第19話 殺し合い
コンセンサスを取った上で始まった殺し合いは、トーナメント形式で滞りなく進んだ。
異を唱える者はなく、皆が嬉々として殺し合った。
カラス達は、技能の喪失や敗北の屈辱を恐れた。有用性の証明と勝利の快感に酔った。
だが略奪や殺人に対する抵抗は、ほとんど見受けられなかった。
殺し合いへの抵抗とはすなわち、自身が激痛やこの上なく惨めな敗北を味わうことへの恐怖であり、いざとなったときの強行手段を失うことへの懸念だった。
多くの血飛沫が地面を濡らし、あちこちに四肢や首が散乱した。
それだけではない。拡大解釈に基づいて規格外の効果を発揮する技能同士の衝突は、大地を抉り雲海を割った。
モティカの中央に聳え立っていた議事堂は、初戦の時点で折れた。戦闘を重ねるほどに損耗は激しくなり、今や全てが粉々に粉砕されて見る影もない。
そうしてついに、賢者の石を巡る争奪戦は二人のカラスに絞られた。
「何をされているのですか? カラス同士の殺し合いにより、環境は破壊され続ける。よって復元は、戦いが終わってから明日まとめてやるという話だったのでは?」
瓦礫の山と化した議事堂に、レイア――ファイナリストの一方が両手を翳していた。
バラバラだった破片はみるみる合体、結合していき、少しずつ元の姿を取り戻していく。
「明日の時点で、私がこの〈回復〉を使えるという保証はありませんから」
回答はするものの、淡々とした言葉には底知れぬ冷たさが込められていた。
昨日ユニオンと河原で釣りを楽しみ、焚火を囲った際の穏やかな響きとはかけ離れている。
「ですから、それは賢者の石を取り込むことで全ての技能を独占するただ一人の勝者。明日の誰かがあなたの〈回復〉やその他被害の収拾に有効な技能を用いて行う。そういう――」
「いや、その必要はないよ。なぜなら、僕達はこれ以上モティカを破壊しないから」
ケイン――もう一人のファイナリストが、ユニオンの背後から告げる。
憎悪に満ちた声音はレイアより分かりやすく、ユニオンは振り返ることなく苦笑した。
「私達は、どちらも賢者の石を占有するつもりはありません。それに、そもそも存在からして確証がありません。判断を下すのは、現物を見てからでも遅くはありません」
ユニオンは、二人に前後を挟まれる形となった。レイアからの静かな圧迫感に耐えかねたか、重心を僅かに後方へ傾ぐ。だが一歩後退しかけた足は、ピタリと止まった。
「そういうワケだから、僕達二人を案内してくれるかな? 無論、君に拒否権はない」
ユニオンの背中には、硬質で鋭利な切っ先があてがわれていた。
無銘の短剣。ケインの技能〈増幅〉により自在に長さと密度を変えるそれは、単純ながら戦闘兵器として極めて強力だった。極限に密度を偏らせた斬撃は、かまいたちだけで議事堂を真っ二つにした。蛇のように変幻自在に伸びる刀身は、戦闘に特化した〈破壊〉の技能を持つカイルの心臓をも貫いた。
だが彼が勝ち残った最大の理由とも言える強みは、謙虚さに由来する隙のなさだった。カイルも他のカラスも、自身の能力に対する過信から慢心し、それゆえ彼に敗北した。
「恐れ入りますが、その刃物を鞘に納めてはいただけないでしょうか?」
「悪いがそれはできない。君が賢者の石の在処へ僕等を案内するまで、これを下ろす気はない」
ユニオンが視線を前に戻すと、今度はレイアが杖を構える。
丸みを帯びた瀟洒なデザインで、先端には大粒のルビーがあしらわれている。一見する限り趣あるアンティークにしか見えないが、その凶悪さはここまでの殺し合いでまざまざと発揮されていた。
回復――それは解釈次第で如何様にも捉えられる。彼女はそれを〝正常な状態に変化させる能力〟と定義づけた。
そして彼女の手に握られた杖は、対象に彼女が定義する〝正常な状態〟を強制するモノだった。
