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郊外学習(入江)(6)

最後の更新は予約掲載で8/9 12時に設定しました。偶然ではありますけれど、本日は私の誕生日となります。

 ザッパーン


(え!)

 大きな水音に、私が驚いて目を開けると二つの黒い影が、奥の海水の中から現れた。

「きゃー!!」

 思わず上げた悲鳴に黒い影のうちの一つががたじろいだ。そして、そのまま水面に倒れこむように転げ落ちた。私はもう一度、悲鳴をあげた。

「ちょ、ちょっと。落ち着いて、のぞちゃん」

「へ?」

 聞きなれた、でもひどく懐かしく感じる声に私は慌ててポケットの中の吸光石を取り出した。吸光石の光に照らされて映し出された顔に、心が沸き立った。嬉しさが言葉にならずに、涙となってあふれ出した。

「心配かけて、ごめんね」

 そう言って私の首もとに優しく手を回して抱きしめてくれたのは、私の大切な親友『真友ちゃん』だった。私はかろうじて出た声で「よかった」とだけ伝えた。真友ちゃんは、「うん」

とだけ答えると私の頭を優しくなでた。

「あれ?じゃあ、さっき水の中に落ちたのは、知己?」

「正解!」

 一際楽しそうにそう言った真友ちゃんの後ろから、まるで海坊主のように水の中から知己が現れた。

「正解じゃねえ!必死でここまでやって来て、化け物でも見たみたいに悲鳴をあげられちゃ、たまんねえよ!・・・って、お前、何て格好してんだ!」

 そう言って知己が顔を反らして、ようやく自分の姿に気がついた。

(そうだ、私、服着てなかったんだ・・・)

 途端に恥ずかしさがこみ上げてきて、思わず悲鳴を上げた。

「きゃー!!」

「なにかあったんですか!」

 悲鳴と同時に外から戻ってきた瞬が飛び込んできて、私は再度悲鳴を上げた。瞬は、私のほうには目を向けず、目の前に立っていた黒い影に対して拳を構えた。

「お、おい。ちょっと待て。俺だって、俺」

 知己の出した声に、瞬は拳を下ろすと、つかつかと知己に歩み寄った。

「いや、これは事故だって。別に、見ようと思って見たんじゃねえんだからよ。俺は、悪くねえんだからな・・・」

 必死で何かを言い訳している知己に、瞬は手を伸ばすと両肩をがっちりとつかんだ。そして、そのまま知己の胸元に自分の頭を預けた。

「・・・おい?どうした?」

 瞬は何も答えず、俯いた姿勢のままじっとしていた。

(瞬、泣いてる?)

 瞬の口元から、押し殺した息遣いが聞こえてくる。きっと、大声で泣き出したいのを必死でこらえているのだと思う。

(こういう時は、泣いていいんだよ)

 そう声をかけてあげたい気持ちに駆られたけれど、言葉には出さなかった。

(男の子だものね)

 瞬は、知己には涙を見せたくない。多分、知己もそう思っている。だから、私は余計なことを言わないことにした。だって、男同士の友情が本当に綺麗でまぶしく見えたから。

 知己は、そんな瞬の様子を見て、照れくさそうに頭の後ろを右手で掻いた。

「そういえばよ、瞬。俺、希望の裸見ちまったけど、これは事故だから仕方ないよな」

(はぁ!)

