となりに住んでいる幼馴染が魔法少女なんだが
コツコツと窓が叩かれる。
俺は自室のカーテンを開き、ロックを上げて、横開きの窓を開けた。
隣の住宅との隙間はわずか数センチメートル。
外気の入れ換えというよりは、となりの家の部屋との内気の交換みたいな感じになってしまう。
不思議と甘い香りが俺の部屋に混じり込んできた。
そしてとなりの二階の窓から出て、俺の部屋の窓を通って入ってくる幼馴染。
「よっ、と」
裸足のつま先は俺の部屋の床までの距離を感覚的に記憶しているのだろう。まるで飼い猫のような、何の躊躇もなくこなれた動作で入ってきた。
「ちょっと宿題でわからないところがあるの」
当たり前のように床に投げ出されたクッションに座りながら、ノートを広げる。
「授業中に寝てるからだろ」
俺も当たり前のようにテーブルに向かい合って座る。
「教えてくれないの」
「別に教えないとは言っていない」
ニッコリと笑う幼馴染──瀬々渚水希。
ずっと小さな頃から見ているが、高一にまで成長した今では透明感のある美少女というのがピッタリくる言い方だと思う。
スポーツ系の清涼飲料水のCMで起用されても不思議じゃない。
幼馴染が成長したら可愛かった。
よくある話だ。
窓づたいに気兼ねなく入ってくる同い年の異性というのも、我々のような幼馴染の業界ではありがちなことだ。
異性だと意識すればドキドキしそうでもあるが、意識しないモードで馴れているので思春期のハートは平常運転だ。緊張感とかはない。
俺たちはただの幼馴染だ。
友達以上恋人未満とか言われる例のやつであって、それを越える関係ではない。水希もたぶん今のままの関係を心地好く思っているようだ。
だから水希が俺の部屋にいるときの服装がやけに薄着過ぎて無防備だったとしても、決して誘っているなんてことはない。
水色のTシャツに描かれた兎らしきキャラクタから伸びた吹き出しに『COME ON!』と表記してあるとしても、それに深い意味はない。そういうデザインだからしかたない。
「──ここはだから」
「あ、こっちを見るんだね……うん、なんかわかった」
いまいち完全に理解した感じはなかったが、水希は要領をつかむと宿題をミッションコンプリートさせる。
「できたあ!」
ノートをぽいっと自分の部屋に投げ気味に入れると、水希は俺の家の下の階に降りて台所の冷蔵庫から飲みかけのペットボトルをとってきた。
そのままゴロゴロしながら昨日読んでいたマンガの続きを読み始める。
もう完全に自宅の延長だ。
俺が「そろそろ寝ようぜ」と声をかけるまで、そのままダラダラしていた。
水希は「ん──そだね」と言って自宅の部屋に引き上げる。自然と持ってくなよ人のマンガを。
「おやすみ~」
「おう、おやすみ」
俺たちは同時に窓とカーテンを閉める。
自室に訪れる静寂。
「──あんま、無理すんなよ」
聞こえなくなった幼馴染に、届かない声をかける。
最近、段々と水希がコンディション的に疲れ始めているのがわかっていた。授業中に起きていられないのもそのせいだ。
あいつには人に知られてはいけない秘密がある。
俺も知らないことになっている。
知らないことになっているのだが、知っていた。
──幼馴染が、本当は魔法少女だということを。
▽
水希がそうなったのは二年前。
まだ中二だったときの話だ。
まず俺が気づいた変化は、あいつの肩に止まることがある小さな小動物の姿だった。
猫だかリスだかわからない謎の生き物。
知性があるのは間違いない。水希がこそこそと、一方的にその生き物に話しかけていることがあった。対話している間隔で話しているところを察するに、どうやらテレパシー的な交信をしているようだ。
その時期から、俺たちが暮らしている街におかしな格好の怪物が出現しては暴れまくる事件が頻発し始めた。
怪物の目的はよくわからなかったが、とにかく地元の治安は激しく悪化した。
