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遠足(夏)(7)

今日も午前様です。早く「天気の子」を観に行きたいですが、中々その隙が見つかりません。今日も頑張って更新終了です。

 それから私たちは、もと来たほうへと慎重に歩いて行った。幸い、あの巨大いも虫に出あうことなく、もとの場所に戻ることができた私たちは、瞬が枝を折ってつけてきた目印を頼りにみんなの元へと無事戻ることができた。


「おかえり。ずいぶん遅かったね。何か、あったのかい?」

 リノンさんの問いかけに、私たちは先ほど出あったいも虫のことを話した。

「なるほどね・・・」

 リノンさんの眉間にしわが寄った。そして、しばらく何事かを考えた後、私たちに尋ねた。

「あんたたちは、川の向こうでそいつにあったんだよね」

「はい」

 瞬が答えると、リノンさんは表情を和らげた。

「なら、問題ないや。まあ、とにかかくお疲れ様。こっちで少し休むといい」

 私はあわててリノンさんに『火の実』を差し出した。

「それより、リノンさん。これを知己にあげて下さい」

 私はポケットから『火の実』を取りだした。

「ああ、そうだった。すっかり忘れてたよ。あいつがあんまり気持ちよさそうに寝てるもんでな」

 そう言って、目配せした先には、真友ちゃんの膝枕ですやすやと幸せそうに寝ている知己がいた。

(本当に気持ちよさそう)

 なんだか、あんな目にあってまで『火の実』を採ってきたのが馬鹿らしくなってきた。

「じゃあ、これはもういらないんですか?」

「いや、今は刹那の詩を聞いて小康状態だけど、この先どうなるかは分からないから、『火の実』を与えておいたほうがいいね」

「よかった。せっかく採ってきたのに無駄になるかと思いました」

「ははは。ごめん、ごめん。けど、あんたたちがそれを取ってきてくれたことは決して無駄じゃないよ。そいつは、弱った身体に一時に活力を与える最高の薬だからね。しかも、保存もきくから持っておいて損はない」

「へえー、こんなに小さいのにそんなに栄養があるんですか?」

「そうだよ。それこそ、食べた瞬間に、身体に火がついたみたいに力が沸いてくるんだから。ためしに、一個食べてみたらどうだい?」

「いえ、遠慮します。それより、これ、どうやってあげたらいいんですか」

 私の問いかけに、リノンさんはいたずらっぽい笑みを浮かべて、真友ちゃんとミズキを見た。そして、ニヤリと笑いながらこう言った。

「そりゃあ、口移しにきまってるじゃないか」

「ええええええええ!!!」

 刹那ちゃんと知己を除いたみんなが驚きの声をあげた。ううん、違う。ミズキだけは驚きというよりは、喜びの声をあげていた。というのも、私の手のひらから『火の実』をさっと拾い上げたミズキは、知己のもとへと駆け寄ると、すかさず顔を近づけた。そして、『火の実』を唇に軽く含むと、あろうことか、その唇を知己の唇へと・・・

「させるかー!」

 振り上げた真友ちゃんの右手が一瞬でその姿を消した。

 スパーン

 空気が破裂するような音がした。見ると、ミズキはそのまま地面にうつ伏せになって倒れこんでいた。そのミズキの頭上から煙のようなものが立ち昇っているように見えるのはきっと気のせいだと思う。


「高山さん、今の見えましたか?」

 喉をごくりと鳴らしながら緊張した面持ちの瞬がそう尋ねてきた。私は、首を横に振った。

「いったーい!何するんですか!」

 頭をさすりながら、ミズキが立ち上った。

「何するんですか、じゃないわよ!それは、こっちのセリフよ!」

 怒りをあらわにする真友ちゃんに、ミズキは真剣な顔で真友ちゃんに詰め寄った。

「真友さんは、知己さんが元気にならなくてもいいって言うのですか!」

 その言葉に、真友ちゃんは自分の膝の上ですやすやと眠る知己のほうをチラリと見た。

「別に・・・そういうわけじゃないけど・・・」

「だったら、早く知己さんに『火の実』を与えてあげるべきですよね」

 勢い込むミズキに真友ちゃんは、少したじろいだ。

「それは・・・そうかもしれないけど」

「ですよね!」

 表情をぱっと明るくさせたミズキは、もう一度『火の実』を唇に含み、知己の唇へと近付けた。と、その瞬間、またもや真友ちゃんの右手が消えた。

 スパーン

 音が聞こえた時には、すでに真友ちゃんの右手はミズキの頭をすり抜けて、左側へと振り払われていた。見ると、ミズキは両手をだらりとしたまま、知己の胸に顔をうずめていた。

