郊外学習(入江)(1)
きりの良いところなので今日の更新は少し少なめです。おそらく、あと2、3回で書き溜めた分が終了します。
森を抜けてしばらく行くと、せり出した岩山に追いやられるようにして私たちは海岸へとたどり着いた。月明かりに照らされた見通しの良い砂浜を歩くことになった私たちは、いざという時のために、岩の陰になっている場所で二度目の休憩をとることにした。
「静かだね」
真友ちゃんが呟くように言った言葉に、私は「うん。」と頷いた。
(本当に静かだ)
寄せては返す波の音だけが、柔らかく耳に響いてくる。
「波の音って、何だか懐かしい感じがするね」
私の言葉に、ミズキがコクリとうなずいた。
「私も波の音が好きです。心の中にあったいろいろなものが洗い流されていくような、そんな気持ちになります。なぜでしょうね」
「うーん。やっぱり、なんども繰り返す音だから、子守唄みたいに聞こえるのかも。瞬、何か知ってる?」
「いいえ、詳しいことは知りません。ただ、以前読んだ本の中に、すべての生命は海から生まれたので、本能的に海を帰るべき故郷だと感じているので波の音を聞いたり、海を見たりするとそういう気持ちになる、といったようなことが書かれていたのを覚えています」
「あ、そっか」
瞬の言葉に私は素直に納得した。
(きっと、生き物はみんな海を懐かしがるにちがいない)
理由はないけど、なぜか私は確信した。
(私って、単純なのかな)
そんな風に思い込んでしまう自分が、なんとなくおかしかった。
「どうかしましたか?」
不思議そうに私の顔をのぞきこむミズキに私は「何でもないよ」と言って笑顔を返した。
「ところでよ」
知己の声に、みんなの視線が集まった。
「これ、もういいんじゃねえか?」
そう言って、真友ちゃんとつないだ手を高々と掲げた。
「こいつ、ずっと握りっぱなしで、全然離してくれねえんだよ」
「ばっ、バカ!」
真友ちゃんの上ずった声が上がった。
「そんなわけないでしょ!誰があんとと、好き好んで手をつないでるって言ってんのよ!瞬に言われたから仕方なくに決まってるでしょ!」
勢い込んで言い返した真友ちゃんに、知己はめんどくさそうに「はい、はい」と手を振った。
「じゃあ、いいかげん離してくれよ、この手」
「え?」
「え?じゃねえよ」
「えーと。でもね、まだ瞬から許可をもらってないし」
名残惜しそうな真友ちゃんが可愛らしい。
「別に許可なんていらねえだろ。あいつら見てみろよ」
そう言って、瞬と刹那ちゃんを指差した。二人は、手をつながずに並んで座っていた。
「ほらな」
「そ、そうね。じゃあ、手を離してあげてもいいわ。ほら、さっさと離しなさいよ」
ぷいっとそっぽをむいた真友ちゃんに知己はしびれをきらしたように言った。
「だーかーら。お前がバカ力で握ってるから、離したくても離れねえって言ってんだろうが!」
「何よ、あたしが悪いって言うの!」
「あー、もう。なんて説明したらいいんだよ。とにかく、このつないでる手の力を緩めてくれ」
「わかったわよ・・・あれ?」
真友ちゃんがつないだ手を上下に振ってみる。
「あれ?」
「どうしたんだよ?」
不安そうに尋ねた知己に真友ちゃんは慌てた様子で答えた。
「外れない。ていうか、力が抜けない」
「うそだろ!」
「こんなことで嘘ついてどうなるのよ、バカ!」
真友ちゃんは力任せにつないだ手を振り回してみた。けれど、知己の身体が振り回されるだけでつないだ手は離れなかった。業を煮やした知己が真友ちゃんの右手を引き剥がそうとしてみたけれどしっかりとつないだ手はびくともしなかった。
「どうしよう?」
そう言って二人は呆然と見つめ合ってしまった。
「ちょっと見せてください」
二人の間に割って入った瞬は、つないだ手を念入りに観察した後、ため息をついた。
「どう?」
不安そうに聞いた真友ちゃんに、瞬は真剣な面持ちで答えた。
「これは病気ですね。僕ではどうしようもありません」
「えー!」
「うそだろ!」
二人が悲鳴のような声を上げた。
「今すぐ、何とかする方法はありません。この病気は薬がありません」
