共に忽然と彼は姿を消した。


 周囲を見渡せども、死屍累々の無残な血溜りが広がるばかり。ワンダーは既に〈徘徊〉を発動させ、なんとそれはボルグにも作用したらしかった。


 ボルグらクロン村民一丸となった抵抗の勝利だった。

 彼等の懸命な抗戦こそが、ワンダーの逃走を成功させたのだ。


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