同時に、怪物と戦っては退治する正義の魔法少女が活動するようになる。
当時、最初のほうは同級生が騒いでいたものの俺としてはあんまり興味がない案件だった。
なんか近所で正義と悪が壮絶なバトルをやらかしている。迷惑だからできれば遠くでやってくれないかな。そんなことを考えていた。
怪我をしたり学校を休みがちになり始めた水希の心配をするほうに気持ちが向いていたのだ。
「氷上、見てみろよ可愛くね?」
ある日、友達が自慢げにスマホで撮った魔法少女を見せつけてきた。
登場と同時にじわじわと注目を集めて、いつのまにやら魔法少女は地元のアイドル的な人気者になっていた。SNSで目撃情報が飛びかい怪物とのバトルには野次馬が殺到する。
オタクの同級生には同人誌を描いているやつまでいるみたいだ。
「ん──」
そんなにいいものだろうか。
写真の魔法少女を見て、俺は言葉を失った。
水希だった。
ニュースとかで、ぼやっと映像で出ている魔法少女は見たことがあったが、はっきりと顔を目の当たりにしたのは初だった。
何故か三、四歳くらい大人びているが魔法少女はどう見ても水希だった。
「なーすげーいいだろー。一度でいいから近くで会ってみたいよな」
友達はそう言うが、そのとき水希は同じ教室にいた。
いやわりと近くにいるって。そう告げそうになるのを我慢した。
水希はそのとき早弁を食っていた。なんか最近、お腹がすくのよねと言っていた記憶が脳裏をよぎる。魔法少女が現れ始めた頃と一致する。以前はそんなに大飯食らいではなかった。
「ちょっとよく見せてくれるか」
「いいけど」
俺はスマホに映る魔法少女を詳しく見た。
化粧はしているし、髪はなんか色がついて伸びてるし、コスプレみたいな服は着ているが、それ以外はまんま水希だ。
だが何故だか俺の他は誰も、親でさえも魔法少女が水希だとはわからないようだった。
▽
それから中二のあいだ、ほぼ一年を通して水希は悪と戦っていた。
学生生活との両立は大変だったと思う。
それでも水希は四天王的な悪の幹部とかを倒しまくって、最後は街中に悪そうな城塞が出てきたりして三日間ばかり都市機能が停止したりするようなこともありながらもラスボスを倒して街に平和を取り戻した。
俺もちょくちょく事件に巻き込まれたり、三回ほど誘拐されて人質になったりした。
わざわざ人質に俺をチョイスするのって、敵には薄々でも水希の身元が割れていたんじゃないかって思っている。
でも三回とも魔法少女に変身した水希が救ってくれた。
毎回、俺が気絶してるうちにいつの間にか安全なところに保護されていて無事だった。
今にして思い出してみても、炎天下の採石場で磔にされたときの苦痛は酷かったな。
熱中症で危なかった。
なにしろ馬鹿な悪の幹部が、水希を呼び寄せる時間を遅めに指定するもんだから二、三時間は待たされたもんな。
結果的に悪の幹部もへろへろだったし。
まあ、そんなことがありながらも水希の魔法少女としての活動はここ一年は途絶えていた。
平和で何気ない日常を街は取り戻したかに見えていたんだ。
仮に中三のあいだも戦いが続いていたとしたら、俺と水希は同じ高校に進学していなかっただろう。
もしも受験生のあいだは遠慮して侵攻を控えていてくれたのだとしたら、なかなか思いやりのある悪の軍団だ。だが最近になってまた水希の戦いが始まったみたいなのだ。
ただの幼馴染である俺が水希にしてやれることは少ない。
とりあえず俺はせめて何かそれとなくアドバイスでもしてやれないもんかと昨今の魔法少女に関わる資料を調べた。
マンガとか、アニメとか、ネット界隈とかで。
そうすることで、魔法少女と一口にいっても色々な種類があって時代とともに変遷していることがわかった。
どうやら水希は、バトルヒロイン物として扱われる魔法少女に属しているようだ。
