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第15話 烏合の円卓

 クロン村を後にし、ユニオンは北東に向かって単身で平原を移動していた。


(しかし、けち臭い連中やったな。どうせ暇やねんから、道案内くらいしてもええやろ)


 ユニオンは彼等の言葉から手がかりを引き出すと、目的地と思しき地点をマップにメモした。

 暗に道案内も求めたが、ボルグに「悪いがそこまでする義理はねえ」と断られた。愛想笑いを浮かべながら尚も頭を下げると、ボルグは円卓を構成する一部の住民達――通称カラス達に、〈送信〉で現地へ集合するよう伝令を送ったのだった。


(いや、アレはそういうのじゃない。けちってよりも、たぶん流儀の問題だ)


 最初に探索した熱帯林とは打って変わって、平原の移動は実にスムーズだった。

 少々の起伏はあるものの、遮蔽物がない。薄靄がかってはいたが、道に迷う程でもない。現実世界ではあり得ない地理環境は、仮想世界ならではのものだった。


(よう分からんなぁ。別に減るもんやないねんから、やったらええやん?)

(まあ、お前には分からんだろうな……)

(何やキミには分かるんか? AIのワイも苦笑い不可避のコミュ障やのに?)

(勘違いかもしれんが、比較的俺に近しいモノを感じたからな。――見えてきた)


 ユニオンが、目を細めて焦点を絞る。視界の中心には円柱状の形をした塔が立っていた。

 塔に接近するにつれて霧は濃くなり、それゆえ輪郭は終始暈けたままだった。はっきり視認できる距離から眺めると、塔は透き通るような乳白色をしていた。

 まるで霧を纏うことで姿を隠しているかのような趣だった。


「――ッ!」


 それは、突如として現れた。


 大きさにして、直径十五センチ程度の球体。

 移動速度が速すぎて赤い何かとしか判断できないが、正体はさほど重要ではなかった。

 ユニオンにとっては、それが自らの後頭部へ一直線に向かって来ていることが問題であり、それをどう対処するかが最重要だった。


「ふんっ!」


 上半身を反らせながら必死で身体を捻り、赤い物体の軌道上に倭刀をあてがう。


 シャリッ。微かに聴こえた音は、ユニオンの緊迫を嘲笑うかのように穏やかで軽かった。


 パキン。直後に聴こえた音は、ユニオンの警戒を煽るかのように物騒で剣呑だった。


 ユニオンが周囲を警戒しつつ足元を一瞥すると、砕けた林檎と真二つに折れた倭刀の片割れが転がっていた。

 おそらく飛来してきた赤い物体はこの林檎だったのだろう。そこまでは何の問題もない。


 不可解なのは倭刀がへし折れた――いや、へし折られた事実だった。

 林檎は爽快な音を立てて倭刀に斬られたはずだ。ならば、なぜ倭刀が折れているのか?

 果物を思いきり斬ったくらいで折れる脆い刀など考えられない。


「そいつに触った時点でテメーの負けだ」


 困惑するユニオンを諭すように、林檎が飛んできた方角の大木から声が投げかけられる。

 木陰から姿を現したのは、長い銀髪の大男だった。クロン村の住民達とは異なり、アロハシャツにサルエルパンツという極めて現代的な服装をしていた。


「あなたはカラス――烏合の円卓のメンバーでしょうか?」

 襲撃などなかったかのように、けろりと柔和にユニオンが尋ねる。


「……けっ。肝は据わってやがるな。オレがカラスだったら何だってんだ?」

「この世界について色々とお聞かせいただきたいのですが」


「やなこった。オレはただ、妙な新参がこっちに来るってんで、直に見ときたかっただけだ」

「まあそうおっしゃらず」

 ユニオンが恭しく手揉みするが、大男の表情に変化はない。


「ねえわ。アレをただの刀で受けるしかねえ時点で、テメーの技能なんざ知れてんだよ。なら付き合うのも面倒臭えし、オレは帰って寝る」

「ああ、お待ちください! せめてお名前だけでも!」


 ユニオンが慌てて呼び止めるが、大男はまるで相手にせずにスタスタと去って行く。輪郭が曖昧になりかけてきたところで一度だけ立ち止まり、首だけが微かに動く。


「カイル。技能は〈破壊〉。ぶっ殺してえ奴がいるか、てめえがオレにぶっ殺されたくなったら来い。全裸で土下座でもすりゃ考えてやるよ」

 それだけを言い残すと、カイルは今度こそ霧の彼方へと姿を眩ませた。


(発達しとんのは服装だけで、品性は村人未満の野蛮ガイ○やったな)

(お前が言うな。しかし、先が思いやられるな……)


