校外学習(強行軍)
今日は比較的早く帰れたのですが、後輩から久しぶりの食事の誘いがったので、先ほど帰ってきました。更新が遅くなり申し訳在りません。明日も仕事なのでもう寝ます。
まだ、砲撃の音は続いていた。
陽の沈みつつある空は、急速にその光を失っていて、頭上の空はすでに濃紺色に染まっていた。
(昼間歩いた時は、あんなに綺麗で楽しかった場所なのに・・・)
どうしてこんなことになってしまったのだろう。そんなことを考えてしまう。
鳴り続ける轟音と、光を失っていく世界が私の心に暗い影を落とし始めていた。
(もし、みんながいなかったら、どんな気持ちになるだろう)
想像しただけで、ぞっとした。ふと、つないだ右手の温もりを思い出した。視線を前へ向けると、息を切らせながら真友ちゃんを背負った知己の一生懸命な姿が見えた。
胸の奥が熱くなり、無意識のうちに『ありがとう』と心で呟いた。
(私は支えられている!)
そのことを改めて実感した。不安が影をひそめて、力強い気持ちが湧いてきた。
(だから、私も支えるんだ!)
つないだ手に力が入ると、ミズキも強く握り返してきた。温もりを感じながらミズキへ笑顔を向けると、一生懸命な笑顔が返ってきた。
(私は支えられている)
そのことが本当に嬉しかった。さっき言いそびれた言葉がふと胸に浮かんだ。
(必ずみんなに伝えよう)
そう心に決めて、私は真友ちゃんを背負った知己の後をひたすらについていった。
山の向こう側へと出発した私たちは、先頭に瞬と刹那ちゃん、その後を真友ちゃんを背負った知己、そして最後尾を私とミズキの順番で歩き始めた。
「歩きながら聞いてください」
先頭の瞬がみんなに呼び掛けた。
「もう間もなく、完全に陽が暮れます。木々の生い茂っていない場所なら、月明かりで周りの状況を確認できますが、森の中を通ればそうはいきません。そこで、昼間に拾っておいた吸光石をいつでも出せるように準備しておいてください。ただし、敵に発見される可能性を避けるために、極力使用をひかえたいと思います。よろしいですか?」
「はい!」
みんながいっせいに返事をした。私はさっそくポケットに入れておいた吸光石を左手で確認した。
(うん。ちゃんとある)
温泉の岩場の近くは、いくつもの吸光石が地面に転がっていて足元を明るく照らしてくれていたけれど、このあたりまで来ると、もう足元を照らす光は全くと言っていいほどなかった。
(けど、まだ見える)
瞬が言ったとおり、今はまだかすかに残った陽の光のおかげで瞬や知己の背中が見える。月が昇れば陽の光がなくてもこの距離なら見失うことはないと思う。けれど、今、目の前に見えるのは大きな森だ。森の中に入れば、月の光は失われて、真っ黒な暗闇の世界に迷い込んでしまう。できることなら海岸線沿いに山の向こう側へと向かいたかったところだけれど、瞬はその方法を選ばなかった。
『敵と遭遇する可能性を出来る限り低くしておきたいんです』
瞬の言葉に、みんな納得した。多少、危険であったとしても船を襲っている連中と遭遇するよりはましだと思ったからだ。
(だけど・・・)
目の前に広がる森の奥は本当に真っ暗で、何もかもを吸い込んでしまいそうな気がした。私は、ふと隣を歩くミズキへと目を向けた。何かに耐えているような、つらそうな横顔が見えた。
「ミズキ、大丈夫?」
私が声をかけると、ミズキは苦しそうにしながらも笑顔を返してくれた。
「大丈夫だよ。私がついてるから」
そう言って、つかんだ手に力を入れると、「うん」と頷いてミズキは右手を握り返した。
(この手は絶対離しちゃだめだ)
ミズキの身体が震えていたからでもないし、不安そうな顔をしているからでもない。
(なんだか、そんな気がする。)
ただ、それだけ。
それだけの理由だけれど、私は心に固く決めた。
(この手は絶対に離さない!)
