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休息二日目 校外学習(18)

今日は会議で更新が遅くなり、午前様になってしまいました。温泉回も終了し、ようやく休息の二日目も終了へと近づきました。

 わけの分からない知己の言葉と、真友ちゃんの「男同士でしか解決できないこともあるから」との言葉に背中を押されて、私は真友ちゃんとその場を後にした。私たちを待ってくれていたリノンさんに瞬のことを話すと、「あんたも罪作りな女だね」そう言って私の肩をポンポンと叩かれた。笑いをかみ殺したようなリノンさんの様子が気になったけど、私たちのことを心配して待っているミズキと刹那ちゃんのためにも今は早くもとの場所に戻らなければと思った。そのことをリノンさんに話すと、「まあ、瞬のためにも今は少し距離を置いたほうがいいだろうしね」と言われ、元来た温泉へ戻るべく私たちは滝壺へと飛び込んだ。


「おかえり、真友」

 ミズキの笑顔のお迎えに、真友ちゃんも笑顔を返した。

「ただいま、ミズキ。ごめんね、心配かけちゃった?」

「えーと、心配はあんまりしてなかったかな」

「なによそれ。ちょっとは心配してよ」

 文句を言った真友ちゃんに、ミズキはいたずらっぽく笑って

「だって、滝を飛んだときの真友って飛び魚みたいだったから。魚が溺れるわけないかなって思っちゃった」

「えー!それってひどくない!ねー、のぞちゃん。何か言ってやってよ」

「うーん、それについては現場を見てないから何にも言えないけど、飛び魚みたいって褒め言葉じゃないの?」

「えー!飛び魚って魚だよ!魚に似てるって言われて嬉しい女の子なんていないよ!」

 不服そうな顔の真友ちゃんに私は笑顔で答えた。

「魚って綺麗だと思うよ。すらっとしていて、水の中を空を飛ぶ鳥のように自由に泳ぎまわってる姿は、ちょっと憧れちゃうもの。それに、真友ちゃん」

「何?」

「真友ちゃんは、魚は魚でも『人魚』だよ。私から見ても、今の真友ちゃんの姿は魅力的だから。ちょっと、悔しいくらいだよ」

 そう言うと、真友ちゃんは照れくさそうに「えへへ」と笑った。

「ちょっと、希望」

 ミズキが私の腕を引っ張った。

「どうしたの?」

「私は?」

 上目遣いに、甘えるようにそう言ったミズキの次の言葉は聞かなくても、すぐに分かった。

「ミズキも綺麗だよ」

「ありがとう、希望」

 ミズキは、そう言って私の腕を両手でぎゅっと抱きしめた。

「あー、ずるい!あたしだって!」

 ミズキの真似をするように、真友ちゃんが私の反対の腕を抱きしめた。すると、刹那ちゃんが、そうっと近づいてきて、私のお腹のところにぴたりとくっついてきた。

(なんだか、お母さんになった気分だ)

 温かな優しい気持ちが胸の奥から沸いてきた。

「おーい、もてもてなのはいいけど、そろそろ元の場所にもどらないかい?あんまりここにいると、男共が戻って来るよ。それに、そろそろ温泉からあがらないと、魚どころかゆでだこみたいになっちゃうよ」

 リノンさんの言葉に笑いが起こった。心底、ほっとした笑いだった。ゆっくり身体を休めるつもりの温泉が、思わぬ冒険になってしまった。わいわいと温泉の中を元の場所に向かって歩いた。ふと、空を見上げるとまん丸の月が天高く上っていた。



 温泉から少し離れたところに大きな木があった。幹の太さはクラス全員、ううん、私たちの学年全員が手をつないでも一周できないくらい太さだ。

「すげー!」

 知己が驚きの声を上げた。私たちもそろって感嘆の声を上げた。それもそのはず、太い、太い幹の上には四方八方にこれでもかというくらい枝が張り巡らされていて、まるで大きなドームのようになっていた。広さは・・・そう、うちの学校の校庭がすっぽりと入ってしまうんじゃないかって広さ。