魔法少女というのはジャンルの初期に、日常的な事件を不思議な力で解決したりとか、マジカルなアイテムで色んな職業に変身して活躍したりする物語から始まっているらしい。
昭和の時代の、地上波がまだカラー放送されていなかったような昔の話だ。
のちに平成となり、バトル要素が深まったりする流れがあった。現在でも王道とされているのは複数ヒロインチームによる変身バトル物だ。
しかし魔法少女にも時代は新しい刺激や、今までにない設定、舞台を求める風潮があり、様々なスタイルの魔法少女が産み出されている。なかには魔法少女同士でデスゲームするようなことにもなっているらしいし、ダーク要素がある作風も受けているのだとか。
とりあえず水希はデスゲには巻き込まれていないようなので、そこは安心した。
ダークさも戦っている敵がわりとコミカルな雰囲気なので薄そうだ。俺は世界の内側にいる立場だからよくわからないが、水希の戦いに視聴者がいるとしたらメイン層は低年齢の女児だと思う。
武器に使うなんかアクセサリみたなのを集めていたりするから、たぶん玩具メーカーがスポンサーについてるやつだと想像している。
あとは魔法少女の能力が先天的なものか、後天的なものかで分類されたりするみたいだが、これは後天的で間違いない。
生まれながらの異能者だと最終的に異次元の国に帰ったりするパターンがあるようだが心配しなくてよさそうだ。
多少、魔法少女全般には詳しくなった俺だが戦闘力があるわけでもなく、やはり水希の力にはなれそうもない。
そんな俺にできることといえば、幼馴染としてあいつの日常の居場所でいてやることぐらいだった。
▽
高校生活に馴れてくるのと合わせて、魔法少女である水希と新しい悪との戦いは激しさを増していた。
「見ろよ。先週のショッピングモールでのバトルで撮したんだぜ」
「やっぱ、魔法少女ティアピュア・ウィンディーネは最高だよな」
「クラスの地味な女子とは違うぜ、あの子は」
同級生の話題にも水希のことがよく登る。
っていうか皆して魔法少女をローアングルで撮影しやがって。
水希も水希だ。スカートはやたら短いし、肌の露出が多いあのコスチュームはけしからん。
いや……水希のせいじゃないか。
魔法少女は自分で変身後のコスチュームをコーディネイトしてるわけじゃないもんな。
水希の変身後の姿、魔法少女ティアピュア・ウィンディーネの衣装は白と淡いブルーを基礎色に、天女の羽衣と西洋風の中世っぽいドレスを掛け合わせたようなデザインをした清楚カワイイやつだ。
絶対領域の確保にデザイナーの深いこだわりを感じることができる。
「はいはい、みんな着席してっ! 今日は転校生を紹介するわよ!」
担任の頼原先生が教室に現れたことで、ガヤガヤしつつもみんなが席に座る。
先生は教室の誰よりも身長が低く、見た目もむしろ高校生より年下に見えるのが特徴だ。みんなロリ原先生と呼んで親しんでいる。
学校の先生にはよくいるタイプだな。
「転校生だってよ」
「女か」
「男子じゃないの」
ざわつく教室に、ロリ原先生から手招きをされた転校生が入ってくる。
女子だった。そして、なんかみんな静かになった。
扉から教壇までの短い距離を、ゆっくりと歩く転校生。
姿勢よくロリ原先生のとなりに立つ。
なんかランウェイを歩くモデルさんを思い出した。
「錐殺鬼弓香さんよ」
先生が背伸びをしながら転校生の名前を黒板に書く。
なにやらあからさまに悪そうな名前だ。
しかも密かに魔法少女がいる教室に転校生。
まさかとは思うが、これは悪の軍団のまわし者かもしれない。
どっちにしても注意するに越したことはなさそうだ。
錐殺鬼弓香は、ロリ原先生ほどではないが小柄で、碧色に輝く髪をゆるふわに長く背中まで伸ばした目付きの強い美少女だった。
すごい色彩の髪だが、不自然にならないのはそれだけ整った顔をしているからだろう。
教室全体で彼女に見とれてしまっている感じがする。
