第17話 布石
モティカ滞在二日目の朝。
「しゃあ、狙いどおりだぜ! ありがとよ、ユニオン」
「いえいえ、ボルグさんの作戦があってこそですよ」
「そう謙遜すんなって。俺が午前中に三匹も肉を仕留められたのは初めてだ」
初日と同様に、ユニオンはダンテの森でボルグと行動を共にしていた。もっとも今日は、偶然出会ったわけではない。昨夜コテージへ帰る道中で、ユニオンが彼を狩りに誘ったのだった。
「わっ、なんだあの巨大な熊は! やべぇ、こっちに向かって来るぞ」
北西――クロン村がある方角より迫り来る熊は、逃げる二人をはっきり標的と認識しているようだった。灌木や地を這う蛇などまるで意に介さないとばかり、一直線に突撃してくる。
「まずいですね……このままでは二人共襲われてしまう……! ここは二手に分かれて逃げましょう。僕はこちらへ行くので、ボルグさんはあちらへ。南部の浜辺で落ち合いましょう!」
ボルグはユニオンの提案を承諾し、二人は真逆の方向へと駆け出した。
決死の逃走を続ける二人の距離は、瞬く間に離れていく。熱帯林は薄暗く、早々に互いの姿が見えなくなった。
「さて、さっさと片付けるぞ」
今しがたまで額に汗を滲ませて逃走していたユニオンは忽然と姿を消し、それに入れ替わるように赤いサーベルを携えた軍服の男が現れていた。
「フゴォア!」
全長三メートル近くはあろうかという巨大な熊が、凄絶な断末魔を上げる。
狩る側と狩られる側の立場の逆転。それを熊の本能が理解する頃には既に、軍服男の胴よりも太い首は鮮やかに斬り落とされていた。
「急ぐぞ。ボルグが待ってる」
「距離考えたら、このまま行った方がええで」
軍服の男は仕留めた獲物には目もくれず、一目散に南へと走り出した。
「なっ! だだだ誰だ、あんた――ひっ!」
驚愕から一転、ボルグの声は恐怖に染まる。
彼がユニオンとの合流地点に定めた浜辺は目前だった。
鬱蒼と茂る森を走り続け、ようやく一筋の光、すなわち出口が見えたところだった。
遭遇した大熊も、幸いユニオンの方を追ったようだった。彼の位置から足音と唸り声が聞こえなくなって久しい。
だが熊よりも余程恐ろしい、得体の知れない何かが、絶望的危機をもたらしていた。
「動くな。大人しくすれば、危害を加えるつもりはない」
「なっ! おま――うっ……!」
「動くなと言ったのが聴こえなかったか?」
ボルグの首筋から、つぅと血の滴が伝う。
首にあてがわれた赤いサーベルの刀身は、肌を傷つけない繊細なタッチで押し当てられていた。だがボルグが身じろぎしたと見るや、容赦なく薄皮の一枚を斬りつけた。
「わ、分かった! 大人しくするから、殺さねえでくれ!」
「ありがとう、物分かりが良くて助かる。なに、君に一つ頼みたいことがある。ただそれだけの話だよ」
白仮面を被った軍服の男は、優しく諭すように囁いた。
× × ×
「おいテメー、どういうつもりだ! あァ⁉ テメー自身がオレに殺されたくなったってえコトで違ぇねえなァ⁉」
若い男のドスが利いた怒声が轟く。
濃霧に包まれた白亜の巨塔。ユニオンが昨日に続いて訪れた議事堂には、昨日よりも遥かに多くのカラス達が集まっていた。
「ちょっ! ダメだってば、カイル! 落ち着いて!」
ケインがユニオンとカイルの間に身を潜らせ、ユニオンの胸倉を掴み上げようとしていたカイルを制する。
「そ、それに――今ユニオンさんに手を出したら、たぶん他の皆さんも黙ってないですよ⁉」
ケインの影に隠れつつも、彼を援護するようにレイアが声を張り上げる。彼女が同意を求めるように振り向いた先には、満席の円卓――この場に集結したカラス達全員がいた。
誰一人としてレイアの視線に応じることもなければ、言葉を紡ぐこともない。だが彼等の張り詰めた表情こそが、レイアの言葉を肯定していた。
「けっ、まあいい。オレがガチればテメーらなんざいつでも皆殺しにできるからな? オレも話にゃ興味あるし、オレの気が変わんねえうちにさっさと説明しやがれ」
「ええ。〈送信〉でお伝えいただいたとおりですが、聞き取れなかった方もいらっしゃるかもしれないので改めて。実はこのたび、私の技能〈探索〉によってとある発見がありました。それは、賢者の石の存在です。平たく言うなら、それはそう――モティカ内のあらゆる技能を独占できる可能性を秘めた物体と言えましょう」
円卓に着いた十二人のカラス達が、一様に息を呑む。
「なぁ、ユニオン君? そいつはいくら何でも荒唐無稽が過ぎやしないかい? そんな無茶苦茶なモノが存在するなんて、僕は聞いたことないよ?」
ケインの声は微かに震えていたが、表情には幾ばくかの余裕があった。だが――
「よりによってカラスのキミがそれをおっしゃいますか、ケインくん?」
不意を突くように投げられたファリトの言葉に、双眸がぎょっと見開かれる。
