表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

94/95

郊外学習(入江)(5)

本日は半休なので珍しく午前中に更新です。

 それから、どれくらいの時間が経ったのか分からなかったけれど、ひどく長い時間が過ぎたように感じた。

 ザパァ

 勢いよく水面から現れた瞬は、その場に倒れこむと胸が張り裂けるくらいの勢いで何度も何度も息を吸い込んだ。本当に苦しそうに息を吸い込む瞬の横顔を見て、私は知った。

(二人は、見つからなかったんだ)

 最悪の予感が背筋を走った。けれど、それは決して口にしてはいけないことだと分かっていた。だから、私は

「大丈夫、瞬?助けてくれて、ありがとう。二人なら・・・きっと、大丈夫だよ」

 何の根拠もなかったけれど、そう言った。

 そう言って、瞬の背中をやさしくさすった。瞬は何も答えなかったけれど、次第に呼吸を落ち着かせていき、最後に小さくうなずいた。私には瞬が自分自身を心の中で悲しいほど痛めつけているのが分かった。

(ごめんね、瞬)

 今、こんなことになって初めて、本当の意味で瞬が背負っていたものの重さが分かった。

自分の判断ミスで仲間の誰かを失うかもしれない。

 ううん。たとえミスをしなくても、最善を尽くしたとしても力が及ばず同じような結果になってしまうかもしれない。それでも、リーダーはみんなの前を進まなくちゃいけない。

(尾田先生。リーダーになるって、こんなに大変なことだったんですね)

 心の中の尾田先生に呼びかけ、そして、尋ねてみた。

(こんな時は、どうしたらいいんですか?)

 そっと、両手を胸の前で合わせ、祈るような思いで答えを待った。


『今、できる限りの精一杯』


 尾田先生が、何度も私たちに言ってくれた言葉が胸をよぎった。そして、胸の奥に小さな火が灯った。

(そうだ、今出来ることを精一杯やろう。何か、あるはずだ。私は、まだ動けるし、考えることもできる。できることは必ずあるはずだ!)

まずは、周りの様子を確認しよう。そう決めて、ポケットの中に入れていた吸光石を取り出した時、左手の甲がキラリと光った。

(あ!)

私は慌てて左手の甲を吸光石で照した。吸光石の光に照らし出された薬指の“the future”が七色の光を放ち始めた。

(そうだ!)

 私は“the future”を額に当てて祈った。

(どうか、知己、真友ちゃん、無事でいて!必ず、私たちの前に元気な姿を見せて!お願い!お願い!お願い!)

 頭が割れるくらい必死に祈った。頭の中がそれしか考えられないくらい一生懸命祈った。そして、額の前で十字を切った。

(・・・『因果は倶時なれば、今も未来もしかるべし』

・・・お願い、二人を助けて・・・)

 どれくらいの間、目を瞑って二人の無事な姿、元気な姿を思い描き続けてたのか分からない。けれど、目を開けたときには瞬がつらそうな顔をこちらに向けていた。

「・・・それは・・・何ですか・・・」

 そう尋ねてきた瞬の声はひどく落ち込んだ弱弱しいものだった。だから、私は質問には答えずに、元気一杯に応えた。

「瞬、心配しないで!二人は絶対に大丈夫だから!」

 伏し目がちだった瞬の目が少し開いた。

「どうして、そんなことが分かるのですか?」

「だって、私がそう感じてる!そう思ってる!そう願ってる!ううん、そうだと信じてる!それが、理由だよ!それじゃあ、ダメなの?」

 私の言葉に、瞬はうっすら笑みを浮かべながら、独り言のように答えた。

「・・・ですが、それではなんの根拠にもならないですね・・・」

「根拠ならあるよ!」

 そう言い切ると、私は瞬の瞳をにらみつける様にしながら言葉を続けた。

「だって、二人が生きている可能性はゼロじゃないもの!ゼロじゃない限り、諦める必要なんて何一つない!そうでしょ!それが、この指輪の力!ケネス艦長から預かった“the future”の力なんだから!」

