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休息二日目 校外学習(21)

仕事が繁忙期なので仕方ないですが、本日も午前様の更新です。遅々として進まない展開の中、お付き合いいただいて本当にありがとうございます。

「・・・分かりました」

 うつむいたまま、そう言った瞬に私は「ありがとう」と告げた。瞬は、やはりうつむいたままで、顔を上げようとしなかった。

ぽたっ

乾いた落ち葉に、水滴が落ちる音がした。

(雨?)

 一瞬そう思ったけど、すぐにその考えを否定した。なぜなら、ここは世界樹の木の下で雨なん振り込む隙なんてないほど枝と葉が生い茂っているのだから。

 ぽたっ、ぽたっ、ぽたっ

 続けて聞こえた。と同時に、「ひっく」としゃくりあげる声が聞こえた。声の主は

「瞬、どうしたの?」

 見ると、瞬の鼻先から幾滴もの涙が零れ落ちていた。その涙を見た瞬間、胸が締め付けられた。私は即座に瞬に謝った。

「ごめんなさい!せっかくの、瞬の気持ちを踏みにじってしまって!瞬は、いつも私たちのことを考えてくれているのに、自分勝手なことを言って、みんなを危険にさらすようなことばかりしてしまって!ほんとうに、ごめんなさい!」

 私は、思い切り頭を下げた。届くものなら地面に頭を擦り付けたい気分だった。

(私は、馬鹿だ。自分の言いたいことだけ言って、瞬の気持ちを聞こうとしてなかった。ごめんなさい、瞬。本当に、ごめんなさい)

 心の中で何度も謝りながら、私は頭を下げ続けた。

「高山さん、顔を上げてください」

 瞬の声に、私は頭を上げた。そこには、涙を流しながら笑顔を浮かべる瞬の姿があった。私は、その笑顔にかける言葉が見つからなくて、もう一度謝ろうと口を開いた。

「高山さん、誤解です」

 瞬の言葉に、私は開いた口をゆっくりと塞いだ。その様子を見て取った瞬は、改めて話し始めた。

「高山さんは、僕の心をふみにじってなんかいません。むしろ、僕は嬉しいんです。だからでしょうね、涙がこぼれるのは」

 そう言うと、瞬は上着の袖で涙をぬぐった。

「高山さん。ありがとうございます」

「え?」

 突然のお礼の言葉に、私は戸惑ってしまった。

(私、何かお礼を言われるようなことをしたかな?)

 考えてみたけれど、思いつかずに首をかしげていると、瞬はくすりと小さく笑って言葉を続けた。

「僕は、いつも大切なものをもらってばかりです。今も、もらいました。ですから、お礼させてください」

「それだったら、私のほうが瞬から沢山大切なものをもらってるよ!」

 私は反論した。

「今だって、『友だちのために何かをするってことがどういうことなのか』ってことを考えさせてもらえたし、『命の使い方』についても考えさせてもらえたもの。一人じゃ、絶対に考えなかったことを瞬は考えさせてくれた。ううん。それよも、何よりも誰よりも私たちのことを真剣に考えてくれている。このことだけで、いくら『ありがとう』っていっても言い尽くせないよ」

 一息にそこまで言ってから、私は思い切り頭を下げた。

「いつも、ありがとう!これからも、よろしくお願いします!」

(あれ?)

 言いたいことを言い切ってから、ふと我に返った。

(もしかして、私、すごく格好悪いことしてるかも?)

 よく考えたら、瞬の話の途中だった。話の途中で、むきになって反論して、あげくのはてに自分の言いたいことだけ言って、思い切り頭を下げる女の子って結構格好悪いような気がする。そう思ったら、突然恥ずかしくなって頭に血が上ってきた。

(どうしよう、恥ずかしい)

 恥ずかしさのあまり、顔が上げれずそのままじっとしていると、誰かが私の肩を優しく叩いた。

「のぞちゃん、頭をあげなよ」

 真友ちゃんの声に、私は恐る恐る頭を上げた。

(あれ?)

