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遠足(夏)(8)

書き溜めた小説も残りわずかとなってきました。続きを書けるかどうかは分かりませんが、残り少し、最後まで頑張りたいと思います。

「どういうことですか?」

 ミズキが怖い顔をして瞬に詰め寄った。けど、当の本人の瞬は、平然とした様子でにこやかに

「すみません。僕の勘違いだったようです。知己のまぶたが震えているように見えたもので」

 と答えると、ぺこりと頭を下げた。

「そんなはずは・・・」

ミズキは何かを言いたそうにしていたけれど、「もういいです」と言い放つとくるりと背を向けて知己の側へ腰を下ろした。

「代わります」

そう言って、なかば強引にとリノンさんの布をつかみ取ると、リノンさんの代わりに知己の汗をぬぐい始めた。

(あれ?)

私はその様子を見ながら、心底ほっとしている自分がいることに気がついた。真友ちゃんとの間に割って入られたことに腹を立てているミズキの気持ちを考えると、確かに心は重いけど、それ以上に知己に口移しで『火の実』を与えるということがなくなったことに心から安らぎを覚えていた。

(私、どうしちゃったんだろう?)

 自分で自分が分からなかった。だけど、一つだけ分かったことがある。

(私、瞬に助けられたんだ)

 私は瞬の隣に歩み寄ると、瞬と同じように知己とミズキの方へと目を向けた。そして、目を合わせることもなく声をかけた。

「瞬」

 瞬もこちらを向くことなく返事をする。

「なんですか?」

「ありがとうね」

 そう言うと、瞬はくすりと笑ってこう答えた。

「どういたしまして」

 瞬の言葉に、私も不意におかしさがこみ上げてきた。自然と頬がゆるむ。

「何がおかしいの?」

「いえ。なんだかおかしくって。よく考えてみたら、僕たち同じことばかり繰り返してませんか?」

 そう言ってまた、くすりと笑った。私も同じように、くすりと笑った。

「本当だね」

 瞬の言うとおりだ。

(私たちは何も変わってない)

そう思うと、不思議と気持ちが楽になった。見るもの聞くものが何もかも新しいこの世界でいろいろな人に出会って、様々なことが起こったけど、それでも私たちは変わってない。いいことがあったら喜んで、腹立たしいことがあったら怒って、つらいことがあったら悲しんで、うれしいことがあったら笑って。私の中の世界は何も変わっていない。

(私たちが変わらないんだから、同じことを繰り返すのは当たり前だよね)

 尾田先生の言葉が心に浮かんだ。

『人は自分からだけは絶対に逃げられない』

(本当ですね。尾田先生の言ったとおりです)

 心の中の尾田先生の姿を思い浮かべてみると、胸の奥を支える何かがぐっと強くなったように感じた。

「なんだか、嬉しそうですね」

 瞬の言葉に「うん」と力強く頷いた。

「それはよかったです。高山さんが嬉しそうにしていると、僕も嬉しいです」

「よかった。じゃあ、私もっと嬉しくならなくちゃいけないね」

「はい。僕も高山さんの笑顔が・・・」

 不意に瞬の口が止まった。

「どうしたの?」

「いえ、なんでもないです」

「私の笑顔が、どうかした?」

「いえ、本当に気にしないでくさい」

 そう言うと、瞬はリノンさんが座っている所へとそそくさと歩いて行ってしまった。

「???」

 私は、何だか釈然としない気分だったけど、それ以上に気になることが出来たので、そちらに集中することにした。

 見ると、ようやく先ほどのショックから立ち直った真友ちゃんが、スタスタと知己の下へ歩み寄っていた。そして、知己を挟んでミズキと向かい合うようにして腰を下ろした。

「一人じゃ大変でしょ」

 そう言って、手を差し出す真友ちゃんに、ミズキは全く相手にしない様子で。

「結構です。間に合ってます」

 と答えると、眠っている知己に話しかけた。

「痛いことをするお姉さんより、私のほうがいいですよね」

 カチン

 と頭にくる音が聞こえそうなくらい、真友ちゃんの表情が不機嫌なものへと変わった。

「いいから、貸して」

「いやです」

「どうして?」

「ずるい人は嫌いだからです」

 カチン カチン

 頭にくる音が鳴り響いた。怒りをかみ殺しながら真友ちゃんは返事をした。

「・・・私のどこがずるいって」

「全部です」

「それじゃあ分からないでしょ」

「じゃあ、言わせてもらいますけど。私は、さっきも今も、自分の気持ちに正直に動いて、知己さんのために尽くすことが出来る権利を勝ち取りました。けれど、真友さんはその度に私と知己さんの間に入ってきて、私が勇気を出して手に入れた権利を奪おうとする。これは、ずるいことではないのですか?」