 そこまで言ったとき、瞬の瞳に光が射した。瞬は倒れていた身体をその場で起こすと、私のほうを真っ直ぐに見ながら尋ねた。

「その指輪は本当に“the future”なのですか?」

「そうだよ」

「ケネス艦長から預かったものなのですね」

「そう」

「使い方は?」

「真友ちゃんに教えてもらったの。こうして、“the future”を額に当ててから、願う未来を祈るの、そして、胸の前で十字を切った後、心の中で、ップ」

 突然、刹那ちゃんが私の口を両手で塞いだ。慌てた私は刹那ちゃんのほうを見た。すると、刹那ちゃんは、私の目をじっと見ながら口を開いた。

「・・・それ以上はダメ」

 私は、刹那ちゃんがどうしてそんなことを言ったのか理由は分からなかったけれど、素直にうなずいた。すると、刹那ちゃんは私の口を塞いでいた手をそっと離してくれた。

「・・・ごめんなさい」

 申し訳なさそうにそう言うと、刹那ちゃんは私に頭を下げた。私は首を横に振って気にしてないことを伝えると、瞬のほうに向き直った。

「ごめんね、瞬。使い方は・」

「はい。分かっています。こちらこそ、不用意な発言をして申し訳ありませんでした。とにかく、その指輪は“the future”で間違いないのですね」

「うん」

「本当に本物ですか?」

「昨晩、温泉で一度使ってみたから間違いないと思う」

「そうですか・・・」

 そこまで言って、瞬の言葉は途切れた。代わりに、小さく鼻をすする音が聞こえた。

「瞬?」

 私が顔を覗き込もうとすると、瞬は顔を背けた。

「・・・すみません。ホッとしたら。不謹慎ですよね。まだ、可能性があるというだけなのに・・・たった、それだけのはずなのに・・・」

 瞬が右手をこめかみに当てて、必死で何かに耐えていた。私は無意識に瞬の頭に手を伸ばし、やさしく撫でていた。

「いいんだよ、こういう時は泣いても」

 瞬の小さく抑えた泣き声が岩場に響き渡った。悲しいからでもないし、悔しいからでもない。ただ、嬉しかったから。きっと、瞬は泣いたんだと思う。

(瞬、ありがとう)

 背負った責任の重さが喜びも悲しみも何倍もの大きさに変えるのかもしれない。

(私も、いつか瞬の背負っているものの何分の一でもいいから支えてあげる自分になりたい。)

 ふと、そんなことを思った。


 それから私たちは、また海水が流れ込んでくる危険を避けるために一旦、外に出ることにした。うずくまったまま震えているミズキは瞬が背負って運んでくれた。二人のことも心配だったけど、ミズキの様子がおかしいのも心配だった。

(やっぱり、水に濡れてしまったからなのかな)

 ミズキと初めて出会った時のことを思い出した。

(もしかしたら、あの時も何かが原因で身体が濡れてしまって漂流してたのかもしれない。昨日も結局一度も温泉には入らなかったは、水に濡れることを恐れてたからなのかもしれない)

 岩の狭間の出口が近づくと、一層強くなった月明かりに照らされてミズキの横顔を映し出された。ハッと息を呑むくらいに真っ白な肌と、凍りついたような表情に不安が高まった。つないだままのミズキの手もひんやりと冷たくなっていた。私はその手を両手で包み込むようにして握り締めた。そして、心の中で願った。

(ミズキ、元気になって!お願い!)

