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特別授業 新たな旅立ち

今日の更新、完了です。今週の日曜日も休日出勤なので休めるときはしっかりと身体と心を休めて夏を乗り切りたいと思います。

 夢見心地の私の耳元で誰かが囁いた。

・・・ミズキのこと、頼んだわよ・・・

 私が返事の代わりにうなずくと、声の主はその場を静かに去っていった。

(誰だったんだろう?)

 そう思いながらも、私はまた深い眠りに落ちた。


 ドン、ドン、ドン


 花火大会で聞いたことのある爆発音が遠くから響いてきた。

(今日って花火大会だったっけ?)

 そう思った瞬間、自分で自分に突っ込んだ。

(そんなわけないじゃない!!)

 即座に目を開くと、立ち上がり音の聞こえた方向を確認した。

(海の方からだ!)

「何の音だと思いますか?」

 私の横に立った瞬が緊張した面持ちでそう言った。

「分からない。だけど、嫌な予感がする。」

「もし、僕の推測が正しければ、あの音は砲撃の音です」

 瞬の言葉に、心がざわついた。

(なんで?どうして?)

 私の中に生まれた不安を駆り立てるように、爆発音はなおも続いていた。

「ミズキ、俺を木の上へ上げてくれ!」

 そう叫んだのは知己だった。

「はい!」

 知己の言葉に呼応して、ミズキは知己の両脇を抱えると、大きな二枚の翼を大きく羽ばたかせ、あっという間に世界樹の木の上へと舞い上がった。

「知己!何が見える!」

 瞬の叫びに、知己が叫び返した!

「船が、燃えてる!俺たちの船だ!ちくしょう!」

 今にも泣き出しそうな知己の声に、その言葉が嘘や冗談ではなく真実だということが分かった。

(やだ、震えが止まらない)

 私は、無意識に右手だ左腕を強く握りしめた。

(しっかりしろ、希望!)

 弱音を吐きそうな自分の心を叱りつけると、爆発音が続く海の方を睨みつけた。

「ミズキ、俺を今すぐ船まで連れて行ってくれ!」

 叫ぶ知己に、瞬がすかさず叫び返した。

「だめだ!勝手な行動を取るな!」

「じゃあ、どうしろって言うんだよ!だまって、俺たちの船が燃えるのを見ていろっていうのかよ!」

「そうだ!お前は今からそこで見えるもの全てを見ろ!そして、俺たちに報告しろ!それが、今、お前がやるべきことだ!いいな!お前なら、分かるだろ!」

 鬼気迫る瞬の声に、知己は素直にうなずいた。

「分かったよ!俺が全て見てやるから、お前たちはそこで待ってろ!」

 そう言うと、知己はミズキに何かを伝えると、さらに上空へと上がっていった。その様子を見届けた私たちは瞬のもとに集まった。

「まずは、現状確認です」

 そう言って、瞬は周りを見渡した。

「今、ここにいないのは、偵察に出ている知己とミズキさんをのぞけば、リノンさんだけですね」

「うん。私が起きた時にはもういなかったと思う」

(そう言えば、寝ている時に聞いた声・・・)

 私は夢の中の言葉を思い出した。

「瞬。もしかしたらだけど、寝ているときに声をかけてきたのが、リノンさんだったのかもしれない。私の気のせいかもしれないけれど」

「何て言っていたのですか」

「『ミズキのこと頼んだわよ』って」

 瞬は、何かを思いついたようにはっと息をのんだ。

「・・・分かりました。恐らく、その言葉はリノンさんのもので間違いないでしょう。他に、気がついたことはありますか?」

 その時、刹那ちゃんが瞬の裾をくいっと引っ張った。

「どうしました?」

 瞬の問いかけに、刹那ちゃんは山の方を指差してみせた。

「・・・山の向こう側へ行きなさいって言ってた」

 そう言って、刹那ちゃんはじっと瞬の目を見つめた。

「リノンさんですね?」

 刹那ちゃんがコクリと頷くと、瞬は空を見上げた。

「知己!降りてきてくれ!」

「おう!」

 即座に返事が聞こえると、ミズキに抱えられた知己があっという間に私たちのところへ降りて来た。

「お前の見たものを報告してくれ」

「ああ。さっき、俺が船が燃えてるっていったけど、ありゃ間違いだ。正確には、いくつかの帆に火がついているだけで、船自体が燃えてるわけじゃねえ。それと、その原因だけど、三隻の船が俺たちの船を取り囲むようにして大砲をぶっ放してるからだ。さっきから、聞こえてる爆発音はそれだ。もちろん、こっちも反撃はしてるけど多勢に無勢ってやつだ。それに・・・」