 痛烈なミズキの言葉に、真友ちゃんは表情を固まらせた。

「私たち、ライバルですよね。ライバルって言うのは、お互いが正々堂々と真剣勝負で戦いあうからライバルって言うのだと思います。それなのに、真友さんは私というライバルの後を追いかけて、その努力を横から奪おうとしています。それって本当のライバルって言えますか?」

 詰め寄るミズキに、真友ちゃんは口を下唇をかみ締めたまま黙って俯いていた。ひざの上におかれた両手は白くなるくらい強く握り締められていた。

「私はいつも誰かをうらやましがってばかりでした。これは、先ほども言いましたよね。けれど、ここに来てから、少しずつですけれど変われた様な気がするんです。お互いを思いやりながら、本当の気持ちを伝えあう皆さんの姿を見て、私も自分の気持ちに正直になろうと思えるようになったんです」

 そこまで言うと、ミズキは不意に表情を柔らかくした。

「真友さん。私は、あなたと正々堂々と勝負したいんです」

 その言葉に、真友ちゃんは顔を上げた。そして、真剣な眼差しをミズキに向けて、強くうなずいた。それを見たミズキは、笑顔を見せた。

「だったら、私の後を追うような真似はしないで下さいね」

 そう言うと、またせっせと知己の汗を拭い始めた。真友ちゃんは、立ち上がると真っ直ぐに私の元まで歩いてきて、私の首元に抱きついた。そして、私の耳元でつぶやいた。

「・・・負けちゃった」

 その声は少し震えていた。今にも泣き出しそうな真友ちゃんに私は

「『今回』は、でしょ?」

 と伝えると、背中をポンポンと軽く叩いた。

「戦いは終わってないよ。そうでしょ?」

「・・・うん」

「だったら、頑張らなくちゃ。負けたくないんでしょ?」

「・・・うん」

「だったら、前に進まなきゃ。出来なかったことを出来るように、やれなかったことをやれるようにするには何が必要か真友ちゃんはもう知ってるでしょ」

「・・・『勇気』」

 その言葉を聞いて私は真友ちゃんの背中をもう一度ポンと叩いた。精一杯の気持ちを込めて伝えた。

「『誰もが持ってる心の力』。そう、尾田先生が言ってたよね。もし、真友ちゃんがその力を出し切れずにいるんだったら私が持っている『勇気』を分けてあげる。だから、負けないでね。弱虫な自分の心にだけは絶対に」

 そう言い終えた途端、真友ちゃんはその場で立ち上がった。そして、思い切り息を吸い込むと、一気に吐き出した。

「よしっ!勇気でたっ!」

 突然のことに私が呆然としていると、真友ちゃんはいつもの素敵な笑顔を見せてくれた。

「ありがと、のぞちゃん。元気でたよ。じゃあ、行ってくる」

 そう言うと、真友ちゃんは刹那ちゃんの下へと行くと頭をペコリと下げた。

(真友ちゃん?)

私が不思議そうに見ていると、真友ちゃんは何かを伝えた後、今度は両手を合わせた。すると、刹那ちゃんは黙ってうなずき、真友ちゃんと一緒に知己の下へと歩いていった。

(あ、そうか!さすが、真友ちゃんだ)

 知己の傍らに腰を下ろした刹那ちゃんは、静かな透き通る声。まるで、春にそよぐ風のような声で歌い始めた。


 静かに

 安らかに

 そのまぶたを閉じれば

 静かな

 安らかな

 夜の帳が下りてくる

 光の下に見えていた

 すべてのものが見えなくて

 光の下で見えなかった

 すべてのものが見えてくる

 心の光が月を照らし

 きらめく思い出は星となる

 静かに

 安らかに

 そのまぶたを閉じれば

 静かな

 安らかな

 夜の帳が下りてくる

 ・・・


 刹那ちゃんの詩は静かな海の潮騒のように優しく、絶え間なく続いた。

 近くで、誰かが寝息を立て始めた。

(誰か、寝ちゃったのかな・・・でも、仕方ないよね)

 刹那ちゃんの詩が心に染み渡ると、自然と私のまぶたも落ちてきた。

夜の帳が落ちてきた。

(・・・おやすみ・・・)


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