第18話 競技決定
「んっんんっ……!」
水面が月明かりに照らされた、穏やかな夜の浜辺。
潮の香りがほのかに立ち込めるコテージで、定時連絡は行われていた。
床下では猿轡を噛まされた男が全身を縛られて苦悶の悲鳴を上げるが、村の住民に届くことはない。彼が恃みとする技能〈送信〉も、今は用を成さなかった。発動のトリガーとなる〝もしもし〟の宣言すら不可能な現在の状況では、くぐもった呻き声を届けることすら叶わない。
いっそ殺してくれたならば、翌朝には自宅にて傷一つない肉体で再構成されただろう。だが加害者もそれを知っていればこそ、監禁という手段を取っているに違いなかった。
事が済むまで、口を封じておくために。
「それはまた、相変わらず強引なやり口だことで……」
ホログラムのベトゥが呆れたように肩を竦める。
「ところがそうでもない。言いたくないが、お前の言葉が良いヒントになった」
「はて? 私、何か言いましたっけ?」
「奴等は『自己満足しか求めない』、お前はそう言った。ならば俺が取るべき方針もはっきりしていた」
「ああ、そういうことでしたか? つまり彼等にとって自尊心の拠り所たる技能――それすらも毟り取り、尊厳を踏みにじればいいと」
「そうした危機に晒されたならば、奴等も行動を起こさざるを得ない。実際、俺達の歓迎には半分も来なかった連中が、今日は血相変えて全員集合していた」
「それでそんな、根も葉もない純度百パーセントの真っ赤な嘘を? 悪辣ですねぇ」
「合理的戦略に善も悪もないンゴ。賢者の石の存在を知ったところで、連中には他に選択肢はあったはずンゴゴゴ。勝手に揉め出したのは連中自身だからね、仕方ないね」
「それより神器の件だが、今日もまだ発見はできていない。だが、円卓のPC共を招集した帰りにクロン村に寄った際に収穫はあった。ブルタス……クロン村の村長のようなNPCに確認したが、〈徘徊〉の技能はやはり瞬間移動を繰り返す能力だった。本人の意思とは無関係に四六時中発動し、しかも周期は異常に短くて早ければ五分くらいで転移するらしい」
「でしょうねぇ?」
ベトゥはドゥンの無能を罵るでも僅かな成果に関心を示すでもなく、つまらなそうに呟く。
「何や、既に当たりはついとったっちゅうワケか?」
「当然じゃないですか。貴方達下僕共は一体どれだけご主人様を舐めてるんですかねぇ? 思った以上にお粗末な疑似乱数だったので、解析なら実働一時間足らずで終わりましたよ?」
「ま、一NPCのランダム行動パターンなんて、そう拘る部分ちゃうしな」
「おいミュル。どういうことだ、説明しろ」
ベトゥのホログラムに背を向け、ミュルに耳打ちするようにドゥンが尋ねる。
「あら、別に自らの無知を恥じらうことはないですよぉ? この場を誤魔化したところで貴方が惨めな情報弱者である事実は何も変わりませんからねぇ」
「せや、恥なんて機能は男が持っとっても百害あっても一利もないで。おう、首絞めんのやめーや! 要は、神器の転移パターンが予測できるようになったっちゅうだけの話や。キミはそれだけ理解できとればええんやで」
ドゥンは頬を赤らめながらも、息を殺して必死で深呼吸をした。
「とはいえ、仮説を裏付ける情報は多いに越したことはありません。実証あっての理論であって、理論一辺倒では往々にして予期せぬ陥穽に嵌るものですからね」
「神器の移動パターンが読めるっちゅうだけで、対象の攻略はまた別問題やしな?」
「言われるまでもない。駒は揃った。あとはいつもどおりに任務を遂行するだけだ」
× × ×
ユニオンがモティカを訪れて三日目となる朝。
議事堂には、昨日に続いて烏合の円卓に名を連ねるカラス達が一堂に会していた。
「けっ、上等じゃあねえか! いいぜ、オレは大賛成だ!」
「ちょっと待てユニオン君! それはあまりに物騒すぎる!」
「下等生物の発案にしては面白いじゃないか。皆さんもそうは思いませんか?」
「思わない。強いて序列をつければアタシが頂点なのは確実だけど、野蛮にも程があるわ」
