休息二日目 校外学習(16)
連休も終りです。今日も早めに寝ることにします。温泉回も、もう少しでおしまいです。
「ところで、真友ちゃん?」
「何?」
帰りの道中、気になることがあって尋ねた。
「さっき、私、指輪の力を使ったんだよね」
「うん」
「けど、何も起こらなかったけど。本当に、大丈夫なの?」
「全然、オッケー!問題なし!」
胸を張って、そう答えられると不安になってる自分がバカらしくなってきた。
「まあ、その指輪が本物だったらの話だけどね」
真友ちゃんは歩みをピタリと止めた。
「ちょっと、指輪を見せてくれる?」
「うん」
私は左手の甲のほうを真友ちゃんに向けて差し出した。真友ちゃんは、私の手から吸光石を受け取ると光に照らしながら何かを探し始めた。
「のぞちゃん。指を開いてくれる」
「こう?」
「うん、そう。ちょっと、まってね。本物なら、ここらへんに・・・あ!あった!これ、これ。うん、これは間違いなく本物の“the future”だよ」
「???」
「ほら、ここ見て」
真友ちゃんは指輪の側面を指差した。指先には小さな青色の小さな宝石がはめ込まれていた。
「いい、よく見ててね」
真友ちゃんは、吸光石から放たれる光で青色の宝石を照らした。すると、宝石は青色から、藍色、紫色、赤色、橙色、黄色、緑色、そして、また青色へと変化し始めた。
「きれいでしょ。この宝石は“rainbow crystal”っていうの。世界に一つしかない宝石で、こんなに小さいけれど、この宝石だけで国が買えるくらいの価値があるんだって。」
「うそ!」
「嘘じゃないよ。『海賊紳士』にはそう書いてあったもん。あとね、この宝石には特徴があって、宝石の奥のほうを覗き込むと分かるんだけど、どんな暗闇でもこの宝石の奥底には小さな光が輝き続けているの」
私は吸光石の光を隠して、宝石の奥を覗き込んだ。とても小さい宝石なのに、覗き込むとまるで万華鏡のように無限の奥行きがあって、その更に向こう側に淡く、小さな光がともっていた。その光は、無限の暗闇の中でたった一つ輝き続けていた。
(なんて、一生懸命なんだろう)
私は、いつの間にか、その光に「がんばれ」「がんばれ」と心の中で応援の言葉を送っていた。
「どう、見えた?」
「うん」
「吸い込まれそうだったでしょ」
「うん。まるで、この宝石の向こうに別の世界が広がってるんじゃないかって思っちゃった」
「そう!それよ!『海賊紳士』の中でね、ユリアンが二つの指輪は違う世界への入り口なんじゃないかって、推理する場面があるの。それでね、あたし思ったの。二つの指輪がそろった時に、違う世界の扉が開くんじゃないかなって」
「それで、実際はどうだったの?」
「うーん、今のところ謎のまま。けど、『因果倶時の宝珠』がこの指輪の謎を解く鍵だって事は、分かってるんだ」
「ふーん。なんだか、面白うそうだね」
「そう!めちゃくちゃ面白いんだって。だから、元の世界に戻ったら絶対読んでね」
「うん。分かった。戻ったら必ず読む」
真友ちゃんは嬉しそうに笑った後、少しさびしそうな顔をして、くるりと背を向けた。
「・・・けど、どうやったら元の世界に戻れるのかな」
独り言のように呟いた真友ちゃんは、私に背中を向けたまま言葉を続けた。
「ゲームでも、漫画でも、映画でも、小説でも。物語には、なんでも始まりがあって終わりがあるのに、この世界は始まりも終わりも全然分からないじゃない。だからね、のぞちゃん。私、ちょっと怖いんだ。もしかしたら、この世界が終わらないんじゃないかって。それにさ、たとえ終わったとしても、元の世界には戻れないじゃないかなって。そんなこと、考えちゃうんだ」
真友ちゃんの表情は見えなかったけれど、真友ちゃんの気持ちは痛いほどよく伝わった。だって、私も同じことを考えていたから。
(もしかしたら、二度と元の世界には戻れないかもしれない)
この世界に来て4日しかたっていないのに、元の世界のことが遥か昔のことのように感じられる。時間の問題じゃない、現実感の問題だ。一昨日よりも、昨日のこと。昨日のことよりも、今日のことのほうがより強く感じ取ることができる。
(今、見て、聞いて、感じているこの世界が、私が生きている場所なんだって強く感じてる)
みんなと一緒のときには感じなかった気持ちが、真友ちゃんの言葉に呼ばれて胸の奥から次々と顔を出し始めた。
