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郊外学習(暗夜行路)

いよいよ書き溜めた小説の分量もわずかとなってきました。5月から足掛け3ヶ月になるので、少し感慨深く思います。ともあれ、先のことは全てを更新し終わってから考えます。

 ホー ホー

 遠くで鳥の鳴く声が聞こえる。

 鳥?

 もしからしら、別のものかもしれない。

 光の遮られた世界には、目に映るものが少なくなった分だけ、耳に入ってくる音がより一層強く感じ取られるみたい。草木の風になびく音。葉のこすれる音。足が枝や草を踏む音。みんなの息遣いさえ、普段以上に際立って聞こえてきた。

「大丈夫?」

 つないだ手に力を入れながらミズキに声をかけた。

「うん。大丈夫。ありがとう」

 ミズキの返事に少し安心した私は、前を歩く瞬が照らす吸光石の光を目印に歩みを進めた。


『ここからは二人一組になって手をつないで進みましょう。僕と刹那さんで先頭を歩きます。僕たちが照らした後をついてくるようにしてください。後、みんなの吸光石は必要な時以外は使用しないようにしてください。この後、何があるか分かりません。吸光石はできるだけ温存しておきましょう。あと、この木の葉っぱを一人一枚ずつ持っておいてください。この葉は広くて柔軟性があるので丸めれば筒状になります。この筒の中に吸光石を入れれば懐中電灯のように照らす光に方向性を持たせることができます。それでは出発しましょう』

 そう言って瞬と刹那ちゃんが先頭に立って森の中に入ってからかなりの時間が過ぎたように思う。森の入り口の頃にはまだ見えていた夜空が、しばらく行くと全く見えなくなり。目に映るものは、吸光石に照らされるものだけになった。ふと、光の届かない方向へと視線を向けてみた。

(何も、見えない)

 光の届かない闇は、まるですべてを飲み込んでしまいそうに見えた。

(なんだか、怖い)

 背筋がぞくりとした。考えてみれば、昼間に瞬と歩いた森の中だって、きっとこことそんなに変わらない場所のはずなのに、光に照らされていないだけで、こんなにも違って感じられる。

(何があるか分からないって、こんなに不安なことなんだ)

 見えないから、不安になる。闇の向こうに何かがいるかもしれない。あるかもしれない。そんなことを思い始めると余計に不安になる。

(きっと、一人だともっと不安だ)

 手に握ったミズキの温もりを確かめた。

(私は一人じゃない)

つないだ手が私にそのことを伝えてくれた。確かなつながりがここにあるというだけで、胸の奥に光が射してくる。そう思ったとき、瞬が最初に提案した、『手をつなぐ』ことの意味が分かったような気がした。私は瞬に声をかけた。

「瞬」

「なんですか?」

 振り向かず返事だけが返ってきた。私は

「私で力になれることがあったら、何でも言ってね。私じゃ、ちょっと頼りないかもしれないけれど」

 瞬はピタリと足を止めてこちらを振り向いた。そして、手に持った吸光石がこちらを一瞬だけ照らすと、また前を向いた。

「ありがとうございます。その言葉だけで十分です」

 そう言うと、また前へと進み始めた。

「おーい、瞬。俺もいつだってお前の力になってやるぜ」

 知己が声に呼応するように、真友ちゃんも「私も」と声を上げた。

「私だって、瞬さんの力になります」

 ミズキも声を上げた。

(ああ。あったかいな)

 暗闇の中で、何も見えないはずなのに、確かな心のつながりが感じられる。

(あ、そうだ!)