「おい、瞬。ここだったら、雨でも、雪でも野球の練習できるんじゃねえか?」

「・・・・・・」

 瞬は黙ったまま何も答えなかった。

「おい、瞬?どうした、具合でも悪いのか?」

「・・・・・」

 知己が何度尋ねても、瞬は何も答えず、うつろな目で枝で出来たドームをぼんやりと見上げていた。

「ちぇ、無視しやがって。いいぜ、お前がその気なら、俺は他のやつ喋っちゃうからな。なあ、先生?」

「何かな、知己君」

 リノンさんがおどけて応えてみせる。

「この木、何て名前なんだ?」

「この木は、扶桑ふそうって木だ。一般的には世界樹って呼ばれてるけどね。この木は、大きな山の近くには必ずといっていいほど自生してる。不思議なことは、この世界樹は、そばにある山の大きさに比例し大きくなるんだ。しかも、一つの山に一本だけしか生えない。そして、山がそこにあるかぎり決して枯れない。帝国の神官たちは、この木は神の時代からここにあったって言ってる。まあ、嘘か本当かは分からないけど、とにかくこの木の大きさは半端じゃないからね。今、見えてる枝の上に更に枝が張り巡らされて、何層にも分かれて空に向かって伸びてるんだ。あんたたちが船から島を見たときは影になって気がつかなかっただろうけど、こいつは息を呑むほどでかいよ」

 言われて、もう一度上を見上げてみた。

(本当にすごいや!)

 張り巡らされた枝と枝との間には、様々な種類のつたが繁茂していて、それが枝と枝の隙間を絶妙なバランスで埋めつくしていた。

(あれだけしっかりとつながってたら、象が乗っても大丈夫かも)

 ふとそんなことを考えて、自分がこの木の上に行ってみたいと思っていることに気がついた。

「リノンさん。この木の上に行くことってできるんですか?」

 私が尋ねると、リノンさんは少し驚いた顔をした。

「珍しいね。希望がそんなこと聞くなんて」

「え、そうですか」

「そうだよ。あたしはてっきりあんたは、自分から冒険なんかしないタイプだと思ってたからね」

 リノンさんの言葉に、私のほうが驚いた。

(私って、そんなふうに思われてたのかな)

「先生。一言いいですか?」

 突然知己が手を挙げた。

「なにかな?」

「ここだけの話、実は希望って結構、無茶なことするほうだぜ」

「え、そうなの?」

 知己の言葉にミズキが食いついた。

「ああ、そうだぜ。最近でも結構無茶するけど、小さいころはそれに輪をかけて無茶なことしてたぜ」

「あ、その話、あたしも聞きたい」

 真友ちゃんもやってきて、なんだか話があらぬ方向へと向かいそうな雰囲気になってきた。ふと足元を見ると、刹那ちゃんが座り込んで知己の話に耳を傾けていた。

「ちょっと、知己。変なこと言わないでよ」

 知己に釘を刺すつもりでそう言うと、知己はたった一言

「真実を述べるだけさ」

 決め顔でそう言った知己を見てると、心配するのがなんだかバカらしくなってきて、小さなため息を一つついた。

(そう言えば、瞬は?)

 さっきまで少し離れたところにいたはずの瞬が見当たらなくてあたりを見渡すと、知己の後方の少し離れたところに背中を向けて座っているのが見えた。私は瞬に声をかけようかと思ったけど、少しそっとしておいてあげたほうがいいかなと思い、おとなしく知己の話を聞くことにした。

(昔のことを話されるのは恥ずかしいけれど、それでみんなが喜んでくれるならいいかな)

 そんな風に思うことにした。だから、私は「あんまり、変なことは言わないでよね」と一言言った後、瞬のそばに腰を下ろして、知己の話に耳を傾けた。

「あれは、俺たちがまだ幼稚園の年少だったころだ。俺と希望はいつも由愛美公園で遊んでたんだ。公園の桜が満開の時期には、舞い散る花びらを追い掛け回しては両手一杯に集めてはビニール袋に入れて持って帰ってたんだ」