 心の中で呼びかけると、つないだミズキの手がほんの少し温かくなったような気がした。そして、心なしかミズキの頬に赤みが差したように見えた。


「一旦ここで休みましょう」

 瞬が選んだ場所は出口のすぐ手前にあった高さ2メートルくらい、幅3メートルくらいの広さがある場所だった。岩もあまりごつごつしていなくて休憩するにはもってこいの場所だと思った。

(だけど・・・)

やっぱり、ところどころに水がたまっていて湿っぽくなっている。海辺なのだから仕方がないことかもしれないけれど、ここでは濡れた服も身体も乾きにくそうだった。

瞬はあまり水たまりのない平らな場所にミズキをゆっくりと寝かせると、すぐさま出口へと向かった。

「ちょっと、あたりの様子を見てきます。しばらくもどりませんので、その間に皆さんの身体を出来る限り乾かしておいてください。」

 そう言って、瞬は岩の狭間の外へと出て行った。


 言葉の意味を汲み取った私は「少しの間、ごめんね」とミズキに声をかけると、つないだ手を解くと、すぐさまミズキの服を脱がし始めた。思ったよりも服のつくりが単純だったおかげで、背中の翼を気にすることなく簡単に脱がし終えることができた。そして、脱がした服は雑巾を絞るようにして水を絞りだすと、近くにあった風通しのいい場所に広げて乾かしておいた。

(これでよし。次は)

「刹那ちゃん、服を脱いで水をしぼっておいて」

 刹那ちゃんは黙って頷くと、さっさと服を脱ぎ始めた。私もさっと上着を脱ぐと、それを思い切り絞った。ボトボトと音を立てて水が染み出してきた。

「刹那ちゃん、出来た?」

 コクリとうなずいた刹那ちゃんに私は「じゃあ、手伝って。ミズキの体を拭くから」と声をかけてミズキの体を自分の上着で優しく拭き始めた。

(身体が濡れたのがミズキの不調の原因なのだったら、こうやって水気を拭いてあげれば元気になるかもしれない)

 濡れた髪、濡れた身体、最後に濡れた翼を優しく丁寧に拭き終えた頃にはミズキの頬にも赤みが差し始め、ほんの少しだけど表情が和らいだように見えた。私は、ホッと胸をなでおろすと、今度は自分の髪と身体を軽く拭いて、ミズキの服と同じように岩の上に載せて干しておいた。そして、ミズキの横に寄り添うように座るとミズキの手を両手でぎゅっと握った。

「刹那ちゃんも手伝ってくれる?」

 コクリとうなずいた刹那ちゃんは私と反対側に座ると、同じようにミズキの手を握った。

「こうしてれば、すこしはミズキもあったかいよね」

 そう言って、私は反対の手で身体をさすった。濡れた後だから、動いていないと身体が冷えてくるのを感じる。そんな私の様子を見た刹那ちゃんが口を開いた。

「・・・寒い?」

「うん。少しだけ」

「・・・分かった」

 そう言うと刹那ちゃんは、静かに歌い始めた。


 優しさ 思いやり 心遣い

 自分ではない 誰かに向けれた思いなのに

 なぜか 私の心は躍りだす

 自分ひとりのことよりも

 他の誰かを思ったほうが

 なぜか 私の心は歌いだす

 優しさ 思いやり 心遣い

 誰かに向けられた 真心は

 きっと 私の心の 春風になる

 ・・・・・・・


 刹那ちゃんの歌が、私の身体と心に深く優しくしみ込んでいくのが分かった。身体の心から温もりがこみ上げてきて、いつのまにかさっきまでの肌寒さがなくなっていた。握った手を見ると、ほんのり汗が滲み出していた。

(あ!)

 見るとミズキの表情にうっすら笑みが浮かんでいた。

(良かった)

 私は歌ってくれている刹那ちゃんに、小声で「ありがとう」と伝えた。刹那ちゃんは、微笑を浮かべるとコクリとうなずいた。

 不安と焦り。それに対する恐れの気持ちが、少しずつ私の心から拭い去られていくのを感じる。

(知己、真友ちゃん。きっと、大丈夫だよね。私は、二人の元気な姿を見るのを絶対に諦めないよ。たとえ、どんなに困難で大変だったとしても、絶対にその未来をたぐり寄せてみせるからね!)

 左手の薬指にはめた“the future”を胸に当てて、目を閉じた。そして、もう一度祈った。

(二人とも無事でいて!そして、元気な姿を私たちの前に見せて!)


今回で最後の更新かと思いましたが、あと一回分ありましたので、明日が書き溜めた分の最後の更新となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