 私はみんなに伝えようと思っていたことを思い出した。

「ねえ、みんな。歩きながらでいいから聞いて」

 私はじっくり言葉を選らんでから口を開いた。

「さっき、言いそびれてたことなんだけど。みんなで約束し合いたいことがあるんだ。それはね、どんなことがあってみんな一緒にいようよ。たとえ、お互いの姿が見えなくても、言葉が届かなくても、心はつながりあえるから。信じあえば、必ず一緒にいられるから。だから、約束しよう。私たちはいつも、どこでも必ず一緒にいるって」

 言い終わって、なんだか急に照れくさくなった。自分の気持ちを上手く伝えられたかな。一方的すぎたかな。変に思われたかな。そんな思いがもやもやと心の中に浮かび上がってきた。

(それでも、伝えることができた)

 思いを形にして届けることができた。

(『出来る、出来ないよりも、やったかやらなかったかが大事』そうですよね、尾田先生)

「はい、約束します。」

 瞬が答えると、「俺も」「私も」と知己と真友ちゃんも返事をしてくれた。

「・・・うん」

 刹那ちゃんの小さな声が聞こえると、ミズキが口を開いた。

「私も・・・」

 そう言った後、ミズキはためらいがちに言葉を続けた。

「私も・・・いいですか。約束しても・・・」

 それきり口を閉ざしたミズキに私は心の底からこう返事をした。

「もちろんだよ!ここにいるみんなが誰一人かけても、こんな約束はしないよ!私は、みんなと一緒じゃないと絶対嫌だから!」

 つないだ手にもう一度力を込めた。すると、ミズキの手が強く握り返してきた。

「ミズキは私たちと一緒は嫌?」

「いいえ、いいえ。ずっと一緒にいたいです」

「だったら、そうしようよ。私は、ミズキやみんなと一緒にいたい。ミズキはどう?」

 私が問いかけると、ミズキは間髪入れずに返事を返してくれた。

「私も、希望やみなさんと一緒がいいです」

「だったら、約束だね。まず、そうすると決めよう。決めたら、あとはそのために頑張るだけだよ。決めなきゃ、何も始まらないんだから。でしょ」

「はい。私、約束します」

 私は、つないだ手の小指をミズキの小指に絡めた。

「私も約束する。絶対にみんなから離れない。ずっと一緒にいる」

 私の言葉に、先頭を歩いていた瞬と刹那ちゃんが後ろを振り向いてこちらに歩いてきた。

「ちょっと、のぞちゃん。そんな大切なことだったら、あたしたちも混ぜてくれないと」

 気づくと、私とミズキのつないだ小指と小指に真友ちゃんと知己の小指が絡められていた。

「では、これで全員ですね」

 そう言って、瞬と刹那ちゃんがその上から小指を絡めた。

「では、高山さん。掛け声をお願いします」

「???」

 瞬の言おうとしていることが分からなくて首をかしげると、瞬はクスリといたずらっぽく笑った。

「小指でする約束といったら、あれしかないでしょ」

(あ、そうか)

 私はつないだ小指に力を入れるとみんなに聞こえるように掛け声をかけた。

「指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます!」

 そうして、一斉に絡めた小指を離すと同時にみんなの声が唱和する。

「指切った!!」

 

 暗闇の中をどれくらい歩いたのか分からなかったけれど、私も含めてみんなの足取りがかなり重くなってきているのは分かった。さっきまで、「おーい、あとどれくらいだ?」と頻繁に声をかけていた知己も、今は静かになっていた。

(本当に、あとどれくらいなんだろう)

 そんなこと誰も分からないことは分かっているのに、思わず口に出したくなる。いくら、瞬だってこの森がどのあたりまで続いているのかを知っているはずがない。それに、こんなに真っ暗だったら真っ直ぐに目的地に向かえているかどうかさえ分からない。そんな中を、瞬は何も言わずに私たちの前を歩いてくれている。

(私だったら、できるかな)

 その責任の重さを考えると、『あとどれくらい?』なんて軽々しく言えないと思った。

(瞬は、大丈夫かな?一人で苦しんでないかな?つらい思いをしてないかな?)

 瞬のことが心配になって、声をかけようかとも思ったけれど、何て言っあげればいいのか分からなくて・・・

「あー、もう!」

 思わず、声をあげてしまった。

「どうしたの、希望?」

 驚いたミズキが声をかけてきた。

「ごめん。なんでもないの。」

「どうしました、高山さん?」

 心配した瞬やみんなも集まってきた。

「どうしたの、のぞちゃん?何かあったの?」

 みんながあまりにも心配してくれているので、私は正直に考えていたことを話すことにした。

「実は・・・」

 私が話し終えた途端、瞬が頭を下げた。

「心配をかけて申し訳ありませんでした」

「え!ええ!瞬は全然悪くないよ。むしろ、感謝してる。こんな不安なところを一人で責任を持って引っ張っていってくれてることに」

「いえ、僕が謝ったのは、目印があるのに、そのことを伝えていなかったことにです」

「え?」

(目印がある?どこに?)