 そこまで話して知己は言葉を詰まらせた。そして、ミズキの方をちらりと見た。すると、ミズキは少しつらそうな顔をしながらも笑みを浮かべた。

「私のことは気にせず、話を続けてください」

「あ、ああ。すまねえな」

 知己は申し訳なさそうにしながらも、話を続けた。

「それに、奴らは亜種を何体も用意してやがるんだ。この前の巨大イカが三匹に、ミズキと同じように背中に翼を生やした奴らが船に取り付いていやがった」

 知己の言葉に、私は息を呑んだ。ミズキと同じ境遇にあって、おそらくは強制的に戦わされている人たちのことを考えるだけで、胸が壊れそうなくらい苦しくなった。

(どうして、そんなひどいことができるの)

 人の悪意が流れ込んで来た途端、恐怖と、怒りの感情がすさまじい勢いで胸の奥底から湧き出してきた。何かを叫び出したい気持ちに駆られた。

 その時、ふとミズキの姿が目に写った。

(ミズキ、震えてるの)

 その途端、私の中のぐらぐらと煮えたぎったような気持ちが、すっと別の感情へと変わっていった。リノンさんの言葉が思い起こされた。

 『ミズキのこと、頼んだわよ』

(はい!)

 心の中でそう返事をすると、私はミズキの震える手を握った。

「大丈夫。私がついてるから。一緒にいるからね」

 伏せていた目をぱっと見開き、私のほうを見た。私は、ミズキの目をしっかりと見つめながら、もう一度言った。

「大丈夫だよ」

 こわばったミズキの頬がほころび、笑みが浮かんだ。

「ふふふ」

「どうしたの?」

「いえ。なんだか、嬉しくなって」

「え、どうして?」

「だって、希望が言うと、本当にそうなんだって気がしてきたから」

「あ、ひどい。私のこと信用してくれてないの?」

 私がおどけて見せると、ミズキは嬉しそうにまた笑った。

「ごめんなさい。冗談です。私は、希望のことを信用してます」

「本当に?」

「本当です」

「約束できる?」

「約束します」

「じゃあ、みんなで約束しよう。みんな、私の話を聞いて」

 みんなが一斉に私のほうを向いた。

 ミズキに、刹那ちゃん、知己に、瞬。それに・・・

(あれ?)

「真友ちゃんは?」

 ぐるりと周りを見渡してみたけれど、真友ちゃんの姿が見えなかった。

「おい!真友のやつがいねえぞ!」

 気づいた知己が声を上げた。

「手分けして探しましょう!ただし、声が届く範囲でです!」

 瞬が指示を出すと、私たちは大声で真友ちゃんを呼びながら探し始めた。絶え間なく続く砲撃の音と、うめき声にも似た奇妙な泣き声が否応なしに不安感を駆り立てた。

「真友ちゃーん!返事をして!」

 大声で何度も呼びかけながら、世界樹の裏側へと歩いていった。すると、

「・・・のぞちゃん・・・」

 とかすかに聞こえた。

「真友ちゃん?」

 呼びかけると、またかすかな声が聞こえた。あたりを見回すと世界樹の根元の窪みになっている場所に小さくなってうずくまっている真友ちゃんを見つけた。私が慌てて駆け寄ると、真友ちゃんは目に涙を浮かべながら抱きついてきた。

「うわっ!」

 突然のことに驚いて、私は後ろに倒れしりもちをついてしまった。

「イテテ。大丈夫、真友ちゃん?」

 真友ちゃんは私に抱きついたまま離れようとしなかった。その時、

 ドドドン ドドン

 また、砲撃の音が鳴り響いた。

「ひゃ」

 小さな悲鳴を上げて、真友ちゃんは両手で耳を塞ぎ、またうずくまってしまった。

「高山さん、後藤さんは見つかりましたか?」

 少しはなれたところを探していた瞬が声をかけてきた。

「みんな、こっちに来て!真友ちゃんが大変なの!」

 私が声をかけてから、一分もしないうちにみんなは集まってきてくれた。

「高山さん、後藤さんはどうされたんですか?」

 私は真友ちゃんの背中を優しくさすってあげながら答えた。

「多分だけど、砲撃の音が怖いみたい。真友ちゃん、あってる?」

 私が尋ねると、真友ちゃんは両耳を塞いだまま、コクリと頷いた。

「・・・雷が嫌なの」

 真友ちゃんがそう答えた瞬間、また砲撃の音が鳴り響いた。

「ひぃ、もう止めてよ」

 身体全体でおびえている真友ちゃんは、いつもの強くて綺麗な真友ちゃんとは違ってとても弱弱しく見えた。私は、真友ちゃんの背中に回した腕に力を入れて強く抱きしめてあげた。

(可哀想、なんとかできないかな?)