「・・・痛い」

「そりゃそうよ。痛くなるようにはたいたんだから」

 真友ちゃんが冷たく言い放った。ミズキは何も答えずに、ただ知己の胸に顔をうずめていた。それをみた真友ちゃんが苛立たしげに声をかける。

「ちょっと、ミズキ」

 返事はない。

「ミズキ」

 やはり返事はない。

「動けなくなるくらい強くは叩いてないでしょ。いいから、早くどきなさい」

 それでも返事はない。

「いいかげんに、知己から離れなさい!」

 真友ちゃんが声を荒げると、ミズキは横目に真友ちゃんをじっと見つめながら

「真友さんは、ずるい」

「何がずるいのよ」

「ずーっと知己さんの寝顔を独り占めしてた」

 うっ、と言葉に詰まった真友ちゃんは苦し紛れに、

「・・・それは・・・そうだけど。でも、それは・」

「私が譲ってあげたのに」

 拗ねたようにそう言ったミズキに、真友ちゃんは申し訳なさそうに目を伏せた。

「私が譲ってあげた後、一回も私に代ってくれなかったですよね」

「・・・うん」

「私は、きっと真友さんのほうから代ろうかって言ってくれるだろうと思って、待ってたのに」

 真友ちゃんは肩を落としたまま、消え入りそうな声で言った。

「・・・ごめん」

「私のこと、可哀そうだと思いませんか?」

「・・・うん」

「ですよね!」

その途端、ミズキはガバッと起き上がり、真友ちゃんに迫った。

「だったら、『火の実』を与える役くらいは私に譲ってくれてもいいですよね!ですよね!ですよね!」

「う、う・・・な」

「いいですよね、口移ししても!」

「な・・・」

「いいですよね!」

 防戦一方だった真友ちゃんは、きっ、と目を吊り上げた。そして、渾身の気迫で

「・な・・・わけ、あるかー!!!」

 あまりの大声に、寝ている知己の体がびくりと震えあがった。

「それは、それ!これは、これでしょ!膝枕と、口移しじゃ、天と地くらい違うわよ!」

 真友ちゃんの言葉に、ミズキはぶすっとした顔をして言った。

「じゃあ、どうするんですか。このまま知己さんを放っておくんですか。どうせ、真友さんは、知己さんのために口移しで与えるなんてことできないですよね」

「で、できるわよ。それくらい」

「じゃあ、やってみてくださいよ」

 そう言って、ミズキは『火の実』を真友ちゃんの唇に突き付けた。

「さあ、どうぞ」

「え・・・でも」

「知己さんのためなら、それくらいのことできるっていいましたよね」

「それは、そうだけど。って、誤解しないでよね、別に知己だから特別ってことじゃないんだよ。今回は、たまたま知己が苦しんでるっていうだけで」

「そんな、言い訳はいいですから、態度で示してください」

 そう言って、口びるに『火の実』を押し付けた。

「真友さんがやらないっていうのなら、私がやりますよ。さあ、どうするんですか。今、決めてください」

 真剣な眼差しを向けられた真友ちゃんは、えいっ、と目を瞑ると差し出された『火の実』を口にくわえた。

「覚悟を決めたみたいですね」

 ミズキはそう言って目を細めると、いたって冷静に言い放った。

「では、口移しで『火の実』を知己さんに与えてください。言っておきますが、本来なら私が進んでしようとした行いを真友さんにしぶしぶ譲ったということをお忘れなく。つまり、これから先、真友さんの行動にためらいがあった場合は、私が即座に交代させていただきます。その時は、一切文句は言わせません。いいですね」

 真友ちゃんは瞑っていた眼をゆっくりと開けると、じっとミズキの眼を見つめた。そして、静かに頷くと、ひざの上で眠る知己の顔へと眼差しを向けた。

(え、うそ!本当にしちゃうの!)

 あまりの展開の早さに、頭の中が混乱していた私も、ようやく現状を理解して慌てだして、周りを見渡した。

(あ!)

 見ると、リノンさんがくすくすと押し殺した笑いをこぼしているのが見えた。

(私たち、からかわれてる!)

 とっさに真友ちゃんを止めようとして、声が出なかった。

(・・・一生懸命な顔をしてる)

 知己に向ける真友ちゃんの眼差しは真剣で、それを見つめるミズキの眼差しも真剣だった。きっかけは、リノンさんの冗談だったのかもしれないけれど、真友ちゃんとミズキの間に交わされた言葉と気持ちは本物だった。

(そんな一生懸命な気持ちと行動を止めていいの?)

 そんなことを考えている自分がいる。それなのに、多分、私の中で大きな割合を占めている心の部分は

(止めさせて!)

 と叫んでいる。

(どうして?)

 とその心に尋ねると

(分からない)

 と返ってくる。そんな、今にも『やめて!』と叫びたいという気持ちと、『どうして?』という気持ちがぶつかりあって、心の中は嵐のようにはげしく揺れ動いていた。

(『迷ったら進め』だ!)

 そう自分に言い聞かせても、いつものようには勇気が沸いてこなかった。

(何が違うの?)

 自分のことなのに、分からないことだらけで、私は半分パニック状態になっていた。

(お願い、もう少し気持ちを整理する時間をちょうだい!)

