5月12日(土) 「第一回大福争奪戦」(1)
はじめての小説投稿となります。つたない文章ですが、書き溜めたものを少しずつ更新していきたいと思います。
5月12日(土) 「第一回大福争奪戦」
「行ってきまーす!」
集合時間にはまだ時間があるけど、もうじっとしていられなかった。階段を駆け下りると玄関に置いてある自分の靴に足をつっこんだ。台所から母親の声が聞こえた。
「今日は何時ごろ帰るの?」
私は靴を履きながら答えた。
「六時までには帰るよ」
「なんだか、楽しそうね。」
お母さんが玄関まで見送りに来てくれた。私はきっと嬉しそうな顔をしていたと思う。胸のわくわくが手足に、表情に言葉のはしばしにあふれ出ているのが自分でも分かる。私はとびきりの笑顔で
「うん!」
そんな私を見て、お母さんも満足そうに微笑んで、
「行ってらっしゃい。事故にはくれぐれも気をつけてね」
「はい。行ってきます!」
私は、扉を勢いよくあけると自転車にまたがった。いつもならペダルが重くなる坂道も、今日はなんだか軽い。
(うれしい時って、どうしてこんなに体が軽くなるのかな)
どうせなら、いつもこんな気持ちでいられたらいいのにな。そんなことを考えならが目的地に向かった。ふと空を見上げると、真っ青なそらに一本の飛行機雲がくっきりと浮かんでいた。
坂道を登って右側のわき道を進んでいくと昨日の場所にたどり着いた。思ったとおり、まだ誰も来ていなかった。私は自転車を邪魔にならないところに停めると、昨日見つけた橋の欄干の上に座った。そして、静かに目を閉じた。遠くに話し声が聞こえる。鳥のさえずりが聞こえる。車の音がする。風の音がする。
(今とは違うこの場所で、やっぱり誰かが見たり聞いたりしていたのかな)
一人になると、いつもとは違うことに気づく時がある。まるで、自分の外から自分を見ているみたいに。
「高山さん、寝てるの?」
不意に声をかけられ、びっくりして顔を上げた。
「先生!」
そこにいたのは尾田先生だった。いつものスーツとは違う私服姿に少し違和感を感じた。
「先生、なんでこんなところにいるの?」
「それはこっちのセリフだろ。先生は、仕事の帰りにおやつを買いに来ただけだ。」
そういうと、手に持っていたビニール袋の中を見せてくれた。そこには、桃福の大福が5つ詰められていた。
「先生だけずるい!」
私は、先生の腕にしがみついた。以前から私は、何か口実があればこうやって先生の腕にしがみついていた。すると先生は、
「重いから止めなさい。」
そう言って私の手を振りほどく。でも、先生の顔は怒っていない。どちらかというと、嬉しそうな顔をしている。そんな先生に私は笑顔を返す。
「ところで、高山さんは何をしているのかな」
「知己たちと待ち合わせしているんです」
「へえ、いいな。先生もついていこうかな」
先生はいたずらっぽい笑顔を私に向けてきた。私はすかさず、
「だめ」
すると、先生は少しすねたふりをして、
「・・・けち」
そのそぶりがとても面白かったから、私は思わず吹き出した。先生もつられて笑い出した。
「さてと、じゃあそろそろ先生は行くね」
そう言うと、先生は手に持っていた袋を私に差し出した。
「いつもクラスのために頑張ってくれているリーダーたちにプレゼント。」
「え、でも」
「子どもはこういう時に遠慮しない。5つあるから一人一個ずつ食べなさい。残った一個をどうするかは自分たちで決めなさい。」
先生は私の手に袋を握らせると、
「また、月曜日からがんばろうな!」
そう言葉を残して駅のほうへと歩き出した。
「先生、ありがとう!」
私がお礼を言うと、先生は振り向かずに右手を大きく振って応えてくれた。
先生が立ち去ってから5分くらいして三人はやってきた。真友ちゃんと瞬は普通の服を着ているのに、知己だけが土まみれの野球のユニフォームを着ていた。
「しようがねえだろ、家に帰る暇がなかったんだから」
知己の言葉に真友ちゃんが食いついた。
「そんなわけないでしょ。瞬はきちんと着替えて来てるじゃない」