「では、ここで一度休憩を取ります」
瞬がそう言ったのは、森に入り口に当たる場所だった。私たちは、大きな木の根元に集まるようにして腰を下ろした。
「・・・おい?」
知己が背中に寄り添ったままの真友ちゃんに声をかけた。真友ちゃんは両耳をふさいだままで、返事をしなかった。
「・・・おい。聞いてんのか」
やっぱり、返事がない。いらだった知己は後ろを振り向いた。
「ここまでくればもう大丈夫だろうが、砲撃の音は聞こえねえぞ!」
語気を荒げても、真友ちゃんの様子は全く変わらなかった。
(本当に、聞こえてないのかな?)
いくら、両耳をふさいでいても、これだけ近ければ声くらい聞こえと思うけど。そう思った私はそっと真友ちゃんの顔を横からのぞいてみた。
(あ!)
真友ちゃんは両耳をふさいだままの状態で静かに寝息を立てていた。さらに大声を出そうとしていた知己に私は人差し指を口元で立ててみせた。
「しーっ。真友ちゃん寝てる」
「うそだろ、俺がこんなに大変な思いをして負ぶってやってんのに」
呆れたようにそう言った知己だったけど、背中の真友ちゃんを優しく抱き抱えるとそっと地面に寝かせてあげた。
「ちぇ、幸せそうな顔しやがって」
知己の言葉通り、本当に幸せそうな顔をしながら真友ちゃんは寝ていた。まるで王子様の口付けを待っているお姫様のような、そんな安らかな寝顔だった。
(知己って、やっぱりすごいな)
だって、こんな緊迫した状況の中で真友ちゃんをこんなにも幸せな気分にさせてしまうんだから。
(人を好きになるって、すごいことなんだな)
ぼんやりとそんなことを考えていると、知己が私と瞬の傍に寄ってきた。
「瞬、希望。サンキュな。『火の実』めちゃくちゃ効いたみたいだぜ」
そう言って、両手をぶんぶん振りまわして見せた。
「お前が元気になったのなら、苦労した甲斐はあったよ」
そう言って瞬が微笑むと、知己は照れくさそうに笑い返した。
「あ、そうだ。ミズキもサンキュ。俺を抱いて飛んでくれた上に膝枕までしてくれたもんな。おかげで、すっげえ、気持ちよく寝れたぜ」
「いえ、私は大したことはしてません」
そう答えた後、ニコリと笑みを浮かべながら、
「私がしたことといえば、膝枕をしてあげたり、身体の汗を拭いてあげたり、たったそれくらいのことだけです」
そう言って、さりげなく、自分のやったことをアピールするあたり、いつもの元気が出てきたのかなと思う。
「そうだよ、知己。ミズキは知己のために一生懸命だったんだから。ね」
そう言って、ミズキとつないだままの手に力を込めると、今度は本当に嬉しそうな笑顔が返ってきた。
「そっか。じゃあ、何かお礼をしなくちゃな」
知己の言葉にミズキは首を横に振った。
「お礼なんていらないです。知己さんのために尽くせただけで、私は幸せですから」
ミズキの言葉に、胸がきゅっと締め付けられた。
知己に対する一生懸命な気持ちが伝われば、伝わるほど胸が苦しくなる。
どうしてなのかは、分からない。
けれど、なぜかそう感じた。
「そういうわけにも、いかねえよ。俺は義理がたい男だからな。えーと」
そう言って少しだけ考えた後、知己は手をポンと打った。
「よし、じゃあ、こうしようぜ。ミズキの頼みをなんでも一つだけ聞いてやるよ。それでいいか」
にこやかにそう言った知己の顔を、ミズキはまぶしいものでも見るような目で見つめながらうなずいた。
「知己さん、質問いいですか?」
「いいぜ」
「そのお願いは、今でないといけませんか?」
「いや。ミズキが頼みたいとき、いつでも聞いてやるぜ。その代わり、あんまり無茶な頼みは止めてくれよな」
「ふふ、分かりました。では、とっておきの時にお願いしますね」
「おう。じゃあ、決まりだな」
知己が右手の小指を差し出すと、ミズキも右手の小指を差し出し指切りをした。
「よし、これで約束完了だ」