「よろしく」
感情がこもらない声で小さく呟くように挨拶する転校生。
前のほうの席のやつがスマホでこっそりと撮影しようとするもロリ原先生に発見されて没収されている。
水希は──戦いで疲れているのだろう。寝ていた。
▽
「この学校で私より目立とうなんて、ひどーい思い上がりですこと!」
「そうよ、そうよ!」
「謝りなさい!」
錐殺鬼弓香が校舎裏で絡まれている場面に、俺は遭遇してしまった。
壁に錐殺鬼を追いつめてまわりを囲んでいるのは美嵯崎美麗のグループだ。
隙間なく半円を組んで、転校生から自由を奪う女子の集団。
俺はそこに既視感を見た。
美嵯崎とその一味は、水希にも似たようなことをしたことがあったのだ。
水希は学校では地味系の女子ということになっている。
俺は絶対にそんなことないと思うのだが、とりあえず目立たない存在っていう扱いだ。
魔法少女の力の何かが影響しているのかもしれない。
俺が資料として調べた魔法少女作品や関連する少女マンガでも、主人公は他のモブキャラよりは、どう見ても可愛くてキラキラしているのにも関わらず「私って地味だよね」なことになっていた。
そんな不思議パワーが作用しているのだろう。
そんな水希だが、あるとき髪型をちょっといじって化粧をしたことがあった。
その途端に「うちの中学校にあんな美人がいたのか!」みたいな騒ぎになったのだ。
いや、そんな変わってないって。普通に水希だって。
まあそんなのも、少女マンガとかの定番だけど。
そしたら自称学校一の美女である美嵯崎がキレた。
でもあの時はなんやかんやあって、結局は水希と美嵯崎は仲良くなったりして今ではむしろ心強い味方みたいなことにまでなっているのだが。
序盤のライバルポジは中盤以降の親友ポジ。よくある話だ。
「おい、何してんだ、転校生相手に」
俺は美嵯崎を止めることにした。
マジで悪の手先だったりしたら下手すりゃ消されるぞ。
「あ、あら、ひ、氷上君……」
「学校を案内しているって雰囲気でもないよな」
「な、何でもありませんわ……みなさん行きますわよ!」
美嵯崎は何故か俺のことを一目おいている感じがあったから大丈夫だと踏んだが、わりと簡単に退いてくれた。
隊列を組んで女子を連れて去っていった。
いつもながら統率のとれた連中だ。基本的に、美嵯崎は面倒見がいいからな。
「──なんなのあれ」
冷めた目で美嵯崎たちを見送りながら錐殺鬼弓香が呟く。
「さあな。たぶん錐殺鬼があんまり可愛いもんだから嫉妬してるんだって。気にしないでやってくれよ」
この美少女が悪いやつなのかはまだ不明だが、できれば美嵯崎に過剰報復とかはしないでもらいたい。
友達が傷ついたら水希が悲しむ。
「ふうん──……あんた今、私のこと可愛いって言った?」
「言ったよ」
「嘘よ」
「いや、言ったって」
「……じゃあ、もう一回、言ってみて」
なんか思ったより面倒くさい子だな。
可愛いもんは可愛いに決まっているだろうに。
「ちゃんと目を見て言って」
「……錐殺鬼はどう見ても、見るからに可愛いぞ」
「そ、そんなこと……私を騙そうとしたって……信じないんだからっ!」
そう叫んで逃げるように去っていってしまった。
よくわからない。あのルックスなら、今までにもさんざんと可愛いくらい言われていそうなもんなんだが。
「氷上……お前……」
影に隠れていたクラスメイトが現れた。
モブの人だから名前を思い出さなくてもいいだろう。
「なんだよ、そんなところから」
「突然に修羅場が始まって動けなかったんだ。とりあえず助かったよ。それにしても、すごいな……普通は、あの存在感の女の子に面と向かって可愛いとか……言えないって」
「……そうかな」
モブの人によると錐殺鬼弓香はたしかに可愛いけど、なかなか本人にそうとは言えないってことだ。
みんなそうなのだろうか。
……だから免疫がなかったってことか?
