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遠足(夏)(5)

今日も午前様ですが、昨日よりは早く更新できました。夜遅くでも作品を読んでくれることに心から感謝です。

(どうしたんだろう、なんだか慌ててたみたいだけど)

 少し気になったけど、探しに出てから結構な時間が経っていることに気が付き、私も急いで『火の実』を探すことにした。

(えーっと、たしか背の低い木で葉っぱに隠れるようにして真っ赤な実がなっているって言ってたよね)

 リノンさんの言葉を思い出しながら、私は腰を低くしながら川沿いを進んでいった。川辺には背の低い木が至る所に自生していて、私は条件に合いそうな木を見つけては一つ一つ枝を持ち上げて確かめていった。

(思ったより大変だ)

 そう思ったころには結構な時間がたっていた。

(早く見つけて、知己に食べさせてあげなくちゃ)

 少しずつだけど気持ちが焦ってきて、さらに歩みを進めて探し回ってけれど、一向に見つかる気配がなかった。結局1時間くらい(時計がないから正確な時間はわからないけれど、多分それくらいの時間)経ったころ、いつの間にか瞬と分かれた場所からかなり離れてしまったことに気がついた。

(少し、離れすぎたかな)

 瞬が心配するといけない。そう思って、引き返そうとした時、向こう岸の茂みに何か赤いものがチラリと見えた気がした。私は、あわててそちらに目を向けると、そこには、丸くて小さな葉で覆われた背の低い木が何本も重なるようにして生えていた。私がじっと目を凝らしていると、川の上を風がさっと流れた。その風にあおられた葉が小さく揺れ動いた。

(あ!)

葉と葉の間から赤いものがチラリと見えた。

(あった!きっと、あれだ!)

 私は、川を横切るように倒れていた朽木を踏み台にして、向こう岸に渡ると、その木の枝を思い切り持ち上げてみた。すると、そこには・・・


 黄色と赤のまだら模様

 ぶにぶにとした

柔らかそうな皮につつまれた

 長さ20センチくらいの

 それは、それは大きな

 い・も・む・し


 背筋にぞっと悪寒が走ると、心よりも先に身体が悲鳴をあげた。

「きゃああああ!!!!」

この時の私はきっと頭が真っ白になって、ただひたすら「きゃー、きゃー」悲鳴を上げていた。そういえば、私は、いも虫が苦手だった。3年生の時、学校でモンシロチョウを卵から育てた時があった。その時も、

『何もしないから触ってごらん』

と先生に言われても、

『かわいいよ。』

と友だちにすすめられても、一度として触れることはなかった。私は、その小さくてプニプにした姿を見て

(触れただけで、はじけてしまいそう)

 それが私の印象だった。小さな命が、薄くてもろい皮の中一杯に詰め込まれているかと思うと、怖くてとても触る気になれなかった。触ることで命を奪ってしまうかもしれないことへの怖さが、きっとあったんだと思う。だけど、今、私が感じている恐怖はそれとは全くの別物だった。本当の、本気で気持ち悪く、怖いと感じていた。

(離れなくちゃ!)

 思いついたことはそれだけだった。私は、悲鳴を上げながら思い切り後ろに飛びのいた。と、その拍子に枝の上から

 ボトリ

 鈍い音と共に大きな芋虫が地面に転がり落ちた。そして、こともあろうに私のほうへと向かってきた。

「・・・・・・!!!!」

 あまりの恐怖に声も出なくなった。

(誰か、助けて!)

 目を瞑って、そう念じた瞬間、

「高山さん!」

「瞬!」

 私はとっさにそう呼びかけ、声の方向へと目を向けた。瞬が、川のほとりを水しぶきをあげながら全力で走ってくる。

「どうしたんですか!」

「いも・・・いも・・・」

 口がこわばってはっきりとしゃべれない。私は、震える指で巨大いも虫を指差した。

「これですか?」

 瞬はいも虫の背中をむんずとつかむとひょいと持ち上げた。そして、そのまま茂みの奥へ歩いて行くと目の前にあった木の枝にゆっくりと載せた。

「これでいいですか?」

 そう言って腰を下ろしたままの私に手を差し出した。

「どうぞ」

 瞬に促されるままに、その手をつかむと、ゆっくりと立ち上がった。

「ありがとう。助かったよ」

「いえ、大事がなくてよかったです」

「十分大事だったよ。だって、あんなに大きないも虫なんて初めてみたんだから」

「そうですね、僕も初めてです。けど、船の上で見た巨大イカほどのではありませんでしたけどね」

「それは、そうかもしれないけど、私は断然、こっちのほうが怖かった」

「へえ、それはどうしてです?」

 言われて、とっさに私はこう答えた。

「だって、イカは食べられるけど、いも虫は食べられないじゃない」

「・・・へ?」

 瞬が不思議そうな顔を向けてきた。私は言ってみて、馬鹿なことを言ったなと思った。

「どういう意味ですか?」

 瞬に真顔で聞かれて、だんだん恥ずかしさがこみ上げてきた。私はとっさに、

「だって、考えてよ。食べられるか、食べられないかの違いって大きいよ。食べられるものが大きいと得した気分になるけど、食べられないものが大きいと怖いでしょ」

そう答えていた。

(あれ、ちょっとちがうかな・・・)