満足そうにうなずいた知己は、今度は刹那ちゃんの方へと向き直った。
「刹那もサンキュな。お前の歌、しっかり届いてた。お前の歌って、やっぱりすげえな。また、聞かせてくれよな」
刹那ちゃんは恥ずかしそうにうつむいたまま、小さな身体を余計に小さくしながら、やはり小さな声で「・・・うん」と答えた。
「サンキュ。あ、そうだ。刹那もミズキと同じでいいか?」
首をかしげる刹那ちゃん。
「お礼だよ。お礼。ミズキと同じ約束でいいか?」
刹那ちゃんは首をフルフルと横に振ると、小さな声で「・・・いらない」と答えた。
「それじゃあ、俺の気がおさまらねえよ」
食い下がる知己に、刹那ちゃんは少し考えた後、顔を上げた。そして、きっぱりとした声で答えた。
「希望を守って」
「へ?」
予想外の答えに、知己だけじゃなく、私も驚いた。刹那ちゃんは、知己の目を見つめたまま、もう一度言った。
「希望を絶対に守って。お願い」
真剣で一生懸命な眼差しに、知己も表情を変えてうなずいた。
「分かった。絶対に守ってやる。でも、俺が守るのは希望だけじゃねえぜ。お前も、ミズキも、真友も、あと、ついでに瞬も守る。それでいいか」
「・・・うん。いい」
刹那ちゃんは頬を赤らめて、また俯くと、やはり小さな声で「ありがとう」と言った。
「おう、任せとけ!」
胸をドンと叩いて見せた知己に、瞬が苦笑いをした。
「なんだよ?おかしいか?」
瞬の素振りに気づいた知己が不機嫌そうに尋ねた。
「すまない。すまない」
悪びれた様子もなく、瞬は知己のほうをじっと見つめた。
「いや、なに。そんなに約束をして、大丈夫なのかなと思っただけだ」
「どういう意味だよ」
「それは、お前が一番良く分かってるだろ。たとえ言葉でも、約束は約束だぞ」
「それくらい、分かってるよ。だから、俺はどの約束も絶対に守る!」
ふざけた様子を一切見せずにそう答えた知己に、瞬は小さなため息をついた。
「なら、いいさ。その覚悟があるのなら、あとは貫き通してみればいい」
「言われなくて、そうするぜ。『約束は守るもの』。そうだろ?」
「ああ、そうだな」
そう言って、一瞬だけど瞬は少し寂しそうに笑った。
(どうしたんだろ?)
私が気になって瞬に話しかけようとすると、知己が寝ている真友ちゃんのほうに近寄った。
「あとは、こいつだけなんだけどよ」
真友ちゃんの顔をのぞきこんだ知己は「実は起きてるんじゃねえのか」と言いながら、真友ちゃんの身体に手を伸ばした。
「ダメ!」
私は思わず叫んだ。知己は目を丸くしてこっちを見た。
「な、なんだよ、希望。脅かすなよ」
自分のやろうとしたことに全く気づいていない知己に私は強い口調で言った。
「脅かすなよじゃないわよ。寝ている女の子に触ろうとするなんて、やっちゃいけないことでしょ!」
「へ、そうなのか?」
「当たり前でしょ!ミズキだってそう思うよね」
同意を求めた私に、ミズキは頬を染めて
「私・・・知己さんだったらいいですよ」
(あー、しまった。ミズキに話をふるんじゃなかった)
と、そんな後悔をしつつ話を話を続けた。
「そんなことを聞いてるんじゃないの、一般的な話をしてるの」
「そうですね・・・やっぱり相手によりますね。好きな相手だったら許せます」
「じゃあ、嫌いな相手だったら」
私の問いかけにミズキは蛇のように冷たい目になると、至って冷静に一言。
「殺します」
その言葉に知己は慌てて真友ちゃんに伸ばした手をひっこめた。
「あぶねえ、あぶねえ。危うく、命を落とすところだったぜ」
その声に、真友ちゃんの瞼がぱちりと開いた。
「わ!真友、お前起きてたのかよ。言っておくけどな、俺はまだ触ってねえからな!」
慌てて言い訳をする知己をぼんやりとして目で見つめた。
「あれ?」
むくりと起き上がると、まわりをきょろきょろ見渡して、首をかしげた。
「あれ?ここどこ?」