「ねえ、のぞちゃんはどう思う?」
真友ちゃんの言葉に、私は口を閉じて考えた。
(私は、何て答えるべきなんだろう)
きっと真友ちゃんは、「大丈夫だよ」って言葉を待っている。けど、私の本心はどうだろう。不安でないといったら、きっとそれは嘘になる。嘘はよくない。真友ちゃんも、本当の気持ちを言ってほしいに違いない。だって、私が真友ちゃんならそう思う。友だちだから。
(けど、私も不安だって言ったら、真友ちゃんはどんな思いをするだろう)
友だちのために嘘をつくのか。
友だちのために本当のことをいうのか。
頭の中で、様々な気持ちや考えがぐるぐる回った。
(こんな時、どうしたらいいの!)
心の中で叫んでみた。
(こんな時、どう答えたら)
・・・教えてください、尾田先生
心のそこから願ったその言葉に、胸の奥底にあった尾田先生の言葉が湧き上がってきた。いつだったか、尾田先生が私たちに話してくれた言葉だ。
(『人が生きていくうえで一番大事なことは、こうなりたいという理想の自分を持ち続けることだ。たとえ、今はそこに手が届かなくても、手を伸ばし続けることが大事なんだ。ついつい、人は今の自分に満足して、前に進むのを止めてしまう。これが現実だとあきらめてしまう。たしかに、人は今を生きる生き物だ。だけど、その今は明日につながっていることを忘れてはいけない。難しい話かもしれないけれど、心のどこかで覚えていてほしい。人は今を生きて、明日に向かう生き物だってことを』)
・・・今を生きて、明日に向かう・・・
「私は、きっと戻れると思う」
口をついて出た言葉はこれだった。
「だから、私は今、ここで頑張るよ。今は必ず明日につながってるんだから。今を私たちの望む明日につなげようよ。私たちならきっとできるよ」
精一杯の元気を振り絞った言葉だった。不安じゃないと言ったら嘘になる。これは本当のこと。それでも私は、こうしたい、こうなりたいと思ったことを口にする。
(だって、今は明日につながってるんだから!)
私の言葉に、真友ちゃんは嬉しそうに頷いた。
「だよね。何もかも初めてで、何が何だか分からないのに悩んでる暇なんかないよね。私も、のぞちゃんみたいに今を頑張ってみるよ」
「うん。がんばろうね」
「まあ、とりあえず、あたしが頑張ることは失くした指輪を見つけることだけどね」
「あ、それで思い出した。真友ちゃんに聞きたいことがあったんだ」
「何?」
「この指輪の力を使ったんだけど、指輪はいつ、どこで見つかるの?」
「分かんない」
「・・・え?」
「だから、分からないの」
「じゃあ、どうやって指輪を見つければいいの?」
「うーん、まあ、これは小説の受け売りなんだけど、『“the future”は確定した未来を運んでくる』んだって。簡単に言うとね、いつ、どうやってかは分からないけれど、必ず願ったとおりの未来にたどり着くことができるってこと。たとえば、お金持ちになりたいって願ったとすると、“the future”はいくつもある未来の中から一番早く、確実にそうなれる未来を選んでくれるの。だから、結果は分かっても、途中がどうなってるかは分からないってわけ」
「えーと、それは、車のナビみたいなもの?」
「あ、それ。そんなもの。車のナビと一緒で目的地を決めると、どの道を通ればいいのか教えてくれるし、途中で違う道を通っても、すぐに違う行き方を教えてくれる。まあ、“the future”は人生のナビゲーターってとこかな」
「あ、その言葉、なんだかかっこいいね」
「そう?」
「うん。説明も分かりやすくて、まるで瞬みたいだよ」
「まあね、私の実力はこんなもんですよ」
真友ちゃんは鼻を高くして見せた。
「じゃあ、心配しなくても真友ちゃんの失くした指輪は見つかるんだよね」
「そう!何も心配はいらない!ノープロブレム!」
さっきまでの不安げな真友ちゃんが嘘のように元気になっていた。
(これも“the future”のおかげなのかな)
そんなことを考えていると、向こうから声が聞こえてきた。
「・・・のぞみ」
「・・・まゆ」
私たちを呼ぶ声だ。
(リノンさんが来てくれたんだ。)
「はーい、二人ともいます!ここです!」
私は手に持った吸光石を大きく振りながら返事した。
「おー!無事だったか!」
「高山さん、後藤さん大丈夫ですか!」
(え!)