 目の前にいたはずの瞬がいつのまにかはるか遠くに行っていた。瞬のそばでは知己が瞬の言葉に何度もうなずいているのが見えた。

(まさか、私の行動にあきれてしまって、付き合いきれないと思われちゃった)

 不安になった私は、真友ちゃんに小声で聞いてみた。

「瞬、どうしたの?」

 真友ちゃんはニヤニヤしながら、

「そりゃあ、のぞちゃんにあんだけ言ってもらえたら、あんな風になっちゃうんじゃないの」

 そう言うと、声を殺して笑い始めた。

「???」

 私は訳が分からず、瞬たちのほうを見たり、真友ちゃんのほうを見たりしていると、ミズキがそばにやって来て、右手を差し出した。

「どうしたの?」

 私が聞くと、ミズキは優しく微笑んだ。

「私も、希望からもらったよ。大切なもの。だから、握手。ありがとうの気持ちと、親愛の気持ちを込めた握手」

 私は訳は分かっていなかったけど、ミズキの一生懸命な気持ちは分かったから何も言わずに右手を掴み、握手をした。

「ありがとう、希望」

 そう言ったミズキの眼差しは、本当に真っ直ぐだった。だから、私は心に湧き上がった気持ちをそのまま伝えた。

「こちらこそ、ありがとう。私、頑張る。ミズキの一生懸命な気持ちに応えられるよう精一杯頑張るから」

「うん。私も頑張るね」

 私が右手に力を込めると、ミズキも強く握り返してきた。

「あー、ずるい!あたしも混ぜてよ!」

 そう言って真友ちゃんは、私たちの握手の上に両手を重ねた。

「当然、あたしも頑張るよ。二人とも、あたしの大切な友だちだからね。それに、刹那ちゃんも、あそこにいる二人もみんな頑張るよ。なんたって、頑張る意味がはっきりわかったんだから。だったら、頑張るしかないでしょ」

 ミズキと私は同時に頷いた。ふと気づくと、刹那ちゃんが私の服の裾をしっかりと掴んだまま、何度も頷いていた。

(ああ、まただ。また、みんなが私に力をくれている)

 どうしてかな。言葉にならないみんなの気持ちが伝わってくるような気がする。よく、『目は口より物を言う』っていうけれど、それと似たようなことなのかな。

(あ、もしかしたら。瞬が言っていた大切なものって、そういうことなのかな)

 私は真友ちゃんに聞いてみた。

「ねえ、真友ちゃん」

「なに?」

「私、瞬に私の気持ちを伝えることできたかな?」

「ばっちし!あれで分からなきゃ、瞬じゃないね」

「でも、一方的に気持ちを押し付けるようなことを言ってしまったから・・・」

 自分で言って不安になってきた。

(私の悪い癖だ。すぐに感情的になって、自分の言いたいことだけ言ってしまう)

 そんな私に真友ちゃんは、自信満々に言ってくれた。

「大丈夫!瞬は怒ってないし、むしろ嬉しがってるよ。本当に嬉しくて、嬉しくて、嬉しすぎてあんなふうになっちゃってるってわけ。だから、心配しないで。ね」

 そんな真友ちゃんの言葉に、心のもやもやが少し薄らいできた。

(あ、でも)