 そう思った矢先、知己が大声で笑い出した。私は、ムカッとして知己を叱った。

「何を笑ってるの!真友ちゃん、本気で怖がってるんだよ!」

「別にいいじゃねえか。だって、本当に可笑しいんだからよ」

「何が可笑しいのよ!」

「だってそうだろ。こいつは、真友だぜ。強さだけなら、俺たちの中で間違いなくトップの真友だぜ。その真友が雷ごときに負けるわけねえじゃねえか。そうだろ?」

(あれ?)

 いつもの軽口とは違う知己の言葉に、私は口を閉じて知己の次の言葉を待った。

「だからよ・・・なんて言ったらいいのか分かんねえけどよ、こいつがこんなに弱いわけねえんだ」

 照れくさそうにそう言った知己の言葉は、何だか温かかった。

「・・・たり前でしょ」

 私の胸元でうずくまっていた真友ちゃんが口を開いた。気づくと、真友ちゃんの身体の震えは止まっていた。そして、私の腕を優しく身体から解くと、スッと立ち上がり知己を睨みつけた。

「当たり前でしょ!このあたしを誰だと思ってんのよ!雷なんて怖くないわよ!それに、あの音は雷じゃなくて大砲の音。怖がる理由なんて一つもないんだからね!」

「そんな大声で言わなくても聞こえてるよ。それに、俺はお前が雷ごときに負けるような奴だとは少しも思ってねえ」

「そ、そうよ。当たり前のことで大騒ぎしないでよね。って、なに笑ってんのよ」

 知己はニコニコしながら言った。

「別に」

「あっそ。それより、のぞちゃん。これから、どうするの?何か大変なことが起こってるみたいだけど」

 私は今起こっていることを簡単に説明すると、みんなで山の向こう側に向かうことを伝えた。

「じゃあ、早速、出発しましょう」

 そう言って真友ちゃんが足を踏み出した途端、またしても砲撃の音が鳴り響いた。

「ひゃ!」

 両耳を塞ぎ、その場にうずくまる真友ちゃん。

「大丈夫?」

 私が駆け寄ると、真友ちゃんは両耳を塞いだまま、その場で立ち上がると引きつった笑顔で頷くと、また歩き出した。

「ちぇ、仕方ねえな」

 そう言うと知己は、真友ちゃんの目の前に背中を向けてしゃがみこんだ。

「何のつもり?」

 真友ちゃんの問いかけに振り向きもせず、知己は答えた。

「さっさと乗れよ」

「だから、何のつもりかって聞いてんの」

「お前が遅いから、俺が負ぶってやるって言ってんだ。それくらい分からねえのか、バカ」

「な、な、な」

 顔を真っ赤にした真友ちゃんは、耳を塞ぐのも忘れて後ずさった。そして、渾身の大声で怒鳴った。

「バカは、あんたでしょ!!」

 あまりの大声に、知己はたまらず両耳を塞ぐと、立ち上がって怒鳴り返した。

「俺はバカじゃねえ!お前がバカだ!いいから、乗れよ!」

「なんで、あたしがあんたに負ぶってもらわないといけないのよ!」

「だから、さっき言っただろうが、このままじゃちっとも進めねえからだって!」

「あんたに負ぶってもらったらどうなるっていうのよ!」

「その分、お前の戦いに集中できるだろ!」

「何よ、私の戦いって!」

 その時、また砲撃の音が鳴り響いた。

「ひゃ!」

 真友ちゃんが両耳を塞いでしゃがみこもうとすると、知己は真友ちゃんの手首をぐっと握って引っ張り起こした。そして、真友ちゃんに真剣な眼差しを向けながら言った。

「お前が怖がる自分と精一杯戦ってるなら、その手助けぐらいさせろ」

 その言葉は、ここ最近で聞いた知己の言葉の中で飛びきり力強くて格好よかった。私でもそう思ったのだから、その眼差しに見つめられている真友ちゃんはなおのことだったと思う。

真友ちゃんは、目を大きく見開いたまま、頬を赤く染めながら無言でうなずいた。

「よし。じゃあ、乗れ」

 そう言って知己はもう一度背中を向けてしゃがんだ。

「・・・うん」

 真友ちゃんはためらいがちに知己の背中に体重を載せた。

「よいせっと!」

 知己は真友ちゃんのお尻に両手を回すと、勢いよく立ち上がった。

「あれ?」

 知己が首をかしげる。

「どうしたの?」

 尋ねた真友ちゃんに、知己は「なんでもねえ」と答えると、ゆっくりと歩き始めた。

 そうして、ようやく私たちは山の向こう側へと向かって出発した。


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