彼女が対象に、死滅こそ正常と定義したならば、彼女の〈回復〉は即死の呪いと化す。自壊因子に従って死滅する胎児の指間の細胞同様に、対戦相手の全身が腐食していった。慎ましい外見に反して、背後の短剣以上に物騒な死神の鎌に違いなかった。
「私からも、案内をお願いします。従わない場合は、貴方を拷問することとなります」
前後から銃より危険な兵器を突き付けられ、ユニオンには逃げ場がなかった。
「そう恐ろしいことはおっしゃらず。まずは話し合いで――」
「どの口が言う! カラス達を焚き付けて、話し合いではなく殺し合いを強いておきながら! 自分は刃を突き付けれられただけでそれか!」
ケインの怒号とともに、短剣が蠢く。
蛇のようにしなるソレは、ユニオンのシャツと薄皮を斬り付けた。
「ですから、重要なのは合理性なのですよ。貴方達には殺し合うべき必然性があった。ですが私を傷付けることは貴方達にとって得にはならない。それだけの話です。お二人で賢者の石を共有されるとおっしゃいましたが、そんなことが可能だと本気でお考えなのですか?」
「ええ、可能です。私もケインも賢者の石なんて欲していないもの。ならば――」
「それは貴女個人のお考えに過ぎないのでは?」
挑発めいたユニオンの言葉に、前後から一際強い殺意が湧き上がる。
「君は、自分の立場を理解しているのか?」
「そのお言葉、そのままお返し致しましょう。競争が始まった時点で、もはや何人たりとも選べる選択肢は二つだけなのですよ。すなわち、奪い尽くす一人になるか、誰かに奪われる大勢の一人となるか。無論、お二人があえて奪われる側に回るのは自由です。ですが、支配者になることを拒んだところで、それ以外の誰かに鉢が回るだけのこと。それこそカイルさん辺りは、明日にでも賢者の石を手にして全てを独占しようとするでしょう」
「それなら――僕が、賢者の石を破壊する」
「そんなこと、そもそも実現可能なのやら。よしんば可能だったとして、それは貴方の自己満足に過ぎない。あなたが良くとも、果たして他の住民がそんなものを望むでしょうか?」
「分からない。けど、誰か一人が不当に全てを独占するよりかは、皆等しく何も持たない状態の方がましなはずだ」
「何の力も持たず、何もすることができない。そんな環境に、よりによってこのモティカの住民達が耐えられるでしょうか? それでは現実の貴方達と何も変わらない。お忘れですか? このモティカを選んだ貴方達は、そもそもそういう人間だということを」
「ああ、そうだ。そもそもこんな能力に縋っていたことが間違っていたのかもしれない。だから僕はモティカを――この仮想世界を離脱する」
「なるほど、面白い。ええ、それならば全ては丸く収まるでしょう。では」
柔和な笑みを浮かべながら、さも当然のようにユニオンが背後の短剣から逃れようとする。
だが突き付けられた切先はグリグリと一層強く押し当てられ、剣を持たぬ左手はがっしりとユニオンの肩を掴んでいた。
「僕が仮想世界を抜けようが抜けまいが、君が犯した罪は変わらない。カラスの皆を直接傷付けた僕自身も後で償うつもりだが、君にはこの僕が相応の罰を与える。僕とレイアが殺し合わないなら場所を教えないだと? いいとも、ちょうどいい。君が場所を白状するまで、僕は君の肉体を一センチずつ斬り落とす! それが君への罰だ!」
宣言するケインの言葉には、かつてない気迫が籠っていた。彼という人間と常にセットだった卑屈さや自嘲の影は消し飛び、全てを有言実行せんとする強固な意志が漲っていた。
手始めとばかりにユニオンの足を払うと、腹這いに押さえつけて短剣を振りかぶった。
「こ、これは驚きましたね。まさかあなたが……」
ユニオンのこめかみを、一筋の汗が伝う。前後から凶器を突き付けられてなお涼しい顔をしていたユニオンが今、はっきりと焦りを露にしていた。
ボトッ。肉片が地面に落ちる。ビチャッ。血飛沫が後を追うように降り注ぐ。
「一体……これは……?」
ユニオンは苦悶に顔を歪ませ、辛うじて困惑を口にした。




