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第12話 未開の地

 陽光が燦燦さんさんと降り注ぎ、凪の水面は照り返しでギラギラと白く輝いている。

 陸には背の高い樹木が鬱蒼と生い茂り、大自然が強烈に生命力を主張していた。

 海と陸の狭間。

 陽炎で歪んだ空間に、一軒の簡素なコテージがポツンと建っている。


「奇特な趣味をした奴等もいるもんだな」

 コテージ内部で丸太組の椅子に座り、少年は呆れたように呟く。

 矮身痩躯で全身は雪のように真白く、気弱そうな顔つきと目の下のクマが虚弱そうな印象を放っている。

 灼熱の日差しに焼かれれば、吸血鬼のように蒸発しそうだ。


「ええやん、この世界。気に入ったわ」

 丸太椅子よりもさらに粗末と言っていいだろう。ただ太い切株を置いただけの腰掛けの上で、小動物が両手を拡げて愛着をアピールする。

 いかにもこのコテージ向かいにある密林に生息していそうな、猿ともナマケモノともつかない珍獣だった。


「あらあら、今回は随分と美しい世界ですねぇ。羨ましいですぅ。あっ、害虫とか紫外線とか酷そうだからやっぱり全く羨ましくないですぅ。下僕共に相応しい野蛮な環境ですぅ」

 ホログラムに傲慢と狡猾さを併せ持った貴族を思わせる少女が浮かび上がる。

 漆黒のドレスに身を包んでおり、もしこの世界で実体化していたならさぞ暑苦しいことだろう。


「御託はいい。さっさと仕事しろ」

「いちいち口が悪い下僕ですねぇ。任務をきっちりこなしてなければ、すぐにでもクビにしてるところですぅ。今回のスレッドは未開世界第7集落――通称モティカです。奪還対象の神器はグラムF13。座標はここです――じゃなくて、こっちでした」


 ベトゥが神器の座標をポインタで指し示す。

 最初に北東部を指したかと思うと、すぐに中央からやや南西寄りへと位置をずらした。


「おいおい、しっかりしてや? PCの救出はワイらのオナ○ーやけど、神器の奪還は君等サイドの命令やねんから」

 ミュルは仰向けに寝転がり、木製の皿に盛られたナッツを摘んだ手でぼりぼりと股間を掻く。


「下僕が知った口を叩くんじゃねぇですよ。今回の神器は移動型だというだけのことです」


「待て。移動型ってことはNPCが持ってるんだろうが……そいつはそんな凄まじい速度で移動するのか?」

 ドゥンは皿に手を伸ばしかけるが、ナッツに縮れた毛が落ちているのを見て顔を顰める。


「どうでしょうね? 私の方から確認できる限りだと、この通信を繋いだ時点では確かに北東部にいた。それが今はこの位置にいる。はっきりしているのは、その事実だけです」

「クッソ面倒臭そうやな……」


「ええ、この分だと今回は神器の確保もなかなか困難かもしれません。ですがお二人の任務はいつもと変わりありません。三日以内にこのスレッドから神器を回収する。できなければ死ぬ、ただそれだけのことです」


 × × ×


 ドゥンはミュルと融合してコテージを後にし、ユニオンとなって熱帯林を進んでいた。

 コテージはマップのほぼ南端に位置している。神器を保持していると思しきNPCが今もその場に留まっている可能性は低いが、ユニオンはひとまずマップ南西部――コテージから見て北西の方角へと進むこととした。


(なぁ、この森いつまで続くねん。飽きてんけど)

(んなもん知るか。開けた土地に出るまでだ)

 ユニオンが歩き出してから、既に三十分程が経過していた。


 熱帯林は分け入っても分け入っても深緑と赤茶けた地面が広がるばかりで、前後左右全てが同じに見えた。

 ただでさえ暗い上に足場も悪く、道中で現れた蛇から逃げているうちに方角も怪しくなった。今や正確に北東へ向かえている保証はない。


「コラ待て! 逃げるな!」


 人間の声と思しき叫びが、熱帯林に木霊する。

 声に驚いたのか、一拍遅れでバサバサという鳥の羽音や何の動物か分からない鳴き声が続けざまに聴こえてくる。


 雑多な音の中には、やや異質な音も混じっていた。

 荒い鼻息と、土を蹴る足音。何かがユニオンのいる方角に向かってきているようだった。


(ああ、分かってる。ま、融合形態でもただの獣くらいなら仕留められるだろ)


 ユニオンが振り向いたのと同時、右側の茂みから太い木の枝が突出してきた。

 枝はどんどん太くなり、やがて白い体毛に覆われた根元をも露出する。

 全長一メートル程の、ごく標準的な大きさの鹿だった。


 ユニオンは懐から倭刀を抜くと、刀身を反転させて鹿の左前脚に叩き付けた。

 鹿は馬のような嘶きを上げながら地面に倒れ伏し、走ってきた勢いそのままに顔が地面に押し付けられ、やすりのように削られる。左前脚は、膝から下がぬんちゃくのようにブラブラと奇怪な動きを見せていた。


(やり過ぎや阿呆! あのシッカが家畜の類やったらどうすんねん!)

(そのときは……逃げるまでだ!)


 ユニオンは近くの大木に身を隠して様子を伺っていると、程なくして鹿のそれよりははるかに遅い足音が近づいてきた。

 「ふんっ!」といきむような声が聞こえた直後、槍のような形状の太い枝が投げ込まれて地を這う鹿の近くに転がった。


「やったっ! 捕まえたぜ!」

 先程から聞こえていた声の主がようやく姿を現す。

 ぼろきれ一枚を纏った男だった。肌は褐色に焼け、筋骨は隆々としている。首には木の実を数珠繋ぎにしたような装飾具を下げていた。


 男は苦しそうに呻き声を上げている鹿の存在を認めると、傍に落ちている武器を拾って何度も頭を殴りつけた。鹿が完全に動かなくなったことを確かめ、ようやく一息をつく。


「良かった。傷つけてしまって大丈夫だったんですね」

「なっ! だだだ誰だ、あんたは!」

 木陰からすっと姿を現したユニオンに、青年は幽霊でも見たかのような顔で恐怖した。


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