 私がまたしても馬鹿なことを言っちゃったな、と反省をしていると、思いもかけず瞬が

「そうですね。本当にその通りだ。さすが、高山さんですね」

 としきりに感心してくれた。

(あれ?)

 予想と違った反応に戸惑っていると、瞬は本当に嬉しそうな顔でこう言ってくれた。

「でも、高山さんが無事で本当に良かった。」

 よく見れば水と汗で身体中びしょ濡れになっている。

(私のことを本当に心配して来てくれたんだ)

 そう思うと、胸の奥がきゅっと締め付けられるような気持ちになって、いつの間にか瞬の手を握っていた。

「え!」

 目を丸くしてこちらを見つめる瞬に私は

「ありがとう、瞬。瞬が助けに来てくれて、本当に嬉しかった」

 感謝の思いを込めて、そう伝えた。瞬は顔を真っ赤にしたまま、目を反らし。消え入るような声で「はい」とだけ答えた。

 ガサガサ

 草がこすれあう音が聞こえたかと思うと、草むらを掻き分けて何かが顔を出した。

「きゃあああ!!」

 思うよりも先に声を上げていた。

(い、い、いも虫!!!)

 さっきのいも虫が草むらから顔をのぞかせながら左右に首を大きく振っていた。まるで、何かを探しているように。と、私のほうに首を向けたところで、ぴたりとその動きを止めた。

(うそでしょ・・・)

 私が『まさか』と思った頃には、いも虫は私のほうへと向かってゆっくりと進み始めていた。立ち尽くす私の前に瞬が立ちはだかってくれた。

「大丈夫です、高山さん」

 そう言った瞬の背中は、いつもより大きく感じた。私は身体を瞬の背中に寄せると、小さな声で「うん」とだけ答えた。

「これ以上、高山さんを怖がらせないでくれよな」

 瞬はいも虫に近づくと、さっとその背中に手を伸ばし、むんずと掴み取った。と、その瞬間、

 ぷしゅる、しゅる

 いも虫の口から真っ白な細い糸が、瞬目がけて勢いよく噴出され始めた。

「うわっ!」

 両手でその糸を防ごうとしたけど間に合わず、あっというまにその糸は瞬の上半身を絡め取り身動きを取れないようにしてしまった。そして、バランスを崩した瞬はその場に倒れてしまった。

「大丈夫!瞬!」

 私が慌てて駆け寄ろうとした。

「逃げてください!!」

 叫びにも似た声だった。

「早く、高山さん!ここから離れてください!こいつはただの虫じゃありません!このままでは、高山さんまでこいつの餌食になってしまう!だから、早く逃げてください!!」

 そう言っている間にも、瞬の言ったとおり巨大ないも虫が私のほうへと近づいてきていた。背筋に悪寒が走り、身体の震えが止まらなかった。けれど、逃げようという気持ちは少しもなかった。

「瞬を置いて、逃げれるわけないでしょ!必ず、助けるから!」

 私はいも虫から距離を置きながら、回り込んで瞬のもとへ近寄ろうと試みてみた。

(まずは、この子を瞬から離さなくちゃ)

 少しずつ後ろへ下がりながらいも虫を誘導してみた。けれど、瞬から2mほどの距離になるとぴたっと動かなくなった。

(この子は、私が瞬から離れられないことを知ってるんだ。じゃあ、これならどう)

 私はすばやく左回りに移動してみた。すると、いも虫は身体を大きく右側に反らしながらこちらのほうへと向き直り始めた。けれど、思ったとおり身体全体の方向を入れ替えるのには時間がかかるようだった。私はその場でしばらくいも虫がこちらへと向き直るの待った。そして、完全にこちらを向いたところで、今度は瞬を中心に右回りに全速力で走った。

(今だ!)

 いも虫が方向転換をしている間に、瞬の傍に駆け寄り、すばやく瞬の身体を抱き起こした。

「走れる?」

「はい!」

「じゃあ、行くよ!」

「はい!」

 私は瞬の身体を支えながら、全速力で駆け出した。上半身を絡め取られたままの瞬はバランスを取りにくいようでスピードを出して走ることはできなかったけれど、それでも地面を這ういも虫よりも何倍も速く、無事逃げ切ることが出来た。


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