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郊外学習(入江)(3)

今日の更新完了です。残りあと一回程度の更新になると思います。

「あの岩と岩との間に少し狭いですが空洞が出来ていました。確認の為に空洞を抜けてみたところ、このまま磯伝いに向こう側へと行けそうです。人の気配もなかったので大丈夫だとは思いますが、出来るだけ姿勢を低くしながら慎重に進みましょう」

 息を弾ませながらそう言った瞬の様子からは、少し焦りのようなものが感じられた。

私たちは、 瞬の指示に従って、出来るだけ姿勢を低くしたまま磯の上をせり出した岩伝いに移動していった。気のせいか、さっきよりも波がこちらに近づいてきているよう思う。時折、磯に当たって砕けた波が水しぶきとなって頬に当たった。

(もしかしたら)

 そう思い、瞬に声をかけた。

「瞬。もしかしたらだけど、潮が満ちてきてる?」

「はい」

 瞬の返事に、私はさっき瞬から感じた焦りの正体が分かった。瞬はこちらを振り向かずに答えた。

「今夜は満月です。そして、今、月はほぼ僕たちの真上に来ています。恐らく、これから満潮の時間帯になると思います」

「じゃあ、急がないとさっき言ってた所が通れなくなるかもしれないってこと?」

「はい」

 やはりこちらを見ずにそう答えた瞬は、私たちの疑問に答えるように言葉を続けた。

「急いだほうがいいのは事実です。ですが、月明かりがあるとはいえ視界も悪く、足元も不安なこの場所を急いで進むことはかなりの危険を伴ないます。ですから、今はとにかく事故の無いよう、慎重に進むことだけを考えてください。いいですか?」

「うん、分かった」

 瞬のこういった心遣いに、私はいつも感心する。急いで先に進むことも大事だけれど、時には時間をかけてでもみんなの安全のほうを大切にしたほうがいい時がある。

(そういえば)

 前に、学級会の話し合いのときに尾田先生が言ってたことを思い出した。

『希望を持つということは、希望に向かって進むということだ。けれども、時には待つということ大事なんだ。そして、その両方に勇気は必要なる。ちょっと、難しいかもしれないけれど、いつか分かるときがくるから覚えておくといいよ』

 ほんの少しだけど、尾田先生の言っていたことの意味が分かったような気がした。

 

私たちは瞬の指示に従いながら、慎重に波に削られた岩場を進んで行った。瞬の言ったとおり、ところどころぬめりがあって滑りやすくなっていたり、突起した岩が鋭い刃物のようになっていたりして注意していなければ怪我をしてしまいそうな場所が何箇所もあった。その度に、瞬は私たちに細かく注意を促してくれ、私たちは怪我一つすることなく無事に岩と岩との間に出来た空洞までたどり着いた。

「ここからは一列になって、僕の後について来て下さい」

 そう言うと、瞬は一人で空洞の中へと入っていった。瞬が言っていたとおり空洞は思ったより狭く、中腰にならなければ進めないくらいの広さだった。その中を瞬は、吸光石を片手に安全を確認しながら慎重に歩みを進めていった。月明かりに目が慣れていたせいか、吸光石の光が目に痛く感じた。

 空洞のちょうど中間地点くらいまで来た時に、真友ちゃんが小さな悲鳴をあげた。

「何かあったのか?」

「ううん、何でもない。ごめんね、驚かせちゃって。ちょっと、冷たい水が足に当たったから」

「なんだよ、驚かせるなよ」

「うん。ごめんね」

 そのやりとりを聞いていた瞬が突然叫んだ。

「急げ!満ち潮だ!」

 駆け出した瞬の足元に水しぶきが上がり、見る見るうちに海水は私のくるぶしくらいまで上がってきた。

(嘘!こんなに早いの!)

 私はミズキの手を強く握ると瞬の背中を追って駆け出した。後ろから知己と真友ちゃんが駆け寄ってきた。

「どういうことだ、希望。なんで走らなくちゃなれねえんだ!」

 息を切らせながら聞いてくる知己に私は、言葉少なく返事をした。

「水が来るの、満ち潮だから!」

 私の言葉に、真友ちゃんが驚きの声を上げた。

「じゃあ、ここが水で一杯になっちゃうってこと!」

「そう!だから、急いで!」

 言っている間に、海水がひざまでやって来た。

(出口までは)

 瞬の背中越しに月明かりがはっきり見える。

(あと、50メートルくらい。これだったら、間に合う)

 そう思った時、空気が破裂したような音が背中から聞こえた。と、同時にドドドッという轟音が鳴り響いたと思うと、後ろから硬いもので思い切り殴り飛ばされたような衝撃が身体中に走った。

(あ!)