 あまりの言葉に、私が目を丸くしていると、俯いていた瞬が突然顔を上げた。

「・・・な・ん・だ・と。」

 あまりに低くて一瞬、瞬の声なのかと疑ってしまうような声だった。

「いや、だから、希望の裸見ちまったって言ったんだよ」

「貴様、ふざけた冗談を言ったらタダでは済まさないぞ」

 そう言うと瞬は、肩をつかんでいた手を胸倉に持ち替えた。

「別に冗談を言っているつもりもねえぜ、ほら、後ろ見てみろよ」

 促されるようにして後ろを振り返って私のほうへと視線を向けた瞬に、私は思わず悲鳴を上げた。

「きゃー!こっち、見ないで!」

「わー!!すみません、すみません!」

 ものすごい慌て方をして「すみません」を連呼した瞬は、バランスをくずしたまま知己と同じように水の中にドボンと落ちた。

「あははは、なにやってんだよ、瞬」

 笑い声を上げて瞬のほうを覗き込む知己の背中に真友ちゃんが忍び寄った。

「あんたも、瞬と一緒にそこでじっとしてなさい。」

そう言うと、真友ちゃんは知己の背中を蹴り飛ばした。そして、水から顔を出した二人を睨みつけた。

「女の子が着替え終わるまでそこでじっとしてなさい!」

「はい。」



「すみませんでした!」

 そう言って、地面にぶつけるのではないかという勢いで瞬は頭を下げた。

「いいよ、別に。私も驚いただけだし。それに、あの時、私が叫んだから、心配して駆けつけてくれたんでしょ。だったら、瞬は悪くないよ」

「いいえ!」

 頭を上げずに瞬は私の言葉を否定した。

「服を乾かしておくよう指示したのは僕です。こうなることは事前に予測できた立場です。ですから、高山さんに一切の非はなく、すべて僕の責任です」

「そうだ、そうだ、お前が悪い」

「何だと!」

 瞬は起き上がりざま、隣にいた知己の胸倉をつかんだ。

「いてて、何すんだよ。お前が言ったんじゃねえか、自分が悪いって」

「それとこれとは別だ!」

「何だよ、さっきまで俺の顔を見て涙ぐんでたくせに」

「ぐっ・・・」

 途端にたじろいだ瞬に、知己は追い討ちをかけた。

「それによ、命からがら無事にたどりついた親友にその態度はねえだろ。なあ、真友。お前もそう思うだろ」

 同意を求めた知己に、真友ちゃんは平然と言ってのけた。

「全然、思わないわ」

「へ?」

「あたしたちが命からがらっていうのと、女の子の裸を見たこととは別の問題よ。それこそ、あんたの命一つくらいじゃ済まないレベルなんだからね」

「嘘だろ。何、俺。そんな悪いことしたって言うのかよ」

「そうよ!」

 断言する真友ちゃんの言葉に、私は思わず噴出しそうになった。自信満々にそういい切る真友ちゃんに知己は納得いかない様子で反論した。

「でもよ、ミズキの裸を俺、何回も見ちまってるけど、あの時のことはどうなるんだ。」

「それは、それ!これは、これよ!」

 言い切った真友ちゃんに、私はおかしさを我慢できずにとうとう噴出してしまった。

「っぷ。あはははは」

「え、何?どうしたの、のぞちゃん?」

「はは。ごめん、ごめん。だって、真友ちゃんが、あんまりにも過激なことを言うもんだから。おかしくて、つい」

「えー!あたしは、裸を見られたのぞちゃんのために怒ってあげてるんだよ!それって、ひどくない」

「だから、ごめんね。・・・でも、おかしくて、嬉しくて」

 頬をふくらせる真友ちゃんに、私はこみ上げてくるものを落ち着かせてから言葉を続けた。

「二人が無事で本当によかったから。これ以上嬉しいことなんてないから。裸を見られたくらいどうってことないよ。だからね、知己、瞬。気にしなくていいよ」

 言っていて、目頭が熱くなってきた。

(だって、本当に嬉しいんだもの)

「ほれみろ、大したことなかったじゃねえか。たかが、裸を見たくらいで命を取られてたら、この世界だったら命がいくつあっても足りねえよ」

「調子に乗るな!」

 そう言ってポカリと知己の頭を叩いた真友ちゃんを見て、私は違和感を感じた。

(あれ?)

 首をかしげていると、瞬が私の変わりに口を開いてくれた。

「そういえば後藤さん。つないだ手は外れたのですね」

「うん。さっき、水攻めにあったでしょ。あの時に外れたの」

 真友ちゃんの言葉に瞬は顔をしかめると、深々と頭を下げた。

「本当に、申し訳ありませんでした。僕の判断ミスで二人を危険な目に合わせてしまいました。どう償っていいのか僕にはまだ分かりませんが、この償いは必ずしてまいります」

 真剣な瞬の言葉に、真友ちゃんは持ち前の明るい笑顔でこう答えた。

「うん。じゃあ、その時を楽しみにしてる。だから、もう気にしないでいいよ。ね、知己」

「ああ、そうだぜ。俺たち4人でクラスのリーダーなんだからよ、お前一人で抱え込むことはねえぜ。それに、こう言ったら変だけど、面白い経験も出来たしな」

「面白い経験?」

 瞬の問いかけに知己が答えた。

「ああ。俺と真友が水に飲まれた時のことなんだけどよ、すげえ勢いで後ろに引っ張られたんだ。なんか、竪穴が開いている場所があったみたいで、そこに水が入り込んでて、あっという間にその中に吸い込まれちまったんだよ。正直、もうダメかと思ってたら、たまたまあった横穴に身体をすべりこませることができて、その後、すぐに水が引き始めたんだ。すげえ、偶然が続くなって思ってたら、真友とつないでた手がいつのまにか外れてて、それでタイミングを見て水の中に飛び込んでここまで来たってわけだ」