「カ、カラスだから一体何だって言うんだ?」
絞り出された声には、明らかな狼狽が滲んでいた。
「鈍いですねぇ、ケインくん。それとも気付いた上で、目を逸らしているのかな? 荒唐無稽?無茶苦茶? そうでしょうね。それは――まさしくボク達カラスと一緒じゃないですか?」
ファリトがクツクツと笑う。
円卓の反応は様々だった。ヘルガは当然とばかりに眉一つ動かさず、レイアは寂しそうに視線を落としていた。他のカラス達も、悲しそうな顔を浮かべる者もいれば、好奇に目を輝かせている者もいた。
「まァそんでも、なくもねえってレベルの話だわな。胡散臭えことには違えねえし、そもそもそこの三下はカラスじゃねえ。そいつが大法螺吹いてるだけって可能性の方がよっぽど高ぇ」
「そんな! ユニオンさんはそんな意地悪なことはしません!」
不安げに周囲の顔色を窺って沈黙していたレイアが反論する。
「まあ、そこの劣等にメリットがあるとも思えないわね。まさか、アタシ達に構って欲しいだけでくだらない嘘をつくこともあるまいし」
「おいテメー、もし嘘だったりしたら、どうオトシマエつけるつもりだ? あ?」
「嘘じゃないです! で、ですが、そうおっしゃられると少々不安になってきましたね……。いえ、もし私が何らかの勘違いをしているだけだったりしたら……。その、やっぱりこの話はなかったことに――」
「いやいや、それは通らないよ。頭お花畑な無知蒙昧にも分かるように親切なボクが教えてあげるけどね? お前がボク達にそんなことを伝えた時点で、もう取り返しがつかないのさ」
周囲のカラス達の目に、疑問や反論の色はない。皆同様に考えているようだった。
「確証はない。けど、もしこの劣等の話が本当だったなら。その賢者の石とやらは、絶対に他人の手に渡らせるワケにはいかない」
「要はどこぞの馬の骨がそれを手に入れれば、オレの〈破壊〉も、こいつらのチート技能も全部略奪されるってことだからなァ? そりゃあこのオレ自らがこの目で確かめる他ねえよなァ? テメーの両手両足切り落として拷問してでも場所は吐かせてやるから安心しろよ? な?」
カイルの残忍な笑みに、レイアが思わず悲鳴を上げる。
「ユニオン君、僕もこんな状況望んじゃいなかった。だけど、本当に申し訳ないけど……。こうなったらもう、僕とレイアだけで話を丸く収めることはできそうにない」
ケインは力なく肩を落とし、それ以上は言葉を絞り出す気力もないようだった。
「分かりました。では――」
いつ闘争が勃発してもおかしくない緊迫感の中、ユニオンは賢者の石の詳細を語った。
モティカの大気には、技能を行使するための粒子が満ちていること。粒子の濃度が異常に濃いスポットがあり、そこには粒子を噴出し続ける球体の賢者の石があったこと。それはどうやら体内への取り込みが可能であり、取り込めば粒子の独占すなわち技能の独占が可能らしいことなど。
ユニオンが語る俄には信じがたい話に、カラス達は半信半疑で耳を傾けた。
「賢者の石の説明は以上です。活用方法などはともかくとして、まずはモティカの議会たる烏合の円卓に報告をばという考えで皆さんにお伝えした次第でしたが、少々浅慮だったようです」
「オイ、肝心な説明が抜けてんだろうがよ? 結局、その賢者の石とやらはどこにあんだよ?」
カイルの言葉に、カラス達皆が頷く。
「ええ、当初は私もそれを含めて説明させていただく予定でした。ですが皆さんのご様子を拝見いたしまして、少々考えが変わったのです」
「愚かなお前はまだ勘違いしているらしいね。今さら秘匿しようとしたってそうはいかないんだよ。存在を知った以上、カラス達はお前を拷問してでも場所を訊き出す。そう言っただろ?」
「だからこそです。穏便な解決を望めそうにないからこそ、一つ提案があるのですよ」
「んだよ? 言いてえことがあんならはっきり言えよ? あ?」
「ええ、こういう催しはどうでしょうか? 賢者の石の所有権を巡って――カラスの皆さんで競っていただくというのは?」
「ほう、凡人のボンクラにしちゃあ悪くねえじゃねえか。いいぜ、滾ってきた」
「冗談でしょう、ユニオンさん! そんな住民同士で争うだなんて……!」
「いえ、私は本気ですよレイアさん。それに争うのではなく競うのです。皆さんのご意向を伺う限り、衝突自体はもはや避けられそうにない。ならばせめて、後に禍根を残す醜悪な争いではなく、ルールに則った公正公平な競技で所有者を選定しようと、そういう趣旨なのです」
「認めたくはないけど、理には適ってるね。やるしかないのか……」
「では明日の十時より、この議事堂前でコンテストを開催しましょう。詳細はまだ決めておりませんが、開始までにはまとめ、明日のうちに全てを決着させることを保証いたします」