「じゃあ、どうするんだよ。このまま、こいつと一生手をつないでいなきゃいけないのか?」
情けない声で知己がそう言うと、瞬はふっと表情を緩めた。
「心配するな。これは一時的なものだ。薬はないけど、時間が経てば必ず直る。だから、しばらくの間はこのままそっとしておいたほうがいい」
「本当か?」
疑いの目を向ける知己に瞬は力強く頷いた。
「そっか。じゃあ、ほっとけば直るってことだな。はあー、よかった。一時はどうなることかと思ってゾッとしたぜ」
カチン
と音が聞こえたように思えるくらい、分かりやすく真友ちゃんの怒りのスイッチが入った。真友ちゃんはつり目がちな目を更に吊り上げて知己を睨みつけた。
「へえー、あんた。そんなにあたしと手をつなぐのが嫌だったわけ」
「はあ?何言ってんだ」
「別にね、あたしだって好き好んであんたと手をつないでるわけじゃないんだからね。瞬が言ったから仕方なく手をつないでやってたのよ」
「ちょっと待て、お前何の話してんだ?」
「あたしと手をつなぐのがゾッとするんだったら今すぐにでも離してあげるわよ」
「お、できるのか。どうやるんだ?」
「あんたの手を切り飛ばすのよ」
一瞬の沈黙の後、言葉の意味を理解した知己が叫んだ。
「バカか、お前は!そんなことしたら血が吹き出て死んじまうだろ!」
「どうせ、あんた、まだ命が二つあるんだから一個ぐらい平気でしょ!」
目に涙を浮かべながらそう言った真友ちゃんに、知己は大きなため息をついた。そして、落ち着いた口調で話しかけた。
「簡単に言うなよな。命は確かに二個あるらしいけど、死ぬほど痛え思いをするのは変わらねえんだぞ。それに、同じ命を使うんだったら、お前を助けた時みたいに、誰かを助ける為に使いてえんだ」
知己の予想外の真面目な答えに、真友ちゃんは慌てて顔を反らした。
「ば、ばっかじゃないの。かっこつけちゃって」
「別にかっこつけてるわけじゃねえよ。俺の正直な気持ちだぜ」
そう言うと、知己はニカッと笑った。
「それによ、命は二つあるかも知れねえけど、切り取った手がまた生えてくるかどうかなんて分からねえじゃねえか。切り取ったはいいけど、生えてこなかったら洒落にならねえしよ」
冗談交じりの知己の言葉に、真友ちゃんも落ち着きを取り戻したようだった。
「ま、まあ。それじゃあ、しようがないわね。手を切り落とすのは勘弁してあげるわよ。けど、どうするの、これ?」
「そうだな。まあ、しばらくはこのままでいいんじゃねえか」
「え?」
驚いた表情を浮かべた真友ちゃんに、知己はさも当然のように答えた。
「そりゃあ、一生このままだってんならゾッとするけどよ、別にずっとこのままってことじゃねえんだろ。なあ、瞬」
「ああ。多分、一時的なものだ。しばらくすれば自然にもとに戻る」
「だとよ。だから、まあ、しばらくはお互い我慢しようぜ。な」
「・・・別に我慢なんて・・・」
「ん?なんだって?」
「なんでもない!」
そう言って、真友ちゃんはそっぽを向いた。
「なんなんだ、本当にお前。いつも変だけど、今日は特に変だぞ」
ゴスッ
鈍い音と共につないだままの手が知己の頬に打ちこまれていた。
「いいから、もう黙ってなさい」
低く重い真友ちゃんの声に、知己は黙って頷いた。
(・・・これで一段落かな)
私はつないだままの右手が離れるかどうか試してみた。
(うん。ちゃんと開く)
「どうかしましたか?」
私の行動を不思議に思ったミズキが尋ねてきた。
「ううん。なんでもない。それより、私たちはどうする。手を離したほうがいい?」
ミズキは少し考えてから、照れくさそうに答えた。
「・・・もう少しだけ、手をつないでいてくれませんか」
上目遣いにそう言ったミズキの瞳は、まるで甘え上手な子猫のように愛らしかった。私が返事の代わりにつないだ手に力を入れるとミズキも力を入れ返してきた。そうして、私たちはしばらくの間、寄せては返す波の音を聞きながら静かな時間を過ごした。
長い間、お付き合いありがとうございます。あと少し、お付き合い頂ければ幸いです。




