第10話 任務完了(真)
「へっ……良かったぜ。こっちが死ぬ前にケリつけられた……!」
バルムンクは空元気で声を絞り出し、その場でバタリと倒れ込む。
昨夜の語らいで、ユニオンはバルムンクの必殺技について聞いていた。
曰く、人体の耐久限界を超えた超電流を身に帯びることにより、神速にして剛毅極まる戦闘を可能にする力だと。
その強大に過ぎる力はバルムンク自身の神経や筋組織をも一秒ごとに破壊していき、十秒も行使を続ければ確実に死へ至る。死をも覚悟した諸刃の荒業をもって、ついに彼はグシオンの討伐を果たしたのだった。
「良かったですよ、バルムンクさん。最悪の場合はとどめをなんて頼まれましたけど、僕一人じゃ無謀にも程がありましたから。結局僕は何のお役にも立てませんでしたね」
「そうでもねえさ。信頼できる相棒がいたからこそ、俺はこの捨て身の技を使えたんだ」
バルムンクは、腹這いに倒れ込んだまま起き上がらない。
だが幸いにも、相棒との会話が可能な程度の損傷で済んだようだった。
ユニオンは既に不要となった倭刀を置き、落ち着いた足取りでバルムンクのもとに歩み寄る。
「悪ぃ、ポーション持ってるか? この分なら、少し回復すれば歩くくらいはできるはずだ」
「ええ、もちろん。今助けるので、じっとしたまま少々お待ちください」
バルムンクの安心した声を聞きながら、彼は懐からソレを取り出してバルムンクに向けた。
「転移!」
決死の焦りを滲ませた叫びが、大広間に反響する。
鈴の音を鳴らすようなその声は、バルムンクのものでもなければユニオンのものでもない。
「くはっ!」
転移――自らの肉体を瞬間的に移動させる移動魔法の極みが一つ――を発動した次の瞬間には臓腑を貫かれていた、白魔導士リンスのものだった。
「治療!」
リンスは自らの致命傷を一顧だにせず、身を挺して庇ったバルムンクに回復魔法を唱えた。
「え……?」
一体何が起きているのかてんで理解が追い付かないとばかり、バルムンクは絶句する。
だがリンスの鬼気迫る声に本能が危機を察知したか、応急処置で辛うじて動くようになった身体を弾かれるように転がしていた。
その咄嗟の回避行動が、バルムンクを絶体絶命の局面から奇跡的に救い出した。
「そいつは裏切者よ! 私もアンナも皆そいつに殺され――」
リンスが最後まで言葉を続けることは叶わなかった。
バルムンクを救う意志に突き動かされてパクパクと動き続ける口は、言葉を紡ぐに能わない。
首から下と切り離され、もはや微かな喘鳴を響かせるだけで精一杯だった。
赤い殺意は彼女の心臓を貫くだけに飽き足らず、首を刎ねてリンスを即死させていた。
「お前は……誰だ……?」
目を白黒させながらも、バルムンクは額に汗を滲ませて一対の剣を構える。
その双眸が見据える先。
赤いサーベルを携えた黒い軍服の男も、またバルムンクに矛を向けていた。
「とんだ邪魔が入ったな。まったく、面倒ったらない」
「そらキミの自業自得や。この世界に蘇生魔法はない言うても、ガッツ持ちはおったワケやし」
「黙れ。前衛職ならともかく、ガッツ持ちの白魔導士なんて想像できるか」
バルムンクの存在など眼中にないかのように、軍服の男は自らのサーベルと言い争う。
「お前……まさか、ユニオンなのか……?」
状況を客観的に見れば、むしろ自然とすら言える推論だった。
だが得てして人間とは、不都合な真実から目を逸らしたがる生き物だ。
最悪に胸糞悪い真実となれば、直視に堪えず見て見ぬふりをする。
なればこそ、彼の果敢な姿勢に軍服の男――ドゥンは眉を顰める。
「ああ、そうだ」
ドゥンは短くボソリと呟くのみで、それ以上何も語らない。
無言の睨み合いが暫し続いた後、バルムンクがすぅと深く息をする。
「なぜだぁ! なぜこんなことをした! お前はグシオンの手先だったのか! それとも、快楽殺人鬼のクズか⁉ なぜ、なぜこんな……!」
激情のままに怒鳴りながら、バルムンクはドゥンに二刀の斬撃を続けざまに叩き込む。
彼本来の流麗な剣捌きは失われ、両手に握られた蒼剣はひたすら空を切るのみだった。
それもそのはず。
満身創痍の身体と激怒に侵された精神、視界までもが滂沱の涙に曇っていた。
到底まともに戦える状態ではなかった。
ドゥンはそれを難なく躱し、蒼剣を一本ずつ弾き飛ばして膝を折らせた。
「ああ、そうだよ。全て俺がやったことだ」