「ロマンチックですね」

 ミズキがうっとりとしながらそう言った。

「別に、そんなことねえぜ。だって、持って帰った桜の花びらなんてすぐに腐ってみる影もなくなってまうんだぜ。まさに、生ゴミのつまったゴミ袋って感じになっちまって、俺なんて母さんに、何度も怒られたんだぜ」

「それでも、二人にとっては宝物だったんですよね。だから、一生懸命集めてたんですよね」

「そりゃあ、そのころはまだ子供だったからな」

「今でも、あんたは十分子供でしょ」

 真友ちゃんが皮肉交じりにそう言うと、知己はあっけらかんと返事した。

「そりゃそうだ。真友から見りゃ、俺は十分子供だ。胸だって、思ったより膨らんでるしな」

「あ、あんた!何言ってんのよ!」

「いや、別に変な意味で言ってねえよ。素直に、お前に比べたら俺は子供だなって思っただけだぜ。でも、女っていいよな」

「何がよ?」

「そんな分かりやすいもんがついてるからだよ」

 そう言って、知己はあろうことか真友ちゃんの胸を指差した。真友ちゃんは顔を真っ赤にして両手で胸を押さえた。

「変態!!」

「ん?なんでだ?」

「勝手に指差すなって言ってんの!」

「別にいいだろ、指差すくらい」

「よくないわよ!ここは女の子の大事なところなんだからね!」

 顔を真っ赤にして怒る真友ちゃんは、言葉どおり女の子そのものだった。私でも思わず

(真友ちゃん、可愛い)

 そう思ってしまった。同姓の私ですら、そう思ったのだから知己や瞬もきっとそう思ったに違いない。そっと、瞬のほうへ目をやると耳が真っ赤になっているのが見えた。

(やっぱりね)

 瞬は、知己みたいに思っていても口に出したり、行動で示したりはしないタイプだ。そのことで、自分のことを決め付けられたり、誤解されたりするのをひどく嫌っている。だから、さっきのことも瞬にとっては大きなショックだったんだと思う。

(気にしないでいいよ、って言ってあげても逆効果かな)

 知己みたいとまでは言わないけれど、もう少し自分の気持ちに素直になれればいいと思うんだけどな。そんなことを考えているうちに、知己は思いのほか素直に真友ちゃんに謝って、話の続きを始めた。

「えーと、どこまで話したっけ?」

「希望と知己さんが公園で桜の花びらを集めてたってところまでです」

「そうそう。サンキュ、ミズキ」

「えへへ」

「それでよ、その日もいつも通り桜の花びらを追いかけてはビニール袋に集めてたんだ。すると、よせばいいのにこいつ、『もっと花びらを取れるところがあるよ』って言って、フェンスを乗り越えて公園の外の崖にあたりまで行っちまったんだ」

「へえ、のぞちゃんって小さいころは結構積極的だったんだ」

「そんなことないよ。たまたま、フェンスの向こうに沢山の花びらが見えたから欲しいなって思って」

「でも、あのフェンスって3メートルくらいあったんじゃなかったけ」

(確かに、そうだ。今の私ならとても怖くて登れない)

「今なら、俺だってそのくらい簡単に登れるけど、まだ5歳か6歳の幼稚園児が、するすると3メートルもあるフェンスを登っていくんだぜ。正直、びっくりした。それで、さんざん花びらを集めてから、平気な顔で帰ってきたんだ。俺が『大丈夫か?』って聞くと、『一杯集まった!』って笑顔で一言、それだけだぜ」

 みんなが知己の話を聞いて笑っていた。私も笑った。そうだった、そんなことがあった。あの時は、目の前に宝の山があるのに見逃すなんてできない。そんな気持ちしかなかった。登れば越えられるのに、登らないなんて考えは思いつかなかった。だから、登った。登って、宝の山に向かったんだ。