暗闇の中から二つの光がすごい勢いで迫ってきたかと思うと、私たちの目の前で足元を滑らして地面を転がった。転んだのは、腰にぼろぼろの布を巻きつけて原始人のような格好をした知己と瞬だった。
「いってー!何だよこれ、めちゃくちゃ痛てえじゃねえか!てめえ、自分が転んだからって、俺を巻き込むなよな!」
「それはこっちの台詞だ!お前が俺を巻き込んだんだろ!大体、真っ暗な洞窟の中、しかも湿って滑りやすくなっている岩場の上を全速力で走るバカがどこにいるんだ!」
「その言葉、そっくりおめえに返すぜ!希望が無事だと分かったら馬鹿みたいにはしゃいで、駆け出しやがったくせに・・・はっ!」
次の瞬間、瞬は知己の後頭部を思い切り殴りつけていた。
「痛ってえ!何すんだ!」
「・・・黙れ」
瞬がにらみを聞かせると、知己も調子に乗りすぎたことに気がついたのかバツ悪そうに顔を背けた。二人の舌戦が一段落ついたところでようやく私は声をかけるタイミングを得た。
「どうして、二人がこんなところにいるの?」
「あ、高山さん、よかった、実は・・・あ!す、す、すみません!」
そう言って、瞬はくるりと背を向けた。
「どうしたの?」
「す、す、すみません。決してわざとではなくて、二人のことが心配だったから探しに来ただけです。本当です」
慌てた様子の瞬に、知己が不思議そうに近寄る。
「おい、どうしたんだ?慌てちまって。希望と真友になんかあるのか?」
そう言って、知己は私たちのほうに目を向けた。
「別に、なんにもないじゃねえか」
「こら!見るな!」
言うやいなや、瞬は知己にヘッドロックをかけた。
「おい、何すんだよ」
「いいから、二人のほうを見るな!」
「別に見たっていいじゃねえか、裸ってわけじゃねえんだから」
「バカ言え!たとえ、布をまとっているとはいえ、あられもない格好の女性の姿に対し不躾に視線を向けるなど、断じて許される行為じゃない!」
(あられもない格好?)
瞬の言葉に、私は改めて私と真友ちゃんの格好を確認した。薄い布で胸と腰を隠しただけの姿に改めて恥ずかしさがこみ上げてきた。
(よく考えれば、この格好って超ミニスカートのワンピースを着てるようなもので、しかも下着を着けてない!)