▽
「水希、その子は?」
珍しく幼馴染が後輩の中学校の女子を連れて歩いていた。
「うん。この子はね──」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
ぴょこん、と初々しいオーラを発しながら頭を下げる美少女。
七波海浬という名だそうだ。
実はこの中二女子が何者なのか、その正体を俺は知っていた。
ティアピュア・マーメイド。
新しい魔法少女だ。
俺はこれまで水希こと魔法少女ティアピュア・ウィンディーネを、ファンタジー系RPGでありがちな四大元素をモチーフにしたヒロインだと想定していた。
水属性の攻撃を駆使する水希の戦闘が終わったあとは、周辺がそれはもうびっちゃびちゃになる。
仲間が加入するとしたら火属性、風属性、土属性の何かだとばかり考えていたのだが。
ところが現実に現れたのは同じ水属性系の新ヒロインだ。
一応、中二のときに戦っていたあいだにも雪解けの王子なる恥ずかしい名前のメンズのお助けキャラはいたらしい。
ただそいつはかなりのレアキャラで、今までに三度くらいしか現れたことがないそうだ。
俺もまったく見たことがない。
正体が何者なのかも見当がつかないくらいだ。
まあ王子のことはいいとして、マーメイドの登場は俺に大きな懸念を抱かせることになった。
これはまさか新ヒロインとの主役バトンタッチ的な展開の一種なんではないかと。
悪とのバトルが最近、シリアス調に変わりつつあるのも気になる。
以前のラスボスを倒した大技ウィンディーネ・プリズムミラクルマジカルシャワーが、最近わりと楽に破られたのも俺の心配を裏づけている気がする。
あのときはすぐに、ウィンディーネ・プリズムミラクルマジカルシャワー特盛を編み出して事なきをえたみたいだが。
このままだと水希の身に何か危険が及ぶのではないか。
そう思うと俺は気が気でならない。
▽
「早く迎えに行ってやらないと!」
俺は自宅に戻るも中には入らず、自転車を引っ張り出して走り出した。
一目散に目的地を目指す。
水希のところに。
・
・
・
「あれー。そんなところにいるのは、もしかして水希じゃないのかー?」
俺はたまたま自転車で通りかかったていを装い、橋の上から川岸に座り込んでいる水希に声をかけた。
水希のそばにいた謎の小動物が姿を隠すのが見えた。
「いやー偶然通りかかったんだけどー何してるんだ、こんなところで……ああっ、怪我してんのか、水希」
俺は絶妙な演技で水希に話しかける。
「う、うん……ちょっとね」
水希は少し恥ずかしげに俯く。
だがその負傷っぷりはちょっとどころではなかった。
擦り傷、切り傷、打ち身に──軽傷のオンパレードで、全部足したら重傷でもういいんじゃないのってレベルだ。
たしかに今日のバトルは尋常じゃない激しさだった。
勝てたから良かったけど、水希はいつもにも増してダメージを受けている。
戦いのあとで水希があまり人のいないこの川原に来ているのは知っていた。
水属性の魔法少女だからか、川のマイナスイオンみたいなのに近いと傷が癒えやすい体質らしい。
だけど今回はそんなすぐになおるわけなかった。
だから偶然な感じで迎えにくることにしたんだ。
「となりいいか?」
「もう座ってるじゃない」
あまり遅くならないうちは、ここに留まったほうがいいだろう。
俺はしばらく水希と川原に座ることにした。
待っているうちにも水希の体についた細々した傷が消えていく。
魔法っていうのはこういうことなのかと妙に納得してしまう。
「何も──聞かないんだ」
「言いたいことがあったら言えよ」