寝ぼけ眼のままそう言った真友ちゃんに敵意がないことを見て取ると、知己は途端に強気になって言葉を返した。
「ここ、どこじゃねえよ。さんざん人に迷惑かけながら熟睡とはいい度胸じゃねえか!」
「え、あれ?あたし、寝てた?」
「そうだよ。俺が汗まみれになりながら負ぶってやってんのに、お前はすやすや寝てたんだよ。信じられねえぜ、まったく」
知己が腕組しながらそう言うと、真友ちゃんは肩を小さくして俯くと、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい」
そう言った真友ちゃんの姿が本当にいじらしかったからかな、知己は語気を和らげると「もう、いいよ」とだけ答えた。
「本当に、ごめんね」
「だから、もういいって言ってんだろ。おめえだって、自分と戦ってたんだ。俺は、その手伝いをしただけだ。別に特別なことじゃねえだろ、仲間なんだから」
知己の言葉に一瞬、さびしそうな表情を見せた真友ちゃんは「・・・そうだね」と答えると、次の瞬間には気持ちを切り替えたのか、いつもの元気な真友ちゃんに戻っていた。
「じゃあさ、何かお礼をさせてよ」
「別にいいよ」
「えー、それじゃあ、あたしの気がすまないよ」
(あれ?こんなやり取りがさっきもあったよね)
何て思っているうちに、二人は次第にヒートアップしていった。
「だから、別にいいって言ってんだろ。別に、お礼がほしくてやったわけじゃねえんだからよ」
「んー」
真友ちゃんは、少し考えてから
「じゃあ、こうしようよ」
と右手の人差し指を立てながら言葉をつづけた。
「知己のお願いを一つだけなんでも聞いてあげるってのはどう。別に今すぐじゃなくてもいいから、あんたの好きな時でいいよ」
真友ちゃんの言葉を、知己はぽかーんと口を開けたまま聞いていた。
「何よ、何か不満でもあるの?」
「いや、別に。ていうか、お前さっき起きてたんだろ?」
「???何のこと?」
首をかしげる真友ちゃんに、知己は「ははっ」と笑い声をこぼした。
「何がおかしいのよ。あ、あんた。もしかして」
「なんだよ」
「まさか、あたしにエッチなことお願いするつもりじゃないでしょうね!」
顔を真っ赤にした真友ちゃんに、知己は怒鳴り返した。
「バカ!誰がするか!」
「本当に?」
疑い深そうに睨みつける真友ちゃんに、知己は「当たり前だ!」と言い放った。
「じゃあ、なんで笑ったのよ」
「おもしろかったからだよ」
「だから、何がおもしいのよ」
「うるせえ、別にいいだろ。それより、もう大丈夫なんだな」
「何の話?」
「音だよ、音」
「???」
「何、ぼけてんだ!お前が怖がってたあの音だよ。もう聞こえねえ見たいだから、大丈夫なんだろって聞いてんだ」
「あ、うん。もう、全然平気」
「なら、もう一人で歩けるな」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、こっからは自分で歩けよ。俺は疲れたからちょっと横になる。瞬、すまねえが出発する時になったら起こしてくれ」
「ああ、分かった」
「そんじゃ、おやすみ」
そう言うと、知己はやわらかそうな草むらの上に身体を横たえると目を閉じた。
(知己、お疲れ様)
知己は、昔から優しい。小さい頃は優しいけど弱く感じた。でも、今では優しくて強い感じがする。
「ねえ、のぞちゃん、ミズキ。あいつが何で笑ったのか分かった?」
さっきのことがどうしても気になる様子の真友ちゃんが尋ねてきた。
「うん、分かったよ」
「え、本当。じゃあ、教えて?」
私はミズキに目を向けた。
「どうする?」
ミズキがいたずらっぽい笑みを浮かべたので、私たちは口をそろえて答えた。
「教えない!」
いつも読んでいただき、ありがとうございます。ご意見、ご感想あればメッセージ下さい。お待ちしています。




