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休息二日目 校外学習(23)

本日の更新完了です。

「あれ?どこ行ったんだ?」

 知己があたりを見回しながら何かを探しているような素振りを見せた。

「どうしたの、知己?」

「おう。ミズキの姿が見あたらねえんだよ。おーい、ミズキ!」

 知己が呼びかけると、すぐ近くからミズキの声が帰ってきた。

「・・・ここです」

 声の先に目を向けると、そこには周りの光に照らされてミズキのシルエットが薄暗く映し出されていた。まるで、光の世界に、一人だけ影が迷い込んでしまったみたいに、はかなげで、弱弱しく見えた。ミズキの影を見ていると、胸の奥が締め付けられるように苦しくなった。何か声をかけなければと思っても、何と言えばいいのか分からなかった。

「あー、よかった」

 知己の屈託のない声が響いた。

「どっかに行っちまったんじゃないかと心配しちまったじゃねえか」

 知己の言葉が胸に染みた。

(そうだ、それだけでいいんだ)

 素直な、心からの言葉だから一番深くに届くんだ。

「ありがとうございます、知己さん。心配をおかけしてすみません」

 そう答えたミズキの声は心なしか明るく感じた。

「おう。まあ、そんなことは別に気にしなくていいんだけどよ・・・それよりも」

 知己はミズキのほうへと歩み寄ると、その影に包まれた姿をジロジロと見始めた。

「何ですか?」

「なんで、お前だけ光ってねえんだ?」

「うーん。本当にどうしてなんでしょうね、私も分かりません」

 明るく答えたつもりだったのだろうけれど、その声は今にも泣き出しそうだった。そんなミズキに知己はあっけらかんとこう言った。

「そうだよな。俺だって、自分がなんで光ってんのかなんて分からねえもん。まあ、気にすることねえんじゃねえか。今は、夜だし明かりもねえんだから、暗いのが当たり前で、光ってる俺たちのほうが異常なんだからよ」

「知己さん・・・」

 ミズキは知己のそばに近寄ると、知己の右手を両手でしっかりと握り締めた。

「知己さんの手って、あったかいんですね」

「そうか?普通だと思うぜ」

「ううん。あったかいです。今は、夜だから特にそう感じるのかもしれませんけど」

 そう言いながらミズキは知己の右手をそっと自分の頬に当ててみた。

「ほら、あったかいですよ」

「うーん、まあ、そうかもな」

 知己は照れくさそうに頭をかくと、「そろそろ、いいか?」と言って右手を引っ込めた。

「まあ、そういうわけだから。気にすることねえんじゃねえか。俺も、気にしねえし。みんなだって、気にしねえんじゃねえか。なあ、希望」

 知己の言葉に、私はここぞとばかりに答えた。

「うん!知己の言うとおりだよ!『みんな違って、みんないい』だよね」

「お、それ知ってるぜ。3年生の時の国語のやつだろ」

 知己が答えると、瞬がすかさず注釈を加えた。

「金子みすずの作品ですね。作品名は『私と小鳥と鈴と』です。」

「うん、それ!ミズキが今、光っていないのも、私たちが光っているのもきっと何か意味があるんだよ。だけど、違っているから気づけることも沢山あって、きっとその一つ一つがとても大切なことなんだよ。私はそう思うんだ」