「うん──」
たぶん水希は俺に正体を明かしたいのかもしれない。
だが何かの縛りで魔法少女の秘密はバラしてはいけない決まりっぽい。
もしも力を失ったりする系のペナルティがあるとしたら問題だろう。
だから俺は必要がない限り、水希に魔法少女のことを深く聞き込む気はなかった。
「立てるか」
晩飯に間に合わなくなりそうなので声をかける。
見た目上はだいぶ良くなっていた。
「ん──痛っ!」
「足首をやってんだな」
俺は自転車は荷台がついているママチャリのほうで来れば良かったと後悔した。焦りすぎた。
まあもともと負傷の具合次第では背負って帰るつもりだった。
水希をおんぶして俺は夕暮れの街を帰路につく。
幼馴染が守った街は、いつも以上に穏やかで平和に感じられた。
背中の水希は不思議に思うくらい軽い。
ただの小柄なJKだし、いつの間にか俺のほうが筋力もついているから当たり前なのだが。
「──なあ、大丈夫かよ」
どうしてこんな小さな体で、水希は戦っているのだろう。
なんで水希じゃないと駄目なんだ。
誰が街の平和なんて面倒くさ大変なことを女の子に背負わせているんだ。
魔法少女なんて──わりに合わないことをなぜ、俺の幼馴染はやってるんだ。
「ありがとう──大丈夫だよ。信じて」
体よりも水希の言葉が重い。
幼馴染に信じてと言われたら、俺には信じるしかない。たぶんずっと信じてやるのが俺にできることなのだとしたら尚更だ。
俺はもう、いや、やっと気づきつつあった。
幼馴染がこの世界で俺にとって一番に大切なかけがえのない存在だということに。
▽
俺の目の前で心配が現実に起きつつある。
水希が、ティアピュア・ウィンディーネがピンチを迎えている。
「そんな特盛も……爆盛も効かないなんて!」
「先輩っ!」
「マーメイド、ダメよ危ないっ!」
マーメイドもともに戦うが、まだまだ本領を発揮できていない。
潜在能力は高いことを匂わせているが今は足手まとい感が強い。
むしろマーメイドを守ろうとして、ウィンディーネがダメージを受ける悪循環な展開だ。
敵は──錐殺鬼弓香が変身した姿か。
そんな気はしていたが、やはりあいつは悪の手先だった。
どうやら風と雷を操る能者者。名前で察していた通りに武器に弓矢を使う。
「あははは! 弱いわ! 想像していたよりも、遥かに弱いわ、魔法少女!」
「先輩っ、逃げてっ!」
「くっ……」
このままでは水希が……
戦闘力のない身がもどかしい。
魔法少女を研究した俺にはわかってしまう。
今の流れは、おそらくこのままウィンディーネが敵の攻撃でやられて、それをきっかけに悔しさと悲しみと怒りの感情がドカーンとなってマーメイドに眠る力が解放されるパターンだ。
どう見てもその可能性が高い。
新旧のヒロインが交代するイベント戦闘。
それがこの戦いの意味だとしたら……
物語の流れ的にはそれでもいいんだろうが、水希はどうなる?
たんに二度と変身できなくなるとか、そのくらいで済めばいいが……最悪の場合は……
そんなことは許せない。
大人の都合とか、俺の預かり知らない視聴率的な数字とかそんなのがあるとしても俺にはそんなの関係ない。
「ウィンディーネ! これで終わりだ!」
錐殺鬼弓香が引き絞った矢がビリビリと電撃を纏う。
禍々しい紫色をした悪そうな感じの雷が、矢に集まっていくのがわかる。
あれは……ここぞというときの大技。必ず殺す技と書くあれか。あれなのか。
あんなの喰らったら水希は……
ギャグキャラでもなければ生還できそうもない。そして水希はギャグキャラなんかじゃない。
水希──!
