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第16話 難敵

「おお、これはありがたい。まさか、こうも綺麗に修復できるだなんて!」


 昼下がりの西日が心地良い、浅瀬の川縁。

 等間隔に並べられた三本の釣り竿の傍らで、ユニオンは感嘆の声を上げた。


「私の技能は〈回復〉ですからね。何かを直すことにかけては、誰にも負けないつもりです」

 レイアが慎ましい胸を張る。


 カイルの投擲した林檎により真二つに折られた倭刀は、レイアがその手で優しく撫でるだけで見事に復元された。


「すばらしい技能ですね。このお礼、一体どうやって返したものでしょうか」

「お礼なんてとんでもないです! ユニオンさんは、カイルに襲われた被害者ですから悪くないです。ヘルガ達も失礼だったし、これは当然のお詫びです」

「烏合の円卓は、連帯責任なんて概念とは程遠い希薄な繋がりなのでは?」


「まあね。でも、僕達が申し訳なく思ったのは事実だから。それにお礼というなら、こうして遊びに付き合ってくれてるだけで充分さ」

 石を積んで簡易的なかまどを設置していたケインが笑う。


 彼はキラキラと輝く鉱石を懐から取り出し、詰まれた落ち葉の上に置いた。鉱石にすっと人差し指を翳したかと思うと、次の瞬間には勢い良く発火して竈の着火に成功していた。


「おお! 今のは一体……?」

「僕の技能は〈増幅〉だからね。鉱石に集まる日光を増幅して発火させたんだ」

「何というか、非常に汎用性の高そうな技能ですね」


「それは僕に限ったことじゃないよ。例えばレイアの〈回復〉なんて、僕以上だ。レイア、悪いんだけどこの落ち葉を〈回復〉させてくれないか?」

 ケインに頼まれたレイアが竈に手を翳すと、火は立ちどころに消えた。そればかり茶色で罅割れていた落ち葉がしっとりとした赤い葉に変わった。

 ユニオンは驚愕に目を見開いた。


「できるのは、ここまでなんですけどね? 生死の境界っていうのは物凄く大きいんです。『落ち葉』という死んだ物体を植物として生きていた葉に戻すことはできないんですけど、落ち葉という物体になって以降ならどこまででも復元できちゃいます」


「ね? 僕の〈増幅〉なんかより、よっぽど凄いだろ?」

 ケインは鉱石に手を翳し、竈を再点火した。


 × × ×


 鍋に煮立ったスープを囲って、三人は談笑していた。


「ひょっとして、カラスの皆さんはPCなのですか?」


 尋ねるまでもなかった。一連の作業を通じ、ユニオンは彼等との接触に成功していた。ミュルは対象に直接接触することで、相手がPCかどうかを判別できる。

 ゆえに少なくとも彼等二人がPCだという確証は、既に掴んでいた。


「コフッ!」

 核心を突く問いに、ケインがザリガニのクリームスープを噴き出す。椀から跳ねた飛沫が顔にかかってビショビショになっていた。


「まあ、大変!」

 レイアがケインの顔に手を翳すと、飛沫は綺麗さっぱり消えて椀のスープが微増する。


(ソレはソレでどうなんだ……? 汚いだろ……)

(原理から考えれば、戻ったスープはケイン兄貴の顔に付く前の状態やろ? ならええやん)

(いやそうだけども! 人間はそんな単純じゃねえんだよ!)


 ユニオンが無言で不毛な議論をしているうちに、ケインは改めてスープを掻き込んだ。


「まあ、お察しのとおりだよ。モティカではPCは皆、自動的に烏合の円卓に加えられる。本人の意思とは無関係に、議事堂の椅子が追加されるんだ。けど、そういうことはあんまり不用意に訊かない方がいいよ。現実世界の話は、仮想世界じゃタブー。それは君も知ってるだろ?」


「特にカラスには要注意ですよ? 一般住民と違って、技能を一体どう応用してくるか分かりませんから。一般住民は、そもそも現実世界のことを訊かれて怒ることもないですけどね」

 二人は共に、どこか後ろめたそうな表情で語った。


「応用――ですか? なるほど確かに」

 ケインとレイアの技能は、ユニオンもその片鱗を垣間見た。クロン村にいたボルグ達とは比べるべくもない、強力な技能だった。


「議事堂の前で君を襲ったカイルがいただろう? 彼なんかは特に危険だ。〈破壊〉なんていう根本的に暴力そのものな技能を持ってる上に、あの性格だからね」

「何もしていないのに、一方的に襲われましたからね」

 ユニオンは苦笑する。


 彼の技能は〈破壊〉。そして彼が投げた林檎は、儚く両断されたにも拘らず倭刀をへし折った。技能の性質は、接触したモノを本来の強度に関係なく無条件に破壊するといったところか?