 私の言葉にミズキは「そうだね」と小さく答えた後、少しおかしそうにこう尋ねてきた。

「希望には、その意味が分かってるの?」

「ううん。分からない。ミズキには分かる?」

「ううん」

そう言って、ミズキは首を横に振った。私はミズキに向かって宣言するようにこう言った。

「だから、一生懸命考える。一生懸命悩む。それから、出来ることを探して、一生懸命やってみる。だって、それしかできないもの」

『今、ここで、出来る限りの精一杯』

教わった言葉が、胸の奥からこみ上げてきた。何故か、嬉しかった。

ミズキは、少し弾んだ声で「ありがとう、希望」と言うと、また、知己のほうへと向き直った。

「『みんな違って、みんないい』って、いい言葉ですよね」

 ミズキはそう言うと、くるりと回って見せた。昼間と違い、黒く見える長い髪が、淡い光の空間の中に、螺旋の影を描いた。

「知己さん、どうですか?」

「天使みてえだな」

 知己は、なんのてらいもなくそう言うと、無造作にミズキの翼に手を伸ばした。二枚の翼が突然、大きく震えた。

「うわっ。びっくりした」

「びっくしたのはこっちですよ!」

 ミズキは驚きを隠せない様子でそう言うと、後ずさって知己から距離を置いた。

「ああ、ごめん、ごめん。だけど、べつにスケベな気持ちで触ろうとしたわけじゃねえぜ。俺の名誉の為に言っとくけど」

「そ、それは、分かってますけど。知己さんが、そんなことする人じゃないってことは。だけど、突然、触れようとするから・・・驚くに決まってるじゃないですか!」

「そうよ、知己!あんた、女の子の身体ってのはね、無闇やたらに触っていいもんじゃないのよ!」

 真友ちゃんの言葉に、知己は「うるせー!」と答えると、ペコリと頭を下げた。

「本当に、ごめん。でも、何度も言うけどよ変な気持ちで触ろうとしたわけじゃねえんだぜ」

「・・・どうして、ですか?触ろうとしたのは」

 少し落ち着きを取り戻したミズキの問いかけに、知己は少し照れながらこう言った。

「もしかしたら、本当に天使の羽みたいに柔らかくなってんじゃねえかと思って」

「天使の羽?」

 ミズキは首をかしげた。

「だからよ、さっきも言っただろ。天使みてえだって。色や形がはっきり見えねえからだろうけど、お前の翼が、天子の羽みたいに見えたんだよ。だから、その、なんだ」

 知己は少し言いよどみながら言葉を続けた。

「もしかしたら、本当に白い羽が生えてきたんじゃねえかなって、そう思ったんだよ。そしたら、自然と手が伸びてたっていうのか、何と言うのか・・・あー、もう、とにかく、すまなかった!ごめんなさい!もうしません!これで勘弁してくれ!」

 最後のほうは支離滅裂だったけど、知己の言葉は私の胸に響いた。

(見えないから、見えるものもあるんだ)

 きっと、知己はミズキの姿じゃなくて、心を見たんだ。

(すごいな、知己は)

 知己とは小さいころから沢山の時間を過ごしてきたけれど、今でも知己の良いところが毎日のように見つかる。すぐ調子に乗って言葉や行動が過ぎたりすることも多いけれど、それでもやっぱり知己のこういう物の見方にはいつも感心させられる。

「もう、これくらいで許してくれよ。な?」

 知己がそう言うと、ミズキはこくりとうなずいた。

「ありがとな。ミズキ」

「いいえ、知己さん。こちらこそ、本当にありがとうございました。知己さんの言葉、本当に嬉しかったです」

「え?俺、何か言ったか?」

「はい!元気になれる言葉の薬を、胸いっぱいにいただきました!」

「そっか。なら、よかった」

「はい!」

 元気一杯返事をしたミズキは、すっと知己の横に寄り添うと知己の頬にキスをした。

「これは、お礼です」

 嬉しそうにそう言って小躍りするミズキとは対照的に、知己は呆然としたままその場に立ち尽くした。

「あー!!!!」

 森の生き物たち全員が目を覚ましてしまいそうな悲鳴にも似た叫び声が響き渡った。

「ミズキ!何してんのよ!!

 大またでミズキたちのほうへ歩み寄る真友ちゃんに、ミズキは平然と答えた。

「お礼のキスです。」

「なんで、キスがお礼なのよ!!」

「知己さんが喜んでくれると思ったからですよ」

 その瞬間、怒りの矛先が知己へと飛び火した。

「知己!あんた、何されてんのよ!!」

「え、俺か!俺が悪いのか!」

「そうよ、あんたが全部悪いのよ!!」

「ちょっと待て、俺は何も悪いことしてねえぞ、な、ミズキ」

「はい。知己さんは、悪いことどころか、いいことしかしてません。だから、お礼のキスです。知己さん、嬉しいですか?」

 そう言って、自分の顔を知己の顔にうんと近づけた。知己はどぎまぎしながら、

「そりゃあ、嬉しいか、嬉しくないかで言えば・・・嬉しいかな。柔らかかったし」

「知己!!!あんた、絶対許さない!!!」

 真友ちゃんの正拳が知己の顔面めがけて突き出された。

「うぉっと」

 間一髪のところで拳をかわした知己はその場から逃げ出した。

「待ちなさい!知己!」

「俺は何もしてねえだろ!」

「うるさい!うるさい!うるさい!いいから、さっさとあたしに成敗されなさい!」

「あー、もう、分けわかんねえ!」

 そう言って、二人は世界樹の元で猫とねずみの追いかけっこのようなことを始めた。もちろん、猫が真友ちゃんで、知己がねずみだ。淡い光を放つ不思議な世界での二人の逃走劇は、いつも見慣れている光景のはずなのに、とても幻想的で美しく見えた。