「そういえば・・・ねえ、真友ちゃん」

「はい」

「ちょっと、聞きたいんだけど、『あんな風』ってどんな風のこと?」

「???」

「あ、ごめんね。今、言ってだでしょ。瞬が『あんな風』になったって」

「ああ、そのことか。うん、言ったよ」

「それって、どんな風なの?」

「うーん。どんな風って言われたら困っちゃうなあ」

 そう言って腕組みをしてしばらく考えた後、真友ちゃんは両手をポンと打った。

「えーと、のぞちゃん。まず、のぞちゃんに好きで好きでたまらない人がいると想像してみて」

 私は言葉通り、想像してみた。ふと、心の中に尾田先生の顔が浮かんだ。

「じゃあ、その人がのぞちゃんの事を実は自分も好きだよ、って言ってくれたら、どんな気持ち?」

「そりゃあ、嬉しいと思う」

「え?それだけ?」

「嬉しくて、嬉しくてはしゃぎまわっちゃうか。」

「他には?」

「胸がドキドキして、夜も眠れないかも」

「それから、それから」

「頭の中が、その人のことで一杯になってしまうかも」

「それで」

「うーん。あとは・・・あ、そうだ。多分、真友ちゃんに報告すると思う。うん、きっと言っちゃうな。嬉しくて、嬉しくて自分の胸だけになんて収めきられないと思う」

「だよねー!」

 真友ちゃんは、にんまりと笑顔を浮かべた。

「だから、そんな風だよ」

「???」

 やっぱり、私は訳が分からなくて首をかしげてしまった。そんな私の様子に、真友ちゃんは、肩をすくめて言った。

「まあ、とにかく。瞬は本当に嬉しかったんだよ。のぞちゃんの一生懸命な言葉を聞くことができたことが。だから、安心して。ね」

「うん」

 私はそれ以上真友ちゃんに聞くのを止めた。なんとなく、それ以上聞くのはいけないことなのだと思ったから。

 しばらくして、二人がこちらへと帰ってきた。知己の後ろで顔を隠すようにして帰ってくる瞬の姿は、いつもの瞬らしくなくて、やっぱり少し不安になった。私は思わず声をかけていた。

「大丈夫?瞬」

「あ、はい!だ、大丈夫です!」

 上ずった声で返事をした瞬は、両手で頬を思い切りパチンと叩くと「よしっ!」と気勢を発した。そして、頬を真っ赤にしたまま、私のほうに向き直った。

「本当に大丈夫です。心配をおかけして申し訳ありません。それと、あらためてお礼を言わせてください」

 眼差しは真っ直ぐで、物腰は柔らか。はっきりとした物言い。

(いつもの瞬だ)

 胸の奥につかえていたものが、すっと抜け落ちたような気持ちになった。

(よかった)

「よかった」

 安心したら、思ったことがそのまま言葉になって口から出ていた。

「何が、よかったのですか?」

 不思議そうな顔をして尋ねてくる瞬に、私は慌てて「なんでもないよ。気にしないで」と答えていた。

「それより、瞬」

「何ですか?」

「瞬は私から『大切なもの』をもらったって言ってくれたよね」

「はい」

「その『大切なもの』って何なの?」

 私の問いかけに、瞬は満面の笑顔で答えてくれた。

「『勇気』です」

「ゆうき?」

「はい。『勇気』です」

そう言って、瞬は右手を胸に当てながら言葉を続けた。

「僕が前に進めないとき。前に進むことをためらっているとき。いつも高山さんは僕の背中を押してくれます。正しいことを言ってるはずなのに、心のどこかに不安があるとき。高山さんは、僕と一緒にその不安と向き合ってくれます。選ぶべき道は分かっているのに、その道を選べないとき。高山さんは、僕の前に立ってその道を選んでくれます。僕の中にあるためらいや、不安、恐れを高山さんは、『勇気』と『希望』に変えてくれます。今も大切なものをいただいたばかりです。だから、高山さん」

 瞬は改めて姿勢を正し、深々と頭を下げた。

「本当に、ありがとうございます」

 瞬の言葉に、心が熱くなった。涙がこぼれそうになった。

(私のほうこそ、ありがとうだよ)

 瞬には、いつも助けてもらってる。力をもらってる。勇気をもらってる。知恵も、知識ももらってる。ううん、瞬だけじゃない。私は、みんなから数え切れないものをもらい続けてる。

(ありがとう。ありがとう。ありがとう)

 言葉なんかじゃ何度言ったって言い足りない。それくらい、大きくて多くのものを私はもらい続けてるんだから。それでも、私は言葉でしか。行動でしか、この気持ちを伝えられないから。だから、言葉にした。

「こちらこそ、ありがとうございます」

 私も瞬に向かって思い切り頭を下げた。と、

 ゴンッ

 鈍い音と共に目の前に火花が散った。

「っつ」

 言葉にならない痛みの声を上げた。何が起こったのか分からなくて激痛の走った額に手を当てながら前を見た。すると、瞬が頭を抱えたままうずくまっていた。

(あっ!)