 私は周りを見渡してみた。やはり、何も見えない。すると、瞬が吸光石で近くの木の枝を照らし出した。

「この枝です」

 照らし出された枝にみんなの視線が一斉に集まった。

「その枝のどこが目印になるんだ?」

 みんなの気持ちを代弁したように知己がそう尋ねると、瞬は他の枝をいくつか照らして始めた。

「何か気づきませんか?」

 そう言った瞬の声は何だか楽しそうだった。私は照らされた枝をじっくりと見てみたけれど、特に変わったところはなかった。

(やっぱり、普通の枝だよね)

「これでは、どうですか?」

 そう言って、左右に伸びている二本の枝を交互に照らして見せた。

(あ!)

 私はとっさに手を挙げた。

「はい、高山さん」

「左のほうの枝のほうが長い」

「正解!拍手!」

 瞬の呼びかけに、みんなが拍手を始めた。私は少し照れながら瞬に聞いた。

「でも、なんでそれが目印になるの?」

「さて、なぜでしょう。何の為に左側の枝のほうが伸びているのかを考えれば分かると思いますよ」

 こういう時の瞬は本当に楽しそうだ。

「はい!」

 真友ちゃんが手を挙げた。

「後藤さん、どうぞ」

「えーと、実は、この木の枝は左側のほうが伸びる特別な木で、この木を目印にすればどっちが右でどっちが左かが分かるのだと思います。どう?」

「うーん、惜しいところまでいってるんですが、正解ではありません。この木だけが特別ではなくて、他の木も同じようにある方向にだけ枝が長く伸びています」

 瞬のヒントに、もう一度みんな考え始めた。

(枝が伸びる。

なんで、伸ばすか。

枝には、葉っぱが生えている。

なんで、葉っぱが生えているのか。

あ!)

「あ、分かったかも」

 私は、「はい」と手を挙げた。

「高山さん、どうぞ」

 嬉しそうな瞬の様子に、私も楽しくなって話した。

「ひまわりとかたんぽぽが分かりやすいと思うんだけど、木とか草とかは太陽の光がよく当たる方向に伸びるようになっているのだと思います。だから、きっとこの木もそうで太陽の光が射してくる方向に伸びているのだと思います。どうですか?」

「はい、みんな拍手!」

「おー!」

 また歓声があがって、拍手が起きた。私は照れくさくなって少し俯いた。

「高山さんの答えで正解です。まだ学校では習っていませんが、植物は太陽の光を葉に受けてデンプンなどの栄養を作り出す光合成という作業を行って成長します。つまり、植物にとって太陽の光は生きていく為に必要なものだということです。ですから、すこしでも多くの光を受けようと高く、広く枝を伸ばして葉を生い茂らすのです」

「けどよ、なんでそれが目印になるんだ?」

 知己の質問に、瞬の眼鏡がきらりと光った(ように見えた)

「知己。お前、太陽がどの方角から昇って、どの方角へ沈むか知ってるか?」

「おう、まかせとけ。東から西だろ」

 自信満々に答えた知己に、ミズキが拍手をする。

「その通りだ。太陽の昇った方向と、沈んだ方向から方角を割り出すと、この森は島の中央にある山の南側に位置することになる。そして、先日、船の上から確認した夏の大三角からここが北半球に位置していることが分かっていることから、南側のほうが日当たりがいいことが分かる。つまり、ここにある木々の枝は南側に伸びているということになり、伸びた枝が向かって左になるように進めば森の西側へと抜けられるということになる」