 叫び声は声にならず、目の前が真っ暗になった。意識が遠のいていくのが感じられ、身体全体から力が抜けていく。

(なんだろう。身体が浮き上がっているような感じがする・・・あ、そうか。これって、夢の中だ。夢なんだ)

 ほんの少し残った意識の線を断ち切ろうと思ったその時、つないだ右手が何かに強く引き寄せられた。その力強さと温かさに、意識の線が幾重にも重なり始めて、一本の太い線になったとき、はっきりと分かった。

(ミズキ!)

 つないだ手に向かって目を開けたけど、何も見えない。ただ、分かっているのは私の身体が水の中にあるということだけだった。身体がどちらを向いているのかも分からない。息も出来ない水の中、不安と絶望に押しつぶされそうな中で右手の温もりだけが私の心を支えてくれていた。私が強く右手に力を入れると、ミズキの手が握り返してきてくれた。

(大丈夫、絶対何とかする!)

 そう心に決めた時、頭上でキラキラと何かが光るのが見えた。真っ暗な水の中、その光は闇夜に浮かぶ星のように優しく、温かく瞬いていた。その光はこちらに来いと、招くように左右にゆらゆらとゆれていた。

(瞬だ!瞬の吸光石だ!)

 私は、ミズキを引き寄せると無我夢中に手と足を伸ばし、水と岩を蹴り飛ばすようにしてその光のほうへと向かっていった。けれど、瞬の光はゆらゆらと揺らめきながら少しずつ遠くなって一向に近づけない。引き寄せたミズキの身体もぐったりとして動かなくなっていた。不安が心を支配しようとしているのが分かる。でも、分かるからこそ私は心の中でさけんだ。

(絶対に、あきらめない!あきらめてなんてやるものか!)

 あきらめる暇があるんだったら、たった一歩でも、1センチでも前に進んでやる。私の手につながれた命の重みが私の心と身体を進めさせた。

(あ!)

 瞬の光がふと消えた。ううん、消えたんじゃない。

(月の光だ!)

 出口を照らす月の光に私の心は一気に活気を取り戻した。伸ばす手に、けりだす足に力が漲ってくるのが感じられた。

(ミズキ、もうすぐだからね)

 つないだ手に力を込めると、かすかに握り返してきた。

(よーし!)

 それからどれくらいもがいていたのかは分からないけれど、気づいたときには伸ばした左手首を瞬につかまれ水中から引き上げられていた。


「ハッ、ハッ、ハッ」

 足りなくなった酸素を求めて、口と肺が勢いよく呼吸を始めた。私は右手の感触を確認すると、月明かりでうっすらと見えるミズキの姿を確認した。うずくまって小さくなっているけれど、かすかに呼吸をする音が聞こえた。

(よかった)

 私は息を整えながら、ミズキの体を引き寄せて抱きしめた。濡れたミズキの身体は背中の翼も含めてぶるぶると震えていた。

「ハァ、ハァ・・・大丈夫。ハァ、ハァ・・・もう、大丈夫だから」

 私の声に、ミズキが小さく頷くのを確認して、ようやく回りを見る余裕が出来てきた。見ると、険しい表情で水面を覗き込む瞬の横顔が見えた。

「刹那さん、二人を見ていてください!」

 そう叫ぶと、水没した岩の間へと飛び込んだ。私はすぐさま刹那ちゃんの様子を確認した。暗がりで分かりにくかったけれど、小刻みに震えているように見えた。不吉な予感が走った。

「知己と真友ちゃんは?」

 恐る恐る尋ねると、刹那ちゃんは首を横に振った。

「まさか、まだ、出てこないの?」

 刹那ちゃんが頷いたのと同時に私は身体を起き上がらせ、瞬と同じように水の中に飛び込もうとした。

「ダメ!」

 強く響き渡った声は、刹那ちゃんのものだった。そうして、私の服のすそをぎゅっと強く握り締めながら、もう一度言った。

「行ったらダメ」

 私はカッとなって刹那ちゃんに「邪魔をしないで!」と言い掛けて、ハッと気がついた。

つないだままの右手に。

(今は、この手を離すわけにはいかなかったんだ・・・)

 ミズキはまだぐったりとして倒れたままだった。私はその場に座り込むと、ミズキを抱き起こし身体全体をぎゅっと抱きしめた。

「・・・ごめんね、刹那ちゃん」

 私の言葉に返事はなく、刹那ちゃんはただ黙って私を背中から優しく抱きしめてくれた。まるで、「大丈夫、大丈夫」とささやくように。


いつもつたない小説を読んでいただきありがとうございます。最後までお付き合い頂ければ幸いです。

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