 一瞬の後、何が起こったのか。何をしてしまったのかに気がついてしまった。きっと、昼間だったら、目に見えて私の顔から血の気が引いていくのが分かったと思う。

「大丈夫、瞬!ごめんなさい!本当にごめんなさい!」

 慌てて私は瞬の頭に向かって謝り続けた。瞬は頭を抱えたまま動かなかった。

(うそ!そんなに痛かったの!もしかしたら、血が出てる!)

 自分のやったことがあまりにも間が抜けすぎていて、何が何だか分からなくなってきた。申し訳なさと、情けなさと、恥ずかしさ。それに、おでこも相当痛い。

(ああ、もう!私の馬鹿!馬鹿!馬鹿!)

 さっきとは別の意味で涙が出てきそうだった。ていうか、きっと私はもう泣いている。

「ごめんね、大丈夫。瞬。しっかりして。ちょっと、手をどけてみて。もしかしたら、血が出てるかもしれないから。私、こう見えて結構石頭だから。あ、でもね、石頭って言っても、知己ほどじゃないんだよ」

 自分でもだんだん、何を言いたいのか、何をしたいのか分からなくなってきた。こんな状態のことをパニックっていうのかも。

(って、そんなこと考えてる場合じゃない!!)

 私が慌てふためいていると、

「・・・くす、くす、くす」

 声を抑えた笑い声が聞こえてきた。

(誰よ!私がこんなに大変な思いをしているのに笑ってるのは!)

 恨みがましい気持ちで声の主に目を向けてびっくりした。声の主は刹那ちゃんだった。両手で口元を押さえながら、くすくすと笑っている。その様子は、まるでハムスターが向日葵の種を頬一杯に貯めながら食べ続けているみたいに、とても愛らしかった。

「刹那ちゃん?」

 私が声をかけると、今度は後ろから笑い声が聞こえてきた。

「ぷっ、あはははははは。もう、我慢できねえや!希望、お前、面白すぎだろ!」

 そう言って、お腹を抱えて笑い始めた。ご丁寧に、両目に涙を浮かべながら。その様子に、私はちょっとむかっときて、言い返した。

「何よ、笑うことないでしょ!私は、本当に瞬に悪いことしたって思ってるんだからね!」

「そう思うなら、瞬の様子を見てみろよ!」

「え?」

 私がすぐさま瞬のほうに向き直ると、瞬は頭を抱えたままぷるぷると震えていた。

「どうしたの、瞬。本当に大丈夫?」

 心配して瞬の顔を覗き込もうとした瞬間、

「ぷっ、あははははは。す、すみません。高山さん。で、でも、すみません。もう、我慢が・・・あははははは」

(なんで、瞬まで笑ってるの?)

 私が唖然ちしてその様子を見ていると、ついにはミズキやリノンさん、それに真友ちゃんも次々とお腹を抱えて笑い始めた。みんなの笑い声が世界樹の木の下一杯に響き渡った。

(みんなに、笑われてる・・・)

 恥ずかしかった。

(一生懸命なのに、笑うことないでしょ!)

 腹も立った。

(でも、私が悪いんだよね)

 反省もした。

(でも、みんな楽しそう)

 みんなの笑顔を見ていると嬉しくなった。

(あれ?なんだか、私までおかしくなってきた)

 自然と笑いがこみ上げてきた。そうして、気がつくと、みんなと一緒に笑っていた。世界樹の木の下一杯に響き渡るくらいに思い切り笑った。


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