「お二人は、この世界での暮らしに満足されていますか?」

「ええ。現実世界に比べてかなり不便な環境なのは確かですけど、それでもです。この世界には、私にしかできない仕事があって、私だけの役割がある。私、ここにきて初めて自分のことを認められたんです」


「僕達はね、別に偉くなりたいだとか、お金持ちになりたいだとか、そんなことは思わないんだ。自分にささやかな自信が持てて、日々平穏に暮らせれば、ただそれだけで幸せなんだ。こうやって毎日釣りや採集に出かけるのも、キャンプみたいで楽しいしね。このモティカに来て良かった。僕は心からそう思ってるよ」


 × × ×


 陽はすっかり落ち、生温かな浜風が陸へ穏やかに吹き付けている。

 ユニオンは初日の探索を終え、コテージで定時連絡を行っていた。


「報告は以上だ。正直に言って、最初に思ったよりもよほど難航している」

 ドゥンは額の前で手を組み、重い溜息をついた。


「ワイらとしては、無感動無関心ゆうんは最悪に相性悪いからなぁ」

 ミュルは敷布団代わりに寝床に敷き詰められた葉を一枚取り、器用に鼻を掃除していた。


「困りましたねぇ。あなたたちが失敗したところで私はほんの少し評価が下がるだけですが、貴方達は殺処分になっちゃいますからねぇ。一蓮托生の仲間として寂しいですぅ」


 両手で口を覆い、ビブラードのように声を震わせながらベトゥが叫ぶ。白々しい猿芝居だった。挑発としか思えない、事実そうなのであろうことはホログラム越しにも明白だった。


「餌を撒いてそれに食いつかせる。それが狩りの基本だからな」

「では、そちらから打って出てはいかがですか?」

「当然それも考えた。奴等の互いに対する異常な無関心は、個々の孤立にも繋がるからな。各個撃破にはうってつけだ。だが――」


「あんなチート野郎共相手に連戦なんて正気ちゃうわな。〈回復〉の拡大解釈で時間遡行までやってのける連中や。レイアちゃんもゆうとったが、何してくるか分かったもんちゃうで」


「内向的な性格で自己満足しか求めない。そういう根っからの陰キャ引きニート気質って、本当に気持ち悪いですよねぇ」

「気持ち悪くはないが厄介なことには同意する。新鮮な肉にも芳醇な果実にも食いつかない。無欲にも程がある連中だ。いや、待て――」


「どうしましたか?」

「お前の罵詈雑言のおかげで、攻略の糸口が掴めたかもしれない。なるほど、会話はしてみるもんだな。的確なアドバイスなど得られずとも、発見はあった」


「やだもぉ、独り言みたいにブツブツ本当に気持ち悪いんだからぁ。それより、神器は発見できましたか?」

「生憎と確たる手がかりは掴めていない。だが、探索しながら仮説は考えていた。改めて訊くが、神器はどういう経路で移動していた?」


「経路なんて概念からして崩壊してますねえ。不規則。無軌道。北東にあったはずが、三十秒後には十キロ以上離れた南西にある。十分くらいとどまっていたかと思えば、今度は北端に移動してる。そんな繰り返しです」


「それなら、ひょっとしたらそういう技能かもしれない。どうやらNPCの中に、〈徘徊〉とかいう妙な技能を持った奴がいるらしい。詳細は不明だが、例えばそれが完全ランダムで瞬間移動する技能だったり」


「完全なランダムですか? 私としたことが、これは盲点でした。なーんだ、そんな規則的な移動パターンだったなんて……。だとしたら、ええ、もしそうなら私の手にかかれば何とでも……。そうですね、お二人は精々いつでも事が進められるように準備をしておいてください」


 ベトゥは二人と会話している時間も惜しいとばかり、一方的に通信を切った。

「なんか、ランダムに自信ネキ、えらいウキウキやったな」

「アイツが解決してくれるなら、それに越したことはない。正直俺も、巣籠もりを決め込むカラス共を引っ張り出すので精一杯だしな。まあ、一応布石は打ってあるが」


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