「すごいね、よく真っ暗な水の中を泳いで来れたね」

 私がしきりに感心すると、知己は瞬の肩に手をかけてニコリと笑った。

「こいつが、これを置いてくれてたおかげ」

 そう言ってポケットから吸光石を取り出した。

「水の中をのぞきこんだら、こいつがいくつも置いてあって、それで進む方向が分かったんだ」

「そうだったんだ」

(やっぱり、瞬はすごい)

 あんな極限の状態でも、わずかの可能性にかけて自分に出来ることをやっていたんだ。私は、驚いた目で瞬を見つめた。私の視線に気づいた瞬は気恥ずかしそうに目を反らすと、知己に頭を下げた。

「すまん。これくらいしか、出来なくて」

「なんで、謝るんだ?」

 不思議そうな顔の知己に、瞬は口元にほんの少し笑みを浮かべた。

「お前の、そういうところが俺は好きだ。だけど、これだけは言わせてくれ。そして、認めてくれ。俺はあの時、満潮で海水が流れ込んでくることを予測していた。予測していた以上、それを防ぐ決定を下すことが俺にはできたはずなんだ。それなのに、俺はそれを出来なかった。待つことの危険性と、進むことの危険性の判断を誤ったんだ。そのせいで、二人を命の危険にさらさせてしまった。だから、俺はリーダー失格だ」

 身じろぎもせずにそう言い切った瞬に、知己はケロリした顔で言った。

「それで?」

「俺がリーダー失格だということを認めてくれ」

「いやだ」

「・・・」

 口を閉ざした瞬に、知己はもう一度同じ事を言った。

「いやだ」

 平然とそう言われた瞬は怒鳴り声をあげた。

「どうしてだ!お前はいつもそうやって・・・」

さらに何かを言おうとして、口を大きく開けたけれど、言葉には出さずに瞬は口を閉じた。そして、もう一度口を開けると、今度は落ち着いた静かな声で言った。

「理由は?」

「ある!」

「なら、教えてくれ」

「ああ、いいぜ」

知己は瞬を正面に見ると、一つ咳をしてから口を開いた。

「判断を間違ったからリーダー失格って言うのが納得いかねえ。だってよ、その理屈でいうなら俺たち全員クラスのリーダー失格だぜ。よく間違えるし、よく怒られてる。多分、尾田先生に一番怒られているのは俺たちだからな。だけど、尾田先生はだからといって俺たちをリーダー失格とは言わねえだろ。尾田先生はリーダーっていうのは誰よりもみんなのことを考えて、だれよりもみんなのために行動できる奴だって言ってた。そうだよな」

「・・・ああ」

「だろ。だったら、お前がリーダー失格なわけねえじゃねえか。お前が失格だったら、俺たち全員リーダー失格だ。それでいいじゃねえか。全部、お前が背負うことはねえよ。俺たちは四人でクラスのリーダーなんだからよ」

 そう言ってニカッと笑った知己の笑顔はやっぱり素敵だった。何か言い返そうとしたのか、瞬は口を一度開いたけれど、結局そのまま何も言わずに閉じた。そして、真友ちゃんや私のほうに向き直ると大きく頭を下げると、洞窟中に響き渡る声でこう言った。

「本当にすみませんでした!みなさんの期待に応えられるよう精一杯努力してまいりますので、これからもどうかよろしくお願いします!」

 私はすぐに瞬の元に歩み寄ると右手を差し出しながら言った。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 瞬が私の右手を強く握ると、知己と真友ちゃんも手を重ねてきた。

「これからも、よろしく頼むぜ委員長」

「ああ、頑張ってみるよ」

「頼みにしてるからね」

 そう言って真友ちゃんがウインクすると、瞬は恥ずかしそうな笑みを浮かべた。私は何を伝えようかと考えて、思いっきりの笑顔を見せた。

「いつも、ありがとう、瞬!大好きだよ!」


今回の更新で書き溜めた小説の更新は全て終了となります。続きを書くかどうかは少し考えてから決めたいと思います。ここまで読んでいただいたご意見やご感想などがございましたら是非ご連絡下さい。最後になりましたが展開の遅い作品を最後まで読んでいただいたことに心から感謝します。長い間お付き合いありがとうございました。

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