「おー!!」

 みんなから歓声が上がり、拍手が起こった。

「さすが、委員長だな。俺は、てっきりお前が適当に歩いて行ってんのかと思ってたぜ」

「俺をお前と一緒にするな。第一、人間は何の目印もないところでは絶対に真っ直ぐ歩けない」

「え、そうなの?」

 私が聞き消すと、瞬は深く頷いた。

「以前、インターネットで偶然見つけたのですが、どうもそうらしいです。実際に目印のないところを歩く実験をしてみたところ、必ずと言っていいほど同じところをぐるぐると回りながら歩いてしまうとのことです。なぜ、そのように歩いてしまうのか理由はまだ分かっていないようですが、わずか500mたらずの距離でも真っ直ぐに歩くことは出来ないとのことでした」

「へー、そうなんだ」

 私が感心すると、瞬は照れくさそうに頭の後ろを手でかいた。

「ですから、大方の方角としては今歩いて行っている方向で間違いがないはずです。これで、少しは不安がなくなりましか?」

「うん!ありがとう。私、安心して瞬についていくよ」

「ははは、ありがとうございます。でも、そんなに安心されると、逆に不安になってしまいますね」

「あ、ごめん」

「いえ、いいんです。不安な気持ちでいられるより、ずっといいですから。では、出発しましょうか。砲撃の音は聞こえなくなったとはいえ、あまりゆっくりとはしていられないと思いますから」

 そう言って正面を向いて歩き出した瞬の横顔からは、さっきまでの明るい笑顔はなくなっていた。私は少し浮かれてきていた自分が恥ずかしくなった。

(瞬は、私たちのために真剣だ)

暗闇の道を歩く不安は消えたけど、私たちの行く先への不安まで消えたわけじゃない。瞬は、この暗闇への不安だけでなく、これから起こることへの不安までも抱え込んで私たちを安全に目的地まで連れて行こうとしている。それは、どんなに大変なことだろう。

(きっと、瞬はこの瞬間も、頭を悩ませながら、胸を痛めながら私たちのことを考えてくれている。だから、せめて瞬と同じ気持ちになろう)

瞬と同じことはできないかもしれないけれど、瞬の気持ちに立って、みんなのことを考えることはできる。今、自分にできることを探すことは出来る。

私は、そう心に決めると、つないだ手の温もりを確認しながら、大切な仲間たちのために何が出来るかを考え始めた。

 この暗闇は、朝になり光が射せば自然になくなってしまう。だけど、私たちがこれからどうなるのかは、朝が来ても誰にも分からない。きっと、時間が経てば経つほど不安は増えていくだけだと思う。私には瞬みたいな知識もないし、真友ちゃんのように空手ができるわけでもない。知己のように、行動力があるわけでもない。それでも、できることはきっとある。あきらめずに考え抜こう。ただ、ついて行くだけじゃダメなんだ。瞬が考えてくれていることの何分の一かでも考えて、心を決めるんだ。

(『今、出来る精一杯。』だ!)

 前に進まなければ、分からない。不安という暗闇を乗り越えるための武器が勇気だって尾田先生は言っていた。だから、勇気を出そう。みんなが足踏みをしてしまう時に、一歩前に出る勇気を持とう。

(きっとそれが、今私に出来ることだ。)

 そう心に決めると、胸の奥の重たいものがスッと軽くなったように思えた。私にも出来ることがある。その実感が私に自身を与えてくれた。

(信じることと勇気をもつことは同じなのかもしれない)

 何かを信じるためには勇気が必要だし、勇気を持つためには信じることが必要なんだと思う。

(勇気と信じることは、二つで一つなのかもしれない)

 私は、自分を信じよう。勇気を持って信じよう。自分の中に揺ぎ無い勇気の心があるということを。

「高山さん、空です!」

 興奮した瞬の声に、私は目を凝らした。暗闇の向こうにうっすらと木々の枝葉の影が見え、その向こう側に点々と瞬く星の明かりが見えた。

「うん!見えた!」

 私も興奮気味に声を上げた。

「やったー!」

 真友ちゃんが声を上げ、

「よっしゃー!」

 知己が声を上げた。

「あと、もう少しです足元に気をつけながら、ついて来て下さい。」

 瞬の掛け声に、みんなははやる気持ちを抑えながら空の見えた方向へと歩みを進めた。


いつも私の小説を読んでいただき、ありがとうございます。ご意見、ご感想などございましたら、ご連絡下さい。お待ちしています。

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