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第14話 クロン村

 クロン村の街並みには、独特の情緒が漂っていた。


 住居のほとんどは、現代の感覚では家と呼べるかも怪しい。素人が森から木材を調達してきて自分で建てたような小屋や、さらに原始的なテント擬きも多かった。だが材質や建築様式に至るまで、それぞれが異なる個性を放っている。

 文明水準の低い家々の中に紛れて、重厚な石造りの邸宅や、民家というより巨大な芸術作品のような壁画に彩られたドームも点在している。


 鍵はおろか扉という概念すらないような建物も多いが、窃盗などが横行する治安の悪さは見受けられない。互いを隔てる仕切りもろくにないのに、住民達は悠然と脱力しきっている。互いを路傍の石程度にしか認識していないかのように。

 平和と混沌がマーブル状に解け合ったような、奇妙な空間だった。


 各建物には、表札と思しき木簡が下げられている。

「ここが俺の家だ。あばら家だが、俺にとっては快適な寝床だ」

 ボルグはそう言うと、一軒の粗末な小屋の前で立ち止まった。


 ――『ボルグ・送信』


 表札には彼の名と技能がセットで書かれていた。周囲の家も同様のようだ。

 ボルグは暖簾代わりの蔦をかき分けて自宅に鹿の死骸を投げ入れると、肩をぐるぐる回した。


《〝もしもし〟――俺だ、ボルグだ。例の新参を連れてきた》


 ボルグが〈送信〉で語りかけると、付近の家々から十人程の住民達がわらわらと疎らに出てきた。


「へっ。この距離なら直接言えばいいじゃん。ボルグって馬鹿なの?」

「うっせえな、この技能気に入ってんだよ。普段の会話も全部これで喋っていいくらいだ」


 十メートル程離れた藁葺の住居から出てきた少年がからかう。彼とは親しい間柄らしかった。

「へぇ。割と平凡な感じなんだね。ボルグが狩りで世話になったっていうから、もっとごついおっさんかと思ってた。あ、僕はラウル。技能は〈契約〉。よろしく」

 ラウルと名乗る少年はそう言うと、ぼろ切れで掌を拭ってから右手の小指を差し出した。


「えっと……そういう握手とかですか?」

「ううん、僕の技能だよ。お兄さんさ、〝宣誓〟って宣言してから、何か絶対にしないことを誓って指切りしてみてよ」


「はぁ。そうですね……では〝宣誓〟――私は死亡しません」

 ユニオンがそう言うと、ラウルと絡めた小指が一瞬蒼白い輝きを放った。

「ああダメダメ! それだと死にはしないだろうけど、試してるうちにひどいことになるよ。もっと簡単で、実現可能なことで」


「というと、不可能なことを誓ったら?」

「本当に不可能なら無効化されるし、ギリギリ可能なことは物凄く無理矢理有効になるよ」

 粗探しばかりするようなユニオンの物言いに、ラウルの笑顔は次第に曇りつつあった。


 ユニオンは非礼を詫び、

「では……私ユニオンは、ボルグさんに暴行を加えません」

「承った! 調停者ラウルが、汝の誓いをここに誓約する!」

 結ばれたラウルとユニオンの小指から閃光が瞬くのと同時に、ラウルが大仰な詠唱を告げた。


「じゃあさ、試しにボルグをぶん殴ってみて?」

「おう、俺のことなら心配要らねえからよ? どんと来い」

 ユニオンは大義なき暴力に難色を示したが、ボルグの言葉に渋々拳を振りかぶる。


「ほう? なるほど、これはすごい」


 ボルグの頬に真っ直ぐ突き出された拳は、衝突の直前でピタリと止まった。透明な綿の壁でもあるかのように、ユニオンの拳を傷つけるでもなく、ただその動きを静止させていた。