ユニオンの提案は、カラス達の間でも賛否両論だった。昨日の時点で、カラス達同士の競争という発想には皆が賛成した。それでも、ユニオンが今しがた発表したプランには難色を示す者が少なくない。
「よりによって殺し合いだなんて! ユニオンさん、あなた正気ですか!」
激昂するレイアの表情には、燃え盛る憤怒が滲んでいた。ユニオンが彼女と出会って以来、一度として彼に見せたことのない顔つきだった。
「皆さんが抵抗を持たれるのも、無理からぬことです。ええ。もちろん私も、承知しておりますとも。これは相応の理由があっての方策ですので、どうか私に補足をお許しいただきたい」
ユニオンが恭しく頭を下げると、レイアは震える唇を引き結んで沈黙に徹した。
「何らかの競技によって勝敗を決し、結果をもって賢者の石の所有者を決定する――ここまでについては、既に皆様にご同意いただいております。では、なぜ競技をあえて殺し合いとするのか? これは実に簡単な理由です。この方法こそが、最も確実に選定を遂行できるからです」
「敗者が結果を認めずごねたり、果ては最後に賢者の石を横から掠め取ったり。そういう不正のリスクは、確かになくなりますねぇ」
「流石はファリトさん、ご明察のとおりです。脱落者を完全に排除し、ただ一人の勝者へ確実に賢者の石を譲渡できる――それがこの方法を選ぶ理由です。もっとも、それだけのために人間を殺して良いものなのか? それは、人間を殺してまで優先されるべき条件なのか? 反対される皆様の理由は主にこの辺りにあるのではと推察しますが、いかがでしょう?」
「いや全くそのとおりではあるんだけども、だからそれが問題なんだってば! 人の生死を軽々しく冒涜するようなことは、間違っても言っちゃいけないよ」
「死という概念が重いのは、それが不可逆のモノだからです。殺しという罪が重いのは、相手に死をもたらす行為であり、許可なく一方的になされる場合には究極の加害行為でもあるためです。ならば――死が可逆的もので、かつ同意に基づくモノならば? これはいかに?」
「そんなもの屁理屈よ! 人殺しが悪だなんて、いちいち考えなくたって誰でも分かる当然のことじゃない! あなた、頭おかしんじゃないの!」
「ではもう一つ尋ねましょう。レイアさん、あなたは格闘技を見たことがありますね?」
「あ、あるけど……それが何なのよ⁉」
「格闘技では、相手をノックアウトすれば勝利です。重い一撃を受けて倒れた敗者は、激痛と共に数秒間意識を失うこともあります。ですが、勝者が罪に問われることはないし、悪人として中傷を受けることもありません。ならば、今回の競技と一体何が違うのでしょうか?」
「そんなの、そもそも気絶と死じゃ――」
「そもそも仮想世界における死を、現実の死と等しく捉えるから話が拗れるのですよ? この世界では、たとえ首が飛んで死亡しようとも翌朝には完全体で蘇る。ならばそれは、むしろ格闘技における気絶と同等に考えるべきでしょう。数秒と一日という時間の差はあれ、理屈としては何も変わりませんからね。もちろん、無闇に人を傷つけるべきではないことは確かです。ですが、必要がある場合に合理的手段として使用することは、果たして問題でしょうか?」
「もういい! 分かった! 分かったから……これ以上彼女を苦しめないでくれ」
ケインがレイアを庇うように身を挺すると、レイアは縋りついて彼の胸に顔を沈めた。
ユニオンとの問答を進める程に彼女の顔面は痙攣し、ついにはボロボロと涙を流していた。
「さて、他の皆様は何か異論などございますか?」
反発を示していたカラス達の半数程は今の会話で納得したらしく、不満の色はなかった。ケインとレイア以外にもユニオンを睨み付ける者はいたが、大勢が決したことを悟ったためか、彼に詰め寄ることもない。
「では、皆さん全員が殺し合いに参加するということでよろしいですね?」
「そんな、私は……」
レイアは反論を試みたが嗚咽が出るばかりで、ついぞ言葉が紡がれることはなかった。