「ちょっと、いいですか」

 不意に瞬に袖を引っ張られた。

「何、瞬?」

「こっちへ、来てくれませんか?」

 小声でそう言った瞬の言葉からは緊張が感じられた。私は、浮かれた気持ちを切り替えて小さく頷くと、瞬の後をついていった。瞬に連れてこられたのは、近くにあった世界樹の根が地面からせり出している場所だった。

「何か大切なこと?」

 私が尋ねると、瞬はミズキのほうへとちらりと目を向けた後、口を開いた。

「ミズキさんのこと、どう思いますか?」

「???」

 質問の意図が分からず首をかしげると、瞬は「すみません」と質問を変えた。

「ミズキさんだけ、光を放っていないということを高山さんは、どう思いますか?」

「きっと、なにか意味があるんだと思うけど、それが何なのかは分からない」

 素直な気持ちを伝えた。だって、本当に分からなかったから。

(本当にそうなの?)

 もう一人の自分が、自分の考えにクエスチョンマークをだした。

(本当は分かっているのに、分からないふりをしているだけじゃないの)

 きっと、私の中にある一つの考えが私にそんなことを思わせるんだと思う。けれど、私はその考えを認めたくない。そうだ、分からないのではなく、分かりたくないが私の気持ちの中での一番の正解なんだ。

 そこまで思い至ったとき、瞬が口を開いた。

「僕の考えを述べさせていただきます。恐らく、ミズキさんの身体が光らないのは、」

「待って!」

 私は慌てて瞬の言葉を制止した。瞬は、黙って頷いてくれた。

「ごめんね。瞬。言いたいことも、言おうとしてることも多分だけど分かる。分かってるつもり。それが、本当のことなら認めないといけないことも、認めることで始めて向き合えることも分かる。だけど・・・だからこそ・・・私はミズキを守りたい。きっと、みんなも・・・多分だけどミズキも気がついていると思う。けれど、誰も口にしないのは、自分の中の不安と戦っているからだと思う。私は、それも勇気だと思うんだ。不安を抱えながら、一生懸命いい方向へと進もうとする気持ちは、きっと勇気なんだと思う」

 それ以上、言葉が出てこなかった。いろいろ言ってみたけれど、『見て見ぬふりをする』ことじゃないかと言われると、返す言葉はなかった。本当に、その通りかもしれなかったから。

(でも、言葉にはしたくない。たとえ、それが事実でも。それでも、ミズキは私たちの大切な仲間なんだから)

「申し訳ありませんでした」

 そう言うと、瞬は深々と頭を下げた。そして、大きなため息を一つついた。

「高山さんの言うとおりですね。忘れていました。僕たちが何のためにここにいるのかということを。尾田先生がいつも言っていましたね。『何のためなのか、ということをいつも考えるようにしなさい』って。そのために、沈黙が必要なこともあったんですね」

「瞬」

「以前、何かの本で読んだ一節にこういうのがありました。『神は言葉という最も軽いものであるがゆえに、最も重い罰を与えた』たとえ、それが冗談や、嘘であったとしても、言葉にすると、その通りになってしまう。日本の言霊ことだまや呪術にも通ずることですね。言葉にしないことのほうが、いいこともある。失念していました。本当に申し訳ありませんでした」

 瞬はそう言って、もう一度頭を下げた。

「瞬」

「はい。何ですか?」

「いつも、ありがとう」



 それから、しばらくして知己と真友ちゃんは息も絶え絶えになりながら元の場所に帰ってきた。そして、その場に倒れこむように地面に寝ころがった。二人とも、全身汗まみれで、しゃべるのも辛そうなくらい大きく肩で息をしていた。