大事な幼馴染が守れるなら俺はどうなったって構わない。
自然と体が動いていた。
「あ──あなた……そこをどきなさい!」
両手を広げて、ティアピュア・ウィンディーネの前に盾になって立った俺。
「断る」
「いいから、どきなさい!」
錐殺鬼弓香だと思われる悪の姿をした少女が、俺にどけという。
彼女は何を言っているんだ。言うとおりにするということはつまり、横にずいっと動いて、邪魔をしてすみませんでしたどうぞ矢を撃ってください、とすることか。
できるわけがない。
「ダメだ。俺は、どかない」
「いくらあなたでも、撃つわよ!」
「どかない……どかないし、あとできれば撃つな」
「わがままか!」
そう言いながらも、錐殺鬼(仮)は矢を放つことを躊躇する。
俺を撃ちたくないのだろうか。
いや、俺ごときを排除するのに大事な大技を消費するのはもったいないのが本音だろう。
それにしても手もとで矢からビリビリ電気がほとばしっていて危なそうなんだが平気なんだろうか。
感電したりしないものなのか。絶縁してるようでもないし。
よく見たら気がついたが、ところどころ尖ってるパーツとかドクロがついてる部分を外したら、錐殺鬼(仮)のコスチュームはウィンディーネのそれとよく似ている。
ということはあれか。
悪を裏切って正義のヒロインに転向するタイプのパターンなキャラだったのか。
どうやら、それっぽい。
俺にも生き残れるチャンスがありそうだ。
うまくすれば説得できるかもしれない。
「やめておくんだ……君はそんな子じゃない」
「あなたに私の何がわかるの!」
「たぶん君は本当は優しい子なんだ……なんで今はそんな感じなのかはよくわからない……だけど君は悪い人じゃない……たぶんね」
「たぶんて何よ!」
あ、今、言い方が悪くてかえって撃たれそうだった。
危なかった……
「そこまでよ!」
俺が時間を稼いだことで、ウィンディーネが立ちなおったらしい。
怒濤の水攻めで反撃を繰り出した。
「くっ! 今日はここまでにしておいてやる! 覚えておきなさい!」
びちゃびちゃになって、錐殺鬼(確信した)は去っていった。
どうやらなんとか無事に済んだらしい。
▽
「どうして私を……命がけで助けたの?」
水希が問い掛ける。
そりゃ大事な幼馴染だから。
でも……それだけじゃない。もう俺にとって水希は、ただ幼馴染だってだけじゃない。
今日のことで俺は下手すると悪いやつらに目をつけられて抹殺されるかもしれない。
だから言うべきことは、言えるときに言わないとな。
俺は自分でも驚くくらい素直に、気持ちを言葉にすることができた。
「決まってるだろ。好きだからだよ」
水希の頬が瞬く間に赤く染まる。
やべえ、すごい可愛い。
しかしその表情はすぐに曇り、哀しみに満ちたものに変わった。
なんでだ…………
──あっ。
今の水希は魔法少女ティアピュア・ウィンディーネだ。
俺は正体を知っているから水希本人に告った気でいたが、水希的にはバレてない前提だから、俺は幼馴染のあいつじゃなくて魔法少女のあいつに告白したことになっているわけだ。
やっちまったか。
もしかしたら魔法少女ものにありがちな、変身後の私が好きな彼と、彼のことが好きな変身前の私との、いわゆる奇妙な三角関係が成立してしまったかもしれない。
でもそれって、水希も恋愛感情で俺のことが好きってことか?