 折れた倭刀を鞘に納めて、ユニオンは頭上を見上げる。

 目前の巨塔は廃墟のように荒廃していながらも、どこか神秘的な佇まいだった。

 およそ人気ひとけが感じられなかったが、上階の窓からは微かに薄明かりが漏れている。


「手がかりがあるだけ、ましとするか」


 × × ×


「やあ。君がボルグくんから紹介のあったユニオンくんだね?」

「ええ、お世話になります……」


 螺旋階段を上って入室するなり、ユニオンは呆気に取られた。

 扉の奥から現れた男は、柔らかな笑みを浮かべて手を振ってきたのである。


 短く刈り揃えられた茶髪に、ストライプのシャツとチノパンの上下という出で立ち。物腰柔らかな言動も含めて極めて平凡であり、だからこそこの世界では異質だった。


「災難でしたね。私達も注意するべきでしたが、カイルがあそこまでの暴挙に出るとは……」

 同情の言葉は、男の脇から聞こえてきた。金髪をポニーテールに纏め、淡いベージュのシャツとロングスカートに身を包んでいる。気弱そうな女だった。


「お二人は?」

 思いのほか友好的な二人と握手を交わしながら、ユニオンが尋ねる。


「ごめん、紹介が遅れたね。僕はケイン、技能は〈増幅〉。彼女はレイアで技能は〈回復〉。あとは……」

 ケインと名乗る男は、背後を振り返った。後方には直径五メートル程の巨大な円卓が設えられていて、等間隔に椅子も並んでいる。しかしほとんどは空席で、彼等の他には僅かに二人が着席しているのみだった。


「集まりが悪くてごめんね……。彼等も決して悪い人達じゃないんだ。ただ極端な個人主義というか。基本的にものぐさな上に、あんまり他人に興味ない人達でね」


「ズボラはアンタも同じでしょ? 今日だって、どうせその女に頼られて来ただけでしょ?」

 席に座っていた二人の一方、華美なドレスを纏った小柄な女が刺々しい声で詰る。


「うん、まさしくそのとおりだから返す言葉がない。……えっと、彼女はヘルガ、技能は〈搾取〉。でもう一人の彼がファリト、技能は〈寄生〉」


「ボクはもののついでですか? 舐められたものだなあ」

 ファリトと紹介された男が、厭味ったらしく肩を竦める。坊主頭の黒髪にサングラスをかけた、ドゥンよりも背が低い男だった。


「仕方ないじゃないか、君だけずっと黙ってたんだから。……とまあ、僕とレイアも含めて、ここにいる四人は皆カラスだ。あと、さっき君を襲ったカイルも。それ以外にもあと八人いる」


「これが烏合の円卓……。なるほど、文字どおりで大変そうですね」

 ユニオンが手前の二人にのみ聴こえる声で囁くと、ケインは苦笑した。


「それで――結局そこのキミは、一体何の技能を持っていて、何ができるんですか?」

 ファリトが円卓に短い足を乗せ、後頭部で両手を組みながら尋ねる。


「まあ、何といいますか……」

「へぇ、そうやって隠すワケ? ま、別にいいけど? カラスにも、自分の能力をガチガチに隠すチキン野郎も多いし。アタシはそんなみっともないことしないけどね?」

 極彩色の口紅が塗られた唇の端を吊り上げて、ヘルガが哄笑する。


「そういうワケではないのですが……。ええ、私の技能は〈探索〉というモノでして――」

 値踏みするように睨むカラス達へ、ユニオンは自身の技能を説明した。本当の技能〈松露〉ではなく、クロン村でも語った偽りの技能〈探索〉について。


「へぇー?」

 ヘルガはスリットから覗く細い足を組みながら、上体を反らせてユニオンを見下ろす。

 ファリトは円卓に肘をついて、顎を擦っている。

 二人の視線を浴びながらユニオンは、ペコペコと苦笑いを浮かべた。


「どうやらソレの言葉に嘘はないようですよ」

「みたいね。あーあ、期待して損したわ。プッ、何よ物を探す能力って。犬かっての」

「ええ、ボクもがっかりです。……お前さぁ、人間未満の畜生なら芸の一つでも見せろよ!」


 ヘルガは両手を組んで目を閉じ、ファリトは横柄にため口で命令した。

 清々しいまでに露骨な豹変ぶりだった。


「ま、まあ二人とも、仲良くやろうよ? ね」

「断るわ。アンタのことは一応認めてるけど、そいつのことはどうでもいい。それじゃ」

「用は済んだことですし。もういいでしょう? ボクもこれで。ソレが面白い見世物でもやるなら残って観賞していきますけどね」


 二人はそう言い残すと、荷物を纏めて部屋を出て行った。

 ユニオンはファリトの背後から肩に触れて呼び止めようとしたが、「劣等がこのボクに気安く触るな!」と払い除けられた。


 閑散とした部屋には、困惑するユニオン、慌てふためくケイン、申し訳なそうに視線を落とすレイアの三人のみが残った。


「えっと……そうだ! 僕とレイアはこれから川に行く予定なんだけど、一緒にどうかな⁉」


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