私は自然と胸と下半身を両手で隠した。
「どうしたの、のぞちゃん?」
「え、あ、うん。よく考えたら、私たちすごく恥ずかしい格好をしてるんじゃないかなって思って。へへへ」
「あ、そのことか。うん、あたしもちょっと恥ずかしいかな、とは思ってた。でも、よくよく考えたらここは温泉の中なんだから、これぐらいの薄着はしようがないんじゃない」
あっけらかんと答えた真友ちゃんに、私はなんだか頼もしさを感じた。
「そうだよね。お風呂の中なんだからしようがないよね」
「そうそう、気にしたってしようがないよ。とはいえ、」
真友ちゃんは瞬と知己のほうをぎろりと睨んだ。
「いやらしい目でじろじろ見られるのは気分が悪いけどね!」
「は、はい!」
瞬は知己をヘッドロックしたまま直立不動の体勢で答えた。
「僕がしっかりと監督し、そのような不埒な行動は決して行わせません!」
「てめえ、いいかげんにこの腕を離しやがれ!いくら、温厚な俺だっていいかげん切れるぞ!」
「なら、今後一切二人のほうを見ないと誓うか!」
「今後っていつまでだよ、これからずうっとって言うんだったら約束できねえぜ」
「二人が温泉から上がって、服に着替えるまでだ」
「なら、約束してやるよ」
「よし」
瞬のヘッドロックから解放された知己は首を軽く回した後、両肩を交互に回した。
「あー、肩こった。瞬は、つまんねえことに気を使いすぎなんだよ。まあ、約束した以上、二人のほうを見ねえけどよ。こいつらの裸見たって、べつにどうってことねえじゃねえか。どうせ、胸なんかぺったんこだし、男の裸と変わりねえ・・・」
殺気を感じた知己は後ろを振り向こうとしたけど、それよりも早く真友ちゃんの右足が知己の背中を蹴り上げていた。前のめりに倒れこんだ知己の背中を真友ちゃんは踏みつけた。
「あんた、何言ってんの?よく聞こえなかったから、もう一回言ってくれるかしら?」
「・・・・・・」
「返事がないけど?」
そう言って、真友ちゃんは知己の背中を踏みつける足に力を入れた。
(女王様?)
真友ちゃんの姿を見ていると、そんな言葉が浮かんできた。踏みつけられた知己は、ようやく地面にぶつけた顔をあげた。
「・・・痛ってえな」
そんな知己に、真友ちゃんは冷たい声で
「返事は?」
と一言。知己は何か言いかけてから、口を閉じて地面にへたり込んだ。そして、投げやりな言い方で
「すみませんでした。僕が悪かったです。もうしません。反省してます」
「よろしい」
真友ちゃんは知己の背中に載せた右足から力を抜いた。
「今から、あんたの背中から足の退けてあげるけど、間違ってもすぐに振り向いたり、こっちを見たりしないこと。理由は分かってるわよね?」
「分かってまーす。別に見たくもねえけど、見せたくないって言うんだったら別に見る気は全然ないから安心してください」
真友ちゃんは、背中の足にもう一度体重をかけた。
「ぐへぇ。何すんだよ、ちゃんと言うこと聞いてるだろ!」
「うるさい!あんたの言い方に腹が立ったのよ!何か文句あるの!」
声を荒げて怒る真友ちゃんの様子に、知己も何か感じるところがあったのか、何も言い返さなかった。
「あー、もう、時間を無駄にしちゃったじゃない!知己、あんたこの責任、後でたっぷりと取ってもらうからね!」
なんとなく理不尽なことを言いながら、真友ちゃんは知己の背中から足を退けると、私の傍に戻ってきた。
「おかえり、真友ちゃん。お疲れ様」
「はあ、疲れた。ホント、こいつと付き合ってるとろくなことがないわ。振るいたくもない、暴力も振るわせられるし、暴言も吐かされてしまうし、あー、もう!最低!」
忌々しそうにそう言ってる割には、元気そうで、嬉しそうな真友ちゃんの姿に、思わず笑みが浮かんでしまった。
「のぞちゃん、どうかしたの?」
「え、あ、ううん。なんでもない。なんでもないよ」
いつもと変わらない二人の姿が嬉しかった。
(さっきまで、元の世界に戻れるのか不安に思ってたのが嘘みたいだ)
仲間がいるって、本当にすごいことなんだなって、そう思った。
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