 試しに倭刀も抜いてみたが、やはりボルグの肌に触れることは叶わない。


「な、面白ぇもんだろ?」

「なるほど。実にユニークな能力ですね」


 ユニオンが感心したように目を細めると、ラウルは自慢げに華奢な胸を張った。

 その後もぞろぞろと多くの住民達が出てきて、名と技能を語っていった。性別も身なりも技能もばらばらだったが、年齢は皆比較的若かった。


 禿頭の男ブルタスの技能は〈追尾〉だった。特定の人間の傍まで瞬間移動できるという凄まじい効果だったが、対象になり得るのは直近で身体が接触した三人までに限られるという制約付きだった。百キロ程度までなら物や人を運ぶこともでき、運び屋を生業としている。一方で効果が効果なだけに異性には酷く気味悪がられ、握手すら拒否され辛いと嘆いていた。


 全身に装飾品を纏った孔雀のような姿の女パフィーの技能は〈曇天〉だった。天候が曇りのときに限り、曇り空を村一つ分程度の範囲において維持できる。二十一世紀の世界ならばかなり需要のありそうな技能だったが、生憎とクロンの村では農作物の生育のために晴れと雨が歓迎される。そのため、外で長時間のイベントを開催するときくらいしか用途がないのだという。


 他の住民達も皆、いまいち使い勝手の悪い技能であるという点で共通していた。


 ユニオンが住民達と軽い挨拶を済ませると、ブルタスとボルグの二人が村の中を案内した。どうやらブルタスがクロン村での村長のような役回りらしい。

 住民の過半数は出払っており、残っている者もボルグとブルタスには気さくに声をかけたが、ユニオンの姿を見ると眉を潜める者が多かった。


 クロン村は、敷地面積にして一キロ四方もない。

 案内もすぐに終わるかに思われたが、外周の壁沿いを歩いているうち、ユニオンは足を止めた。


「これは一体どういうことでしょうか?」

 ユニオンは外壁にかけられた木簡を指差して尋ねる。木簡には『ワンダー・〈徘徊〉』とあった。


「ああ、アレですかい? アレはまあちょいと、いやかなり変わったモンでしてね。村の人間なんだかそうじゃねえんだか。木簡を吊るす家すらねえけども、正真正銘の根無し草ってのも可哀想だろうってんで、ああしてるんです」


「ええと……長旅に出ている村人とか、ですか?」

「うーんまあそうとも――」


「まあ、この場にいない奴のことは気にしても仕方ねえだろ」

 ブルタスが説明に困っていると、ボルグが話題を打ち切るように口を挟んだ。


「個人の話ってのはよ、他人同士で勝手にされても気持ちのいいもんじゃねえだろ? まあ、アイツはここにはもうずっと帰って来ちゃいねえが、モティカのどこかにはいる。もしどこかで偶然あいつと出会ったなら、そんとき本人から聞きゃあいい」


 その後ほどなくして案内は終わり、三人は再びボルグの家の前に戻ってきた。

 別れの挨拶を告げて解散しようかというところだったが、


「ところで、つかぬことをお伺いしますが。このモティカについて詳しい情報をお持ちの方はいらっしゃいませんか?」

「そいつぁ、この世界全体のことですかい? あいにくと知りませんなぁ。あっし達は基本的に出不精で外に関心がないもんで。そういう技能を持ってるモンもこの集落にはおりませんで」

 ブルタスが頭を擦りながら答えた。


「では、この世界で最も偉い人とかは心当たりありませんか?」

「うーん、そうですなぁ……」

「ユニオン? この世界にはな、誰が偉いだの誰が格上だの、そういうのはねえんだ。皆自分だけの何かを持ってて、その道のプロなんだ。だから比較のしようがねえし、同じだけ偉い」

 ボルグが諭すように言うと、ブルタスが茶化しながらも彼の言葉に同意した。


「まあ強いて挙げるなら、烏合の円卓ですかねえ。まともに機能してないとはいえ、一応モティカ唯一の議会です」


「議会……ですか? それはどういうものなのでしょうか?」

「あっしも細かいことは……。まあただ、議事堂の位置は分かります」

 ユニオンの瞳に、ひっそりと好奇の光が灯る。


「よろしければ、そこの場所を教えていただけませんか?」


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