 だけど、そんな私の気持ちとは裏腹に目の前の現実は確かに進んでいた。意を決した真友ちゃんは、ゆっくりと知己の顔へと自分の顔を近づけていった。そうして、知己の後頭部を右手で抱えるようにすると、ゆっくり、自分の唇を知己の唇に寄せていった。

あたりは、シーンと静まり返っていて、まるで世界全体が私と同じ緊張感を感じているのかのようだった。

(どうしたらいいの!誰か、助けてよ!)

 割り切れない自分の気持ちが助けの声を上げた時、真友ちゃんは目を閉じた。

(あ!)

 二人の唇と唇との間が息が届くくらいになった時、私はたまらなくなって口を開いた。

「知己!寝たふりはやめろ!いい加減、見苦しいぞ!」

(え!)

 私は開いた口をふさぐのを忘れて声の主へと目を向けた。私だけじゃない、真友ちゃんも、ミズキも、リノンさんも、刹那ちゃんも。みんなの視線の先にいたのは瞬だった。みんなの様子を確かめるようにぐるりと見渡すと、瞬は知己を指差し落ち着いた声で言った。

「後藤さん、そいつ起きてますよ」

「うそ!」

 慌てた真友ちゃんは、抱えていた知己の頭を突き放すと、その場から飛びのいた。その拍子に知己の頭が地面から這い出していた大きな木の根っこに激突した。

 ゴツッ

 鈍い音があがった数瞬後、

「痛ってえ!」

 知己は頭を抱えて転がり回った。

「ちょっと、知己!あ、あ、あんた、いつから起きてたのよ!」

「っつ。何がどうしたんだよ・・・くそっ、めちゃくちゃ痛てえ」

 後頭部をさすりながら、むくりと起き上がった知己は不機嫌そうな顔をすると、真友ちゃんをにらみつけた。

「お前か、こんなひどいことしたの」

「質問に答えなさいよ!」

「はあ?なんのことだ?」

「いつから起きてたのかって聞いてんのよ!」

 詰め寄る真友ちゃんに、知己は首をかしげると、瞬のほうへと顔を向けた。

「おい、瞬。こいつ、何言ってんだ?」

「まあ、ちょっとした勘違いだ」

「勘違い?」

 再び首をかしげる知己に、瞬はつかつかと歩み寄ると、にこやかに言った。

「すまんな、俺の勘違いだ。許せ」

「だから、何の勘違いか説明してくれよ。これだけ痛え目にあったんだからよ」

「まあ、そう言うな。お前は寝ている間、十分いい目を見てたんだ。ねえ、後藤さん?」

 事態が飲み込めない様子の真友ちゃんは、ぽかんと口を開けたまま呆然としていた。

「まあ、そんなことより。知己、お前、身体のほうはもう大丈夫なのか?」

「あ、あーそう言えば、さっきよりは良くなった感じだな。けど、身体はやっぱりだるくて寒気がするぜ」

「どれどれ」

 瞬は知己の額に手を当てた。

「まだ、熱はあるみたいだな。じゃあ、俺と高山さんの苦労は無駄にならなかったってことだな」

「???何のことだ」

 またまた首をかしげる知己に、瞬はポケットの中から取り出した『火の実』を差し出した。

「お前が寝ている間に、俺と高山さんで採ってきたんだ。『火の実』っていうらしい。栄養価が非常に高く、滋養強壮にいいそうだ」

「おお、サンキュな」

 そう言うと、知己は何のためらいもなしに『火の実』を受け取り、口の中に放り込んだ。途端、知己の顔が真っ赤になった。そして、みるみる額や首から汗が流れ始めた。

「なんだこりゃ、めちゃくちゃ熱くなってきたぜ」

「そりゃそうだ。その名の通り『火』のように熱くなる『実』だからな」

 リノンさんはそう言うと、知己の傍らに寄り添い、知己を静かにその場に寝かせた。そして、持っていた布で知己の身体の汗を拭い始めた。

「ちょっと、いいよ。身体くらい自分で拭けるって」

 恥ずかしがる知己をリノンさんは「静かにしてろ」の一言でたしなめた。

「いいから、黙って寝てな。病気の時くらいは甘えていいんだから」

 そう言って優しく汗を拭ってくれるリノンさんに、知己は頬を赤らめてぷいっと横を向いた。

「『火の実』って言ったっけ」

「うん?」

「俺が瞬にもらったやつ」

「ああ、そうだよ」

「これ、本当に大丈夫なのかよ」

「そうだよ」

「けど、これじゃあ、余計に熱が上がるんじゃねえか?」

 不安そうに尋ねる知己に、リノンさんはカラカラと笑って言った。

「心配しなくていいよ。この汗が出きった頃には熱も下がるし、元気も出てくる。こいつは、飛び切り良く効く薬だからね。あんたは、熱が下がるまでゆっくり目を瞑ってればいいさ」

「そっか。なら、安心だな」

 そう言うと、知己は横になったまま、また目を閉じた。そして、しばらくすると静かに寝息を立て始めた。


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