「・・・覚えてなさいよ」

 最後の力を振り絞るように出した言葉に、知己は眼をつむりながら一言。

「・・・いやだ、寝。」

 そう言うと、すぐに寝息を立て始めた。そんな二人の様子を見て、リノンさんが立ち上がって話し始めた。

「よーし、もう夜も更けた。いろいろあったけど、そのおかげであんたたちが向かうべき方向も確認できたし、みんなの心も決まった。これ以上ないくらい、いい一日だったんじゃないか。だったら、後は寝るだけだ。まだ、眠くないというやつは静かに横になって、この光景に思いを馳せておくといい。世界樹の元でしか、見ることのできないものだからね。まあ、とにかく、あたしは眠い。あんたらほど若くもないし、今日は疲れた。なので、おやすみ」

 そう宣言したリノンさんは、さっと横になると静かに目を閉じた。そうすると、さっきまでの賑やかさが嘘のように、静かな、ゆっくりとした時間が流れ始めた。私は真友ちゃんの傍に横になった。ミズキと刹那ちゃんも同じようにした。

「真友ちゃん?」

 声をかけたけど、返事はなかった。代わりに、可愛い小さな寝息が聞こえてきた。

「真友さん、寝ちゃったんですね」

「うん。そうみたい」

「ふふ。ちょっと、意地悪しすぎちゃったかな」

 ミズキの意外な言葉に、私は身体を起こしてミズキのほうへと向き直った。そして、ミズキの方をまじまじと見ながら、尋ねた。

「自覚、あったの?」

「はい」

 暗くて見えなかったけれど、きっといつものさわやかな笑顔でそう答えたんだと思う。

「でも、これくらいいいですよね」

「よくないよ。真友ちゃんは、本当に知己のことが好きなんだよ」

「私だってそうですよ。言ってませんでしたか?」

「・・・言ってた」

「ですから、少しくらい嫉妬したり、意地悪してもいいと思いませんか?」

「・・・でも、真友ちゃんが可哀想だよ」

「私も、可哀想です」

 きっぱりとした言葉に、胸を突かれた。それきり、私は何も言えなくなってしまった。

「冗談ですよ」

 先ほどとは打って変わった明るい声だった。

「希望。冗談です。私は可哀想じゃありませんよ。だって、みなさんと出会うことができたんですから。こんなに素晴らしいことはないです。けど・・・」

 ミズキは少しためらいがちに言葉を続けた。

「私も、真友さんや希望みたいに、もっと早く知己さんに会いたかったな。そうしたら、きっと・・・」

 ミズキはそこまで言うと口を閉じた。私は、続きの言葉を聞き返そうと思ったけど、少し考えて止めた。多分ミズキは、聞き返してほしくない。そう思ったから。だから、私も口を閉じた。そして、ごろりと仰向けになった。視界に映る世界樹の枝や葉が放つ淡い光が、満天の星のように見えた。

(綺麗だな)

 心が自然と穏やかになる。いろいろな悩みや、問題もまだまだあるけれど、それでも今こうして世界を綺麗だと感じることができていることが嬉しかった。

(そう言えば、尾田先生に空を見上げてきなさいって言われたことがあったなあ)

 つい、2,3日前に聞いた言葉が、まるでずっと昔に聞いたことのように思われた。それくらい、この世界に来てからの時間が長く感じられているのだと思う。私は静かに瞼を閉じた。体の疲れがすっと抜けていくのを感じた。疲れも痛みも、心地よさも感じる。

(これが本当に夢の中なのかな?)

 体はこれが現実だと伝えている。けれど、起こる出来事は夢の中としか思えない非現実的な出来事ばかり。なのに、目の前に映る光景は、私にとって現実としか思えない。

 本当にこの世界は夢の中なのか。

 夢の中なのなら、どうすれば元の世界に戻れるのか。

 もし、そうなった場合、ミズキたちはどうなるのか。

 この世界はどうなるのか。

 考えれば考えるほど不安が込み上げてきた。私は、目を開けた。世界は、変わらず綺麗だった。心が平安に満たされていった。

(そうだね。あせっちゃいけない)

 自分に言い聞かせた。

(考えないといけないこと、やらないといけないこと、まだまだ一杯ある。だけど・・・)

 胸の奥に尾田先生を思い浮かべた。

(『今、自分にできることを精一杯』ですよね!)

 その言葉に、尾田先生が優しく微笑んでくれた。ようやく私は、今日一日を終えることができる気がして、囁くような声でみんなに告げた。

「おやすみなさい」


今日の更新でようやく休息二日目の終了です。長い間お付き合いありがとうございました。

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