そういえば告白したあと、すごい喜んだ顔をしてくれたよな。
いや、脳内補正してないぞ。間違いなく喜んでいた。
「あ、あのな──」
「──ごめんなさい。私っ!」
水希は俺に話をさせる間もなく、どっかに行ってしまった。
さすが魔法少女。すごいスピードだ。
▽
大丈夫だ。
となりに住んでるんだから、すぐに会える。
俺は自分に言い聞かせる。
そうしたら水希と話をしよう。
俺は魔法少女だから水希が好きなんじゃなくて、水希だから水希が好きなんだって。
そして、できることならもう魔法少女なんて危ないことはやめるように言おう。
新しい魔法少女がいるんだ。
ティアピュア・マーメイドにあとのことを任せて水希は引退すればいい。
水希は、どう考えてももう十分に戦ったじゃないか。
きっと休んだっていいはずだ。
俺とふたりで、普通の高校生として優しい日常に戻るんだ。
そんなことを思いながら俺は帰り道を急いだ。
俺と水希の家がとなり合う我が家に。
ショートカットできる近道を最活用しながら。
小さな頃に水希と開発した裏道だ。
「──んっ?」
だが俺はいけないものを見てしまった。
ビルの隙間に横たわる全裸の少女。
あれは──魔法少女ティアピュア・マーメイドの変身が解けた姿。七波海浬ちゃんか。
とりあえず全裸はいかん。
俺は着ていたパーカーを海浬ちゃんに被せる。
小柄な女の子でよかった。俺のパーカーでだいたい隠すべきパーツはカバーできた。
「おーい」
呼びかけるが完全に気絶している。
ハニートラップ的なことを疑うが、どうにもそんな感じではない。
たぶんバトルが終わって撤収しようとしていたのだろうけど途中でエネルギー切れか何かを起こしたに違いない。
「しょうがないな」
放置するわけにもいかない。
じゃあどうするかというと、俺の家に運ぶしかなかった。
▽
俺は一生でもかつてないレベルで、そわそわする時間を過ごした。
とにかく海浬ちゃんに急ぎで服を着せた。
俺の服か、水希の服か迷って水希の服にした。着せたところで何とか一息つけた。
何も着ていない女の子と家にいる状況は不味い。
水希が現れたら、完全に大いなる誤解を招くことになっていただろう。
しかし俺はまったく悪いことをしていない。
もっと堂々としていても良かった気がした。
「んっ──」
そして、悪くないタイミングで海浬ちゃんが起きそうになった。
これももう少し早い、全裸からの半裸くらいの時点での目覚めだといけない誤解に巻き込まれるありがちな流れだったから。
「はっ!」
ガバッ、と起きた海浬ちゃん。
「いけない──このままじゃ!」
あれ。寝ぼけてんのか。
『母なる海の力よ! 愛の祈りに応えて! ミラクルマジカルマリンパワー! マイレボリューーショーン!』
うわー。俺ん家のリビングで変身しちゃったよ。
俺は間近で変身する魔法少女をしばらく呆然と眺めた。
けっこう変身バンクが長いんだな。そんなことを考えながら。
たぶん二分くらいかけて変身していた。
正体秘密のヒロインだから人がいないところで変身するのに、毎回こんなことやってるのか。水希も?
くるくる回ったり、恍惚としたり、誰にやってるのかわからん投げキスとか。
でも一連のショーとしてはついつい見てしまう感じだった。
いつか機会があれば、水希の変身も見たいものだ。
『潮と波の美少女! 魔法少女ティアピュア・マーメイド!』
しっかり決めポーズまでとっている。
自分で美少女って言っちゃったよ。
寝ぼけたままここまでやりきるのは才能だな。
ティアピュア・マーメイドはマーメイドと言いながらも人魚的なデザインの要素は皆無で、むしろ竜宮城のお姫様なモチーフとそこはかとなくメイド服を取り入れたコスチュームをしている。
マーメイドってことか?
「さあ敵は──あれっ?」
きょとんとする魔法少女。
そりゃ、知らない人ん家のリビングだからな。
「よう」
「あ……どうも、お邪魔してます」
・
・
・
困ったことに俺は新ヒロイン、魔法少女ティアピュア・マーメイドの正体を知る人物になってしまった。
たぶんこの世界が何かの番組的なものだとしたら、俺は登場人物としてクレジットされてしまったような気がする。
どうやら魔法少女には関係のない普通の高校生になる道は閉ざされたらしい。
でも俺にできるのは、魔法少女の知識から推測できるアドバイスを送ることぐらいだぞ。
そんなの役に立つかよ……
「話があるの──あっ!」
微妙なタイミングで水希がリビングに参入してきた。
「あっ、先輩!」
先輩って言っちゃったよ、この子。
俺としては水希の正体もオープンにしていく予定だったからいいんだけど迂闊すぎないか。
「ああ、水希。俺もちょうど話があったんだ」
「え、うん……でもこれは一体……」
「何が……どうなってるんですかねぇ?」
・
・
・
そのときの俺にわかった唯一のこと。
それは、まだまだ俺と幼馴染の生活に平安が訪れる日は遠そうだって、そんなことくらいだった。
~おわり~