「で、この話には続きがあってよ。両手一杯に桜の花びらを握り締めてはしゃぎまわるもんだから、足元の石に躓いて盛大にずっこけたんだ。当然、両手に持っていた花びらもそこいら中に散らばっちまってよ、顔面から地面に突っ込んだもんだから鼻血はでてるわ、両肘をすりむいてるやらで大変だったんだ。俺が慌てて駆け寄ったら、こいつ散らばった花びらをせっせと拾い集め始めたんだ。そしたらよ、そのとき髪の毛ぼさぼさでボロボロのジーンズをはいた大学生くらいの男が希望がばら撒いちまった花びらを突然拾い始めたんだ。すっげえ、怪しい雰囲気の男で、正直俺もびびっちまって、希望に『あっちへ行こう』って言ったのによ、こいつったら、こともあろうにその男の下へ走りよってこう言ったんだ。『返して!それ、あたしの!』って。こいつバカだろ」

「のぞちゃん、こわいもの知らずだね」

 意外そうな顔で私のほうに視線を送る真友ちゃんに、私は苦笑いを返した。

「そんなことないよ。小さいころだし、本当にこわいことを知らなかっただけだよ」

「いーや、それは違うな」

 知己がしたり顔でそう言う。

「何が違うのよ?」

「だってよ、お前の場合は、こわいとかこわくないとかじゃなくて、宝物のことしか見えなくなってただけじゃねえか。だろ?」

「けど、あの時のお兄さんはいい人だったでしょ」

「結果的には、そうだったかもしれねえけど、あの時点では怪しさ百倍って感じだったぜ」

 そう言われて、あの時のことを思い出してみる。薄汚れたTシャツに、ボロボロのジーンズ、ぼさぼさの髪、さわやかさのかけらもないお兄さんだった。もしかしたら、おじさんだったのかもしれない。

「それで、どうなったんですか?」

 ミズキが知己の腕を引っ張った。

「あ、ごめん、ごめん。希望がそんなこと言い出すから、俺は希望を守ろうと思って、その男と希望の間に割って入ったんだ」

「へえ、知己にしてはかっこいいことしてるじゃない」

 真友ちゃんがニヤケ顔でそう言うと、知己は「うるせ」と一言。

「そしたらよ、その男が突然しゃがみこんで両手に集めた花びらを希望の前に差し出したんだ。それで、希望にこう言ったんだ」

 私はすかさず言葉を挟んだ。

「『大事なものなら、手を離しちゃだめだよ』って言ってくれたんだよね」

「なんだよ、せっかく俺が言おうと思ってたのによ」

「ごめん、ごめん。でも、懐かしいね」

「ああ」

 知己もなんだか嬉しそうに答える。私は、あの時のことを思い出しながら言葉を続けた。

「見た目はなんだか汚くて、怖そうだったけど、声と笑顔が素敵な人だったな。ふふふ」

「え、なに?のぞちゃん、なんで笑ってるの?それに何だか嬉しそうだよ」

「うん。久しぶりにあの人のことを思い出したから」

 あの時、私に差し出してくれた手の中には、きっと花びらよりも大切な宝物が握られてたんだと思う。

「多分だけどね。初恋だったと思うんだ。名前も知らないし、一度しか会ってないけどね。へへへ」

 なんだか照れくさくなって、笑って見せた。

「え、嘘!のぞちゃんの初恋って知己じゃなかったの?」

 驚いたように真友ちゃんがそう言うと、知己は不機嫌そうな顔をして口を挟んだ。

「うるせえよ、そんなことどうでもいいだろ。それに、俺が話してたんだから、途中で勝手に割り込んでくんなよな」

「はい、はい。分かりましたよ。黙ってりゃいいんでしょ」

 そう言って、真友ちゃんは両手を広げて、おどけてみせた。また、知己が食って掛かるんじゃないかと思って、一瞬ヒヤッとしたけど、この時の知己は何も言い返さず、ただ一言。

「つまり、希望は無茶なことをするやってことだ」

 そう言って、口をつぐんだ知己の様子はいつもと違う感じがした。きっと、他のみんなも同じ事を感じたんだと思う。

「よーし、そろそろ寝るぞ」

 リノンさんは一言で、この話は終わった。



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