「俺の家は瞬の家と違って遠いんだ」
「それなら着替えくらい用意してきなさいよ」
「別にいいだろ、服くらい」
「よくないわよ。一緒にいる私たちが恥ずかしいでしょ」
「俺は恥ずかしくも何ともない!」
「あんたのこと言ってんじゃないわよ!」
「じゃあ、誰のことを話してんだ!」
にらみ合っている二人の間に、私は先生からのプレゼントを差し出した。二人は不思議そうな目で私を見た。
「これ、尾田先生からのプレゼント。いつも頑張ってくれている私たちにだって。せっかくだから、みんなで食べようよ」
「じゃあ、遠慮なくいただきます。」
そう言って真っ先に手を伸ばしたのは以外にも瞬だった。
「あ、ずるいぞ」
続いて知己が
「ちょっと待ちなさいよ。」
つられて真友ちゃんが大福を手に取った。私は、真友ちゃんの手をつかんだ。
「ねえ、真友ちゃん。こっちで、一緒に食べよう。」
「うん」
私は真友ちゃんを知己から少し離れた場所に連れて行った。
「あのね、真友ちゃん。知己の格好だけど、あんまり悪く言わないであげて欲しいんだ」
真友ちゃんは不思議そうな顔をした。
「あのね、知己の家はお父さんがいないでしょ。それでお母さんが仕事に行っているの。土曜日は朝3時くらいから新聞配達とパートに行ってくたくたになって帰ってくるんだって。だからね、野球のある日は知己、わざと夕方遅くまで帰らないでいるの」
真友ちゃんは驚いた顔をした後、さびしそうな悲しそうな顔をしてつぶやいた。
「のぞちゃんは、知己のこと何でも知ってるんだね・・・」
「そんなことないよ。ただ、幼馴染なだけだよ」
「私、知己に悪いこと言っちゃったんだよ。」
「気にすることないよ。きっと、大福を咥えた瞬間、さっきのことなんか忘れちゃっただろうから」
「そうかな?」
「そうだよ」
「のぞちゃんに、そう言ってもらえると何だかほっとする」
真友ちゃんの口元から笑みがこぼれた。
(きれい)
真友ちゃんは、どうしてこんなにきれいなんだろう。この前読んだ漫画に「少女は恋をしてきれいなる」なんてことを書いてあったけど・・・
「ねえ、真友ちゃん?」
「何?」
「真友ちゃんて、好きな人いるの?」
私の言葉に、真友ちゃんは飲み込みかけた大福をのどに詰まらせた。
「ん・・・・っ、ぷはっー。げほ、げほ。と、とつぜん、あにを言って・・・げほ」
「ご、ごめん。真友ちゃん大丈夫?」
私は真友ちゃんの背中を優しくさすった。
「ごめんね。真友ちゃん、変なこと言って。」
しばらくして真友ちゃんは息を整えて、私に向き直った。
「もう、大丈夫。ありがとう、のぞちゃん」
「こっちこそごめんね。嫌な思いさせたね」
「ううん。そんなことないよ・・・」
少し言葉を止めてから、真友ちゃんは真面目な顔で言葉を続けた。
「あのね、のぞちゃん。さっきの質問だけど、返事をするのはもう少しあとでいいかな。いつとは言えないけど、話せる時になったら一番にのぞちゃんに話すから」
真友ちゃんの真剣な眼差しに、私は軽はずみなことを聞いてしまったことを気づかされた。(真友ちゃんは、一生懸命恋をしている)
私は、なんだか申し訳なくなった。私の軽はずみな言葉に、真友ちゃんは真剣に応えてくれている。だったら、私も真剣に答えよう。
「ありがとう、真友ちゃん。私も、好きな人ができたら、必ず一番に真友ちゃんに話すよ。約束する」
「じゃあ、はい」
真友ちゃんの差し出した右手の小指に、私の小指を絡ませた。そして、二人そろって、
「ゆびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼんのーます。ゆびきった!」
指切りを終えてすぐに、知己の声が聞こえた。
「おーい、何してんだ。そろそろ行くぞ!」
「そろそろ行こうか?」
真友ちゃんの言葉にうなずくと、私たちは、手をつないで知己のところへ走っていった。
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