「全て?――待て! まさか……⁉」
「だから全てだよ。当然商店街の虐殺も、全て俺がこの手でやった」
「お前は……お前は、間違っている……!」
既に勝ちの目はないと悟ってなお、バルムンクは拳を振りかざして立ち向かう。自ら斬られに寄ってきた的を、ドゥンはお望みどおり袈裟切りに両断した。
臓腑を巻き散らして二つの肉塊に解体されたバルムンクを見下ろし、ドゥンは呟いた。
「だろうな。だが、それがどうした? 別にいいだろう? なぜなら――俺は間違っているが、世界はもっと間違っている」
バルムンクを始末した後も、ドゥンとミュルは大広間で待ち伏せを続けた。
近衛兵との戦いで疲弊した討伐隊員達を、一人また一人とシャンデリアの影から斬り伏せる。
「これで全部だな」
「せやな」
ドゥンは酒場で入手したPCリストに目を通し、その全員を殺し終えたことを確認した。
そしてグシオンの亡骸に歩み寄ると、その胸にミュルを突き立てた。
「〈形態第零番〉」
ミュルが刀身の表面を融解させると、触手のような無数の接続器官が展開した。その一本一本が屍肉に群がる蛆虫のように全面を這い回り、亡骸を貪っていく。忙しなく肉を舐め回した突起群は、やがて息を合わせるようにピタと静止した。
「食事は終わったか?」
「おう、グングニルB3の回収は終わったけど、きっしょい表現やめぇや。ワイも嫌々やねん」
「ああ、お前だけじゃなく俺も正直きつい。〈形態第一番〉」
ドゥンの言葉により、ミュルの形状は瞬時にサーベルへと戻った。
スレッドの核たる神器、すなわちこの世界の礎を吸収する――ベトゥから課せられた任務を完遂できたことに、ドゥンは胸を撫で下ろす。
「ボンジュール、ご苦労様でした。今回はいつにも増して外道を極めた虐殺劇でしたねぇ」
一体いつから観測していたのか、ベトゥがホログラムで姿を現し、上から目線で労う。
「そらワイ達がヘルヘイムに協力する大前提やからな。ドゥンに人殺しをさせへんいうんは」
「神器の奪取による世界の崩壊、それに伴うPCの仮想世界からの強制追放は、生死に関わる強い負荷を脳にかける。したがって仮想世界にダイブしている現実世界の人間を生かしたまま世界だけを殺すには、先にPCを皆殺しにせねばならない。最初に会ったときにも説明したはずだが」
「だーかーらー、私はそんなこと要求してないじゃないですかー。私達は神器を回収してくれるだけでいいんですよ。どうせユグドラシル社と合衆国政府と共和国政府が揉み消すから、死人が出ても問題ない。最初にそう説明しましたよね? あなたこそ聞いてましたー?」
「極論、死人が出るんは別にええねん。人殺しをせえへんことが重要やからな」
「だったらなおさら理解に苦しみますよ。夜通し駆けずり回って、まずは商店街のNPCを虐殺。下げたくない頭を下げてまで私に嘘の目撃情報を捏造させ、魔王軍幹部のNPCに濡れ衣を擦り付ける。今度は討伐隊員達の寝込みを襲撃。最後は幹部軍との交戦に乗じて大量暗殺。――こんな回りくどいことまでして、一体この殺人鬼は何百人殺したんですかねぇ?」
「それが俺達にとっても、お前らにとってもベストだった。だからそうした。それだけだが」
「ですからぁ? あなた方のくだらない自己満足なんてどうでも――」
「神器はグシオンの体内に埋まっていた。俺達だけでの襲撃はリスクが高かったから、PC達を扇動して利用した。つまり、これが任務遂行の最適戦略だった。――どうだ、満足か?」
「奴隷の分際で可愛げがないですね。まあいいです、殊勝な弁解に免じて追及は控えましょう」
核を失った世界は、加速度的に実体を失っていく。
「おい、いい加減俺達もログアウトしないとヤバい」
「ええ、分かっていますとも。貴方達は今回もきっちり任務を果たしましたから、帰投も認めましょう」
コンソールの中に、それまで存在しなかったログアウトボタンが突如として現れる。
ヘルヘイムの支援を受けてクラッキングによる不正ダイブをしている二人には、ログアウトという当然の権利すらもなかった。任務を遂行することで初めてログアウトを許可され、許可を受けて初めて世界を脱出できる。組織に生殺与奪を握られているも同然だった。
ドゥンの足元までもが、バラバラと砂のように崩れ落ちていく。
そして世界を崩壊させた張本人達は、何事もなかったかのように平然と仮想世界を離脱した。




